夕暮れに滴る朱 作:古闇
「ふぇぇ……! ふぇぇええ……!!?」
白い花がどこまでも続く庭園にて、花音は一匹の動物に振り回わされていた。
一匹の動物は白い毛並みの山犬。特に珍しい風貌でもないのだが、個体のサイズが異質である。並みの犬よりもサイズがひとまわりもふたまわりも大きく、体長は五メートルほど。
山犬は庭園を走り回り、それに騎乗していた花音は山犬の首にしがみつき、振り落とされないよう必死である。
そんな山犬に振り回される花音を眺める影が3つあった。
「今日の花音も好調ね、はしゃいじゃって楽しそう」
「いや、私には跳んだり駆けたりで落とされまいとする姿にしか見えないんだが」
「初日に吹き飛ばされた時に比べればだいぶマシになったと思いますよ。……可哀想ですけど」
こころ、薫、つぐみだ。庭園にある石で造られた休憩所というべき場所で、石椅子に腰を下ろし談話している。
「あの子はちょっと素直になれないだけよ。花音は黒猫のヤマダとも仲良くなれるのだもの、いずれ力を貸してくれるわ」
「役所に登録してあるから市中に連れ回せるとはいえ、気軽に騎乗することは未だ私も認めて貰えてないし、花音も大変だね」
「ですけど、見方を変えればトレーニングに丁度いいと思いますよ。この空間では地面に投げ飛ばされても怪我をしませんから、咄嗟に<空中浮遊>を使用するタイミングも鍛えられますし」
三人が話している間にも山犬が三点宙返りをした勢いで花音が投げ飛ばされる。花音は顔を青くしつつも、呪文を詠唱し、地面に接触する直前で宙に浮遊した。
花音が地面に足を着けると山犬が目の前に立ち、お前にこころが守れるかというような目で見下ろしてくる。どちらかといえば花音の方が守られる存在であるのだが。
花音は山犬を見返すことで返答とし、再び山犬に騎乗し振り回される光景に戻った。
「二人が仲良くなる日が楽しみね。その時は美咲やはぐみ達を呼んでお披露目しましょ」
そこへ、突如表情を引き締めたつぐみが口を挟む。
「こころちゃん、白金家の件が落ち着き、宇田川家の件は解決に向かっていますが、今後どうしますか? 今井さんが敵対勢力の情報を取得したそうですけど」
「あたしに怨みを持っている人達のことね。リサがニアっていう子の家にあがる機会があって、敵対勢力の住所を割ることができたのだけれど政府に投げたわ。
場所は官僚のご家族もいる高級住宅街の近く、あたし達が暴れてしまうとあそこを守る政府の面子を潰してしまうから待機ね」
「リサさんが戦った相手にロードがいましたし、派手な騒ぎになりますね。秘密裏に処理は対外的にいらぬリスクですか。スポンサーが高級住宅地に紛れてそうですね」
「弦巻家の手の及ばないかつ、ゴリ押しでお祭りをできない立地だもの。あるかもしれないわね」
つぐみはなら待機してますね、と言って下がり、次に二人の会話を口を挟まず聞いていた薫を捉えた。
「薫さん」
「ああ、どうしたんだい?」
「宇田川家の様子はどうですか。あこちゃんが倒れた場所が場所なので心配で……巴ちゃんにそれとなく話を誘導してみたんですけど、あこちゃんが瀬田家の墓石がある墓場で倒れた話を聞きだすことができなかったんです」
「巴ちゃんから電話で話を聞いているよ。あこが昔の記憶を少し取り戻したらしくてね、あこに君は養子なのだと話したそうだ。幸い、癇癪を起こすこともなく精神的に安定しているようだね。あこの希望もあって、近いうち昔の話をすることになったよ」
薫の話を聞いたつぐみは安堵に胸を下ろした。
「ひとまず安心ですね。……で、ですね。あこちゃんが異形と接触してしまった訳ですが、海来ちゃんの事はお話しするんですか?」
「海来本人が望んでいないからね、無理強いはできないさ」
薫は困った表情で両手を上げて肩をすくめる。霊体である海来が強固の意志で自身から実の妹だったあこを遠ざけているので、今の所どうにもならない。
「あこちゃんがお願いしたなら、あるいは、かもですね」
薫も同じ意見のようで同意した。
長年横たわっていた問題が解決に向かっている。求めた過程でなく、締まらない結果になりそうだが、一段落済みそうだ。
――けれど、まだだと示すようこころが両手を叩いて注目を集めた。
「燐子の真近な危険は遠のいたし、あこは過去と向き合い始めるし、密かに行動する鼠さんは政府が対応する。鼠さんの住処が大当たりだと嬉しいわね。でも、まだ最低一回は仕掛けてくるわ。何せ、このあとあたしはレインコートの叔父様に会いに行かなくちゃだから。
そういうことで今日から一週間家を空けるわ。いる人達で防衛お願いね?」
太平洋側にある無人島、浜辺から離れた先にある木々に囲まれた赤い泉にて、水中の中から一人の女性が顔を出す。
女性は露出の多い衣装をその身に纏っており、長い黒髪から白い角を覗かせ、赤目に乳白色の肌。豊満な胸を持ち、スタイルも良い。身体のあちらこちらに大きな傷跡があるが、彼女の魅力を損なうものでもない。
彼女は空を見上げ、今日も忌々しそうに世界を呪う。だが、日本の東京都がある方角に瞳を映すと口を歪めた。
『もうすぐ、あともうすぐだ。金髪女に敗れ、奴の親族にこの身を汚され、大事な部下達を奪ったあの女に報いを受けさせる時は近い……ああ、全くもって待ち遠しいな』
刻まれた屈辱を再確認し、滾る怨みを撒き散らす。