夕暮れに滴る朱   作:古闇

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家族が隠していたこと

 

――

 

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 駅から少し離れた所にあるただ広いだけの土地、明るい時間に二人の幼い女の子が大きめなゴムボールを跳ねさせている。地面に投げてボールを弾まさせ、受け渡しするだけの単調な遊び。

 

 あこは気がつけば、紫の髪の引っ込み思案そうな女の子からボールを受け取っていた。その女の子に遊んでもらっているようだ。

 

 足が地につかず泥に浸かるような感覚は夢だと確信する。幾度となく経験したので慣れたものである。

 

 この場に来るまでに大変な事があったはずだが、思い出す前に引っ込み思案そうな女の子に名前を呼ばれたと思い、そちらへ反応する。

 

 

「何? かおるおねーちゃん」

 

 

 無意識に口から発した名前に、あこは目を丸くした。梳いた紫の髪に赤い目、どこか瀬田薫に似通った容姿をしているが、友人の名前を口にするとは思わなかったのだ。

 

 

『……その、ボール遊びはもう終わり?』

 

 

 若干、不可解な挙動をするあこにかおるが静かに問う。声も薫に似ているが、遠慮がちに話す様は燐子に近い。けれども、振る舞いが現在の知る薫とは全く違うため、同一人物とは思えなかった。

 

 

「ううん、まだやる」

 

 

 首を振って否定する。このあとに何したいかなんて案がないし、無闇に現状を変えて異質な現象に遭遇するのは嫌なのだ。ボールをかおるに跳ね返す。

 

 球遊びをしている内に明るい空に朱が交じる。かおるに遅くなるからと自宅まで送ってもらうことになった。

 

 見覚えのある通りを歩いていると、本日燐子と一緒に同じ道を歩いたことに気づき、あこは夢であっても自身の覚えのない過去の記憶が混じっているのだと推測する。日常にまで夢の建築物が再現されているのは異常なのだ。

 

 だとすれば、初めから知っていたのだとしか考えれない。送ってもらっているかおるの存在が余計気になった。

 

 

「ねー、かおる」

 

『……うん、どうしたの……?』

 

「かおるって、瀬田薫だよね」

 

『……う、うん。そうだけど、何か気になることあるの?』

 

「どうしても、気になっちゃって。漢字はわかる?」

 

『えぇ……!? ひ、ひらがなでしかわからないよ……』

 

 

 確証を得るために要求をしてみたあこだが、見た目通りの幼子らしい。薫はあこの話に驚くばかりだ。

 

 そうしていると、薫があこの自宅と言っていた場所に着いた。案の定、悪夢で幾度も見た一軒家であり、現実は瀬田ではない別の苗字の者が住んでいる家だった。

 

 玄関の石標識には瀬田と彫られている。

 

 チャイムを鳴らすと女性が出てきた。悪夢で何度も接触した自分似の女性だ。自分似の女性は薫に少しの間だけ出かけるからこの子と一緒にいてくれると嬉しいと言っては、薫の返答も待たず、どこかへ出かけてしまった。

 

 あこと薫は呆気に取られ、玄関で立ち尽くしていたが、薫が再起動をすると玄関の扉を閉める。面倒見がいいのだろう、身勝手な対応を目の当たりにしてもあこのことを優先したのだ。

 

 薫があまり遅くなると家族が心配するということで、あこに断って電話を借りる。

 

 

『……? 繋がらない』

 

 

 数回繰り返しても電話が繋がらないようで、困る薫は受話器を探った。すると、電話線のコードが切断されていることに二人は気づく。

 

 

『何か切れてるね』

 

「電話線だよ。鋏か何か刃物で切られたのかもしれない。これじゃあ、通話はできないよ」

 

『そっか、しょうがないね。ねずみさんが齧ったのかもしれないし、お部屋にいこっか』

 

 

 薫は困ったように微笑む。電話線が切れた原因は他にあるとわかっていても、それ以上想像ができないからだ。

 

 それから程なくして、子供は帰宅しないといけない時間帯に玄関から幾人もの足音が響いてくる。一人や二人じゃない、集団とわかる数だ。

 不審を感じたらしい薫が廊下を見てくるといって部屋から出ていった。薫の行動から、イレギュラーが発生したのだと理解したあこは部屋から出ていった薫に続こうとして扉を開け――白い病室が現れた。

 

 薫の姿はなく、代わりに今の自分と同じ幼いあこがベッドに鎮座し、ピンクの大きなテディベアに顔を半分を埋めて威嚇する。前回みたいに白いカーテンに身を隠すことなく、あこに立ち塞がるようだ。

 

 立ち止まっていても埒が明かず、扉を開閉しても目の前の景色は変わらない。あこは一呼吸置いて、病室へ侵入した。

 

 あこが病室に踏み出すと、幼いあこはわずかに怯む。けれど、再び威嚇し直した。

 

 あこは瓜二つと言っていい相手に敵視的な視線で見られているのかわからない。薫を保護しているのか、この先を知られたくないのかわからない。直感的にも瓜二つの自分をどうにかしないと先へ進めないとわかった。だから、あこは相手に口を挟む。

 

 

「あこ、薫を追わなくちゃ。だから、そこを通して」

 

 

 瓜二つの幼子は首を横に振る。嫌らしい。ならばと、強行して、先の風景も遮られた病室の閉じた窓を開こうとする……が、いくら力を込めても窓は壁の一部のように微動だにしなかった。

 

 再度言葉で問いかけるも、瓜二つの幼子は無言でプレッシャーを重ねてくるばかりで会話にならない。

 体の悪そうな幼子を無理に動かすのも躊躇し、行動を切り替える。背中に突き刺さる視線の中、病室に何かないかと探し始め、調べている内に意識がぼやけていった。

 

 

――――――

 

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――

 

 

 あこはソファーの上でうっすらと目を覚まし、半分覚醒した意識の中、顔をゆったりと動かし状況を探る。

 

 

(あこのお家……?)

 

 

 寝ぼけ眼で上体を起こし、体に掛けられた薄毛布が落ちる。目覚めれば宇田川家自慢の横に長いソファーに寝かされていた。横には巴が船を漕いでいる。

 人の動く気配を察した巴が雷に撃たれたように顔をあげる。

 

 

「あこ、気分はどうだ!? 大丈夫か!?」

 

 

 前回倒れたのは玄関前、今回は自宅から離れた場所である。あこの体は弱くないものの、繰り返し道端で倒れているので罰が悪かった。

 

 

「う、うん……心配ばかりかけてごめんね」

 

「ほんとだぞ。また倒れただなんて、びっくりしたわ!」

 

 

 怒り半分、嬉しさ半分を表す巴。気持ちを持て余したようで、あこの頭を両手で乱雑に弄る。

 髪の毛が乱れるものの、あこは申し訳なさからされるがままだ。

 

 巴はあこの反応から身体的には大事無いと知ると強張っていた肩筋が若干和らぐ。それから、あこを一通り弄り満足すると、手を離して床に足を崩して座った。

 

 

「あこが倒れた経緯、燐子さんから話を聞いたよ。知らない場所を歩いたと思ったら、最後は墓地で倒れたんだってな。田町が関係しているのか?」

 

 どうなんだ、と切り出す。

 

 あこは言葉に詰まり、何か言おうとするも口が閉じる。起きたばかりで今日の出来事が整理できないのだ。巴に「敬太は関係ないと思う、ちょっと落ち着かせて」と言葉窄み気味に待ったをかけた。

 

 そうして、巴から目線を虚空に浮かす。

 

 今日起きたことはだいたい覚えている。友人が怪物になってしまったこと、全く覚えていない幼少期に幼馴染でもない友人が出てきたこと。憶測になるが、燐子が自分を連れ怪物から逃げたこと。

 あこは脳裏に記憶を反芻し、巴の問いに答える。

 

 

「おねーちゃんと一緒に寝てるでしょ? あこ、ね。最近怖い夢を見るんだ。切欠はそれ。夢のことのはずなのに、今日の帰りの電車で夢に見た場所を見つけちゃって、降りなきゃって思ってりんりんにせがんで駅を降りたの。

 それで、夢で見た道の通り歩いて行って、小さな頃に住んでたっぽい家を見つけて、お墓を見つけた。そのお墓なんだけど、瀬田って彫ってあったんだ。そしたら、気分が悪くなって……」

 

 

 ――敬太に会った後、怪物になった友人を直視して限界を迎えた。の台詞は飲み込んむ。現実離れ過ぎるからだ。とはいえ、事実の大部分は話した。

 巴は真剣に表情を変えず黙って話を聞いるので、傍からでは心の動きがわからない。話の続きを促しているとも、何か悩んでいるとも伺える。

 

 

「ねぇ、おねーちゃん。あこ、覚えてないんだけど、あこは小さな頃に薫に会ったことがあるの?」

 

「瀬田先輩と、か?」

 

「……うん」

 

 

 墓石で見た苗字が同じなだけでこれといって明確な証明は出せない。夢で見たものが現実にでてきた。それだけだ。

 

 

「まぁ、あるな」

 

 

 だが、巴はあっけらかんと言い放った。あまりにも簡単にさらりと話すものだから、不意な発言にあこは戸惑う。 

 

 その間にも、巴の喋りは止まらない。

 

 

「なんなら、薫とあこは従姉妹だな。血のつながりがあったりするんだ」

 

「う……じゃ、じゃあ、あこって……」

 

「養子だよ。あこの家族は不幸に見舞われてな、存命ではないんだ。あこのお父さんとうちの父親がさ、とても仲が良くらしくて、あこの事を知った父さんが引き取って話だ。悪いな、黙ってて」

 

 

 覇気なく語る。良い話題でないのだから当たり前なのだが。

 

 心のどこかで否定が欲しかったのだろう。当のあこはショックを受け放心している。

 

 

「今すぐってなら父さんで、詳しい話は瀬田……薫先輩から話してくれる。あこがうちに来たばかりの頃はすごかったからな」

 

 

 巴の話に思い当たりがあり、思考が緩慢になっていることもあって遅れて反応する。

 

 

「あ、入院って関係してる?」

 

「思い出したのか?」

 

「ううん、病室にいたような気がするだけ」

 

「そうか、そのあたりも含めて、家族を失った記憶があこの幼少期を思い出させない原因になっていると思うんだ。トラウマを穿り返したくなくてな。だから、田町の時みたく進んで調査したりはよしてくれ。小出しになるだろうけど、絶対話すからさ」

 

「……うん、ごめんね。迷惑ばかりかけて」

 

「アタシはあこのおねーちゃんだからな。受け止めるのは当たり前だよ」

 

 

 姉のめいいっぱいの優しさを向けられる。あこは改めて、血は違えど真剣に思ってくれる家族がいるを肌で感じた。

 

 

 

 


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