夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二四話.あるはずのない再開

 

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 駅から少し離れた所にあるただ広いだけの土地で遊ぶ五人の子供がいた。最年長の男の子一人に年の近い女の子が三人、最後に一番下の女の子である。

 

 あこは気がつけば最年少の女の子となり、だるまさんが転んだで遊んでいる。一人の男の子に迫る女の子達、あこもその一人だったが、足が地についていないような浮遊感になにとなく今の情景を夢だと確信し、久々の夢見が悪夢でないことに胸を撫で下ろした。

 

 とはいえ、万が一いつもの恐ろしい風景に変貌しないとも限らない。あこは手を握る動作や体を揺らす動きをし、己の意思で視点の低い体が従うのだと理解すると、今だにだるまさんが転んだをしている子供の一団から少しずつ後ろに下がる。

 

 背を向ける金髪の女の子と紫髪の女の子が二人。見覚えのある姿に親近感が湧き、男の子を瞳に映すと目がにじむが、小走りに駆け出してその場から離れた。背中に複数の視線が刺さったような気がしても、構わず駆ける。

 

 それから、ただ広いだけの土地から住宅街を抜けて、人々が賑わう活気のある街並みに突入した。記憶に引っかかりを覚える道を適当に歩く。

 

 手入れのされたモニュメントやスケートボードでもできそうな広場を横切る。歩みを進めている内に、あこは体が重くなるのを感じた。歩く速度が遅くなっていく。けれど疲労感はない。

 

 体の異常を感じ、街中にある木陰のあるベンチに腰を下ろす。幼い体には長椅子の高さがあり、座ると足が宙に浮いた。することもなく、足を上下に揺らしていると、突然気が遠くなり始める。あこは気分の悪さをやわらげようと頭を抑えて俯いた。

 

 そうしてしばらく静止していると、意識が回復する兆しを見せた。さらに時間が経過すると、気分も落ち着いてきた。

 

 けれど、意識がはっきりすると風景が変わっていた。目に飛び込んだのは白い一部屋の病室に鉄格子のはまった窓だった。座ったベンチはベッドに変わっており、あこはベッドのの横に腰を下ろしている。

 

 一瞬困惑するも、夢だと思いついて平静を取り戻す。あこはベッドから降り、格子のついた窓に近づいて野外の様子を眺めた。

 

 窓の外はあこのいる場所と同じ白い病室であり、幼い自分だと判別できる者が一人。情緒不安定に何かに怯えながら、母親に妹は殺されたのだと連呼し、目を涙で滲ませていた。

 

 あこは幼子に呼びかける。幼子はあこの姿を目に入れると、肩を震わせ驚きをあらわにする。それから、恐怖に歪めた瞳で片腕を宙で横に撫でた。幼子の腕の挙動と連動して、あこ側にある白いカーテンが格子の窓を遮った。

 

 あこは閉じられたカーテンをめくると、そこに病室はなく緑豊かな景色が拡がっているだけだった。

 

 

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 第二週の休日。人気オンラインゲーム、MOのイベントの閉会式を終えたあこと燐子は低層ビルの会場を出る。

 

 今回燐子がいるのは三ヵ月以上も前にMOイベントの先行予約チケットに当選し入手したからだ。あこはもしかすると燐子は参加しないかもと危惧していたがそんなことはなく、二人はイベントを楽しんだ。特にあこはイベントのガラポンで数量限定の当たりを引いたので、ほくほく気分だ。

 

 

「ふふーん、限定衣装で着飾るのが楽しみだなー。早くログインしたい!」

 

 

 あこは我慢できない子供のようにくるくる小躍りをする。毎日のように悪夢は見るし、憂鬱な出来事を未だに引きずっているがこのときばかりは全てを忘れていた。燐子はあこのはしゃぐ様子に微笑ましく頬を和らげる。

 

 

「……ふふっ、……そんなにはしゃぐと……転んじゃうよ……」

 

「ダンス部だもん、回転には自信があるからだいじょーぶ! でねっ、りんりんは今日ログインできる?」

 

「……うん……、……今日は丸一日予定を空けてるから……久しぶりに入るね……」

 

 

 テンションの高いあこは腕を前にぐっと握り喜ぶ。歩きながら、本日のイベントについて談笑し、駅で電車へと乗り込んだ。

 

 あこはこうして出かけているが、親に黙って遠出した件で外出がし難い状況だ。少なくとも今は誰かに付き添いして貰わないと、市外の方まで足を伸ばせなくなっている。あこの両親は、あこの体調が安定したと確信するまでは現在の条件を変更するつもりはない考えだ。あこが家の前で倒れていたことが相当のトラウマになったようだ。

 

 

「……ん? ねぇ、りんりん、なんか来た道と違わなくない?」

 

 

 電車の行き先に違和感を感じたあこは、燐子との談笑を中断して外の景色を眺める。つられて燐子も外を見、続けて電車のデジタル案内板を確認した。

 

 

「……あっ……そうだね……。お話に集中し過ぎたせいか……乗る電車を間違えちゃったみたい……」

 

「ううん、うっかりしてた……次の駅で降りよ?」

 

 

 燐子はそうだねと頷き、あこと共に景色を眺めながら次の駅まで待った。

 

 景色を見ているうちにあこは一箇所の場所に目を留める。既視感があったのだ。どうしても気になって、街並みから目が離せず、見えなくなっても追い続けた。 

 

 

「……どうしたの……?」

 

 

 頭を痛そうにさすり、いつまでも一点を追うあこに違和感を覚えた燐子が問いかける。

 

 

「うん、ごめん、なんか……次の駅、降りて行きたいところあるんだけど、いーかな?」

 

 

 あこの真剣な表情に燐子は断るのをやめていいよと返す。その後、目的駅に到着し、電車が駅に停車すると電車から降りてホームから出た。

 

 駅の改札を出たあこは先を歩き、燐子もあこに倣ってついていく。

 

 いくつものポールが刺さった段差のある広場や錆びたモニュメントを通り、記憶と照らし合わすように思案しながらあこは進んだ。

 

 歩いて一〇分程経過しただろうか。あこは広い土地に建設された建物の前で足を止め、大きな建物の周囲を眺める。

 

 

「なんでだろ、懐かしい気がする」

 

 

 意識せずに己の疑問を外に出すよう、呟いた。人々が行き交う中、あこは呆けており、燐子は棒立ちになったあこの様子を伺う。

 

 

「……ここに来たことがあるの……?」

 

「わかんないけど、たぶん……ねぇ、りんりん。もう少し歩いてみてもいい?」

 

 

 燐子は静かに頷いた。宇田川家からあこが倒れた経緯や兆候を聞いているため、あこの曖昧な返事に不安はある。とはいえ、近頃のあこは一人で黙って遠出したとも聞いている。疑問を残すより、解消してしまった方が良いと判断し、ついて行くことにしたのだ。

 

 さらに歩くこと一〇分、並ぶ家々に埋もれ、築二〇年以上は経過した家の傷みがわかる一軒家に到着した。

 

 あこは目を丸くする、その家を知っていからである。悪夢で幾度も見せられた家だ。玄関の標識は知らない苗字であるし、庭は手入れされ、人の住んでいる痕跡あるが悪夢に存在していた家とほぼ一致していた。

 

 悪夢で見た風景は実在していた。今の土地に住んだ記憶もなければ、初めて足を伸ばした場所である。より詳細を知りたくなったあこは一軒家をぐるっと見回った後、玄関のチャイムを鳴らす。

 

 少し待っていると中から慌しげに早足の音が聞こえ、はいどちら様と中年の男性が顔を出す。

 

 

「突然の訪問でごめんなさい。お尋ねしたいんですけど、この家の前の持ち主とかわかりますか?」

 

 

 男性は面を食らったようだったが、少し間をおいて瀬田だと答えてくれる。ついでに、今の住居は事件があり、住宅をとても安価に購入できたとも、近くに被害者の墓があるとも教えてくれた。

 

 あこは漢字を確認すると、瀬田だと判明する。そうなってくると、身内である瀬田薫の存在に疑問を持った。

 

 出会いは唐突で小学生時代に薫の方から現れる。いつしか身近な存在になった訳だが、会った時からいい人であった。本人の性格もあるだろうが、記憶と関連性はありそうだ。

 

 男性にお礼を言うと、あこは玄関から離れ次の場所を目指す。もしかすると、例の墓石があるのかもしれない。「ごめん、りんりん、これで最後だから」と燐子に謝りを入れ、次の目的地へと急いだ。

 

 あこは地図アプリで近場の墓地を検索し、悪夢で見た通りを進む。十一月の日落ちは早く、徐々に薄暗い闇に包まれていく。傾斜のある坂を上り、ほどほどに歩いた場所で塀に囲まれた人の墓場へと辿り着いた。

 

 等間隔で数十もの墓石があり、学園のグラウンド程度の広さのある墓地で、人の苗字が刻まれた物を順々に確認するに手間が掛かりそうである。日が完全に落ちる前に目的の場所を見つけたいもの。けれども、あこはなにとなく中央にある墓石へと足を進める。どこにあるかわからないのに自然と足がそちらに誘導されるのだ。

 

 一つの墓石と対面したあこは何ともいえぬ顔をする。石に【瀬田】と刻まれており、雑草など生えておらず手入れがされていた。古いものの、献花もされている。差異はあるが、墓も悪夢で見たものと同じものだ。

 

 管理人なのか親類の者なのかわからないが、明らかに人の立ち寄った形跡があった。夢で見ただけの知るはずのない場所、物が、こうして現実にあることに得も知れぬ不安を抱く。

 

 あこには幼少期の頃をほとんど覚えていない。かろうじて保育園の記憶を思い出せる程度だ。アルバムも家のどこかにあるらしいが見たことはなかった。わざわざ聞くこともしていない。

 

 薫が幼い頃に会ったことがないか記憶を探ぐる。けれど、白いもやのようなイメージばかりで思い出せない。さらに集中するともやが若干薄まったように思えたが、しゃがみこみたくなるような気持ち悪さに襲われ思考を放棄した。無理に考え込むと、墓場で気絶しそうなるからだった。

 

 自分のことで手一杯になっていると、燐子が剣呑な雰囲気を醸し出す。

 

 

「あこちゃん……行こっ……!」

 

 

 警戒心を露わにした声の燐子に、突如手首を捕まれて為すがまま墓石の前から離れるあこ。普段の大人しい燐子とは思えない力強い先導であり、捕まれる手首から若干の手の皮の厚さと掴む力強さを感じた。

 

 遠回りしながら墓地の出口を早歩きで急いでおり、あこは燐子が何をそんなに警戒しているのか疑問を持ち、薄暗い周りを目で追う。すると信じられない光景を見た。私服の背の低い少年があこ達に歩み寄っている姿が目に入ったのだ。

 

 その少年は知っている人物である。薄暗くて顔ははっきりと判別できないものの、それなりの付き合いなのでシルエットで理解する。少し前まで、探し追い求めていた田町敬太であった

 

 あこは直感的に燐子がなぜ逃げようとしているのか理解できず、死んだと思われた敬太が生きて現れた喜びから、距離を詰めてくる少年に話を聞こうと燐子の手から逃れる。

 

 

「りんりん、あれ、敬太だよ!」

 

 

 喜色の声で燐子から離れ、啓太に近づくあこ。

 

 

「あこちゃん……待って……!」

 

 

 離れたあこを再び燐子は掴もうとするも間に合わず、駆け足で離れていくあこと距離が開いた。無理な姿勢で空ぶってしまった燐子はその場でバランスを崩し、よろめく。

 

 広い墓地であるが出入り口は一つしかないため、たいした距離のない道を走破したあこは少年と対面した。あこの目に映る少年の顔の姿は、見間違えるはずもない田町敬太であった。

 

 

 

 


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