夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二二話.一つの家族の終わり

 

 

 

 時刻はお昼過ぎ、敬太の実家に辿り着いたあこは敷地内に足を踏み入れる。石畳と白い砂利道の先には、半ば倒壊し、焼け焦げて真っ黒になった建物があった。炎が燃え広がったのだろう、周囲の木々が炭化し、黒い光景が広がっていた。

 

 

「来たはいいけど、本当に何も無い……人探しって難しすぎる」

 

 

 あこは焼け焦げた残骸に触れると、手が煤で汚れた。

 

 苦労して探し回った結果、敬太が生きているとわかったのみ。見合わぬ報酬に虚しさに心が空く。潮時はとうに過ぎ去って、それでも感情のまま足掻いていたが、最早これまでなのだろう。あこは諦めた表情で建物を見上げた。

 

 とはいえ、時間はまだある。せっかく訪れたので、敷地内を調べることにした。

 

 ざっざっと砂利道を踏みしめ、元五陵塔だった建物をゆっくり一周する。寂れた敷地内の探索は、不謹慎だが若干楽しかった。普段体験することのない環境である。サブカルチャーである廃墟巡りが、マイナーな人気のある理由がわかろうもの。なにとなく、もう一周歩いた。

 

 建物を周り終わりそうなころ、何も無いところで躓き転んでしまう。

 

 

「~~~いったぁっ!」

 

 

 うつぶせで呻き、身をもだえさせた。すると突然、何かの視線を感じた。何者かがこちらを覗いている気がし、背筋が冷たくなる。

 

 あこは緊張から身が縮こまったが、よろめきながら立ち上がり、周囲を警戒する猫のように辺りを探る。

 

 そして、それはすぐにわかった。

 

 焼け焦げ半ば崩れた五陵塔、その最上部に銀色の戦艦に似た船が空中で停泊していたのだ。サイズは旅客機ほどの大きさで、その船に地上から銀色の円柱の物が重力を逆らって移動していた。

 

 地上では薄赤色の甲殻類の生物がカニやサソリのハサミに似た鉤爪で銀色の缶を持っている。姿は渦巻状の楕円形の頭に、海老のような反り返る甲殻の体、手足は鋭い鉤爪で背中に蝙蝠のような翼がついていた。サイズはまちまちで、小さい個体は1.5メートル、大きい個体は2.5メートル以上はありそうだった。

 

 それらの異形が、小山になった缶を次々に空中に浮かしている。他に、武器と防具で身を固めたモノが二匹。作業している三匹と合わせれば五匹がいた。船内にいるモノ達を合わせればさらに増えるのではないだろうか。

 

 あこは突拍子も無く現れた光景に目を疑う。明らかに人でない異形のモノ達が働き蟻よろしく作業しているのだ。当然の反応といえよう。

 

 彼らは【ミ=ゴ】、敬太の父親に技術や研究設備を提供していたモノ達である。

 

 惑星の太陽系外から来た彼らは人間と比較のならないほど高い化学技術を持っている。武器はレーザー銃、防具は量子バリヤーなどSFの世界の生物だ。目的は知的生物の脳である。記憶の初期化などのブレッシングし、AIとして用いったりする。その缶の中身は人間の脳みそだ。ちなみに、一時期、鉱石も採取していたのだが十二分に回収し複製に至るまでになったため、そちらは必要としていない。

 

 それはそうと、ミ=ゴは今まで田町の父親と良い取引していた。だが、連絡が取れなくなった上に、死体を発掘してしまったゆえ、支払いが滞った分を徴収をしているのだった。

 

 しかしながら巡り会わせが悪く、彼らの作業を邪魔する者も存在した。けれど、邪魔者はすでに撃退し、後は運搬するのみであった。

 

 そして、その撃退した資源はあこの足元に倒れていた。あこが躓いた原因になったものだ。

 

 あこは目の前の光景から現実逃避するように目をそらす。次第に、察知できなかった臭いや触感に気づいた。それは、足元おり、法衣を着た男が腐りはじめた状態で地面に転がっていたのだ。死んだ魚の白く濁った目であこを凝視し、頭部の小さな穴から乾いた血液がこびれついていた。

 

 死んだ体は人の脂が抜け落ち、腐った肉汁に混じってあこの足を汚している。

 

 

「…………あ……う……う、ぉ……おえ゛ぇぇ……」

 

 

 あこの嘔吐した汁が地面に広がる。初めて見た生の死体を間近で直視し、生ごみを放置したような突き刺さる刺激臭に堪えることができなかった。

 

 吐いてすぐ、あこは涙目になりながらも死体からもう少し離れたいと距離を置く。

 

 

(神田さんが言っていたのは本当だったんだ……!)

 

 

 人の死体が転がる中、運搬作業を繰り返す怪物。味方のいない悪夢のような空間にあこは恐怖した。それから、タイミングを測ったかのように武装した怪物達があこに振り向き、あこは悲鳴にならぬ声で後ずさった。

 

 ミ=ゴ達は≪平凡な見せかけ≫という魔術でこの場所を焼けた五陵塔しかないと誤認させており、荷物を運搬している箇所も焼け落ちた瓦礫の一部と認識させていた。それなのに少女が気づいた。由々しき事態である。

 

 残りは自分達で荷物を持てば完了だ。しかし、船内に戻る途中邪魔されるのも都合が悪い。ミ=ゴ達は回収するつもりだった債務者を酷使することにした。

 

 ミ=ゴらの内、一匹が音波のような羽音を鳴らす。次の瞬間、眠っていたそれが目覚めた。

 

 羽音を鳴らし終えた一匹はすばやく仲間に合図すると、ミ=ゴ達は一抱えサイズの缶を素早く持って、宙に浮かぶ缶に続いて船内へと戻っていく。

 

 一方、あこは飛び去ったミ=ゴ達を下から眺めていた。怪物達を収納した船が稼動をはじめ、地表から離れる。自身が怯えている間に、化け物が立ち去ってしまい、呆気にとられた。

 

 

『AAAAAaaaaa-----!!』

 

 

 だが、焼け焦げた五陵塔から人の唸り声が響く。あこは危機がまだ去っていないことを理解した。

 

 崩落しそうな建物からガタイの良い男がブリキの人形に似た歩みで現れる。体の重心が安定していないようで、操られるマリオネットのごとく頭をふらつかせてながらの、不恰好な歩き方だ。

 

 

「敬太のパパ!?」

 

 

 敬太の家族アルバムで見知った姿だった。何故か上半身は裸で下に長ズボンだけ履き、裸足で露出の高い格好である。けれど、それ以上に目を引くものがあった。敬太の父親は袈裟切りから真っ二つになった状態を無理やり接着したかのような状態であったのだ。

 

 マリオネットのような敬太の父親は、手に持った包丁を構え、負傷した足を庇うように早歩きであこの下へ移動する。

 

 あこは敬太の父親を必死に呼びかけた。だけれど、能面の顔で反応もなく、凶器を構えてただただ進む。あこは迫りくる脅威に耐え切れなくなって後ろに逃げた。

 

 早く逃げないといけないのに、歩き方を忘れてとでもいうように、前に進まない。あこは焦る。一方、敬太の父親は飛び掛りでもすれば、凶器の範囲内だ。だが、追いかけっこも終わる。突如として、敬太の父親胴体に黒い影が横切り、敬太の父親の動きが止まったのだ。

 

 あこを救った黒い影は、敬太の父親から離れた場所の地面で衝突し、轟音を鳴らして砂利を爆ぜさせた。

 

 敬太の父親は動きが止まっただけではなかた。彼の上半身が宙を舞う。黒い影が敬太の父親の胴体を腕ごと引きちぎっていった。

 

 敬太の父親は、重い水袋を地面に叩きつけるようにして地面に張り付いた。下半身は地に足を着けていたが、ゆっくりと仰向けに倒れる。

 

 人体が爆ぜるように半々に別れ、何がなんだか意味がわかないあこは思考が停止した。次は自分かもしれないという考えはない。

 

 

「……ごふ……う゛っ……痛ぇ……何がどうなっている……?」

 

 

 激痛のせいか、はたまた死にそうだからか、血を吐き咽ている敬太の父親の瞳に光が戻る。

 

 敬太の父親がまともな言葉をしゃべったおかげで思考のホワイトアウトから回復するあこ。人体のパーツが上半身と下半身で別れ、そこらに両手が落ちている見るに耐えない惨状だが、敬太を連れているはずの情報源が目の前にいる。ここで聞かなければ、敬太が無事なのか、怪物達に誘拐されたのかわからない。ゆえに動いた。

 

 

「あの、何があったんですか! 敬太は今、どこですか! 無事なんですか!?」

 

 

 あこは覚束ない思考の中、敬太の父親に問うた。

 

 

「……は、敬太……? ……あいつなら……死んだに……決まってるだろ……?」

 

 

 敬太もまた、父親同様に悲惨なことになっていたのだ。それを聞くと、あこは血の気が失せた。最悪な知らせに空しい虚無感に襲われる。

 

 そうして、あこが顔色を変えている間にも、敬太の父親はぐっと呻いて苦しんだ。あこが男の変容に気づいた時には、皮膚が血と肉が混じった泡立ち、凹凸ある体は山なりとなって崩れ、ミンチ状の肉山となった。

 

 音のない静寂が訪れる。寒い時期にも関わらず、生温い風を感じた。

 

 怪物が去った現場に死体が二つ。元からあった腐肉と、親しい人の親。わずかでも人と言葉を交わしたせいで置いてけぼりを受けたような孤独があこを苛む。

 

 そういえばと、敬太の父親を襲った黒い影の着弾地を見るが、砂利が吹き飛ばされ陥没している地面が見えるだけで何もいない。

 

 

「逃げなきゃ……」

 

 

 あこは一歩、また一歩とその場から遠ざかり、出口へ振り返ると脇目も振らずに逃げ出し、家へ帰宅した。

 

 そして、あこが逃げ帰る間に、あこがいた現場から離れた山の方で、銃の発砲音を聞いたという通報があった。

 

 

 

 

 


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