夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二一話.黙って外出

 

 

 

 燐子より信じがたい告白を受けた翌日、あこは放課後に敬太が住んでいたアパートへ顔を出した。

 

 

(う~、ちょっとストーカーぽい行動かな? でも、誰かを誘うのも変だし……)

 

 

 自身にこれで見納めなのだと言い訳し、この場所に訪れるつもりはないからと自己弁護。

 

 とはいえ敬太が行方不明後、あこは敬太のアパートに一度侵入していた。別に鍵開けや合鍵を持っていた訳ではない。理由は今でも不明であるが、訪れた初日だけ、敬太が住むアパートの扉の鍵が開いていたのだ。

 

 

(でもあの後って、何度行っても敬太の家の鍵は閉まってたんだよね)

 

 

 敬太が鍵を閉め忘れたのか、それとも他の誰かが侵入したのか今でもわからない。もしかすると明がどうにしたかもしれないが、敬太の話がタブーとなった今は聞き出すこともできない。

 

 

(男子の部屋ってよくわからないけど、ちゃんと片付けてあったなー。あー、でも、実家からかな? 山梨県から届いた箱は開けっ放しだったなぁ)

 

 

 ダンボール箱に貼ってあった住所のおかげで敬太の実家が判明した。だが、時間をかけている間に家が火事になってしまったので、もっと早く行けばと後悔がある。

 

 

(行ってもあんまり意味はないかもって思ってたけど、ここまで調べたんだから最後までやろうっと)

 

 

 少なくとも両親のもとにいる敬太は無事だろうと判断。自身の行動に満足しきれないあこは山梨に行くことに決めた。

 

 心が決まると、もうこの場には用はない。雨戸が閉まった明かりの通さない部屋を背に、思い出だけを持ってその場から立ち去る。部屋の主が戻らないアパートはただ黙ってあこの背を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月初頭の休みの午前中、あこは山梨にある田町家に近い最寄駅で降りた。青臭い葉っぱのような雨水の臭いが鼻につく。

 

 あこはタクシーとバス、どちらか使うか迷って、バスに乗車した。車内は運転手と老婆一人だ。バスはゆっくりと走り出した。

 

 あこは中程の長椅子に腰を掛けていると、一名掛けの椅子座った老婆がこちらを見ていた。しわくちゃな溝の深い顔に、白髪に、色あせた古びた服。杖を片手にじっと観察してくる老婆に多少恐怖を感じた。

 

 

「ここら辺であまり見ない格好だねぇ。お嬢ちゃんも幽霊街へ行くのかい? お止しよ」

 

 

 しわがれた声で聞き取り難いが、なんとか聞き取った。

 

 

「ゆーれいがい?」

 

「ちょっと前に火事で大事になったところさね。ニュースに流れてたけど、知らんのかい?」

 

「あぁ、幽霊街! なんか、また大変なことになってるんですか?」

 

「近所の噂なんだけどねぇ。また最近、人がいなくなったかもって話さね。嫌になっちまうねぇ。お嬢ちゃん一人だろう? 行っちゃだめさ。

 今んとこお巡りさんの見回りが増えたり、霊媒師みたいな人が来とっててあそこの人通りはあるけっど、騒ぎは収まっておらんのよ」

 

「え……、それ本当なんですか?」

 

「事件があった周辺のアパートの人達がちょこっとずついなくなるんよ。だけども、住むのが嫌になって引越しかもしれんくて、ほんとかどうかわかんねぇ。まぁ、悪戯にせよ近寄らんほうがええよ。今も近所の人は通らん」

 

 

 そのうち、立ち入り禁止区域になるんじゃないかねぇと老婆は言葉を零す。

 

 老婆の話を聞いたあこは、顔に迷いが生じた。けれど、少なくない小遣いがかかっているし、区切りをつけようと思っていた節目である。冒険することにした。

 

 老婆の言い分にどう言葉を返そうか悩んでいると、老婆はあこの身を案じるように心配した。

 

 

「あ、ごめんなさい。おばあちゃん、ありがと! でも、その近くに友達の家があって、今日は親がいなくて怖いっていうんで遊びに行くだけです」

 

「……まぁ、あそこの周りに住んでいる子供達は可哀相だあね。とりあえず、そのお友達と一緒に幽霊街なんざ、いっちゃだめよ」

 

 

 老婆は言葉がそれ以上がないようで黙った。その後、先に老婆をバスを降り、再び発進したのち、目的地に近いバス停で下車をする。

 

 下車してから歩いて一〇分。田町家の実家に近づくに連れて音が少なくなり、あこは道の人気の無さにお化け屋敷に入り込んだような妙な気分になる。廃村といってもいい幽霊街だった。

 

 加えて老婆の話していた通り、静かな環境下に一台だけ排気音を鳴らすパトカーが巡回していた。静寂の中の音は目立つため、身を隠すのに大して困りはしない。そうして、あこは携帯のアプリを頼りに田町の実家に歩を進めた。

 

 

 


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