夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二〇話.一応の納得

 

 

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 あこは気づけばリビングらしき居間で黒い喪服に身をつつみ、座布団の上で座っていた。同様に六名の大人と数人の子供が顔を下げ喪に伏している。葬式だ。

 

 棺桶の前でお坊さんがお経を唱えており、永遠と似たようなお経を聞かされる。あこはこの場所にいる理由がわからなく、どういった経緯で葬式に参加したか覚えもなかった。

 

 焦れてその場から立ち上がり、離れる。誰も反応はしない。

 

 奇妙な気持ちで室内から退出しようとしたが、出口は封鎖され戸は開かなかった。あこは困惑する。幾度繰り返しても結果は同じで、見えない力が働いているのかびくともしなかった。

 

 それならばと、ガラスの戸の前に移動して、鍵を解除して戸を開こうとした。けれど、開かない。

 

 あこは一旦部屋から出るのを諦め、葬式に参加している人らを観察する。あれだけ騒がしく動き回っているのにもかかわらず、一切反応しない光景が不気味であった。

 

 そもそも誰の葬式かと、お経の唱えるお坊さんの前にある写真立てに目を凝らす。光の反射で見え難いので近づいた。

 

 あこは写真は見覚えがあった。最近夢で見たばかりの幼い自分である。あこは気持ち悪さを感じて眉をひそめた。写真立てを眺めていると、背中に視線を感じた。嫌な感じはあったが、襲われるよりはと振り返る。

 

 すると、顔を伏せていたはずの全員がこちらを見ていた。思わず悲鳴が漏れた。自分に似た特徴のある大人二名以外はクレヨンで顔を塗りつぶしたかのように顔の部分が黒く空洞だったのだ。あこは怖気が走り、後ずさる。

 

 咄嗟に逃げ道を探ると、閉じていたはずの部屋の出入口やガラスの戸が開いていた。あこは慌ててその場から逃げ出す。見知らぬ家の中のはずなのに家の玄関の場所を理解している。陰鬱とした通路を駆け、あこは外へと飛び出した。

 

 既視感のある道路を走る。息は苦しいが、辛くないのが不思議であった。

 

 誰か追ってこないか後ろを一瞥して確認。一見して誰も追ってきてないことに安心感を感じ、徒歩になる。ほっと一息をついて正面を向いた。

 

 目の前に墓が立っていた。あこは訳がわからず困惑する。よくよく、墓石に掘られた文字を確認してみれば、【瀬田家】とあった。あこは口元が引き攣る。

 

 あこは瀬田薫と友好が深い。しかしながら、瀬田家で誰か亡くなった話は聞いたことがない。夢なら覚めろと何度も呟いた。

 

 けれど、目覚めない。あこは墓場から逃げ出そうとしたが、背後から気配もなく肩を掴まれた。

 

 あこは甲高い声を響かせ、肩を掴んできた手を振り払い、振り返る。

 

 先ほどまで葬式の場にいた顔のある男女の大人二人があこの背後に立っていた。だけども、両者は土気色の肌色をし、男は首に縄の跡が。女は首を鋭利な刃物で横に裂かれ、おびただしい量の血が溢れて喪服に血を吸わせている。

 

 生々しくショッキングな絵面にあこは腰を抜かした。心臓の脈が早打ち、顔が真っ青となる。

 

 女がしゃがみ、あこに視線を合わせる。瞳は死んだ魚のように虚ろで生気がない。

 

 

『遘?#繧貞ソ倥l繧九↑繧薙※謔ェ縺?ュ』

 

 

 ノイズの入ったそれは聞いてはいけない何かだ。女が口角を歪めて微笑み、自らの血液が付着した手をゆっくりとあこ伸ばし……

 

 

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「――……や、やめろーっ!!」

 

 

 あこは寝かされた白いベッドの上で腕を振るう。

 

 ベッドの横でパイプ椅子に座り、心配そうにあこを見守っていた巴が驚き、急に暴れはじめたあこをベッドに押さえつけ拘束する。慣れているように動作に無駄なく素早い行動だった。

 

 前後不覚に陥ったあこは、自らをベッドに拘束した者を理解することもなく半泣きになりながらも必死に抵抗をする。

 

 

「アタシだ、あこ! 落ち着け、もう大丈夫だってっ!」

 

 

 聞き覚えのある姉の強い呼びかけに、あこは気づき抵抗をやめる。

 

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「ああ、あこのお姉ちゃんだ」

 

 

 にかっと笑った巴はあこの涙を指で拭って頭を撫でる。

 

 

「ここは?」

 

「病院だよ。それよりも気分はどうだ?」

 

 

 巴は喋りながら、あこの隣に腰を落ち着ける。患者のベッドに座るなど、行儀が悪いと知っているが巴ができるあこを落ち着かせるための行動である。

 

 

「少しだるいけど、もう動けるよ」

 

 

 そんなことを姉妹で話していると扉の通路から騒がしく物音がし、あこの父親と母親に白衣を着た医者が慌ただしく室内の扉を開けて入ってきた。巴が座った反対側から母親に抱きしめられ、父親に優し気な眼差し心配される。

 

 病室に人が集まった後、あこは医者の人に軽く診察を受け家に帰された。

 

 その帰り道、父親が運転する車内にてあこは両親に懇願される。人探しをするような行為はやめて欲しいと。巴が両親にバラしたのではなく、最近のあこの行動が近所の噂となり母親の耳に入ったのだ。

 

 あこは難色を示すが、悲しそうな両親を見ていると意思が揺らぐ。結局のところ、あとちょっとだけという曖昧な言葉でその場を濁した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。家族の心配される目を背に受け家を出る。午後からRoseliaメインのライブがあるのだ。本調子でないとはいえ、休むことなどできるはずもない。

 

 今回の練習場はCiRCLEでなく、ライブを組み入れてもらった場所だ。目的の場所へ到着すると友希那達に迎えられ、本番前にさっそく練習を開始した。

 

 リハーサルから小一時間、音楽業界にソロデビューを薦められた友希那は当然として、大規模なピアノコンクールに入賞し自然と腕を磨いていた燐子。他のバンドで突出した技量を持ち、厳しい練習量についてこれないと見限るというストイックな秀才の紗夜。二ヵ月の短期間で直角に等しい異様な技術向上を見せ、友希那に並べるベースと思わせるリサ。役や楽器が違うとはいえ、調子が優れないことも相まってあこは合わさった音楽へ食い込むのに苦労した。

 

 今まで指摘を受けていたリサが立ち位置を変えてしまったことであこの僅かな粗が目立つようになったのだ。今日は本番目前であり、焦りが生じてしまう。ミスが増え、さらなる焦りを生む堂々巡り。

 

 見かねた友希那が一旦気持ちを落ち着けるようにと休憩を入れた。

 

 あこは部屋の隅で体操座りをして丸まり、あ゛ーと声を発して脱力する。そこへ燐子が隣にハンカチを敷いて座った。

 

 

「……いつもより……調子出てないね……。……疲れてるって、感じがするよ……?」

 

「あ~……、りんりーん。どーしよー……」

 

 

 あこは素直に弱音を吐露する。事情はどうあれ、久々のライブなのだ。絶対に失敗をしたくなく、イマイチな出発にもしたくなかった。

 

 

「……やっぱり、私の責任なのかな……?」

 

「……違うよ。昨日ちょっと怖い夢見ちゃって、変に疲れが残ってるだけ~」

 

 

 弱っているせいか、いつもなら笑顔で否定するところをワンテンポ遅れてしまう。

 

 

「……そうだよね、ごめんね……? ……遅くなっちゃったけれど、あこちゃんが聞きたがってた話をするから……。……ライブが終わったあとで、私の家に来れるかな……?」

 

「うそっ!? ほんとなの、りんりん!!」

 

 

 大声をあげたことで燐子以外からもあこに視線が集中した。

 

 けれどあこは気にせず、喜悦満面といった様子で喜ぶ。内心では燐子が敬太の所在を隠しているのだとも考えている。そうでなくとも手がかりを得られるだろうし、一筋の希望が見えた。

 

 

「……うん、あこちゃんさえよければだけど……」

 

 

 肩をゆする勢いで燐子に迫り、二つ返事で頷いた。

 

 それから休憩が終わり、活力が漲ってきたあこは再開した練習で本来の調子を取り戻す。技量が急激に変わることはないが、追い詰められていた精神に余裕が戻り、ライブ本番までへこたれることなく練習ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから本番を迎え、気力を持ち直した甲斐もあり、満足いく形でライブの幕を閉める。

 

 久方ぶりの高揚感が冷めぬまま、仲間と一緒にファミレスで軽い打ち上げと反省会をし、白金宅に立ち寄った。当然時刻は遅く、夜だ。

 

 あこは燐子の部屋にて用意された丸い小さなテーブルを挟んで対面する。

 

 

「……今まで、田町さんの事を話そうとしないで……ごめんね……。……話すをするのに……心の準備が必要だったから……」

 

「あの、話の腰を折ってごめんね、りんりん。まず、田町さんって呼び方やめよう? 敬太が可哀相だよ」

 

「……それを含めて話すから……」

 

 

 理由があると言われて、あこは呼び方にこだわるのを我慢する。

 

 

「……あこちゃんが話していた……ピアノコンクールに行った日かな……、……強い精神負荷なのか、外的要因なのかわからないけど……その日以来、田町さんに関する記憶が……すっぽりと抜けてるの……。

 ……だから田町さんは……私にとって、あこちゃんの友人でよく知らない人……。……他の印象もあるんだけど、知らない人だから……気軽にあだ名で呼べないよ……」

 

 

 燐子の告白に、あこは頭を殴られたような衝撃を受けた。求めていた答えとはまるで違う。

 

 

「ご、ごめん、ちょっと信じられない。ピアノコンサートの会場って、演奏が始まる前まで人通り多いよね。事件にもなってないし、りんりんに大変な事があったなんて聞いてないし」

 

「……本当にわからないの……ごめんなさい……」

 

 

 悲しそうな表情で語る燐子に嘘をついているとも感じない。ただ、ピンポイントで敬太のことを丸々忘れるなんてそう簡単にできるだろうか。燐子の言葉を信じることができなかった。

 

 それに、ピアノコンサートの日は燐子が無事に自宅へ帰ったことをSNSで確認している。襲われただなんて考えたくもないが、落ち込んだ様子もなかったはずだ。

 

 

「ピアノコンサートの日、敬太がどこへ行ったとか、昔の思い出だとか覚えていることはないの?」

 

 

 最近の記憶ならまだしも、流石に昔の思い出を忘れることはないだろうとあこは問う。

 

 

「……全くと言っていいくらいないの……」

 

 

 まさか幼少の頃までとは、とあこは顔に失望の色を浮かべる。少なくとも前の燐子は、あこに敬太と過ごした幼少期を話したことがあるのだから覚えていた。

 

 

「……でも、一つだけ覚えていることがあって……、……コンサート当日の入場前……田町さんは田町さんのお父さんに……何処かへ連れられて、そのまま戻ってこなかったよ……」

 

 

 先日話した受付のお姉さんの会話と話が繋がる。あこは信憑性は高いだろうなと判断する。だが、これで完全に敬太の行方がわからなくなった。けれどいいこともある。親の元にいるのだと判明したのだ。

 

 あこはふと明の話を思い出し、一抹の不安がよぎる。一応、その父親は今まで良くしてくれていたと敬太から聞いている。実家に死体が出たと聞いてもなく、あこの希望観測であるが無事でいることを願った。

 

 

(無事なら、いつか帰ってくるよね。あとはりんりんが記憶を取り戻せばいいのかな? あこの気持ちがついてかないけど……)

 

 

 言いたくなかったことを話してくれたのだ。感情は納得してないとはいえ、少しくらいは信じてあげたかった。それゆえに、あまり突っ込んだ話をすると燐子の言葉を信用してないと思われる。あこは言葉に悩んだ。

 

 

「ねぇ、りんりん。病院は行ったの? もしかすると変な薬を打たれたとか、黒いスーツを着た人にフラッシュライトで記憶を消されたりとかして、何か変なのが残っているかもしれないし」

 

「……アニメとか、映画みたいなことは……ないかな……。……でも、ちゃんと病院に行って……診察してもらったよ……。……なんともないって……」

 

 

 よかったーと言って、あこは胸を撫でおろす。燐子が障害を負った可能性も小さいながらもあるからだ。

 

 

「じゃあ、りんりんが思い出を取り戻せば問題は解決だね。またしばらく会えないかもしれないけど、敬太はきっと戻ってくるよ!」

 

 

 話してみればなんてことはない、燐子の悩みも自分の悩みも一気に解決できそうだ。そう、あこは思った。

 

 今回の燐子は口を噤む意志がやけに固かったが、コミュニケーションが苦手な彼女が話を切り出すのに時間が掛ったり、溜め込んだりするのは今に限った話ではない。明るい未来が見えてきた。

 

 

「……しなくていいよ……」

 

「……え?」

 

 

 燐子の発した言葉が受け入れられず、疑問を返した。

 

 

「……しなくていいの……田町さんのことは……」

 

「そんなっ!? 敬太が可哀相だよ! あんなにもりんりんの事が好きなのに……!!」

 

 

 感情的になり、思わず敬太の気持ちを口にしてしまったあこは失言に気づき、口を抑えた。

 

 ところが燐子は何気となしに受け止める。喜びなり、驚きなり、困った顔なり、何かしらの反応もなくさらっとしていた。

 

 

「……もう、三週間も経過しているし……私生活に集中したいよ……。……それに……次に会うことがあるなら……ゼロから始めるって決めてるから……。……だから、ごめんなさい……」

 

 

 あこを甘やかしてしまう燐子の、日常では聞くことのない言葉だった。

 

 いくら敬太に想われても、あこが頑張って縁を繋ごうとしても、燐子は受け入れられないとあらかじめ断る。燐子の瞳には強い意志が宿っており、多少の言葉では曲げそうにもない。

 

 

「大切な人との思い出なのに……」

 

 

 今の燐子に田町の記憶は不要かもしれない。だが、想ってくれる人がいるのだ。断ってもいいから、燐子に田町の気持ちやきっかけくらいは共有して欲しかった。あこは意気消沈となる。

 

 

「……この約三週間……、……記憶の欠落に何もしなかった訳でもなくて……考えなかった訳でもないよ……。……でも、とても時間が足りなくて……身近にいない人まで気を回す余裕はないの……」

 

 

 あこも燐子に時間の余裕ない日々を送っているのはわかっている。二人で過ごす日常が減っているのだから。それでも燐子なら納得し行動してくれるものだと思っていた。

 

 

「……あと、神田さんから聞いた話なんだけどね……、……実家が大変なことになっているみたい……。……真に受けはしないけど……事件性に発展する可能性もあるから……しばらくは田町さんの件から離れないと……」

 

「う~、でもぉ……」

 

 幼子を優しくしかるように注意を受けた。あこは反論の言葉を探す。

 

 いつの間か明と交流を持っていた燐子、何かしていたのは本当のようだった。だがあこにとって、燐子の気持ちの天秤が敬太に傾いていないの状況での明の話なのだから致命的である。

 

 あこにもよろしくなく、家族に知られでもすると都合が悪い。ただでさえ最近家族に心配をかけている。もしも、明の話が両親の耳に入ろうものなら強引にあこの行動をやめさせかねなかった。

 

 

「ぱぱとまま、おねーちゃんにその話をしゃべっちゃったの?」

 

 

 それゆえ、あこはお伺いをたてる。

 

 

「……してないよ……」

 

「ほんと!?」

 

「……だけど……あこちゃんが無茶な行動をするなら……お父さんとお母さんに話すからね……?」

 

「う゛~……」

 

「……神田さん、その話をしてた時……憔悴してたから……駄目だよ……」

 

 

 まさかの弱みを握られた。ならば、これ以上の問答は危険だと感じて、あこは別の話題を投げて露骨に話を反らす。

 

 そうして、敬太が無事そうだという話と。本当かどうか疑問であるが燐子が失くした記憶を甦らせたなら、姿をくらました謎が紐解けるかもしれないとわかった。あこはほどほどに満足して燐子の家の車で帰宅させてもらった。

 

 一方であこ達を玄関まで見送った燐子は、その姿が見えなくなると陰鬱とした表情を浮かべ、陰から様子を覗いていた母親に元気づけられるのだった。

 

 

 

 


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