夕暮れに滴る朱   作:古闇

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六話.いつもと違う勉強会

 

 

 

 部活が終わってから家に帰ったお昼。

 制服姿からお出かけ用の私服に着替え、部活中に友達の萌香ちゃんから貰ったヘアアクセサリーで髪の一部をサイドに束ねた。

 

 鏡の前に立って自分の姿を確認し、貰ったアクセサリーが今の服装によく似合っていると思う。

 私が揃えている衣類を知っているかのようなヘアアクセサリーだった。これからお出かけのときには出番がありそうだ。

 

 長期連休になると恒例となったお泊りのお勉強会。

 お母さんに千聖ちゃんの家に泊まってくると言って、ボストンバッグを持ち家を出た。

 

 何事もなく千聖ちゃんの家に到着。玄関のインターフォンを鳴らす。

 千聖ちゃんが出てきて家の中へ案内される。

 

 リビングに案内されて食卓のテーブルには食事の準備ができていて椅子に腰をかけ、二人で世間話などをしながら楽しく食事をする。

 こういった時に私達の両親は外で自分の友達と食事をしたり、先に食べたりと気を遣ってくれる。

 

 食事が終ると後片付けをした。少しの休憩を挟んでから、手荷物を持って千聖ちゃんの部屋に向かった。

 お兄さんの扉の閉まった部屋の隣が千聖ちゃんの部屋だ。千聖ちゃんが自分の部屋の扉を開けて部屋に入り、私も続いた。

 

 千聖ちゃんの部屋の隅にボストンバッグを置かせてもらって、勉強道具を取り出した。

 

 お勉強会の時に用意される座高の低いテーブルの上にお互い勉強道具を並べ、夏休みの宿題の復習や夏休み明けのテストに向けての予習など黙々とはじめる。

 一人で勉強するときより二人でする方が集中できる。学園のスタディールームに残って勉強していく人たちも同様の理由だろう。

 

 休憩を挟みながらの勉強は、日が落ちて夕方になり夕暮れになった。

 

 千聖ちゃんの両親と一緒に四人で食事をしてご馳走になり、千聖ちゃんと一緒にお風呂に入り、今度は勉強を教えあう。

 終わった後にお喋りをして、パジャマに着替えて一緒のベットでお互いにシーツを掛けて就寝についた。

 

 家で過ごすのと変わらない時間が過ぎ去ろうとする。

 しかし、眠りが浅かったのか私は目を覚ました。

 

 顔と目の動きで周りを確認。

 

 閉め切ったカーテンは薄黒く、千聖ちゃんの部屋はまだ暗い。

 静寂の中は千聖ちゃんの呼吸と時計の音だけがあった。

 

 現在の時刻を確認しようと体を起こそうとして、千聖ちゃんに手を握られていることに気づく……一緒のベットに寝ても手を繋ぐことはなかったはず。

 でも、千聖ちゃんの手から伝わる体温がなんとなく落ち着くから、手を握られたままでもいいかなって思った。

 

 

―コンコン

 

 

 扉の叩く音がする。

 

 軽く体を起こして部屋の扉をじっと見たけれど何も起こらない。

 怖くなり、横になって千聖ちゃんの方に顔を向けて目を閉じる。

 

 

――コンコンコン

 

 

 間が空いてから再び部屋を叩く音が聞こえる。

 音の方向は千聖ちゃんのお兄さんの部屋からだ。

 

 千聖ちゃんのお兄さんは京都の大学で勉学を学びに移住しているのを知っている。

 半日ほど千聖ちゃんの家にいるのに隣の部屋から物音一つせず、家族との食事に現れず話題にもなかった。

 

 真夜中に壁を叩く理由も思いつかない。

 もう聞きたくないと、より強く目を閉じる。

 

 千聖ちゃんが頼りだった。お互いの手の体温が恐怖を和らげる。

 

 

――ドンッ

 

 

 何か重たいものが壁にぶつかり響く。

 

 私は小動物のように驚き震えた。

 異常事態により大きな温もりが欲しくなって千聖ちゃんに抱きつく。

 

 間が空いても重たい音が一度響いたきり鳴らない。

 けれど怖くて、早く眠れ早く眠れと思いながら、仰向けで寝ている千聖ちゃんの身体を抱き枕のように横から自分の身体を絡ませる。

 

 気持ちに余裕がない中、時間だけが過ぎてゆく。そうして、いつの間にか眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――のん、花音。

 

 

 女の子が私を呼んでいる気がする。

 意識が覚め、目を開くとぼやけた視界が少しずつ明確になってくる。

 

 

「花音、朝よ、起きて。かーのーん、朝だから、お~き~て~」

 

 

 目の前に千聖ちゃんの横顔があった。うっすらと頬に朱みを帯びている。

 

 

「ふあ? ……あ、おはよう」

 

「おはよう、花音。お互いの家にお泊りしているけどベッドで抱きつかれたのは初めてね。嫌ではないけれど、そろそろ起きたいから放して欲しいの」

 

 

 眠りにつく前、頭の中が混乱しちゃって千聖ちゃんに抱きついたまま寝たのだった。

 仲のいい友達になってから手を繋いだことは数えるほどしかない。自分から千聖ちゃんに抱きついたのは初めてで恥ずかしかった。

 

 羞恥心でちょっぴり顔が熱い。

 

 

「……あの、えっと、その…………はい」

 

 

 シーツの中で千聖ちゃんを開放する。

 

 

「ありがとう……さ、流石に恥ずかしいわね」

 

「ふぇぇ……言わないで欲しかったよう。うぅ~ごめん~」

 

 

 恥ずかしさを言葉にされたことで自覚が強くなり恥ずかしさも強くなる。

 千聖ちゃんもますます頬を火照らせた。

 

 

「ごめんなさい。つい……んっん。起きましょうか」

 

 

 私達はベッドから抜け出す。時計を見ると学校に登校しているときより遅めの時間だ。

 千聖ちゃんは午前中からレッスンなどの予定が入っているため、この時間から起きないといけなかった。

 

 先に千聖ちゃんが洗面台を使い、私はその間に着替えて荷物の整理をする。

 千聖ちゃんが戻り、交代で私が櫛やヘアアクセサリーを持って洗面台に向かった。

 

 何度も泊まっているので洗面台の周りに何があるかわかる。いくつか必要な物を借りる。

 洗面台の前に立って、ゴムで髪を後ろに束ねて、顔を洗って、口を濯ぐ。借りたタオルで顔を拭き洗濯カゴに入れて、ゴムを外して鏡の前で髪を梳かして、横髪の一部を束ねようと洗面台の横のテーブルに置いたヘアアクセサリーを手にする。人の気配を感じて動きを止めた。

 

 気配の方に顔を向ける。

 そこには部屋の出入り口を塞ぐようにして若い成人男性、千聖ちゃんのお兄さんが俯き気味にして立っていた。

 

 いつからお兄さんはこの家にいたのだろうか。足音もなくそこにいて、昨日の出来事もあって警戒してしまう。

 

 

「……おはようございます、お兄さん」

 

『――――』

 

 

 顔に生気はなく、能面のように表情を変えずに口を動かし、聞こえない小言をぶつぶつ話す。

 

 

「ご、ごめんなさい。よく聞き取れないです……お兄さん?」

 

 

 話しかけても反応がない。

 不気味に感じて私は一歩距離を取った。

 

 部屋の出入り口はお兄さんが立っているところだけだ。

 

 お兄さんの動きに注視しながら、手をフリーにしようと、ヘアアクセサリーを置いた場所にゆっくりと戻す。

 その瞬間、お兄さんの姿が初めからなかったかのように消えてしまった。

 

 

「いない……? 目の錯覚なのかな……でも、はっきり見えてたし……」

 

 

 周囲を見回しても誰もいない。

 ヘアアクセサリが原因かと思い、もう一度手に持って確認したけれど誰もいなかった。

 

 

「勉強……疲れなのかな……千聖ちゃんといっぱいし……」

 

 

 私は自分に言い聞かせるように口に出す。

 大体の用は済んだから足早に部屋から出た。

 

 千聖ちゃんの部屋に戻ると千聖ちゃんがいない、私が時間を掛けている間に朝の準備を済ませたのだろう。

 はやまる胸の鼓動を抑えつつリビングに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リビングの食卓には席に座る千聖ちゃんと、台所に調理器具などを洗う千聖ちゃんのお母さんがいた。

 

 平日なので千聖ちゃんのお父さんは先に家を出たのだろう。

 私はホッと胸を撫で下ろした。

 

 食卓の上にはできたばかりの料理が並んであった。

 千聖ちゃんは私がリビングに入ったことに気づき、安堵している様子を見て話す。

 

 

「浮かない顔ね、どうしたの?」

 

「うん。さっきね、千聖ちゃんのお兄さんを見たような気がしたんだけど――」

 

 

 私は言葉途中で話すのを止める。

 不意を突かれたようで、千聖ちゃんの表情が固まり、千聖ちゃんのお母さんは洗い物の汚れを落とす動きが止まったからだ。

 空気が凍ったように感じた。

 

 千聖ちゃんのお母さんが洗い物をやめて、台所に掛けてあるタオルで手を拭う。

 私の方へと歩き、立ち止まり向かい合った。

 

 千聖ちゃんのお母さんは縋るような潤んだ目をしていた。

 

 

「花音ちゃん、聖也をどこで見かけたの?」

 

「せ、洗面台の部屋にいるときに見かけたんですけど、いきなり目の前で消えちゃったから見間違いだったのかなって……」

 

 

 千聖ちゃんのお母さんは一度目を閉じて、笑顔をつくる。

 流石千聖ちゃんのお母さんと言うべきか鬱屈した雰囲気をかき消した。

 

 

「そうなの、ごめんなさい。驚かせてしまったわね。聖也がいきなり帰って来たと思って舞い上がってしまったみたい。もしも、聖也を見かけたのならオバサンに教えてね」

 

「……はい」

 

 

 私は了承の返事だけで他に言葉がでなかった。

 

 何事もなく席に着き食事をする。

 いつも通りの会話をして、いつも通りに千聖ちゃん達にお礼を言って荷物を持って家を出る。

 

 帰り道。いつもと違う勉強会になってしまったことに、行く先不安を感じた。

 

 

 

 


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