夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一八話.煤けた背中

 

 

 

 学園の放課後、RoseliaはCiRCLEの練習スタジオに全員が集まり、リサが燐子と相談して引き継いだ役割を皆に説明していた。リサの首の包帯や片目のガーゼパットが嫌でも目に入るものの、バンドメンバーは普段通りに振舞っている。

 

 

「白金さんの事情は理解しました。むしろ、衣装に関しては今まで一任してしまっていたので申し訳なかったくらいです。そして、今井さん。今後ともよろしくお願いします。先週顔を出して頂いた時に、体調の問題はなさそうだと把握しましたので期待します」

 

 

 タレ目で委員長系の紗夜が激励の言葉を掛けた。リサはちゃんと答えるよ、と言って期待を背負う。

 

 

「りんりんが家業をね~」

 

 

 あこは最近、オンラインゲーム内で燐子から家業の件を耳にしていた。ゲームを引退するかもと聞いていたが、まさか事実になるとは思いもしなかった。

 

 

「バンドの活動に支障がでなければ、それでいいわ。リサの衣装作りが難航するなら外部委託をするから無理そうならいつでも言って頂戴」

 

 

 友希那は凛とした声で言い放つ。冷たいとも感じさせる物言いはいつものことである。

 

 

「大丈夫だって。入院生活で何もしてなかった訳じゃないからさ、生まれ変わったアタシを見ててよ」

 

「なら、成果を出しなさい。リサを待っていた私達が唸る成果をよ。大言を吐いて甘い結果なら承知しないわ」

 

 

 厳しすぎるのでは、というリサ以外の視線が友希那に刺さるが、友希那は断固として言葉を撤回しない。友希那だって病み上がりで心配はしているが、目指すは山の頂である以上優しするつもりはなかった。もっとも、入院の件でリサのベースの腕が落ちていたとしても脱退を勧めるつもりもなかった。

 

 リーダーの合図でそれぞれ持ち場につき、全体練習が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、バンド練習が無事に終わり、家に帰宅したあこは荷物を置いてベッドに飛び込む。

 

 

(リサ姉、別人に憑かれたみたいに上手くなってた。最初はすごい!って思ったけど、友希那さんに追いついちゃって置いてけぼりを食らった気分……急激に技量が伸びることってあるだなー)

 

 

 Roseliaのバンドに加入してからというもの、リサは友希那の背中を見続けていた。プロに認められている友希那が音楽業界より単身でスカウトがくるほどの歌声である。それに対し、リサはというとメンバーの中で技量が最下位であった。音楽に触れ続けていたメンバーの中で唯一ブランクがあり、子供の頃に演奏を辞めてからかなり期間が空いたのだから当然である。

 

 その技量のリサが、再開してから半年も練習していない彼女が、友人関係など他を削り一〇年以上も歌唱力を磨き続けていた友希那に並びたったと思わせるのだから二カ月間の成長力はいっそ異様であった。すごい、というよりも怖いという感情が先にくる程度には。

 

 うつ伏せから仰向けになったあこは自身の顔を両手で叩く。

 

 

「だめだめっ、変なことばっか考えていたらヤな子になっちゃうんだから……!」

 

 

 あこは気分を変えようとベットから飛び起き、オンラインゲームをするため部屋を出た。あこのPCはリビングにある。恐らくは、中学生に有害なサイトを開かせないための親の配慮だ。

 

 席に着き、PCを起動させたあこは今流行のオンラインRPGを開く。そして、予期していた通り燐子はいない。味気なさを感じてSNSを送るが返答はなく、他に登録してあるフレンドと冒険に出た。

 

 しばらくゲームをプレイしていると、頭にバスタオルをのせた風呂上りの巴が横からあこの顔を覗いた。

 

 

「あこ、どうしたんだ? 帰ってきてすぐの食事をしてるときも浮かない顔をしてたけど、ますます変顔になってるぞ」

 

「んー、りんりんがねー、あまりゲームをしなくなちゃった」

 

 

 フレンドとゲームをしているため、顔はモニターに固定したまま姉の問いに答える。ゲームに意識を割いてるので話す速度も遅い。

 

 

「お、もしかして燐子さん、ついに彼氏ができたとかか?」

 

「ちがうー! 敬太は携帯を解約したみたいで電話繋がんないし、りんりんは家のお手伝いだよ」

 

「うん? 一人暮らしだったよな、そいつ。携帯料金未払いだったんかね? 確か、共立の人だったよな。学校には顔を出しているのか?」

 

 

 巴は敬太が失踪したとの情報を持たないゆえ、口調は軽い。あこは深刻な話をするかどうか逡巡し、今はまだ伝えるのを止める。巴の口から両親に伝わり、危険な事柄から遠ざけられるのを危惧したためである。

 

 

「来てないって。敬太のクラスメイトの人に聞いたけど急に登校しなくなったってそう言ってたよ。それとその日辺りかなー、りんりんの様子が変になったの。今まで敬太のこと愛称で呼んでたのに急に他人の人扱いするようになっちゃって、びっくりした。あぁ、ヤバッ」

 

 

 戦闘プレイ中、誤操作してフレンドと共に窮地に追いやられる。

 

 

「急な不登校ってのもおかしな話だな。それに、燐子さんって情に深い人だし、田町って奴が何か怒らせることをしたんじゃないか?」

 

「とも思ったけど、なんか違うっぽい。敬太の事は浅い話しかしないっていうか、全部忘れようとしてるっていうか。あこよりりんりんの方が敬太を知っているのに逆になっちゃって変な感じ。話が噛み合わないことがあるんだよ」

 

「んー、考えてもわかんねぇな。あとで燐子さんに聞いてみるか、もちろんぼかしてな」

 

「ほんとー? 助かるー! あとであこにも聞かせてね!」

 

 

 モンスターを討伐したあこはフレンドと別れ、パソコンの電源を落とす。敬太のことを突っ込まれて、余計な口を滑らせたくなかった。

 

 

「ゲーム、もういいのか?」

 

「うん、気分転換だったし、欲しいアイテムはゲットしたしね。宿題しなくちゃ」

 

「自己管理できてなりよりだ。小さくてもしっかり者でいて、あたしも鼻が高いよ」

 

「目標はお姉ちゃんなんだ。バンドも趣味も、勉強も、手を抜かないようにしっかりやるよ。それと小さいのは余計! すぐに大きくなるもん!」

 

「ははっ、楽しみにしてるよ」

 

 

 巴はあこの頭をぽんぽんと軽くなでる。あこはそのうち身長も追いついてやると言って、自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、あこは一週間ぶりに敬太が通っている共立高等学校に顔を出す。前回うっかりして携帯番号の交換を忘れたため、校門前で敬太のクラスメイトを待っているのだ。学生が帰宅する中、目的の人物を発見し、手を振った。

 

 

「宇田川ちゃんか、理由はわかってる。場所を移そう」

 

 

 友人達と帰宅する神田明の姿がそこにいた。それから、あこは友人達に浮気だと冷やかされる明を連れ、近場のコンビニの物陰に潜んだ。

 

 明は覇気のない声で敬太のことだよなと話し、あこはお願いしますと言って頷く。

 

 

「この二週間、悪い進展だった。というよりか、先週の日曜日を明けてから敬太を探すのを辞めたんだ。悪いな」

 

 

 人がいなくなって二週間、なんの音沙汰もなければ諦めてもよい時期だろう。人によってなので長いか短いかはあるだろうが。

 

 

「何があったんですか?」

 

「家にまったく帰らない、学校には来ない、あいつの好きそうな場所にはいない。ガラの悪いヤツが集まりそうな場所を見てもどこにもいない。補導覚悟で深夜を見て回っても駄目、君の友人に聞いても手がかりすらない。

 いよいよとなって、山梨にある敬太の実家に行ったのさ。だけど、酷いもんだ。あいつの住む地区は人っこ一人といやしないし、周囲の住民だって不気味で近づきすらしない。実家に侵入してみれば荒らされてるときたもんだ。

 敬太の親は何をしているか知らないが、実験動物みたいな奴に喰い殺されそうになったしな。……ヒグマの奇形児のような肌が爛れた生き物っていえば危険性が分かるか? とにかく異常だった。常人が関わるようなことじゃない。あいつの実家には近づくな、冗談抜きに死ぬ。俺はもう行きたくない。それを踏まえてさ、それが事件になってないんだ。火事が発生したみたいでニュースにはなってたけどな。

 正直、あいつの親が何かしでかして一緒に夜逃げでもしたんじゃないかって疑ってる。君には悪いけど、俺はあいつを待つことにしたよ」

 

 

 予想を上回る出来事に、あこは現実を受け入れるのに苦労する。

 

 

「あの、実家の……家の中はどうなっていたんですか? 人はいたんですか? 詳しく教えてくださいっ」

 

「あいつの実家は家が荒れてた。それが泥棒なのかあいつの親を恨んでいる奴なのかはわからない。でも、人はいなかった。あいつの両親っぽい人も見かけない。いたのは実験動物らしき生き物だけだ。あと、こんな事を言っても納得しないだろうけど、もう気持ちを切り替えたほうがいい。

 昨日、白金さんに話すつもりだったんだが連絡がつかなくてな。SNSだけ置こうにも、大事な話しだし電話で話そうと思う。他に聞きたいことはあるか?」

 

 

 何か手がかりになる話をとあこは考えるが、頭が上手く回らない。自分が起こせる行動は明が全てやってしまった感がある。あこは何か、何かと焦った。

 

 

「敬太の両親が何をしていたか、知らないんですよね?」

 

「いや、少しは知ってる。母親は専業主婦、父親は資産家なのかわからないが自営業で企業勤めじゃないみたいだ。不定期に外出しては、お偉いさんらしい役職持ちの人間と話しているとは聞いた」

 

 

 これ以上調べるとなれば学生である能力を超える必要がある。そのところまで明は情報を掻き集めていた。明はあこに、あとは探偵の仕事だろと同意を求めてくる。しかし、あこは煮えきれなかった。

 

 

「もう一度言うぞ、母親は専業主婦で父親は自営業だ。だけど、父親は実際何をしているかわからない。その両親が住む地区の人々が消え去って、敬太の実家には怪物らしきものがいた。

 事故で家は燃えてるが、表立って悪意ある事件になってない。で、その父親は恰幅のいい身なりの人と話している。もう、学生の手に負えるもんじゃねーだろ……」

 

 

 言いたいことは全て言い切ったと疲れた様子を見せる明。最後のその声はわずかに震えていた。爽やかな活気がなく、彼が二週間前より老けてみえた。最早、あこは彼に掛ける言葉がない。

 

 沈黙が降りると、明は「もう俺は帰るな。危険なことはすんなよ」といって自宅へ歩いていく。あこは明を止めることなくお礼を言って背中を見送った。しばらく呆然と佇むと、いつの間にかバンド練習時間が迫っていた。

 

 

 


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