夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一七話.燐子編、終幕

 

 

 

 田町家での事件から翌週の休日。花音はフェミニン系、燐子はガーリッシュ系でドレスアップした服装でピアノコンサートの会場を出た。奇しくも田町敬太が誘った場所と同じ会場である。

 

 

「……花音さん、本日はありがとうございます……」

 

 

 燐子は花音にお礼を言って、軽く頭を下げる。

 

 

「うん、気持ちの切り替えって大事だし、いくらでも都合をつけるよ」

 

「……家の事情を知ったりとか、私の取り巻く環境が……変わるかもしれませんので……来てくれて本当に嬉しかったです……」

 

「お母さんへの返答期限、今日までなんだよね。手助けになってよかったよ」

 

 

 燐子は母親から今まで秘密にされていた家の事情を知った。父親の仕事先の保護の元、これ以上厄介ごとをかかえずにバンド活動や青春を謳歌するか。それとも、血生臭い裏事情を知り、自身の身を守るすべを身に付けるかだ。

 

 両方メリットデメリットがあり、前は思いがけない事件に見舞われるかもしれないが今まで通りに日常的生活を送れる。後は怪物や誘拐犯への対処を身に着けるが衣装作りの時間はなくなるし、場合によっては好きなゲームやバンド活動の自粛もありえる。

 

 燐子が所属するバンドは、リーダーである湊友希那の、バンドに全てを捧げる覚悟はあるかと他者に迫るゆえに、日常における余暇が少ないし、あことコミュニケーションツールにもなっているゲームだってそれなりに時間を費やしている。衣装も創作していることもあり、修行に充てる時間はないのだ。何かしら削らなければいけない。

 

 もしも、答えを出せないようなら、両親は秘密を教えず燐子に普段の生活をさせるだろう。けれど、その答えは今日決まった。燐子は賑わう通りから花音を連れて人ごみから離れる。

 

 人がまばらに歩く林の下で足を止めて、燐子は片手バックから携帯を取り出し電話を掛ける。通話が繋がった。

 

 もしもし、と電話に出た母親に例の件を話を持ち出した。

 

 

「……お母さん、決めたよ……。……私、お母さんと同じ道を進みます……!」

 

 

 母親に自信の意思を伝えた燐子。数秒の間が空き、軽いため息をした燐子の母親はわかったと言って、燐子の意見を尊重する。それから、その場で待っていてと言い、燐子の母親は通話を切った。

 

 どういうことだろうと思う間もなく、リサがひっそりと二人に歩み寄る。

 

 

「やっほ~、燐子。デートのお邪魔しちゃって、ごめんねー?」

 

「……え、えっ……? ……今井さんに……うそ、お母さんまで……!?」

 

 

 燐子と同じガーリッシュ系でドレスアップしたリサと、巫女装束に身を包み、弓道道具を背負った燐子の母親が携帯を耳に当てたまま歩いて燐子達の前に立った。

 

 

「燐子のお母さんにお願いされて、アタシもコンサート会場にいたんだ。燐子のお母さん、今月ちょっとした出来事があったみたいでさ、相当心配してたみたいだねー。探偵気分だったよ♪ 

 あと、電話越しから燐子の意思を聞かせてもらったよ。これから時間が厳しくなるし、衣装作りは全面的にこっちで引き継ぐから、イメージとかあればアタシに教えてね」

 

「……で、でも……今井さんの負担が途轍もなくなります……。……確か……手芸は編み物くらいだって……」

 

「いーや、任せてよ。会わない間に結構スキルアップしててね、燐子ほどではないけどそれなりに衣装を作れるんだぞー?」

 

 

 燐子は感謝を顕わにし、お願いしますと深々頭を下げた。

 

 

「家、隣同士だし友希那にはアタシから伝えておくよ。……でもって、花音には悪いんだけどいいかな」

 

 

 リサは燐子から花音の方へ向き直る。少々ばつが悪そうだ。

 

 

「う、うん、何かな?」

 

「先週のことなんだけど、アタシって燐子に話の順序があるっていったじゃん? これから寄り道して今後の事を三人で相談するから、ここでお別れ。ごめんね?」

 

 

 表向きは部外者である花音だ。燐子と一緒に危機を乗り越えたとはいえ、聞けないこともあるだろう。花音は素直に引き下がることにする。

 

 

「ううん、ちょっと気になるけど、燐子ちゃんの家のことや私に話せないこともあるだろうし、今日は帰るよ」

 

 

 それから、花音はそれぞれ謝罪を受け、燐子とまた学園でと挨拶をし、去り行く燐子達を見送った。

 

 一人取残された花音。コンサートが終わり、しばらく時間が立ったので周囲には誰もいない。まさか一人で帰宅するとも思っていなかったため若干の寂しさがあった。

 

 

「……ご飯、どうしようかな」

 

「でしたら、私の家で食事でもして行きますか? 夕飯はまだでしたよね?」

 

 

 気配なく、いつの間にか花音の隣に立っていたつぐみに話しかけられた。

 

 

「ふえぇぇえええっっ!?」

 

 

 花音は驚きその場から飛びのき、靴の擦る音と共に土煙をたてる。

 

 

「可愛い見かけに反してスタイリッシュですね。公園でお会いした時より、動きの無駄が減ってキレがありいい感じです。実戦経験で自然と身についたみたいですね」

 

 

 すごいです、と我がことのように喜ぶつぐみ。田町家で遭遇した命のかかった実戦により花音は自らの壁を越えいた。

 

 とはいえ、驚かすように登場するのはたまったものではない。花音は速くなり響く心臓を労わるよう手を胸にあてて、相手を確認しては息を吐き出す。

 

 

「もぅっ、つぐみちゃん、心臓に悪いよぅ!」 

 

「ふふっ、ごめんなさい、あがってきた報告を見て気になったものですから、つい。

 それはそれと、今週はお疲れ様でした。田町家の家が崩壊した件で事情徴収をされたそうですね。警察の方々も学園に知られないよう配慮をしたみたいです。大変でしたね」

 

「タクシーで降りたことがちょっとした噂になったみたい。でも納得できないことがあってね、ついに電車やタクシーを降りる場所まで間違えて迷子になったのか……なんて凄く深刻そうに言われちゃったの。私、ここ最近お世話になってないんだけどなぁ」

 

「むしろ期間が空いたことでとんでも発想になったみたいですね」

 

 

 子供のころから迷子で警察にお世話になり続けていた花音。肩を落とし不服そうだった。長年の固着してしまったイメージはそうそう脱却はできない。花音はつぐみにいじられつつ、喫茶店へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は羽沢ブラックマーケット店。いつぞやの異様な気配を纏った料理を食べ終えた花音はつぐみと一緒に食後の紅茶を楽しみながら話し合う。

 

 

「当面、教会や私からお願いすることはないですね。こころちゃんからの依頼達成でしばらくフリーになると思います」

 

「うん、探りを入れて報告しなくてもいいって言ってたよ。あと、せっかくの縁だから友人付き合いを大事にしてね、だって」

 

 

 お手伝い終わちゃった、と呟く。こころに燐子の件を報告し、次は何だろうと期待していたが、次のお願いまで待機を言われていた。

 

 

「白金さんはお母様から様々なことを教わるわけですし、リサさんも入りますからサポートは十分だと思われます。最終的に私達が派遣されることなく、自力で敵対勢力に対処できるといいですね」

 

「あっ、それでね。こころちゃんから、リサちゃんはこころちゃんの味方だって教えてもらったんだけど教会側じゃないんだよね?」

 

「そうですね。弦巻家でも教会でもなく、こころちゃんの味方です。退院したので、そのうち弦巻家で顔を合わせると思いますよ。忙しいみたいですけどね。

 コンビニの店長さんに正式にバイトを辞めることを話したり、掛け持ちしている部活の退部とかして、身辺を整えている最中です」

 

「こころちゃんとリサちゃん、いつから接点ができたのかな。つぐみちゃんは教会を通してこころちゃんと知り合ったの?」

 

「花音さんが先週体験した出来事。その理不尽に抗う力が欲しくて、ですね。そういう花音さんも暴力がある世界と知ってなぜこちら側に踏み込んだんですか?」

 

「見えない薄い壁ができそうで嫌だったからかな。足手纏いになるかもって思ったりもしたけど、知れるなら知りたくて」

 

「感情って難しいですよね。知ってしまうと守られる立場でいることがなかなかできないです」

 

 

 そうだねと花音が微笑を浮かべれば、つぐみも苦笑する。どのような事情であれ、二人は自らの意思でこちらの世界に踏み込んだのだ。知るがゆえに苦しむことも多くなるだろう。

 

 以降、雑談を交えながら花音とつぐみは会話に興じる。今後、田町関連で危険にさらされた面々は敬太を追うことはない……気持ちが置き去りとなったあこを除いて。

 

 

 

 


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