夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一五話.とある男の子の実家~追跡~

 

 

 

 猫は自身のピンチに颯爽と登場し、怪物を倒した若い女性に助けられた。けれど、その存在がゆえに警戒する。

 

――あっはは~、やっぱり動物にばれちゃうかー☆ ……煽ってない、煽ってない、そう威嚇しないでってば。ホントはもっと早く助けるつもりだったんだよ。だけど、今になって内なる自分が理性なく暴れちゃってねー?

   

 猫はまったくの別種であるが怪物と同様な臭いがするといい、さては内に怪物を飼っているのかと高い声で唸る。

 

――東京のあの街に住んでたなら嗅ぎなれているよねー、今更じゃん? それに松原さんの知り合いで燐子の友達だからさ、少しは信用して欲しいなって。

 

 猫は怪物だと思われる少女に携帯に映る写真を見せられ、逆立てた尻尾を下げた。猫が見た限りでは燐子達の楽しそうな表情が写っていたのだ。

 

――内なる自分ってのも、ちょっとしたジョーダンだから間に受けないでいいからね。

 

 猫は誤解されるようなくだらんことは言うなと鳴き、友人達は上に逃がしたので頼めるかという。

 

――いっしょに来ないのが意外なんだけど……君はどうするの? 

 

 猫は金庫内で倒れている人間である少年のお守をする、あのまま放置するのは心配だ。それに今の怪我では足手纏いになるだろう、と。

 

――わかった。こっちは燐子達を見つけ次第脱出するから、君も早く逃げてね。

 

 猫は猫パンチで優しく起こすと自信満々にいい、友人達は上に逃がしたと怪我を負った前足を伸ばして上階の階段にだと指し示す。

 

――りょーかい、おねーさんに任せなさいってね♪

 

 少女は猫に手を振り、階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花音と燐子は無機質なうすら寒い無人の通路を歩き、次の部屋に出た。研究所と同様、広い室内は荒んでいる。

 

 前の部屋が研究所なら、この部屋は邪悪な儀式の間というべきところ。五稜塔の最上階と似た雰囲気を放っていた。

 

 こちらは石壁に幾つもの絵が描かれ、己を捧げる痛々しい描写が多数ある。他には床にひびの入った水晶が転がっていたり、黒い染みのある杖などが無造作に投げ捨てられていた。

 

 燐子は何かに気づいたように辺りを確認し始める。

 

 

「どうしたの?」

 

「……先ほどの通路もそうでしたけど……照明となる家具家電がないんです……。……なのに明るい……」

 

 

 花音は燐子に言われて、見渡してみれば明かりになるものが発見できなかった。

 

 

「あっ、本当、よく気づいたね」

 

「……RPG、こほん……いえ……冒険譚やファンタジーものが好きなので……たぶん、それのおかげだと思います……。

 あと……この部屋の床なんですけれど……私達が飛び降りた最上階の床の模様と……似ている気がします……。……もしかすると……脱出装置になっているかもしれません……」

 

 

 燐子はひときわ目立つ、中央の床に描かれた幾何学的な陣を指差す。

 

 

「言われてみれば似てるかも? この上にのったら移動できるかな?」

 

「……それは……ごめんなさい……確認してみないとわからないです……」

 

 

 花音は床に転がっているものを拾い、部屋の中央にある陣に投げ、安全性を確かめては二人で陣の真ん中に立つ。

 

 

「反応ないね、仕掛けがどこかにあるとか」

 

「……そうですね……、来た道以外の他に通路はないようですし……この部屋を調べてみましょう……」

 

 

 花音と燐子は手分けして室内を探索しはじめた。

 

 花音がどこかに仕掛けはないかと探していると、床に転がる一冊の手帳を見つける。脱出のヒントになればと手帳を拾い、開いた。

 

 中身は予定がびっしりと書かれており、二週間前の予定を最後に途切れていた。

 

 記述は白金燐子の洗脳もしくは誘拐について書かれている。更に予定を遡れば、”音楽コンサートの誘い出しが完了”や”白金燐子をデートに誘わせる”とあった。淡々と書かれている文章に花音はストーカーの計画を知った被害者になったかのような怖気ましさに晒された。

 

 ページをめくり手帳に釘付けになっていると、花音の様子に気づいた燐子が脱出の手掛かりを見つけたと思い、友人の傍に寄っては何か見つけましたかと横から手帳を覗く。

 

 花音は燐子に手帳を見せていいものかと逡巡している間に手記にある不穏な文字羅列を読み取り、内容の一部を理解した燐子は眉をひそめた。

 

 

「……こんな長い期間……この人の悪意に纏わりつけられ……虎視眈々と狙われていたんですね……。……私のお母さん……遠出をしようとすると顔を曇らせる時があるんです……。……なんでかなって思っていたんですけれど……きっと知っていたんでしょうね……証拠となる物品を見つけてようやく実感しました……」

 

 

 落ち込んだ声の燐子に花音がアクションをしようとしたその時、この部屋の出入口からカラスが甲高く叫び鳴く声が響いてきた。

 

 突然の奇声に驚いた花音と燐子。声の発生源へと視線を向ける。

 

 

「先手を潰しやがって、クソカラスがっ! 中で大人しくしく死んでいればいいだろうに、この期に及んでしつこいぞ!!」

 

 

 腕にカラスの頭を生やした全裸の男が、腕に生えたカラスの頭を争そっていた。

 

 田町の父親は腕の横に生えたカラスの頭を片手で掴み、力を込めては一気に引き抜き、ちぎれたカラスの一部を壁に叩きつけた。腕に生えたものを無理やり引きちぎったため、腕より血液が滴り落ちる。

 

 花音と燐子は怪物に喰われたはずの男の登場に驚愕を顕わにした。

 

 

「そう驚くな。恐らくだが俺もまたスワイプマンだったという訳だ。それもお前達に会う以前からな……まったく、記憶はないが俺はとうに殺されていたらしい。道理でパペットが主の言葉を無視して喰らったわけだ」

 

 

 しゃべる田町の父親を無視して、花音は燐子を連れて移動し床に転がっている両手杖を回収する。

 

 花音は相手を見据え、息を大きく吸い込み、杖を両手で構えた。

 

 田町の父親は、花音よりも花音に手帳を渡された燐子の方を見据える。

 

 

「ほう、俺の手帳を見つけたのか。そこに記述した通り、お前を狙う者は一人じゃない。お前を欲する組織がそれなりにいてな、復讐なり、見せしめなり、生贄なり、生き人形なり買い手は多数いる。情報を売るだけでもいい売価だった。

 お前のお友達に、恋愛本にでも感化されたか、やけに敬太とくっつけようとした奴がいただろ? 利用されているとも知らないで、あれはいい情報提供者だったよ。敬太を通して色々と知れた」 

 

 

 燐子に思い当たるとするなら、あこである。

 

 けれど燐子は、敬太に関する記憶もそうだが、敬太に関わった出来事全てが消えている。そのため、不快感よりも困惑の方が強かった。

 

 

「おい、黙りこむな。不快な顔をせずその態度はなんだ? まさかアイツの独りよがりだったのか? 冗談じゃない、成功している様子だったから行動を……待て水色頭、だまって距離を詰めてなにしている」

 

 

 口上を述べているうちに先手を取ろうとした花音は、奇襲を諦め、手に隠し持っていた携帯ライトを照射する。

 

 しかし、やはりというべきか、手の内を知れているため二度目は防がれた。手でライトの照射を遮った田町の父親は、まぶしそうにしているものの大きなめくらましとならない。

 

 花音は携帯ライトを燐子の方へ投げ捨て、床を蹴っては田町の父親に肉薄し、拾った杖で殴りかかった。肉弾戦である。いざという時の覚悟はとうに決まっていた。

 

 田町の父親は構え、防御態勢になる。

 

 押し迫った花音は両手杖をしならせ、非力な少女と思えない鋭い一撃が田町の父親の頭部を捉える。田町の父親は両腕を岩色に変色させると、腕でガード行い頭部への強打を阻んだ。

 

 室内に石と木が激突した音が響く。花音の持つ杖の先端が削れ、乾いた音が鳴らし中央からへし折れた。大人の人間でさえ骨折は間違いない威力だ。

 

 一方、田町の父親の腕に亀裂が入り、そこから血が滲み出る。

 

 花音と田町の父親は互いに驚愕した。花音は後ずさり、田町の父親は後ろに下がる。

 

 

「ふ、ふぇぇ……杖が折れちゃった……」

 

 

 渾身の力を込めたとはいえ、自身の想定を超える所業に声が震える。せいぜい意識を昏倒させる程度だと思っていた。けれども、威力は人を殺す威力を秘めている。やってしまったなと確信できるだけの手ごたえがあったのだ。

 

 

「ちっ、水色頭め、なんて馬鹿力をしている……! まるで熊だ、並みの男より力があるとはな!!」

 

 

 これで終わらんと吠えた田町の父親。腕だけでなく全身を岩色に変える。泥男よりか岩男といった名称が似合う風貌になった。

 

 とはいえ、花音が殴りつけた腕の怪我は回復せず、出血したままだ。

 

 

「一度殺され感知することなくスワイプマンとなり、二度目は従僕に喰われて能力を獲得した。失った物は大きかったが、人の形を保ったまま能力を得たのならこれも悪くない。

 水色頭の運動能力は相当なモノのようであるし、取得したばかりの力を試す実験台になってもらおうか」

 

 

 岩色の全裸の男は己の拳と拳を叩き合わせる。拳は石礫で殴り掛かられるのと同様だろう。

 

 今度は田町の父親が殴りかかり、花音が防戦となった。

 

 田町の父親が拳を繰り出し、花音はハムスターごとくの俊敏さで攻撃を数発回避する。しかし、花音は攻撃に転じえない。人肌ならぬ硬度を持つ相手に攻撃する手段もないゆえに、じり貧だ。

 

 己の感覚を頼りに懸命に避ける花音であるが、本来物理的に戦う人でないため、相手の攻撃を全力で回避するし余分に体力を削っていった。

 

 花音は次第に動きの精彩さが欠け、避ける行動が甘くなる。そして、とうとう力の篭った蹴りを一発喰らってしまった。

 

 花音は呻く。体が浮き上がるほどの一撃は彼女の体を後方に吹き飛ばし、床へと転がした。幸い、ネックレスの効果で防壁が働き、痛痒はまだない。

 

 直前の役割分担で燐子は次の出口を探していた。けれど、嫌な音を耳にすると作業を中断し、花音の状況を見ると悲鳴をあげる。それからすぐ、燐子は回収した携帯ライトを田町の父親に当てた。

 

 追撃をしようとした田町の父親は、不意のライトの明かりが目に入り、狙いがうまく定まらなくなった。相手の動きが鈍ったことで花音は転がりながら立ち上がっては蹴りを躱す。

 

 

「いい加減にしろ! 狂った照度のライトめ、邪魔だ!」

 

 

 ターゲットを花音から燐子に移した田町の父親は、花音の存在を無視して燐子の方へと駆け出す。花音は急ぎ、相手を突き飛ばそうと近づいた。だけれど、田町の父親が無造作に振った腕に顔をぶたれて床に倒れる。

 

 全裸の男が疾走する。燐子は目くらましを続けるが、片手で光を遮る田町の父親の足を緩めるだけで止まるに至らなかった。

 

 

 


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