夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一三話.とある男の子の実家~探索~

 

 

 花音達は五陵塔の玄関の前に立ち、中に人がいないか呼び掛ける。けれども、門の呼び鈴と同様、呼び出し音が響くだけで住居の中から何の反応もなかった。明が先に訪れているはずである。それなのに彼からの反応もない。帰宅したのだろうか。

 

 花音は念のため、燐子に明へ連絡を取って貰うが応答はなかった。

 

 花音は嫌な感じを覚えつつ、玄関の扉に触れる――すると、自身の足がくるぶしまで沼地に浸かり、土塊でできた扉に粘土特有の湿気のある土と混じった油臭い錯覚が花音を襲った。

 

 

「松原さん……?」

 

 

 心配する燐子。

 

 花音は声を掛けられたことで我に返った。足は沼地に浸かってないし、目の前にあるのはごく一般的な素材の扉だ。先ほどの幻視はなんだったのだろうか。

 

 花音は立ち入りを迷うが、黒猫のヤマダに後押しされて扉を開けた。

 

 

「開いちゃったね」

 

「……そう……ですね……」

 

 

 花音は思ったままを口にし、燐子は不安な様子で花音の後ろから花音が開けた扉の先を覗く。

 

 

「……家の人……誰もいなさそうですね……」

 

「うん。神田さんが先に来てるはずだけど、ぱっと見た感じ物音もないしいなさそうだね」

 

「……もう一度、SNSを送ってみます……」

 

 

 神田明にSNSを送り、待つこと数分。

 

 

「やっぱり、応答ないです……」

 

「ちょっと困ったね」

 

 

 いくら待っても神田明からの反応はなく燐子の携帯に既読もつかない。

 

 不幸な事故か携帯の電池切れか。まさか田町啓太のように行方不明になったのか。幾ら思考を巡らしても、花音に判断がつかないことだった。

 

 昨夜、こころに遠方にある田町家へ行く旨を伝えてある。止められていないので自身の行動は致命的でないはずだ。しかし、良い案が思い浮かばないのも事実。花音は燐子に目をやると、燐子が花音の行動を待っていた。責任感が肩に重くのしかかる。

 

 

「……うん、室内は靴でいいみたいだし中に入ってみよう。もしかすると神田さん、何かに夢中で気づいていないだけかもしれないし」

 

 

 花音は扉を大きく開けて中へと入る。黒猫のヤマダも一緒に踏み入れる。

 

 

「……そうですね……。……神田さん、必死になって田町さんの事を探してらしていましたし……少しだけお邪魔させて頂きましょう……。……それで、ご家族の方がいらっしゃったのなら……謝罪をしましょう……」

 

 

 燐子は勝手に人の家へ入ることに乗り気ではなさそうであったが、ここまで来た以上後に引けなくなったのだろう。燐子は一度呼吸を整えたあと、花音の後に続き、五陵塔内部へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階のフロアは極めて普通である。家主か誰かいないか軽く回ったが、リビングやシステムキッチン、客間など、特に荒らされた形跡はない。花音達は早々に1階の探索は見切りをつける。

 

 次に、黒猫のヤマダ先導の下、花音達は三階まである螺旋階段を登り二階へと上がった。

 

 二階は物置部屋や田町敬太の部屋を確認できた。住人がズボラなのか物置部屋は散乱としており、何かを乱雑に探したような跡だ。そして燐子にとって肝心な敬太の部屋であるが、部屋の主に許可を取らず家探しするのに遠慮気味なこともあり、失った記憶に繋がる物は見当たらなかった。

 

 そこへ、焦れた黒猫のヤマダが敬太の勉強机を勝手に漁っては適当にヨレた冊子を引っ張り出す。

 

 

「田町さんの日記だね」

 

 

 花音はそれを黒猫のヤマダから受け取り、ページを開く。

 

 

「……あ、あの、人の日記を勝手にみるのは……あまり……良くないと思います……」

 

「そうなんだけど、突然人がいなくなった兆候とかの手掛かりがあるかもしれないし」

 

 

 花音は燐子の良識ある静止を気にせずページを捲り続ける。その後、おおまかな内容を理解した花音は大事なことがありそうだからと、燐子にも閲覧させた。

 

 その日記の中身はこう書かれてあった。

 

 曰く、こちらの家に慣れ心地良くすごせるようになった時期に奇妙な視線を感じるようになったこと。

 曰く、思い出が虫食いのように浮かばないことがあるので日記をつけはじめたこと。

 曰く、質の悪い悪戯か、就寝から起きた時に自身のベッドが土まみれになっていたこと。次第に自身の住む区域の中も同様な事件が多発し大騒ぎになったこと。

 

 そういったことが記載されていた。

 

 

「……ベッドの汚れですか……。……国内で騒がれていませんし……悪戯だとしても日記に犯人のその後は書かれてないようですし……。……伝染病ではないと思いますけれど……松原さんは知っていましたか……?」

 

「数年前のことだから自信はないけど、ニュースで流れてないんじゃないかな」

 

「……私も聞き覚えがないです……。……だとして……そのことが原因で一斉に不在になるというのも……突飛な発想で関連があるとは思えませんし……。……情報が不足していますね……」

 

「とりあえず、他の所も見てみよ?」

 

「……はい」

 

 

 事件の真相の手がかりを得たことで、燐子も、この状況を受け入れるようになったようだ。二人と一匹は田町敬太の部屋から離れた。

 

 他に、二階で見つかるものはない。探索を済ませて、三階にあがる。螺旋階段はここで終わりだ。

 

 三階は夫婦のフロアのようであるが二階よりも酷い有様だ。明らかに何者かが侵入した形跡がある。洋服があちらこちらへ散乱し、ベットの横に布団は投げ捨てられ、クローゼットや棚の引き出しはすべて開きっぱなしであった。

 

 けれど、見たところ何もなく、上へ登る階段もない。加えて、これより先は危険がありそうで、花音達は進むか悩んだ。

 

 そうしていると、黒猫のヤマダが4階へ続く仕掛けを見つけ、上の階の入り口が開かれた。花音達は悩んだ末、先に進むことにする。

 

 4階に到着すると、大きく区切り取った書斎には泥棒が入ったというよりかは、何かが暴れたような光景が広がっていた。

 

 

「こ、これって……」

 

「ハチャメチャだね、あれもこれも切り裂いたみたい本棚が原型をとどめてない」

 

 

 小さな図書館のような書斎には、家主の机だろうか、その後ろに分厚い鋼鉄でできた金庫の扉がこじ開けられていた。

 

 他にも、足の踏み場がないほどに床に散らばった本や資料があり、それらは土くれで汚れ、踏み荒らされている。更に上階に続く階段まであった。

 

 

「……あの……もう帰りませんか……? ……今更ですけど、こんなの普通じゃないです……」

 

 

 不安が一定を超え、遂に我慢できなくなった燐子が限界を訴える。挙動も落ち着かず、今にも走って逃げ出しそうな雰囲気があった。

 

 

「田町さんのことはいいの?」

 

「……はい……。……元を正せば……記憶の欠落の不安と……残念がるあこちゃんを見たくなくて……それだけで……。……神田さんの話を聞いてからは……人助けになれば……とも思っていたました……。……最近は松原さんに話を聞いてもらって……気持ちも落ち着いてきましたし……これ以上の行為は、私には荷が重くて……。……だから、後のことは警察の方々にお任せしませんか……?」

 

 

 不安に耐えながら話す燐子に、花音は薄まってしまった感覚を思い出す。

 

 今の燐子は普通の女の子であり、裏事情なんて知らない女子校に通う裕福な子女である。オカルトや暴力沙汰とは無縁だ。それを花音は、燐子が危険を承知で問題を解決したいのではないかと、思考がロックしていることに気づく。

 

 

「そっか、目先の問題解決ばかりじゃなくて、お話しして気持ちを昇華するでも良かったんだ。ごめんね、私、意気込みすぎてたかも」

 

 

 自分はこうだろうと、自身の気持ちの押し付けがあったと反省する花音。

 

 

「……いえ、すいません……私の問題なのに……松原さんにお任せするようなことばかりで……」

 

「私が好きでやっていることだもん。私も反省しなくっちゃ。そうと決まったら早くこの場所を離れよう。ヤマダさんもここまでありがとね……ヤマダさん?」

 

 

 気がつけば、黒猫のヤマダが静かに毛を逆立たせ、花音達と一緒に上った階段に注視し、唸っていた。攻撃的な目つきをし、相手にいつでも突撃できるよう低い姿勢である。

 

 

「……えっ、下の階から刺激臭がするの? 三階って何もなかったよね?」

 

 

 黒猫のヤマダは見落としたかもしれないと花音に訴えた。

 

 花音は考える。まさか神田明が刺激臭を纏って現れるとは思っていない。この家の家主や神田明の苗字を呼びながら探したのだ。質の悪いイタズラをするとも思っていない。加えて、外でカラス達が一斉に騒いでいる声も響いてきた。

 

 土くれが歩いている、と。

 

 

「……動物さん達が騒いでいるようですけれど……一体何が……」

 

「三階から変なのが来てるって! 上に行こう、窓があればなんとかできると思う!」

 

「……は、はいっ」

 

 

 燐子はどう何とかできるのかわからないが、花音を信用した。

 

 花音は動物達の警告より、五階へ急ぐ。その途中、黒猫のヤマダが、花音達に俺は殿だと高らかに鳴き、1匹だけ四階に残る。花音は階段を登りながら、黒猫のヤマダの身を心配するが、まず自分にできることをすることにした。

 

 階段を登り切ると、背中から地底の底から呼びかけるような鈍く響く声が耳に届く。土くれが黒猫のヤマダと対峙、したようだ。

 

 五階に到着した先は、五角形となっている室内だ。

 室内の壁の五つの内の四つは、壁面はなめし革であり、各壁にはどこかの原住民の作品とも思われる。血みどろでおどろおどろしく嫌悪感をもたらすようなものばかりだ。

 

 それ以外の一ヵ所だけ窓ガラスが嵌った大きな両扉があり、ガラス越しに一羽のカラスが外から窓をつついている。花音達は不快な絵に一瞬怯むが、両扉へと移動し、内側のカギを解除して両扉を大きく開けた。

 

 花音は真正面から、燐子は壁を強く掴んで窓際から下を覗く。

 

 

 「……か、花音さん……っ! ……まさかロッククライミングするとか……ないですよね……? ロープになる物もありませんけど……どうするんですか……?」

 

 

 用途不明の扉すぐ下は地面であり、まさに断崖絶壁。もしも、落ちたのなら叩きつけたトマトと同じく真っ赤な花を咲かすことに想像は難くない。

 

 扉をつついていた一羽のカラスが室内へと入る。燐子は一瞬、そのカラスに気を取られ――

 

 

「燐子ちゃん、ごめんね!」

 

 

 花音は燐子の返答を待たずして前側から抱きしめる。燐子は何がなんだかわからず混乱するばかり。花音は足に力を込め、扉の外の際まで移動し、上体を窓の外へと傾けた。

 

 燐子は花音の凶行に顔を真っ青にする。

 

 二人はゆっくりと窓の外へと倒れ、紐なしバンジージャンプをするかのように崖っぷちへと落ちていった。

 

 

 

 

 


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