夕暮れに滴る朱 作:古闇
燐子と出かけ、つぐみの家へと立ち寄ったその日の夜、燐子からSNSが届いた。
白金燐子
:松原さん、こんばんは。今、お時間いいでしょうか?
学園から出される宿題を終えて予習をしていた花音。着信を合図に携帯を手に取り、休憩がてらSNSの内容に目を通す。
松原花音
:うん、大丈夫だよ。
白金燐子
:少し前に神田さんからのSNSにて、明日の早朝に田町さんの実家へ行くと連絡がありました。急なお誘いと遠出するのに知り合って間もないこともあって、断りのお返事をしています。ですが、ひとまず田町さんの実家の住所と経路を教えてもらいました。
松原花音
:燐子ちゃんは田町さんの実家に行きたかったりするのかな?
白金燐子
:正直、どうすればいいかわからなくて。田町さんの実家まで、新幹線と車合わせて片道二時間超えての移動となりますし……それに、実家に行くのは危険を孕んでそうで少し怖いです。
花音の文章を打つ手を止めて考え込む。けれど、自分に置き換えれば答えは簡単に出た。
松原花音
:なら、時間をちょっとずらして神田さんの後に続くとかしてみよっか。警察沙汰になるなら神田さんが通報してくれるかもしれないし。急なことになるけど、燐子ちゃんは明日の予定は空いてる?
白金燐子
:あの、新幹線とか遠出になりますけど、本当にいいんでしょうか? 私の覚えてない記憶と関係のない場所ですし、あまりご迷惑をかけたくないです。
松原花音
:でも、それだけやって手を尽くしたって納得したいよね。
白金燐子
:たぶん、そうだと思いますけど……。ごめんなさい、勝手で申し訳ないのですが、ほんの少しだけ気持ちを整理させてください。
そうしてSNSが途切れる。
花音としてはつぐみから受け取った書類上、神田明と同行しても良いと考えている。けれど、書類上だけであって実際の人となりは付き合ってみないとわからなし、田町敬太の友人であるからには何か隠してあることもあるかもしれない。
危険性のある非日常の活動において、燐子が望まなければ神田明と是が非でも同行する理由もなく、できるだけ安全策を取りたかった。
多少の間は空いただろうか、燐子から返答がきた。やはり気になるらしく、明日に田町の実家に行くこととなった。そうして何度かやり取りをしたのち、花音は燐子とのSNSを終えると、アプリを閉じずに他の者へと連絡をとった。
翌日。新幹線で移動をし、車内にて共通の趣味を知り、穏やかな時間を過ごした花音達は、山梨県内の駅へと降りた。駅から出れば発展した街とさほど変わらない風景だ。
花音達はタクシー乗り場で待機している車を拾い、二人で後部座席に乗車する。運転手に田町家の住所を話すと運転手は一瞬だけ顔を曇らせるも、お客を不快にさせないよう頭から帽子を外して表情をごまかし、駅から出発した。
けれど、過去に千聖という複雑な人間関係により対人能力を鍛えられた花音は運転手のその仕草に気づく。
「あの、これから向かう場所に何かあるんですか?」
「ああ、お客さんすいませんね。M町の辺りはこのごろ人の外出が減って、まるでゴーストタウンみたいなんですよ。いや、M町の周りだと普通に人がいるんですけどね? 周りの住民は困惑してますし、いたずらか何かでミンチ状の腐った肉がばらまかれてたって話もありましてね、誰かが市に連絡したようで今は綺麗さっぱりありゃしないんですけど、近隣に住む住民も不気味がって通勤通学で通らない限りは必要以上に近寄らないんですわ。
で、お客さん。こういっちゃなんですがほんとにいいんですかい? こうして話したからにゃ、若い女の人達だけで降りるにはお薦めできんので別な場所がいいと思うんですよ」
「ありがとうございます。でも、そのM町までお願いします」
花音はつぐみからM町の情報を得ており、引き留めもなかったことから行っても大丈夫なのだと判断した。それゆえ、運転手には意思を曲げぬといった様子で言葉を告げたのだ。
タクシーが田町家の家の前に到着し花音達を降ろす。運転手は心配そうな目線を花音達に向けるも次のお客を乗せるべく走り去った。
田町家の住処は山の入り口にあり、広い土地にさながら寺院がある景観だ。入り口には、漆が塗られた木造の門があり、そこから石畳の通りを少しあるけば奥に深い草木で取り囲む五稜塔が佇んでいる。
一方で、周囲は和洋問わず一般的な住居ばかり。ただ、違うのは人のいる気配のなく、静寂が佇んでいる。離れた場所から車の排気音が聞こえる。この一角だけ別世界のようだった。
先に神田明が訪ねたのであろう、扉を閉め忘れた門が開いたままであった。
「本当に……人がいるような気がしないですね……。そちらやあちらの家も……カーテンが開いて室内が見えるのに……静かすぎます……」
燐子は怯えを見せ、まるで廃墟のようだと気持ちを吐露する。確かにこの場は、運転手がゴーストタウンと言いたくなるのに相応しい有様だ。
ふと、花音と燐子に影が落ちる。
二人が上空を見上げてれば群れを成し集団となったカラスが、花音達の真上で輪になって旋回していた。そのカラスの群れは高度を下げ、足に掴んでいた紐を離すと、それに括りつけられたバスケットほどの籠が落下してくる。
花音はその籠を両手でキャッチすると、中から一匹の黒猫が飛び出した。
燐子は籠から突如飛び出してきた黒猫に驚くが、見覚えのある猫でもある。片目に傷を負った猫だと認め、燐子は顔色を変えた。
「ま、松原さん、その猫って……っ!」
「うん、黒猫のヤマダさん。本当は一緒に移動をしたかったんだけど、ペットキャリーに入るのは嫌なんだって。それでカラスさん達にお願いして連れてきてもらったんだ」
色々あった結果、黒猫のヤマダが同行することとなり、カラス達が運ぶことになった。
なお、カラスは鳥目だと思われるかもしれないが人間よりは夜目が利く。これは鶏など一部を除けば全般に普通である。夜に活動しないのは明るい時よりも羽を傷つける恐れがあること、天敵であるトビや夜行性生物の警戒したり、高くなった体温を下げるためだ。
「情報通の友達がいてね、ここの噂を昨日の午後に知ったんだ。けど、噂と実際とじゃ違うね。この場所に来るのも急なことだし、今日じゃなくて来週にしようかとも思ったんだけど、何も知らず何もわからずに全部終わりそうだったから……。でもごめんね、危ないことになるかも」
「……いえ……」
燐子は他の言葉が出ない。周辺のしずけさは異様で、周辺の住民が不気味がっているのを否定できそうにもない。
黒猫のヤマダがなーと鳴き、花音達に一瞥をすると、先を歩く。
「燐子ちゃん、行こ?」
「……はい……」
燐子は軽く頷き、二人は黒猫のあとに続いた。途中、門の横に備え付けてある呼び鈴を鳴らす。だが、待てども何も反応はなく、誰も出迎えることはなかった。