夕暮れに滴る朱 作:古闇
教会を出発した花音は街中を歩く燐子を見かける。前日の行動学園の時と同様、燐子の街並みから何かを探すかのような様子を心配した花音は幾匹のギンバトに燐子を追わせ、つぐみに手早くSNSを送ると燐子を追いかける。花音が駆け出すと同時に肩にとどまっていたギンバトが空を舞った。
燐子は周囲を探っているが真上のギンバトに気づくことはなく、ギンバドを目印する花音は追いつき駆けることを止めて足早に燐子に歩み寄った。
「燐子ちゃん」
花音が燐子の隣を歩き、声を掛けた。
「……松原さん……?」
「何か探しているみたいだけど落とし物なのかな、私もお手伝いしてもいい?」
「……いえ、落とし物という訳では……ないです……」
「ごめんね、昨日も何か探しているみたいだったから勘違いしちゃった。何をしているか聞いても大丈夫?」
「……大したことではありませんが……少し考え事を……。……最近、酷い物忘れをしたみたいで……それを思い出そうと……歩いていたんです……」
「それの心当たりとかって、あるの?」
燐子の顔色を伺いながら花音は話す。
「……はい……人なんですけれど……その人との思い出がとても薄くて……。……あこちゃんが言うには……その人と親密な関係らしかったのですが……よくわからないんです……」
花音の問いに答える燐子は若干顔を下げて落ち込み気味だった。
「宇田川の妹さんだよね? 宇田川の妹さんはその人のこと、燐子ちゃんより詳しいんだね」
「……たぶん、そうだと思います……」
「そっか、宇田川の妹さんにはその人との思い出を思い出すお手伝いはしてもらったのかな」
「……あこちゃんとその人の話を聞いていると……知らない私が出てきて……ドッペルゲンガーをみているようで恐ろしい気分になるんです……。……こんな事をせず、適当に話題を合わせればいいかもしれません……。……でも……その人の事で楽しそうなあこちゃんを落ち込ませたくなくて……」
「……うん、それは大変かも。どのくらい思い出せばよさそうか、わかる?」
「……少なくとも……男女の学生で行きそうな場所は……知っておきたい……かなと……」
「その人って男の子なの……?」
「……えっと…………はい……」
歯切れが悪く話す燐子は異性と出かける自身が信じられないといった風な口調であった。
花音は燐子の奥手さを知っているがゆえ異性が出てきたことに意外そう表情をし、男の子というワードから近隣について考えを巡らせる。
「……ここから近いっていうと隣町の共学だけど、どうかな」
「……はい、合ってます……隣町の共学の男の子です……」
「なら、隣町までいこっか」
「…………え?」
「でも、帰宅が夜遅くなっちゃうかもしれないね。燐子ちゃんは連休中のお休みの予定は入っていたりするのかな」
「……午後はバンドの練習があるので……午前中からなら……」
「うん、思い出せることがあるかもしれないし一緒についていくよ。今日は燐子ちゃんが他に回ってないところを行こう」
「……困っていたので……ちょっとした相談のつもりだったです……。……あまり……松原さんの時間をお借りすると……迷惑になりませんか……?」
「全然迷惑じゃないよ。それに関わるって決めたから中途半端も嫌かな、ごめんね」
「……いえ。……いつの間にか……お手伝いをしてもらうことになりましたが……一人だと考えに嵌ったりして心細かったので……助かります……。……飽きたらいつでも帰宅して良いので……その、お願いします……」
柔らかく謝る花音に対し、燐子が控えめに頭を下げた。
「うん。……ハトさんは解散かな」
花音が両手で水をすくうように手前に広げると、その手の平の上に一羽のギンバトがのる。
花音はギンバトにお礼を言って解散する言葉を伝え、ギンバトは花音の言葉に答えた後、再び空を舞う。花音の言葉を受けたギンバトが鳴き声をあげると、他のギンバト達も一斉に解散をした。
一連の流れを見ていた燐子は目を丸くする。
「……ハトさんと仲良しなんですね……。……クラゲもそうでしたけれど、ペットでしょうか……?」
「ううん、お友達。遊んだり、一緒にお散歩したりしてるの」
「……動物に好かれているんですね……」
動物と触れ合う行為に燐子が頬を緩ませ納得したように頷く。
「男の子と一緒に行きそうな場所だよね。まずは一人で入りにくい所から行こう?」
「……はい」
それから花音と燐子は燐子の門限が近づくまでお店や街中を歩く。
聞けば、燐子はその人が幼馴染の男の子だった事。けれど、幼い頃に男の子は引っ越してほとんど関りがなく、二人の出会いや二人で外出をするようになるまでの経緯がわからない。子供のころ遊んだだけという知人に近い価値観だと花音は知った。
また、現在の悩みを相談したのは花音が初めてであるらしい。花音自身も不満を溜め込む体質なので、一人で物事を解決しようと行動してしまう行為に、花音は共感を感じたのだった。
夜の時間帯。燐子が特別な何かを思い出すこともなく燐子の門限が近づいたので二人は別れる。一方で、花音は家に帰宅することもなく、燐子と衝撃的な出会いをした夜の公園に来ていた。というのも、つぐみからのSNSで近場の公園に呼び出されたからである。
園内に足を踏み入れ中央辺りに止まった花音であるが、誰の姿を確認することは出来なかった。
(――花音さん、花音さん)
「ふ、ふぇ……? つぐみちゃん……?」
数分ほど待ってもつぐみは現れず携帯の反応もないことに不思議と思っているとつぐみの声がした。
しかし、周囲を見渡してみてもどこにもつぐみがいない。学園から近場ということもあり、お世話になること多々ある喫茶店の女の子の声を聞き間違えるはずもない。
(下の方です。影を見て下さい)
「影?」
つぐみに言われて街灯に照らされ地面に映る自身の影を見た花音。よく知るはずの黒いシルエットは自身のものではなかった。
足元に黒く伸びるシルエットは花音の姿を形取らず、ブレザーの制服姿の羽丘女子学園のものであり、セミロングほどある髪はショートである。そのシルエットは花音が知る羽沢つぐみのモノだった。
突如、シルエットが中央から盛り上がり瞬く間に黒いヒトガタへと変貌する。花音は驚き、その場を後退した。その間にも、黒いヒトガタ女子高生の姿を形どり、黒全体が鮮やかに着色されるとつぐみが挨拶と共に現れた。
「え、とっ、つぐみちゃんだよね」
花音は僅かに警戒を露わにしてつぐみに問う。
「はい! ……お待たせして申し訳ないです。途中、花音さんの影に紛れていたんですがちょっと公園の人払いをしていたので時間がかかっちゃいました」
若干申し訳なさそうに話すつぐみ、花音は知るつぐみの態度に肩を緩め緊張を解いた。
「うん、それはいいんだけど……今のって魔法とかだったりするのかな」
「魔法じゃないです。でも、魔法少女って憧れたりしますね。今の私って魔法少女から遠いイメージになってしまったので」
「あれ、魔法じゃないんだね」
「はい、そもそも私って人間ではないですから異形としての能力みたいなものですよ」
「……異形……?」
「モンスター、もしくはクリーチャーです。こころちゃんの周りって幽霊のミッシェルちゃんとか異形の見た目をしている方が周りに控えてないので馴染みがないかもしれませんね」
「ミッシェルちゃんを知っているんだね。つぐみちゃんはミッシェルちゃんの姿とか見えていたりするのかな」
「本気で隠れられるとわからないですけど、日常的には見えます。……そのお話はまた次の機会にするとしまして、今日来て頂いたのは白金さんのことです」
「燐子ちゃんがどうしたの……?」
「白金さん、最近になって他者から精神支配を受けそうになっていたんです。それはこころちゃんの部下の方達対処したみたいなんですが、花音さんはどこまで足を踏み入れますか? それによって私やひまりちゃん達のサポート加減も変わるので」
結構な大事になっていたことに花音は面を喰らうも考える。
こころの手伝いを除いても、友人として手助けしたいのは当然である。だからといって、足手纏いになることも嫌った。
「ごめんね。逆に聞くことになるけど、燐子ちゃんの悩みを解決したり守ったりするのって私でも大丈夫だったりするのかな」
「うーん、そうですね……私のわかる範囲ですとそのまま長所を伸ばして頂ければ良いと思います。武術なんて一夜で覚える事なんてできませんし、争いごとに関しては基本は逃走でお願いしたいです。とはいえ、後悔のない選択をしたらいいと思いますよ」
「うん、私、結構関わっちゃうかも」
「了解です。……ではですね、白金さんの一人行動をなるべく避けさせてもらえればいいので上手いこと友人付き合いをお願いします。
では、あまり遅くなるとご両親も心配すると思いますので解散にしますね。SNSを送りますので、近いうちに私の家に来てください。お疲れさまでした」
つぐみがこれで終わりだとお辞儀をする。すると、つぐみは頭を下げたまま状態からヒトガタの形が崩れ、黒い雫となり地面に落ちた。
地面に黒い円形の影が出来上がる。黒い影は楕円形になって地面を滑り、他の影に重なるとつぐみは何処へ行ったかわからなくなった。おそらくは帰宅したのだろう。
「千聖ちゃんの時もそうだったけど、また大変なことになっちゃうかなぁ……」
一人呟く花音の言葉は夜の公園に紛れて消えた。