夕暮れに滴る朱   作:古闇

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七話.あの娘の違和感

 

 

 こころが燐子への処置を終えた数日後、花咲川学園のお昼時に同じクラスの花音と千聖は一つの机を囲んで弁当を広げていた。

 

 花音は少し前までメニューが豊富にある一食二〇〇円の学食を利用していたのだが、最近になって千聖に料理の練習に付き合って欲しいとお願いされて二人分の弁当を持ってくるようになったのだ。

 

 今日も千聖の手作りをありがたく頂き、自身の好物が入った弁当を食べながら千聖とお喋りする。

 

 

「千聖ちゃん、また忙しくなるんだね」

 

「ええ、体調不良の原因も落ち着いたことだし、控えめにしていたレッスンや営業活動を戻そうと思うの」

 

 

 千聖の身に起こったトラブルを無事に花音達は解決した。それにより千聖は生活に余裕が戻ってきたため、抑え気味であった芸能活動を通常営業に戻した。

 

 

「週に一・二回休んだり、まるまるその週は学園に来ない日々になるんだね……少し寂しいかも」

 

「……それはとても心惹かれる言葉ね。でも、こうして花音と会えるのだし、ちょっとは我慢しないとね」

 

 

 少し寂しそうな顔の花音。花音の表情を見た千聖は自身の胸に片手を当て呼吸を整える仕草をし、自らに言い聞かせるかのように話す。

 最近になって見慣れない行動をするようになった千聖に、花音は体調不良の件もあって千聖の顔をまじまじと見た。

 

 

「千聖ちゃん……?」

 

「いえ、大丈夫よ。それよりも、花音とこういった話をしたことなかったわね。実を言うと中学を卒業するときに芸能人御用達の高等学校か花咲川女子学園かで悩んだもの」

 

 

 芸能人御用達の高等学校はプロとして活動し事務所からの推薦がなければ受験できない場所だ。設備も制度も整っている。とはいえ、一般生徒として受験するならばその限りではない学校でもあった。

 

 花音は千聖からはじめて教えられた事実に驚く。

 

 

「し、知らなかった……こっちの学園に決めた理由を聞いてもいいかな」

 

「花音が通う学園だからよ」

 

 

 至極当然といったように答える千聖、表情は真剣そのものだ。

 

 

「ふぇっ? ……えへへ、大事な親友に来てもらえて嬉しいよ」

 

 

 千聖の言葉に意表を突かれる花音だが友愛を示す。

 花音は千聖の芸能活動に対する姿勢を知っている。もちろん、友人と一緒に学生生活を楽しみたい気持ちは理解できる。

 

 千聖が真剣な表情を解く。

 

 

「喜んでもらえて良かったわ……あわせて言えば、花咲川も授業が単位制でプロ芸能人や役者のサポートしれくれるトレイトコースもあるの。制度の導入はこちらの方が若いけど、そう変わりはしないと感じたから。パスパレ以外の芸能人がこの学園に通っていることは知っているでしょう?」

 

(あれ……もしかして、千聖ちゃん。ちょっと落ち込んでる?)

 

 

 それもその筈、最近になって千聖は花音に淡い恋心を抱き始めていた。けれども、同性であり、女優であり、アイドルとして仲間を持ち、目標をかかげる彼女は周囲のしがらみや現在の立場からおいそれと告白することができない。

 

 確信した両思いでなければ告白できず、付き合うとしてもパスパレ脱退してから一年後と制約を決めている。

 

 企業とCMの契約を持つ千聖だ、違約金が発生してしまえば借金といかないまでも裕福から苦しい生活を迫られる。家族にも迷惑がかかるし、芸人として人気があればあるほど身近な人に対する影響が大きかった。

 

 

「イヴちゃんから聞いて知ったけど、こころちゃんも私達と同じコースね」

 

「へ? ……こころちゃんも千聖ちゃんたちと同じ科だったんだ」

 

「大企業や財閥の娘が実家の手伝いをする場合も私達と同じコースに入れるのよ。だから、こころちゃんが学業の半分を休んでも卒業に支障はないのよね」

 

 

 花咲川女子学園は半分以上の日数を休んだとしても芸能人御用達の高等学校のように学園側の判断で卒業ができるシステムとなっている。

 

 芸能人や芸者など、人気となって学業の出席日数が足りず、高校を中退してしまう子達もいる。そういうこともあって、学園側の判断で卒業できるとされる花咲川女子学園は若い芸能人達が集まる場所でもあった。

 

 

「そっかぁ、普通科とトレイトコースの娘達って同じ教室だもん。わからなかったよ」

 

「おそらく友達を作りやすくするための配慮でしょうね。そんなこともあって、羽丘女子学園のような学力水準の高い学年制だったら別な高校だったかも……」

 

 

 千聖は羽川女子学園に通う麻弥をアイドルバンドに引き入れた経緯がある。麻弥はスタジオ・ミュージシャンだけでなく、有名演劇部の裏方をしていることを後から知ってしまった。その時はちょっとした幸運程度に思っていたが、日々の忙しさは余りあるだろう。パスパレの中では日菜が一番時間がフリーである。

 

 

「言われてみると、花咲川女子学園と羽丘女子学園で特色あるよね」

 

「ええ、そうね」

 

 

 ゆんわりと話す花音に千聖が頷く。その後、二人はお喋りをしながら食事を終え、飲み物が足りなかった花音が千聖に話して食堂近くの自販機に向かい、千聖はそれについていった。

 

 教室を出て自販機に向かう途中、校舎の中庭で一人彷徨う燐子を見かけた花音。燐子の行動に疑問を感じて、様子を見ようと千聖に付き合ってもらう。

 

 花音は自販機へ向かうのを中断し、一人中庭で彷徨う燐子を追いかける。だが、中庭に辿りついたその時には燐子の姿はなかった。

 

 

「ふ、ふぇぇ……見失っちゃったよう」

 

「私達が移動している間に別の場所に移動したみたいね、仕方ないわよ」

 

「燐子ちゃん何をしていたのかな?」

 

「何かの確認作業のように見えたわ。肌寒くなったこの季節、ああして一人で歩いている姿を見るのは初めてかしら。秋ごろになると昼休みに外に出る生徒も僅かだし、少しばかり目立つわね」

 

「うぅん……今度聞いてみるよ。急に寄り道しちゃって、ごめんね、千聖ちゃん」

 

「大丈夫よ」

 

「自販機に行こっか」

 

 

 千聖はええ、と言って頷き、花音達は本来の目的である場所に向かう。そうして二人は昼休みを一緒に過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、千聖とも別れ、部活を終えた花音は以前より同じ部活の同級生からお願いされていた件で茶道室に残っている。整理整頓された茶道室に残っているのは花音と胡桃沢璃音だけである。

 

 肩を落とし疲れた様子で畳に正座をしている璃音は顔に掛ったピンクの髪を整え、花音は寛いだ様子で畳に座り、二人の横には通学鞄が置かれている。

 

 

「……はぁ、ようやく萌香も帰宅したわね。私が遊びに行かなかったからって根に持つことないじゃない」

 

「お疲れだね。いつものおふざけだし、今日はちょっと意地悪が過ぎちゃっただけで璃音ちゃんを攻めているんじゃないと思うよ」

 

 

 孤島への遊びというのは、こころがハロハッピーワールドのメンバーを誘って弦巻家が所有する島に遊びに行った時のことである。花音をその孤島へ招待する際は部活の片づけで茶道部に残っている花音・萌香・璃音と三人を誘ったのだ。

 

 なお、こころの企みにより千聖が所属するパスパレが巻き込まれたりもしている。

 

 

「うん、そうよね。ちょっと自信ないけど……ま、まぁ、それはともかくとして、お願いというか相談になるんだけど、弦巻さん対策を教えて欲しいの。

 花音ちゃんには悪いけど、弦巻さんって弦巻財閥の娘でしょ? 花音ちゃんは知ってるかわからないけど、彼女の家ってこの市街の土地の四割を握ってるの、近くの総合デパートだって元を辿れば弦巻財閥の傘下だし。

 弦巻さんが中途入学してるから知ってるでしょうけど、この学園だってそう、弦巻さんがいるから生徒の学費が下がっているし学食の質だって上がってる。彼女がいるから学園内で快適な生活が送れている。

 弦巻家の権威、それが怖くてね。またいきなり何かあっても気がかりになるし、彼女の怒りに触れないような接し方というか弦巻さんのエピソードでもあれば教えて」

 

「え、えっと、こころちゃんは怖い人じゃないって言っても璃音ちゃんは納得できないよね」

 

「まあ……そうね。弦巻さんが友好的だとはいえ、むしろ一年生が怖いもの知らず過ぎなのよ。普通に接しすぎ。個性的な女子が多いから慣れてるかもしれないけど、それだってね? 私の考えすぎかもしれないけど……」

 

「二年生でもこころちゃんが苦手だったり変な子だったりっていうことは聞くこともあるけど、怖いっていうのは初めて聞いたかも。

 主にバンドの話になると思うけど、それでもいいかな」

 

「うん、お願いします」

 

 

 バンドの話でいいか問う花音に、璃音は頭を下げて話の催促を促した。

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 それから、花音は他の人が知っても問題ないだろうハロハピやこころの行動について話す。話の内容はお転婆なお嬢様を思わせる内容が多かった。一方で、璃音は花音の話を真剣に聞き、時折疑問を投げかけたりもする。

 

 

「この話はこれでお終いだよ」

 

「ありがと、常々思っていたことだけど弦巻さんは誰に対しても呼び捨てなのね。年上を敬わない呼び方をほとんどの大人が指摘してないあたり権力に屈しているわね」

 

 

 ため息をつきつつ常識的な発言をする璃音。花音は苦笑い。

 

 

「う、うん。でもそれって、こころちゃんの持ち味だしね?」

 

「あっ、いや、そんなに必死に擁護をしなくてもいいから。何となくになるけど、弦巻さんの矯正って無理だって思ってるし。それから相談にのってくれてありがとう」

 

 

 多少の疲れを見せる璃音、彼女は横に置いた鞄を手に取ると中から赤字で文字の描かれた黄色いお守りを花音にあげると言って差し出す。差し出す璃音の腕は僅かに振るえて緊張しているようだったが、花音は不思議そうにそれを受け取った。

 

 

「これって神社で売ってるお守りだよね」

 

「そうに、家の関係で私が手伝いをしている先の神社のお守り。花園神社っていえばわかるかな? 今では風習を守っている人も減っちゃったけど門松・しめ縄・破魔矢とかの処分をするのもやってるし、霊的関係で困っている時とかに相談してくれてもいいから。そのお守りは相談のお礼ってことで」

 

「新宿駅の近くにあるところだね、お祭りとかあったりも聞いてるから知ってるよ。璃音ちゃんはそこでお手伝いをしているんだね」

 

「家から色々言われてね。一般の人に話せないことも多いし、突飛な行動も取るかもしれないけど、全部家の都合の所為だから変に思わないでくれると嬉しいかな」

 

「うん、わかったよ」

 

 

 花音は璃音の事情を理解し柔らかに笑う。璃音も家のことを話したのか、緊張がほぐれたようだ。

 

 そして花音は気づいていたが、璃音の背後に音もなく近づいた人物が正座して座っている璃音の顔を両手で覆い隠す。

 

 

「いない、いない、ばぁ」

 

 

 こころだ。

 

 

「き、きゃあああああああああ!!!」

 

 

 不意な出来事に璃音は大声を上げて叫び飛び上がる。その際に通学鞄を膝から落とした。

 

 璃音と相対したこころは軽くかがんだ腰を起こし、悪戯が成功したためか無邪気に笑う。もっとも、彼女は普段から楽しげな雰囲気ばかりである。

 

 すぐさま反転した璃音はこころと向き合うと驚愕に目を丸くして声を絞り出すよう口を開いた。

 

 

「……弦巻……こころ……? なぜここに……?」

 

「ええ、弦巻こころだわ。でも、貴女には別な何かに見えたりするのかしら」

 

 

 目を細めるでもなく、畏怖させるわけでもなく、何か楽しいことでもあるかのようにいつものごとく同じ振る舞いをするこころ。

 

 璃音は身体の動きを止め、冷や汗流してから少しの時間が経過。璃音の身体が反応したかと思うと猛獣と対面したかのごとく床に落ちた通学鞄をゆっくりと回収し、こころの動きを警戒する挙動で行動すると花音の方に横顔を向けた。

 

 

「花音ちゃん、今日はありがとう。急用ができたからこれで私帰るね……!」

 

「ふぇ……!? う、うん、またね、璃音ちゃん」

 

 

 璃音は早口でまくしたてるように話し、その場を離れる。花音は足早に去っていく璃音にそれ以上の声を掛けることができずに璃音を見送った。

 

 戸を閉めるのを忘れたようで出入口が開きっぱなしになり、茶道室には花音とこころだけが残る。

 

 

「こころちゃん、璃音ちゃんに何かしたの? なんだかライオンさんと出会ったときみたいな動きをしてたけど、璃音ちゃんってこころちゃんと会ったのが初めてじゃないよね」

 

 

 璃音がもう戻ってこないことを確信したのか、花音は璃音の話題を出す。

 

 

「これの所為だと思うわ」

 

 

 こころは制服のポケットから鎖の付いた円形のペンダントと黄色い札を取り出し、座ったままの花音に差し出す。

 

 花音はペンダントを受け取り、円形のペンダントを確認する。円形のペンダントには星が描かれ、星の中央に炎の柱に似た目が描かれている。黄色い札の方は赤文字が描かれていた。

 

 

「これって何かな?」

 

「ペンダントはエルダーサインよ、特定種族に対する追い払いのおまじないみたいなものだわ。お札は邪悪なモノを追い返す魔除けね、外に置いてあったの。特に何ら反応もなく侵入されてここから離れたかったのかもしれないわ」

 

「璃音ちゃんって、こころちゃんの事を良く思ってなかったりするのかな」

 

「避けられているわね。胡桃沢璃音はあたしを監視する退魔師であり、厳密には違うけれど政府側の人間である事は確かよ。一度はお仕事の感想を求めたことがあるのだけれどちっとも答えてくれないの、少し残念」

 

「お仕事とかで人を見るフィルターが掛っててこころちゃんと仲良くは難しそうだね……あ、ごめんね、扉が開いてるけどお話しても大丈夫だったかな」

 

 

 花音は璃音が立ち去った後の出入口を指差し、こころは構わないと首を軽く左右に振った。

 

 

「花咲川女子学園はあたしのテリトリー、何ら問題もありはしないもの。それに茶道部を出て一定の距離から離れたのなら、こちらの中は見えない聞こえない。逃げるなら今のうちね」

 

「そうなんだ、それなら安心かな……?」

 

「あら、安心してもらえたなら何よりよ。それでね、花音にやってもらいたいことがあるの」

 

「どんなことかな、私頑張っちゃうよ」

 

 

 両手を前に出してぎゅっと握り、ガッツポーズを見せた花音はやる気に満ち溢れていた。

 

 

「いいお返事ね、少し頭を触るわ」

 

「うん、いいよ」

 

 

 畳に座る花音の頭をこころが触れる。すると、こころの片手が淡く光った。こころの手から花音の脳内にこころのイメージが流れ込み、目的地とその歩いていく通り道を映像が頭の中に叩きこまれた。

 

 

「え……あっ、教会と……私の知ってる場所だね」

 

「その場所に行って欲しいのだけれど、今からだと帰宅が遅くなるし明日にでも向かってね。あと、珈琲店に行くときには花音が身に付けた力を使ってほしいの」

 

「力って、動物さんと話す魔法かな?

 

「ええ、ちょっとしたテストだから気づいたことがあれば珈琲店の定員さんに教えてね」

 

「う、うん、頑張るね!」

 

 

 花音の返事を最後に会話が途切れる。まだ何かあるかもしれないと花音はこころの次の言葉を待ち、こころの方も笑みを浮かべて花音を見、何かを待っている様子であった。

 

 暗い外に茶道室の灯りが漏れる中、お互い黙ったまま時が流れる。

 

 不意にこころが手を挙げると、開いていた襖や扉が何らかの力によって自動的に閉められる。その後、こころは畳に座った花音に近づくと腰を屈ませ花音の頬に触れる。

 

 

「あ、あの、こころちゃん……?」

 

 

 花音は抵抗せずこころに顔を触れられたままこころをの名前を呼ぶ。

 

 

「少し、元気がないわね」

 

「ん……千聖ちゃんと一緒に大変なことを経験したからかな、璃音ちゃんがこころちゃんに対する気持ちがほんのちょっとだけわかっちゃった……」

 

「璃音があたしに敵愾心を持つのは彼女の立場や生まれた環境を思えば当然なことだわ」

 

「……うん」

 

 

 花音は顔を下げて目線を落とす。

 

 

「花音」

 

 

 こころに名前を呼ばれて再び顔をあげると唇にキスをされる。花音は少し驚いた表情をし、こころは笑った。

 

 

「あたしの元気を花音にわけてあげるわね!」

 

「……うん、少しわけてほしいかな?」 

 

 

 こころの言葉に頷く花音。

 

 そうしてその日、こころと花音、二人だけになった夜の茶道室に嬌声が響き渡った。

 

 

 

 


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