夕暮れに滴る朱   作:古闇

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六話.潜伏する男達

 

 

 わずかにテナントが残っているが、廃墟同然の雰囲気を持つ昭和レトロなビル。テナントの中の一つに地下へと続く階段がある。その階段を降りた先、その奥に黄色い石の付いた指輪やペンダントを所持する男達がいた。

 

 床や壁のコンクリートに薄汚れた跡があるが、棚や木机といった家具類は手入れがされており、窓のない部屋は空気は淀んでおらず新鮮だ。一名を除き、黄色いフード付きのマントを身に着けた男達はフードを外して円卓の椅子に座り、それぞれ不機嫌そうな面持ちであった。

 

 一人は痩せた三十代ほどの眼鏡の男だ。拳を握り、震わせ怒りをあらわにする。

 

 

「ちっ、あの強欲魔術師め! 大した役にも立たずに退場するとは! 彼にいくらかけたと思っているのでしょう!!」

 

 

 一人は中年で腹が出ている男だ。眼鏡の男の怒りを収めるよう同意する。

 

 

「全くだ。我らが主の姪があの街に居着く前はどうとでもできた。だが、本格的に住み着いてからは第二、第三の家族の傀儡が作れんよな」

 

 

 一人は高齢だが、肉体の衰えを感じさせない男だ。円卓の上で手を組み、呆れている。

 

 

「仕方あるまい。姪様はこの国に遊びに来られたとはいえ、供回りをつけずに居着くことは例の国が騒ぎ立てるだろう」

 

 

 彼らはそれぞれ違う思想や部門があったが、それはもう過去の話。現在は組織の人数が激減し、こうしてまとまり一つの団体として活動していた。

 

 田町家の父親が酒や悪事に溺れ、家族が離散し、苦しんだのは彼らが原因だ。白金家の者を陥れるべく、一つの家族を破滅に追いやったのだ。

 

 人々を不幸に追いやった眼鏡の男は自分の行いを棚に上げ、今もなお、怒りが収まらぬ様子である。

 

 

「止めろと諌めたというのに、雇われ風情が自信過剰にも程があったからです! 人形を使役し、いくら呪文に長けているとはいえ、無様に殺されたじゃないですか!」

 

「自慢げに話していたな。偉大な方から恩恵を受け、魔術書を集めたと。だが、所詮は野良。単純に書物に載っている情報化された能力を過信し、化物を舐めた結果ああなる」

 

「仕方あるまい。アレは特定の信仰を望まず仕えず、力のみを得ようとする者なのだ。アレが呼び寄せるモノは、我らが使役できる翼ある貴婦人の半分以下の能力しか持っておらん、ゴリラや熊と同程度と思いたくもなるだろう」

 

 

 彼らが話す「翼のある貴婦人」というのはビヤーキーのことだ。知能が高く、人語を理解でき、人に懐くこともあるビヤーキー。通常の体長は二・三メートルの怪物で、鋭い鉤爪が付いた手足とコウモリの翼を持つ、カラスのような蟻のような生物だ。

 

 この世界におけるビヤーキーは特徴はあるが、その姿が全て同じとはいえない。鳥に近いモノ、虫に近いモノ、ヒトガタに近いもの、人間よりもその見た目に違いがあった。

 

 鉤爪の攻撃、噛み付きからの吸血と基礎能力は同じであるが、固有能力やそれぞれの強さがある。独自の遠距離攻撃方法を持つモノ、毒性のある鉤爪をするモノ、物理耐性が高いモノ。人間が武器を手にして強くなるように、怪物も進化をしてより強靭な肉体を手に入れていた。

 

 三人の男達が使役できるビヤーキーは現代のショットガンを至近距離で全弾叩きこんでようやく倒せるほどにタフネスを保有している。拳銃を所有しても倒せる相手ではなかった。

 

 

「姪の従者によって、我らの組織は蹴散らされ、仲間を大きく失ってしまってから約一〇年。力を蓄え、爪を研ぎましたが、京都を襲った同士からは未だ協力を得られず……そろそろ復讐をしてもよい頃合いだと思います。どうでしょうか?」

 

「まあ、待て。同士から逃げ出した裏切り者の娘を攫い、同士に引き渡して手を借りる、その計画が失敗したとはいえ、まだ致命的ではない。それに金を積めば犯罪をやるやつはやる。過去の事件にもあっただろう、昼に賑わう駅で刺されたという女がいい例だ。あの野良から回収した財産でそこいらの奴を雇おう」

 

「仕方……なくはないな。幾つかの文献も回収したのだ、どの程度役に立つかわからんが、それを解析しながら姪の最近の防衛力を測ってみようじゃあないか」

 

 

 それから細かく話し合い、男達の当面の方針を決める。まずは金銭を欲しがる者に前金を渡し、依頼が達成すれば残りの報酬を渡す案からだ。

 

 標的は姪の街に住む無関係な学生や姪の関係者、もしくはこの場にいる男達から過去救い出された女の子達である。内容は貞操の強奪、重傷害、誘拐のいずれか、複数の悪人を送り込み、人生に跡を残すような大きな爪痕を残せるかで、外からきた悪意からどれだけの防衛力があるのか測るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二人の男が去り、痩せた眼鏡の男と隅で待機していた羽丘女子学園の生徒がその場に残る。

 

 過去に人間の子供を捕食し、女学生になった現在まで成り代わり続けている彼女が口を開く。

 

 

「テケリ・リ、良い話し合いになったね」

 

「ええ、待たせましたね。遅くとも今年中には本格的に行動を開始するでしょう」

 

 

 二人はこれから待っている未来の出来事を思い、口を歪めた。

 

 

「了解したよ……ようやくボク達の悲願に向けて行動できるんだね」

 

「そうですね、アナタにも心労を掛けています。ですが、ようやく報われる時がくるでしょう。私達の計画が順調なら、今頃はアナタの仲間と共に東京の裏側で勢力を広げられたのですが……」

 

「人間の子供を攫い、ボク達がその子供に成り代わり、いずれはその親も……といった行いを潰されてからとうもの、テケリ・リ! 仲間を殺された恨みは忘れない!」

 

 

 彼女はショゴス・ロードであり、ショゴスが進化し、派生するうちの一つだ。他のショゴスより物理的な力に劣るが、他の生物の姿や会話を真似するなど知的面に優れている。

 

 ショゴス・ロードは一人が好きな人のようにお互いが独立すると考えられているが、彼女達は自身のユートピアを作るため、協力して人間社会に融け込もうとしていた。しかし、魔術師の男の計画ごと仲間を葬り去られたので、現在では彼女一人しかいない。

 

 女子生徒の現在の姿は、眼鏡の男が連れ去った子供の一人を捕食したことで擬態できたもの。真の姿はゼラチン状の怪物の姿だ。

 

 

「成功したのはアナタだけです。しつこいようですが、姪が目を光らせている以上、その親をどうにかすることをしてはなりません。学生生活では申し訳ないですけれど、普通の生活を心がけて下さい。あの学園の詳しい情報はアナタだけが頼りです」

 

「もちろんさ! ……それでね、その学生生活のことでまた相談に乗って欲しい案件があるんだけど、いいかな?」

 

「ええ、私達の未来のためにいくらでも相談に乗りましょう」

 

 

 


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