夕暮れに滴る朱   作:古闇

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五話.つかの間の跡

 

 

 

 燐子達がコンサート会場に行く同じ日、こころはあかりが入院している病院を出た。ちょっとしたことで、とある無魂の肉体を病院内で処理及び経過を見終えたところだ。

 

 昼と夕方の境目となる空の景色に向けて精一杯伸びをする。

 

 

「う~んっ、考えることがいっぱいね! お空の方がすっきり爽やかだわ!」

 

 

 雲が少ない空に向かって元気よく話しかける。外見だけなら無邪気な女の子だ。

 

 そして、その女の子は空を見上げたまま脳内に電波を受信する。

 

 

「……あら、何かしら?」

 

 

 こころの呟きに誘われて、通行人が空を気に掛けるが澄んだ景色に何もなく、頭を捻っては道を通り過ぎた。

 

 こころは家の者より脳内に直接送られた報を火急速やかに現場に向かうべきだと判断する。両手を叩くとマジックショーのように白いシーツを出現させた。それから、白いシーツをはためかせ自身に被せるとその場から姿を消す。

 

 白いシーツは持ち主がいなくなったことで重力に従い地面に落下した。それを近くで待機していた黒服が回収する。もちろん、公の場であるので目撃者は多数いる。けれども、多少のおかしさを異常だと思えない。この病院もまた、他の地域同様、日常が侵蝕されていた。

 

 最早この街では、弦巻こころの異常性を指摘する人間は今やほんの一握りだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院から姿を消したこころはピアノコンサート会場前の広場に現れる。けれど、広場の景色は不自然な赤に染まっていた。

 

 こころはお疲れ様といって幽霊の少女と赤ずきんの頭を撫でる。その後に倒れて動かない燐子に近づき、しゃがんで燐子の状態を確認を行った。

 

 こころが燐子の状態確認を行っている間に、赤ずきんはミッシェル人形の頭を回収し、燐子の傍にいた首のないミッシェル人形は幽霊少女の下へ駆けていく。

 

 燐子の身体の無事を確認したこころは燐子の頭に手を当てた。それは燐子の記憶を中身の無事を確認する行為であった。

 

 とある空白を見つけたこころは「あらあら」と表情を変えずに呟き、そこへ赤頭巾がミッシェル人形を抱えておそるおそる近づいた。

 

 

「……Schiefgegangen(シチェフラウーフェン(失敗))……した……?」

 

 

 不安そうな声音と、ミッシェル人形も同調するように口に手を当て首を傾げる。

 

 けれど、こころは赤頭巾達の問いに答えず、より深く燐子の深層意識を探る。反応を示してくれないこころに赤頭巾は次第に目に涙を溜めた。ミッシェルは赤頭巾を慰めるよう慰める。

 

 時間にすれば少しばかり経過し、燐子の内部を十分に把握したこころは燐子の頭から手を離し立ち上がった。それから少女に向き直って腕を広げると体を強張らせている赤頭巾をミッシェルごと包み込む。

 

 こころの面影を持つ赤頭巾は、それゆえに姉妹で抱き合っているかのようにも見えた。

 

 

「ごめんなさい、少し冷たい行動だったわね。しっかりと白金家のご両親の要望に答えたあなたを攻めるようなことはないの」

 

「……困る……顔……」

 

「ほんの少しだけよ。一個人に対する記憶も想いも綺麗さっぱり消えちゃったからパズルを組み立てるのに悩んだの。あたしが困ったからといっても、フローリィが気に病むことではないのよ」

 

 

 怒られることはないとわかった赤頭巾は体から力を抜き、子猫のようにこころに頭を押し付ける。

 

 こころは赤頭巾に力を加減する指示を出していない。弦巻家に迷惑がかかる訳でもなく、こころの困ることでもない。とはいえ、燐子のためになったかといえば未だに悩みどころだった。

 

 何せ、個人に対する想いや記憶が綺麗さっぱりと消滅してしまったのだ。物語のように僅かな記憶が残滓として残ることなどないほどに。

 

 

「……na-……」

 

「ん~、495才児ね、いつまで経っても甘えん坊だわ。でも残念、この後予約があるから夜に遊びましょ。ミッシェルと後片付けをお願いね」

 

 

 いつまでも甘えそうな赤頭巾からこころは離れる。赤頭巾は縋る目でこころを追いながらも、了解の意を答えた。

 

 

「……Jawohl(ヤヴォール(わかった))……」

 

 

 肩を落とす赤頭巾をミッシェルが腕を軽く叩いて激励する。すると、赤頭巾は多少気持ちを持ち直した。

 

 こころはそんな二人のやり取りを眺めながら、用事のある場所を空間中に映し出し、次の場所へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな総合病院にて、こころは親族以外面会謝絶された部屋に突如現れた。

 

 

「こころ、待ってたよ~」

 

 

 しかし、突如の異常現象にも特に驚くことなく部屋の主が歓迎する。

 

 その部屋の主は今井リサである。彼女はベッドの横に腰掛けており、イヤホンを外し、音のならないサイレントベースの演奏を中断した。

 

 リサは夏頃から入院をしていた。病院服を着用し、左目をガーゼパッド付きの眼帯で隠し、首には包帯が巻かれている。声も以前とは違い、声の音域や音色が変わったかのように変声していた。

 

 既に今のリサのお見舞いを幾度も繰り返しているこころは、対面のパイプ椅子に腰掛けた。

 

 

「今日のリサの調子はどうかしら?」

 

「おけまるだよ、だいぶ落ち着いたねー。ちゃんと根も張ってるし、あたし自身も安定してるかな」

 

「あら、素敵。あこが喜びそうな左目がうずくーをしちゃったから、拒絶反応がでちゃったけれど、ようやくあたしの下へ戻れるわね」

 

「ん~、そうだねー……花嫁修業とか言い訳すればもっと早く家を出られるかも?」

 

「そうね。でも、本格的なのはまだ早いと思うから、たまのお泊りでお願いするわ」

 

「おっけー」

 

「それと、喫茶店のあの子からの話で、友希那に近づいている人がいるそうよ」

 

 

 友希那は燐子やあこが所属するRoseliaのリーダー格のボーカルでリサの幼馴染だ。その友希那の周りで不穏な動きがある。

 

 こころ側の事情とすれば、保護対象の燐子や薫の関係者などがいるRoseliaは外敵に抑えらえれたくない一つだ。

 

 

「ふーん、どんな相手?」

 

「リサと同じ学園の二年生、Roseliaのファンね。動きはリサに一任するわ。必要なものがあれば、その都度申請してね」

 

「うん、了解。通学のことを考えれば、喫茶店の方にお世話になりそうかな」

 

 

 それからひとしきり会話を楽しんだ二人は、片方からのお願いで会話が中断する。

 

 こころがリサの隣に移動し、リサの膝にあるイヤホンを片方持ち上げ揺らし、笑顔を見せたのだ。

 

 

「リサの演奏が聴きたいわ」

 

「えー……ベースだとちょっと恥ずかしいかな? でも、そんなに上手い演奏じゃないけど頑張るよ」

 

 

 リサは照れくさそうに笑った。

 

 そして二人は片耳にイヤホンを掛け、リサによる個人的なリサイタルが始まり、こころは一時、穏やかな時間を過ごした。

 

 

 

 

 


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