夕暮れに滴る朱 作:古闇
救われない登場人物、不快な描写やキャラ改変などが含まれています。
あなたのイメージするキャラクターと異なるかもしれません。
絶対唯一のもので誰にも汚されたくない人はホーム等からお戻り下さい。
一話.つかの間の幸せ
春うららな昼下がり。
心配性な母親が幼い娘を見守る中、一人の幼い女の子の
いつもなら沢山の子供達が集まるその場所は、偶然他の子達の用事が重なって二人の子供しかいなかった。
二人で遊んでいる最中、目についたクローバーと発芽した白い花から花の王冠を思い浮かべた燐子は、敬太に花の王冠を作りたいと言って遊びをやめた。敬太は内心不満であるが気になる女の子に強く言えず、母親の下へ向かう燐子を見送る。
それから燐子は母から花の王冠の作り方を教わり、シロツメクサの花冠を編んで、満足そうに自分の頭に載せた。
燐子のことを待っていた敬太は、ふと、普段集まる遊びのメンバーがいないことが告白のチャンスであることに気づく。そうして、燐子が敬太の下に来ると待ちわびていた言わんばかりに声を掛けた。
「りんちゃん、大事な話があるんだ」
「どんな……お話なのかな……?」
「大きくなったらりんちゃんと結婚したい!」
くりくりとした目を見開き驚く。すると、燐子の顔に赤みが帯びて、恥ずかしながらも満更でもなさそうに照れた。
「うん……私もけーくんのお嫁さんに……なりたい……」
「えへへ、それじゃあ、約束をしようよ」
仲のいい幼い子供達の純粋な気持ちでの決め事。よく見かけるという人もいれば、都市伝説のごとく扱いを受ける約束である。
そして、その言葉を最後に景色が歪みはじめた。
なぜならこれはこの少年の過去で、夢から意識が覚醒し、起きようとしていたからだった。
――――――
――――
――
部屋は小奇麗のアパートの1LDK、その一室で敬太は目が覚める。
「……随分と懐かしい夢だったな」
黒目を泳がせ、ベッドで照れ隠しに黒髪の頭を掻き、枕元にある携帯を手に取って本日の時間を確認した。
(いつもより三十分も早いや。でも、二度寝で寝坊は嫌だし起きようか)
敬太はベットから降りて学校へ行く準備をする。部屋の内装は一人暮らしであるが、高校生らしい室内だ。
支度を済ませ、ほどよい時間帯になると家を出た。外は穏やかな気温で、暑い夏が終わりようやく秋を感じさせる九月の季節だった。
高校二年にもなる敬太は花咲川と羽丘、二つの女子学園に近い学校に通っている。その近隣には男子校もあるが彼が通っているのは共学だ。とはいえ、近くに女子学園が二つもあることで共学ではあるものの、女子の割合が低かった。
敬太は通学路を歩いていると、後ろから一人の男子高校生より自身の頭に手を一瞬だけ置かれて声を掛けられる。
「おはよう、けい」
「あぁ、明か、おはよう。背が低いのを意識するから、あまり頭に手を置かないで欲しいな」
気軽に敬太に触れ合うのは、神田 明という高校以来からの友人だ。二年生の同学年であり、同じクラスで何かと気の合う男友達である。
「ああ、悪い。癖なんだ。舞菜以外にはしないはずなんだが……どうにもな」
「恨めしい視線を投げられる僕の身にもなってよ。それで、御茶ノ水さんは?」
「舞菜は今日日直で先に学校に行ってるぞ。それはともかくとしてだ、一緒に行こうぜ」
既に一緒に歩いているものであるが、明は敬太に一言断りを入れた。律儀な男である。
それはそうと、舞菜という少女は明の一つ下の幼馴染で、明に何かと構ってもらおうと彼にじゃれつく。ゆえに、自身を差し置いてフレンドシップをされる敬太のことをライバル視してくるのだ。
「舞菜に睨まれるのが大変なら、白金さんだっけ……? けいの幼馴染の近くへ越したらどうだ?」
「いや、簡単じゃないし親御さんは僕のことを良く思ってないからね。りんちゃんは変わりなかったんだけど……」
「んぁ? 子供の頃はその幼馴染の親とも仲悪くなかったんじゃなかったか?」
敬太は嫌なことを思い出したらしく苦々しい顔になる。
「……きっと、僕がりんちゃんの住む街から出ていく羽目になった元凶のせいだよ」
「あぁ、元親父さんだっけか」
敬太の元父親は酒乱であり、それが原因で離婚し、敬太は幼馴染の住む街から離れて母親の実家の田舎に移り住むようになった。体が大きくなった今は、父親の勧めで上京して親元を離れているのだ。
すっかり場の空気が悪くなってしまい。思わぬ失言をしてしまった明はそうそうに話題を変える。
「あ~……そうそう、最近耳にしたんだが、同じのクラスの男子が花咲川の女子にアタックをしかけるつもりだって話を知ってるか?」
「へぇ、どんなの?」
敬太が話にのってきたことで、明の表情が和らぐ。
「ああ、それがガールズバンドをやっている女子らしくてさ、路上だったりデパートだったり所構わず演奏している女の子達だよ。目にしたことあると思うぞ」
「あー、確かにいたね」
「ちょっとしたキッカケで気になったらしくてな。それからアルバイトしているところを偶然見かけては、たまに通っているみたいなんだが、最近のますます魅力的に見えるらしいんだ」
「ふーん、雰囲気が変わったのかな? もしかして彼氏でもできたんじゃないの?」
「どうだろうな、男の影は感じないらしいんだが」
「そっか、それでその娘が気になったキッカケってなんだったのさ」
「えー、キッカケってなんだっけ…………いや、思い出した。その娘がバンドをする前に、街中でドラムが載った台車を転がして道を尋ねられたことがはじまりみたいだな」
(ドラムが載った台車?……まるで運送業者の人だ)
素敵な出会いかは置いておき、日常的にそんな人に声を掛けられたなら印象に残りやすいだろう。敬太もそれに近い感想を抱いた。
「それで知り合いになったんだね」
「いやいや、それがだな。今のバンドリーダーの弦巻家の娘にかっさわられたらしくてな、顔すら覚えてもらえなかったらしい」
「なる、それだったらインパクトに欠けるね。あの娘って街中の人に挨拶するし、やることが派手だからなぁ……」
「かっさわれた挙げ句、不幸少女に遭遇したのも運がなかったな」
久々に聞いた名称に敬太は微妙な顔を浮かべた。
三、四年前に現れたと伝えられる不幸少女。金髪碧眼の幼い外人の女の子の容姿をしており、くすんだ紅の赤ずきんに似た格好で、時折街中をうろついているの少女だ。
その名の通り不幸を招くと言われ、人に近づくと、起こりうる不幸を一方的に喋り、立ち去っていく。いつ起きるかわからないけれども、その人の人生に残す爪痕の多さから、普通の人はその存在を避けることが一般的な認識である。
一部、不幸少女の住まいを特定しようとする者はいたが、例外なく不幸少女に関する記憶が消えてしまっている始末だ。
そして、敬太は不幸少女に一方的に話しかけられていた。
「どうした? 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」
「いや、気にしないで。それで、その男子は何か言われたの?」
「じっと顔を見られただけで特に何もないそうだ」
「見つめられただけで良かったじゃん」
「話しかけられると、大体がアウトだからな」
「そうだよねー……(東京に来てすぐ、一度だけ話しかけられたんだよね。どろどろってなんだよ……幽霊なんてまだ見たことないよ……)」
敬太は嫌な気配を振り払うよう、明との雑談に集中し、学校に向かった。
放課後、バイトのシフトもない今日は母親が田舎から東京へやってくる日である。息子を心配する過保護な母親は定期的に様子を見に来るのだ。
待ち合わせ場所では父親もいた。母の心配性に付き合って、父も大抵同伴している。
普段はアパートにて料理を作り待っていてくれるのだが、今回は待ち合わせ場所が外ということもあって、ファミリーレストランへの移動になった。
メニュー表から料理を選びながら、敬太は家族の団らんを楽しむ。過保護に思うところはあれど、家族が揃うのは嬉しいことなのだろう。
ウェイトレスへの注文も済ませると、父親が少し二人で話したいと外へ出るよう促す。母親は不満そうな顔を見せるが、敬太は父親の言うとおり、素直に従った。
「ぉおう? 背中を押さなくてもちゃんと行くってば」
「いや、すまんな。お母さんを待たせたくなくて、つい焦れてしまったよ」
二人はお店の裏側辺りに移動する。
「で、父さん、話って何?」
「これを渡そうと思ってな、母さんには内緒だぞ?」
父親はボディバッグから厚めの茶封筒を取り出し、敬太に見せびらかす。中身は商品券やらギフト券類であった。結構な額のギフト券は一ヶ月の間に消費すると考えても贅沢に過ごせる程度はありそうだ。
「嬉しいけど、こんなに?」
「ああ。だが、渡す前に一つ聞きたいことがある。一人暮らしを勧めたのは俺だけど、家を出てから悪い奴等とつるんでないよな?」
「そうだね、不良とは仲良くしてないし、犯罪に手を染めたこともないよ」
父親が敬太の挙動を探るように伺い、少しの間が空く。
「よしよし、変なことを聞いて悪かったな。目を合わせたとしても素行がわかるわけでもないんだが、まぁ、何というか、父親らしいことをしたかっただけだ」
父親が茶封筒渡し、敬太はそれを受け取って、ブレザーの内側ポケットに大事に仕舞った。
「贅沢な話、母さんからの送金が余裕がないから正直助かるよ、ありがとう。母さんを幸せにしてくれるだけで十分なのに……」
「気にするな、他所様と違ってうちには余裕があるからな。ああ、あとこいつも持っていけ、これなら母さんに見せびらかしてもいいと思う」
「ピアノコンサートのチケット?」
「ちょっとした伝手でな、仲の良い人と行くといい。約一年間有効のチケットだ、マナーや服装があるから詳しい人がいればそいつがいいかもな」
「うん、ありがたく貰っておく。でも、これで母さんとは行かないの?」
「母さんはピアノっていう柄でもないだろ、それよりも母さんの好きなそうなところへ連れて行くさ」
(僕も柄じゃなんだけどね。でも、丁度いいのかも)
そうして二人は母の待つ店内へ戻る。
だが、そこからかなり離れた場所にて二人を観察する赤ずきんがいることに敬太と父親は気づくことはなかった。