夕暮れに滴る朱   作:古闇

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エピローグ

 

 

 

 一〇月の始まりをとうに過ぎ去った文化祭の日、羽丘女子学園に私と花音、イヴちゃん。それから美咲ちゃんとはぐみちゃんの五人で薫と麻弥ちゃんの上演を見に行く。

 こころちゃんは家の用事で、彩ちゃんはクラスメイトの人達と一緒に向かい、一般公開の日のため日菜ちゃんはクラスメイトの出し物に部活の出し物(部員日菜ちゃんのみ)で忙しそうだった。

 

 人が混みそうなので上演開始前から並びに行ったけれど、それなりに人が並んでいた。

 それを見て、美咲ちゃんが言葉を漏らす。

 

 

「はー、噂に聞いてたけどウチの学園じゃあ、この時間でもここまで人が並ばないや……薫さん効果ですかね」

 

「それもあるでしょうけど、今や麻弥ちゃんもアイドルですもの。きっと二人の相乗効果じゃないかしら」

 

「演劇部にお邪魔したときの麻弥さんは綺麗でしたね、賢い女性の姿は直江兼続のようでした!」

 

(直江って、確か男の人よ)

 

 

 私とイブちゃんが話すと、はぐみちゃんも会話に参加する。

 

 

「イブちん、名前の響きがおかしい気がする……それって女の人の名前なのかな?」

 

「愛の人です、とっても賢いんですよっ」

 

「はっ!? そっか! 愛に性別なんて重要じゃないんだね!」

 

「いやいやいや、なんでそんな突飛な解釈になるかな! はぐみも若宮さんもちょっと話を前に戻そうか!」

 

 

 そうやって話していると時間になる。

 

 入場口に進むも人の混みが酷くなり、頑張って列整理をする生徒会の人も見える。

 

 

「『ロミオとジュリエット』を見たい方は、二列に並んでゆっくり入場してくださーい! ゆっくりにゅうじょ……ひゃっ!」

 

 

 生徒会の一人が人混みに流されそうになるが頑張ってふんばっていた。

 

 私はそれを横目にしつつ、みんなと一緒に入場し、みんなでまとまってそれぞれの席に着席する。

 時間が経ち、天井の照明が消え舞台の明かりがついた。

 

 薫と麻弥ちゃんの舞台がはじまる。

 

 麻弥ちゃんに合わせたジュリエットの衣装を着た彼女は、純朴で尚且つ、賢い女性と思わせる雰囲気を纏っている。

 身長やスタイルもあるから見映えがいい。

 

 悔しいことだけれど身長のない私は麻弥ちゃんのような見せ方は難しい、あれは私にはできないジュリエットだった。

 それと、薫はいつも通りの存在感。

 

 何事もなく劇が終わり、拍手が鳴り止まない。

 カーテンコールして上演が終わった。

 

 心地よい余韻を会場に残す。

 

 みんなと一緒に席から離れながら私は思う。

 兄さんが死んでから色々あって一息ついた今が、上演の終わった舞台に感じてしまう。女優として考えれば、あれも得難い経験だった。

 

 舞台が終わり日常に戻り、日々を送る私は花音に恋愛感情を持ってもらえるよう振る舞っている……友情の枠組みのため、親友の延長線で効果は見込めていないけれど行動しないよりはいい。

 告白にしても確信を持つまでしない。

 

 奇跡的に両思いになったとして、付き合うとなると言葉だけでしばらく我慢をしてもらわないといけない。

 その時は私の環境も変わるだろう。

 

 パスパレのみんなには悪いけれど準備だけはしよう。

 

 誰かが私のかかとを踏む、考え事をしていたために姿勢を崩して前のめりになる。

 床に転ころぶ……ことはなく、人のいないところへ向けてイメージ通りに床で転がり受け身を取った。それから素早く立ち上がる。

 

 

「あぁっ、ご、ごめんなさい! お怪我はありませんか!」

 

 

 羽川女子生徒が謝りにきて、みんなが心配して集まった。

 彼女の様子を見るに、舞台の余韻で呆けながら歩いたため、私のかかとをうっかり踏んでしまったのではないだろうか。

 

 彼女の気に病まないよう、明るく振る舞う。

 

 

「ええ、大丈夫です。今日は素敵な舞台でしたもの、ぼぅっとしてしまうのも仕方のないことですね」

 

「……うぇぇ!? あっ、ごめんなさい! まさか白鷺千聖さんだと思わなくて驚いてしまいました……」

 

「驚くほど知っているということでしょう、嬉しいことですわ」

 

「は、はい! あの、運動お得意なんですね……ほんと、ごめんなさいでした!」

 

 

 羽川女子生徒が大きく頭を下げて小走りで去っていった。

 

 ふと、彼女の言った言葉が気になり、自身の体を確かめるように両手を顔より離したところから眺める

 

 私は運動が苦手なはずだ、けれども自身が思ったように身体が動くし体力も上がっている。運動が得意だと指摘されるまで気づかなかった。

 それだけではなく、男性に対しては格好いいと思っていても以前より魅力に感じることがひどく薄い。

 

 一体いつから――

 

 

「――千聖ちゃんっ」

 

「ひぅ!? ……どうかしたの、花音」

 

 

 肩に触れられたため、驚いた。

 

 

「会場に残っているの私達だけだよ? 行こ」

 

「ごめんなさい、みんなといるのに先程から考え事ばかりしていたわ。もう大丈夫よ、行きましょう」

 

 

 考えることをやめ、差し出された花音の手を手に取った。

 

 その後、みんなとまだ覗いてないイベントを覗く。

 けれども、私は花音達と別れの挨拶をして途中で遊びから抜け出し、仕事へ向かう。

 

 そうして、今日も平穏な日常を送っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~隠し事Ⅲ~

 

 

 

『……話せることは全て話した……もう、その白く太い針を頭に刺すのも、解剖も止めろ……』

 

「情報の漏れがあるといけないもの。それに頭の中を弄くられも気分は悪くないはずだし、体中を切り開かれても痛くないでしょ……化物なんだから頑張れ頑張れ」

 

『何処ともわからない部屋に閉じ込められ、こうして張り付けにされ、直にやりたい放題に体を弄くられるとはな、退魔師の奴らですらしなかったことだぞ』

 

「だってあたしは人間が化物になったのではなく、元が化物だもの。彼らのような倫理や人間性を問われても困ってしまうわ……あら、ここの細胞密度が薄いわね、ちゃんと栄養を摂らなきゃダメよ」

 

『くはは、少女のような化物がにこやかな顔で血塗れになってまでやるおるわ。苦しみも痛みもない、まるで悪夢よな!』

 

「空元気かしら、そろそろ頭に追加でズブッと針を入れるわね」

 

『……好きにしろ』

 

「……はい、入ったわ。気分は悪くない?」

 

『問題はない、いつも通りだ……くそっ、何なんだこの会話は!』

 

「はーい、怒らないの。同じことを聞くわね、素直にしか答えられないだろうけれど簡単な質問だわ」

 

『さっさと終わらせろ』

 

 

 

「白鷺聖也を襲った理由は?」

 

『物語の中心人物のような存在感を秘めており、美味そうな人間だったからだ。事実、上位に入る旨さであり、魂の一部だけわざと逃して近しい奴らも喰おうとしたのに貴様が現れた。なぜ、俺を見逃した?』

 

「助ける人は助けたし、貴方がどういった能力を持っているのか不明だったからね。それに化物は人間が倒すものだそうよ? あたし自身が表立って動いていたこともあるし、あの場で処理してしまうとなかなかに面倒なの」

 

『ふはっ、あの場で処理しておけば十数名の犠牲者は出なかっただろうにな』

 

「彼らもその時まで精一杯生きたでしょうね」

 

『……ふん、今までに様々な言葉を並べたが微塵の後悔すらしないか』

 

 

 

「白鷺千聖に固執したのはなぜ? 化物に対する守りは堅いと自負していたのだけれど」

 

『腹いせもある……が貴様が守っている地域により極上な女がいたな。俺が喰らった奴の近しい者を奪えたなら、極上な女を食すことができると考えたのだ。あれは何だ?』

 

「あたしの噂を聞きつけてこの街に住みついた人よ。駆け落ちした人達の間に生まれた娘でね、そのうち面倒なことになりそうなの」

 

『貴様がいなければ喰らいたい放題か……余計なことばかりしおって』

 

「残念だったわね、次回があるなら突き進んで事に当たるといいかも」

 

『貴様が不在の時にな』

 

 

 

「貴方が封印されていた場所で暴れた者たちは誰かわかる? 特徴は?」

 

『俺達を封印する力の源である巫女をさらった者達としかわからん。特徴は黄色の法衣を纏っていたな』

 

「そうなのよね、エルダーサインも確認されたとわかっているし、どう考えても弟伯父の信者だわ」

 

『相当な数の人間が犠牲になったようでな、おかげで逃げやすかったぞ』

 

「本格的な滞在からそれほど経ってないのに、伯父様達には大人しくして欲しかったわ」

 

『かかか、感謝していると伝えてろ…………おい、無視するな!』

 

 

 

「質問は終わりよ、お疲れ様。針は全て抜いておくわね」

 

『ようやくか』

 

「体の治療も終わったわ、これでまた五体満足よ」

 

『そうか、なら満足しただろう? とっとと開放しろ』

 

「そうね、これ以上は同じことの繰り返しだもの、条件付きで開放しようかしら」

 

『なんだ、人間共に引き渡すのか? 随分だな』

 

「やり直しをしてもらおうと思うの」

 

『くはっ! この俺にやり直しだと? 貴様は実に馬鹿だな……いいだろう、例え呪われようが操られようがその条件に乗ってやる、後悔するなよ!』

 

「まあ、いい返事ね! じゃあ、はじめましょうかっ」

 

『貴様、顔に触れて何をするつもり……ぐっ、ぎぃ……アアアァッ!』

 

「本当にやり直しだわ? 体も、人格も、記憶、得てきた能力すら真っさらな白い色に染め上げる……ここで、今から生まれたときのように戻るのよ」

 

『アアア……ガッ……嫌ダ……タダノ面ニ…モド……ッ』

 

 

――スゥッ

 

 

「あっと、危ない。綺麗な状態に戻ったのに傷がつくところだったわね」

 

 

 

「お召し物が随分とお汚れになりましたね」

 

「スプラッタの後のような感じかしら、いいえ、やっぱり水浴びかも! ……はい、これを弦巻家の骨董店にでも渡しておいて」

 

「承知いたしました。丁重に扱い、いつものように手配しておきます」

 

「ええ、お願い……素敵な出会いがあるといいわね」

 

「なるようになるでしょう」

 

「貴女のように?」

 

「どうでしょうね……あれから数百年は経ちますが、元の私がどういったものかは存じ上げません」

 

「一般人に紛れて、あたしが管理する国々に来るとは思わなかったもの……どうなっているかなって接触してみると、普通の人のようだったわね」

 

「旅をしているときに、お嬢様を迷子の少女だと接してみれば、あれよあれよと召し抱えられるなんて当時の私も思いませんでした」

 

「いい国でしょ。人間、動物、家畜、怪物すら全てが女よ、雌同士でも交配が可能なのはあたしが管理する国だけだわ」

 

「代わりに、雄もしくは男性との間に子供が生まれないではないですか」

 

「そう遺伝子を弄ったもの、それに本気で女になりたいなら女にしているでしょ……住処は別な場所になるけれど、そちらの国も土台はしっかりしているしね」

 

「……瀬田様と商店街の女の子の間で結婚すると騒ぎになったのはお嬢様のせいですよね」

 

「この国では女同士での結婚はまだ禁止だけれど、良い具合に浸透してきているわね」

 

「殿方と普通に接することができているのに、世の中の男性を根絶するおつもりですか……いえ、しないとわかってはいるんです」

 

「雄を理解するつもりは無かったから、女だけの国を作らせてしまったわ」

 

「無垢な娘のものとしてでしょうか? 悪意がないからと種族問わず手当たり次第に雌を観察するのもどうかと思います」

 

「付き合いが長いと、あたしが善意と同類でないと理解してもらえて嬉しいわね。善性の大地の人らとか、性格なおせーって、まるで姑のようだったわ」

 

「お嬢様がしていることは、やりたいようになされている子供のようなものでしょう。理性や理解がある分よろしいと思われますが」

 

「様々な世界を観察してきたおかげね」

 

「お嬢様のお祖父様に一度はこの世界から追い出されたのでしたね

 

「お祖父様達に怒られるようなことはしていないの。そうね、今のお祖父様に向けてもなんら意味もない、あたしに備わった力……白紙、リセット、はじめから、言葉にするならそれが危険なのよ」

 

「転生していようと、地べたを這いずり回る努力をして相応しい力を得ようとも、授かった能力も消し飛ばす。元が弱者には虐めでしかなく、おかげで松原様に使用するのも最終手段なその力がどうなさったのでしょう?」

 

「……この世に産声をあげたときから強者で、後になって力を奪われたものにとっては重宝する力なの。だからこそ、この世界から追い出されてからは彼の魔王の情報は一部を除き一切合切廃棄されているわ」

 

「彼の魔王とお嬢様を会わせるな、もし出会うなら魔王は力を取り戻し世界は滅ぶ……とのことはこちら側では有名ですが、お嬢様は存在的に滅ぼしたり蹴散らしたりする側ですよ」

 

「あたしにヒロイックは似合わないかしら」

 

「もちろんです。お嬢様の足りないところは私達が補佐させていただきますので、これからも振り回していただければ幸いです」

 

「ありがと」

 

「はい! ……ところで話が変わりますが白鷺様に何かなさいましたね」

 

「ええ、千聖に身を守る物を贈ったこともあって、事後調整をね。それから、Pastel*Palettesのことで一つ、お礼ごとをしたかったのよ」

 

「お礼ですか……私はてっきり……んんっ、失礼しました」

 

「そう? 千聖の方も様子見かしら」

 

「白鷺様も大変ですね……(聞きに及びし、お祖父様に似ましたね)」

 

 

 

「お嬢様。言うことを聞かないあのアホウドリ、いつ頃単独行動を止めるのでしょう?」

 

「あたしのブルーバードは気まぐれに戻ってくるんじゃないかしら」

 

「幸せの鳥だそうですが、お嬢様以外には厄災を振りまいていますよ。愚痴になって申し訳ないのですがよろしいでしょうか」

 

「いいわよ、飼い主の責務だもの」

 

「では失礼して、あのアホウドリが松原様に余計な物を渡さなければ今回のことに巻き込まれませんでした。お嬢様の妹様の不安を煽らなれけば、あんな無茶な行動はしませんでした。瀬田様に余計なことを吹き込んで白鷺様と険悪な仲になったらどうしてくれるんですかっ」

 

「ごめんなさい。でも、そうなのよね」

 

「ふぅ……ありがとうございます、それから、申し訳ありませんでした……一応はお嬢様のために働いていることを理解しております……」

 

「そろそろ呼び戻すことも考えておくわ」

 

「よろしくお願い致します」

 

 

 

 


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