夕暮れに滴る朱 作:古闇
お昼には遅い時間。
私は千聖ちゃんとお茶をする約束をした馴染みのあるカフェに向かった。
お喋りでカフェに長居してしまうことが多いため、食事どきにはあまり行かない。
馴染みあるカフェに到着し扉を開くとベルの音が鳴る。
気にせず、そのまま中へと入った。
定員さんがこちらへと来たので「待ち合わせです」と話して中へ進み、店内を見渡す。
テーブルを挟んで椅子の向かい合う席に千聖ちゃんがいた。
普段とは違う金髪の髪型に、テーブルの隅にメガネケースが置いてある。
紫色の瞳を眼鏡のレンズで遮っていないことからメガネはケースの中なのだろう。
一見すると中学生にも見えてしまう小柄な彼女だけれど、女優としての雰囲気や落ち着いた仕草が大人に見せている。
私は挨拶をしてから席に座った。
メニュー表を見て今は紅茶だけ注文する。
千聖ちゃんは頼んだあとのようで、テーブルに紅茶の入ったティーカップが置いてあった。
「こうして会うのは半月ぶりね、花音」
「そうだね、千聖ちゃん。お仕事相変わらず忙しいね」
SNSでのやり取りで有名演出家に舞台の主演の一人として選ばれ、一ヶ月以上前に舞台役を受けた千聖ちゃん。
稽古の合間は役の復習や夏休みの宿題や勉強をしていて、アイドルバンドの”Pastel Palettes”には殆ど顔を出せてないとあった。
「ええ。県外でも公演したけど、これで今回の舞台は終わり。パスパレのこともあるし少しベースの練習に集中したいわね……花音はどうなの?」
「部活、バンド、バイト、夏休みの宿題に勉強とあるけど計画立ててるから予定は空いてるよ」
「言葉にして聞くと時間の余裕がなさそうに感じるわね」
「茶道部は週三だけど夏休みは週一だし、最近のハロハピは部活や家の事情でなかなか集まれないし、バイトは週一しかいれてないから……かな」
バンドの活動は病院での活動が終わったのを機に、それぞれの予定の足並みが乱れて全員が揃わなかった。
それでも路上と商店街で一度だけライブをしている。
みんなで準備をしてバンドのお披露目が理想なんだけれど、予定が合わなくなってくると調整なしでライブをすることも多々あった。
「そう。そのバイトのことなんだけど、花音の家は裕福でしょう? 親にドラムセットを購入してもらっているしバイトをする必要はあったのかしら」
「えっとね……私ってちょっとは前向きになったよね、だから人と接する機会を増やせばもう少し良くなるかなって思ってバイトをはじめたの」
千聖ちゃんも良い変化だと言ってくれたので、もう少しだけ頑張ってみたくなった。
社会人になる前の経験としてもバイトをしてみたかったのもある。
バイトをしなかったのは、私の影で「松原さんには壊れ物持たせるのは禁止」だから。
なので、人に迷惑かけそうなバイトは避けていた。
それと、バイトを始める友達に私も一緒に行ってもいいかと聞くとその友達に急用が入る。
理由はわかっている、なにせ誰も私に荷物持ちなどを頼まない。
今では教師ですら私に頼まない。
目の前にいたとしても、私しかいなかったとしても自分でやるか、他の人を探しはじめる……ちょっと悲しい。
「それでファーストフードのチェーン店に入ったのね。SNSで突然知らされたときは相談もなかったから驚いたものよ。聞きそびれていたけど、そこのファースト店を選んだキッカケってなんだったの?」
「お店でバイトの情報雑誌を取ろうとした時にこころちゃんと会って、気づいたらこころちゃんの紹介でそこのお店に働くことになってた」
「彼女の紹介なのね…………彩ちゃんもいるし、チェーン店だから心配ないと思うけど大丈夫なお店よね?」
千聖ちゃんの不安はこころちゃんが関わっているからだと思う。
こころちゃんの話題では、事が起こる、結果が出る「起」「結」でも納得される。
千聖ちゃんだけでなく学園の大体の人も同様だった。
学園の十数羽のウサギ達が檻の外で規則正しく隊列を組んでいたする。生徒達は驚き何が起こったとなる。
それにこころちゃんが関わっているとみんなが知ると「また弦巻さんか」となる。
なので、ツッコミ役や真面目な人だととてもとても大変だ。
でも、純真な子供達には大人気。
「……こころちゃんのお家が著作権と一緒に買い取った商店街のイメージキャラクターが、お店のセットメニューのおまけでついてるけど変なことかな……?」
「はぁ~~、弦巻財閥の息が掛かっているじゃないの……花音はいい方向に少し変わったけど弦巻さんに甘いわね」
「だって、私が殻を破るキッカケをくれた人だもん」
バンドを組むちょっと前、私はドラムを売ろうとしているときにこころちゃんに声を掛けられた。
言葉で心を揺さぶられ、人の頼みごとに弱い私はストリート・ミュージックをさせられる。
それからバンドライブをすることになるも二人だけでは人数が足りない。
メンバーなんて集まらないと思っていたのに薫さん、はぐみちゃん、美咲ちゃんと集められてバンドが結成した。
バンド活動を通して、私は臆病な自分から少しだけ変わったのだった。
「そういえば千聖ちゃんってなんでこころちゃんにだけ”さん”づけで呼ぶのかな? 同級生や年下の女の子を”ちゃん”づけしてるよね」
「私って知名度があるわよね、イメージを大事にしているでしょう?」
「うん」
芸能人として「白鷺 千聖」の看板を背負っている。仕事の内容を選んだり、大衆の目の視線を気にして声を掛けられても丁寧に対応して看板のイメージを壊さないよう心掛けている。
「弦巻さんもこの町ではとても知名度があって、悪い言い方かもしれないけど非常識でしょう? 本人は気にした様子は見られないし」
「う、うん」
弦巻家はこの町の地主で、それに比例して有名だ。その娘となると学園の教師の首を飛ばせるほどらしい。
その娘であるこころちゃんは、街中の知らない大人、子供に何か楽しいことはないか提案して欲しいと声をかける。
楽しくなさそうな内容はすぐに忘れ、気に入った案件は行動し実行する。時には提案者を巻き込んだりもする。
そうでなくても、人は挑戦し続ける限りできないことはないと、独自に思いついたままに行動して人を説得し巻き込む意思を持った動くイベントのようなもの。
それをサポートする黒服の女性たち。女性たちは一般家庭では持ち得ない権力やお金、人材でこころちゃんの願いを叶えてしまう。
「花音にはいい結果を与えたけど、何かの拍子に私にとんでもないことに巻き込まれそうで、私にはちょっとね」
「ん~……うん、わかった」
「ごめんね……(花音を盗られたせいよ)」
「千聖ちゃん?」
「気にしないで、うわ言だから」
そう話して紅茶に口をつける。こころちゃん関連の話は続けたくなさそう。
私はそれを見ながら話題を少し前に戻そうと思った。
「話を戻すけど、千聖ちゃんって夏休みの宿題終わったの?」
千聖ちゃんはちびちびと紅茶を飲むのをやめてテーブルに置いた。
「もちろん終わったわ。でも、勉強が進んでないのよね」
「そうなんだ。またいつものようにお泊りでお勉強会しようよ」
「そうね……どうしようかしら」
いつもなら二つ返事で了承してくれるのに、珍しく言いよどむ。
アイドルバンドのパスパレの件で相談事があったときのような雰囲気を感じる。もしくは、何か悩みの種がありそうだった
「何かあれば相談にのるよ?」
「大丈夫よ、ちょっとしたことだから。花音の家は……私が行くと近所が騒がしくなるのよね。母に確認してからまた連絡するわ」
千聖ちゃんと私は仲がいいと周知の間柄。でも、多忙故に私の家に来ることはあまりない。
そのせいか、千聖ちゃんが私の家に泊まっているのを見かけると近所の人がこちらを気にしたりで少し騒がしくなる。
このあとは世間話や雑談などをして千聖ちゃんと別れた。夕方以降からレッスンが入っているようだった。
夜にSNSで千聖ちゃんと相談した結果、私の家の事情で千聖ちゃんが指定した日には泊まれない。そのため、千聖ちゃんの家でお勉強会をすることになった。
その日は部活がある日だ。前もって準備しておこう。