夕暮れに滴る朱   作:古闇

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三八話.兄の最後

 

 

 

 皮膚を剥ぎ取ったような筋肉が露出する裸の肌は黒く、肉付きのある真っ白な兄さんの顔で、大の大人ほどの人型の化け物が私達の前に現れた。距離にして二〇mほど離れている。

 

 

『お前のせいで兄が死んだんじゃないか』

 

 

 この世のものとは思えない継ぎ接ぎのような濁った声、距離があるにもかかわらず十分に聞こえる。

 視認できる限りでは、目や口は閉じたままの表情は動いたようには見えない。。

 

 

『前なんて向かず、ずっと家に引篭って入れば兄は死なずに済んだ』

 

 

 兄さんのようにだろうか。

 思えば海来が死んでから兄さんは外で遊ぶことが減ったような気がする。そのせいか友達も少なかったはずだ。

 

 

『お前が何もしなければ良かった。お前が何もしなければ過去にみんなが……女優を目指す子供もお前の周りの子供も、死んでいった者も不幸にならなかった……』

 

 

 幼少の頃からの努力を否定されるのは疎ましく思う。

 けれど、女優を目指す過程で私がいた事で脱落していった子供達や表面上の付き合いがあった際、芸人の私との付き合いを巡る陰険な争いがあったのも知っている。

 

 胸がざわついた。

 

 

『もう何もしなくていい、お前の兄も呼んでいるぞ』

 

 

 手に人の体温を感じると花音が横に並んで手を握ってくれる。

 

 

(大丈夫。私はおいそれと感情だけで相手を受け入れることができない、面倒くさい女なの)

 

 

 横目で一瞥してお互いに頷き、視線を戻して化物の動きに注視する。

 

 

『なんで一人で前に進んだんだよ……なんで俺の手を引いてくれなかったんだ……』

 

 

 兄さんの声に変わった、鬱屈した雰囲気を感じる。

 

 私は私の事で手一杯。

 絶望しても、先のことを悲観しても、不幸を呪ってもいい。昔も今も目にとめる。けれど、私に見せつけ脅迫まがいの同情の誘いはやめて欲しい。

 本人の気分は少し晴れるかもしれないけれど、前を進みたい私にとっては気持ちの良いものではない。

 

 

『なんで別の奴のことを気にかけるんだよ……なんで別の奴と一緒に進もうとするんだよ…………』

 

 

 私はアレに囚われたくなかった。

 

 様子が変わる。

 猫背になり腕をだらんと下げて、顔だけは前を向いた。

 

 逃げる準備をしておこうと花音の握る手を一度強め、了承の合図をもらった。

 

 化物が四つん這いになろうとした瞬間に、お互い手を離し元来た道へと振り返る。動きの早かった花音に手をひかれて脇目も振らずに走った。

 

 

『俺を置いて行かないでくれぇぇぇえええ!!!』

 

 

 後ろから四足歩行の猛獣が走ってくるような走る音がする。

 

 花音は片手を上半身に向けて探ると、私の手を掴む反対方向へ何かを落とす。

 砂を蹴る音がすぐ後ろまで聞こえるが、いきなり背後から車両がぶつかったような重い衝突音がした。

 

 花音が走りを緩め、手を引かれていた私もそれに同調。

 その間、衝撃音が聞こえた場所からゴムまりのように砂浜を跳ね滑っていく音が聞こえた。

 

 振り返れば、地面から少し宙に浮いている海来が片腕を振り下ろしたような姿勢から態勢を整えている最中だった。

 

 おどろおどろしく赤黒く鈍く発光していて、海来を中心に砂浜や海、周囲が急速に赤く侵食されていて、赤く侵食された地表からは赤い霧が発生し、生暖かい淀んだ空気になっていく。

 夕日に染まった海の風景はより赤くなった。

 

 化物は最初にいた位置まで転がっていて、腹部を抑えながら立ち上がると、跳ねたり跳んだりする不思議な行動をしている。

 何も起きないことに苛立った様子があった。

 

 

「逃ガサナイ沈メ」

 

 

 海来も化物と同様、大きな声で話していないのに言葉がハッキリと聞こえた。

 

 化物の方には砂浜から青白い無数の手が生えていて地中に引きずり込もうとするように体を掴んでいる。

 けれども、化物は腕を振り回しながら拘束しようとする手を振り払った。

 

 地面から浮いている海来は私達を見ずに化物の進路を遮る位置で、優しさを含んだ声で話す。

 

 

「二人共、守ルカラソコカラ動カナイデ」

 

 

 怖ろしい気配を纏っているのに、その背中が頼もしい。

 私は花音と互いに寄り添い、その場から海来を見守る。

 

 化物は無数の腕がある場所から抜け出したようで、蜘蛛のように四つん這いに駆けてくる。

 同時に全てが赤に染まっている砂浜から、侵食され露出した石が十数個ほど浮きあがると、一斉に化け物目掛けて襲いかかった。

 

 

『怨霊め! 邪魔をするなぁ!』

 

 

 化物は怒号を響き渡らせ、迫りくる大きな石や岩を迂回しながらもこちらに進み、器用に避けていく。

 砂浜にある大きな石や岩が絶え間なく浮き上がり次々と化物目掛けて襲っていく。

 

 

「ノコノコト……マタ、来タカ……フフ、フ……」

 

 

 連続して迫る大きな石の中にある、岩を跳ね避けると、その赤い砂浜が沈んで態勢を崩した。落とし穴だった。

 

 

「砂ニ飲レテ……沈メ」

 

 

 すかさず埋めるようと、周囲の大量の砂が落とし穴に落ちた化物に覆いかぶさった。

 

 

『ぬぅっ!?』

 

「ソシテ潰レテシマエ」

 

 

 落とし穴に覆いかぶさった砂が圧縮するかのごとく一段下がり、化物が落ちた場所から赤黒い染みができた。

 

 海来はまだ染みができた場所から体の向きを変えない。

 まだ終わっていないと証明するように染みのある砂浜が大きく盛り上がる。その場所を再び石や岩が襲った。

 

 

『ぎぃぃぃいいい!!!』

 

 

 地表から五メートルを超える巨人がゆっくりと片腕で顔を守るようにして現れた。

 首までのない上半身はゴリラに似ており、胸にある顔はひび割れ、そこから血を流し続けている。それに対して下半身が長かった。

 

 大石や岩が当たるものの化物は顔を守りながら両足で大岩が急斜面を転がるように距離を詰める。

 胴よりも太い両腕を前に突き出し、その両手で小柄な少女の海来を捕まえてしまった。

 

 私はその光景を見て背筋が凍る。

 

 

「グッ……」

 

『捕まえたぞぉ!』

 

 

 片手で海来を膝から頭上までを握り、もう片手で上を蓋をして足を踏ん張りギリギリと握り締める。

 

 

「忌々シイ……付喪風情ガ……」

 

 

 苦しそうに呻く海来。

 海来が地の底から叫ぶような甲高い絶叫をして、化物の手が一瞬揺れるがなおも握り締め続ける。

 

 

『まず先にお前を消してやる!』

 

 

 海来の足先から黒い雫が落ちると、赤い砂浜が大きく歪んで波打つ。

 すると、前に突き出た巨大なブレード状の頭を持つ、長く毛羽立ったウロコの、鉄骨のような巨大な蛇が波打った先から体半ばで飛び出てきた。

 

 

『がっ……!』

 

 

 化物の全長の半分ほどの、刃の頭を持つ蛇が胸の顔ごと刃で突き刺し持ち上げる。貫かれた黒い体からは、夕暮れにヌラヌラと光る朱い血が流れ滴り落ちた。

 

 蛇が左右に頭を振ると血が飛び散ちる。

 化物は苦しみ悶え、海来はその隙に両手から脱出した。

 

 

『お前――ぐぅぅ!?』

 

 

 化物がそれ以上話す前に蛇が頭を振り下ろして地面に叩き斬りる。

 私の方まで足元が宙に浮くような地響きがした。

 

 地面の揺れによって転びそうになるも寄り添う花音に支えらる。

 

 

 

「サッサト壊レテ、沈メ」

 

 

 体がほとんど真っ二つになってもまだ動きをみせる化物に、蛇が体中を何度も叩き斬る。

 その後に、無数の腕に掴まれると化け物はバラバラになった四肢や身体をより引きちぎられて、無数の手と共に砂浜に沈んでいった。

 

 そうして、沢山の青白い手に連れられて化物と共に兄さんはこの世から姿を消す。

 喜べばいいのか悲しめばいいのか、私の心境は複雑だった。

 

 

「ン、終ッタ」

 

 

 海来は一仕事終えたように満足していた。

 

 宙に浮いて、砂浜から体が飛び出しきれていない蛇の顔を撫でる。

 低い唸りを発しながら、蛇は飛び出ている根本から歪んだ砂浜へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海来は蛇がいなくなるのを見守り、赤に染まった世界が元に戻る。

 戻った世界はまだ夕暮れ、今までが長い時のように感じた。

 

 海来が私達の傍まで浮いて移動する。

 花音は気遣いからか、少し私達から離れた。

 

 

「海来?」

 

「海来(アコ)ジャナイ。昔ト違ッテ今ハ別ノ呼ビ名」

 

「ならなんて呼べばいいの」

 

「海来(ミライ)ッテ呼ンデ」

 

「海来(みらい)ありがとう」

 

「ン」

 

 

 人によっては素っ気ないと思われてしまう態度。でも、私は嫌いではなかった。

 昔の海来はもっと少女らしかった。彼女もまた薫のように変わってしまったのだろう。

 

 

「兄さんは何処へ連れて行ったの?」

 

「秘密」

 

「そればっかり」

 

 

 あの化物に囚われた兄さんが生きているとは思えない。せめて、心の中で成仏できるようと祈った。

 

 

「海ニ来テクレテ嬉シカッタ、千聖ハ私ニ気ニセズ前ニ進ンデ」

 

「見守ってはくれないの?」

 

「コレデ終ワリ」

 

 

 これで彼女との繋がりが終わると思うと非常に寂しい。

 

 

「またこの海に来てもいい?」

 

「……ワタシハコノ海ニ棲ンデナイ。来テモ何モナイ」

 

 

 この海で死んでこの土地に囚われていると思っていたから衝撃を受けた。なら、何処で住み活動しているのだろう。

 

 

「何処にいるのよ、また会いたいわ」

 

「姿モ声モソノウチ聴コエナクナル、奇跡ノ時間ハ終ワリ」

 

 

 見えない聞こえないでは私にどうしようもない。

 

 あの化物は海来のことを怨霊と言っていた。本来なら呪う側。

 どこかのホラー映画のように一瞬だけ正気に戻るとかではなく、長い間守ってくれているのならそれは奇跡だろう。

 

 

「嫌よ」

 

「我儘言ワナイデ」

 

「ようやく受け入れたのに……」

 

 

 せめて住んでいる場所を教えない理由が知りたい、でないと諦めきれない。

 

 

「……? ……エ~」

 

 

 海来は空を仰いで不満顔。

 何と話しているかわからないけれど、私には見えないし聞こえない。

 

 

「今のは何なの」

 

「ワタシノ棲家を教エナイヨ?」

 

「今のは無かったことにして……」

 

「ン……千聖ガ知ッテル人。弦巻家ニワタシ棲ンデルカラ筆談ダケデモイイナラ家ノ人ニ聞イテ」

 

 

 予想外の場所で耳を疑った。

 

 

「マタネ」

 

「……あ、待って!」

 

 

 煙のように消えていなくなる。

 

 

「こころちゃんの家? ……花音は知ってる?」

 

「知らない……初耳だよ……」

 

 

 拗ねて砂浜にしゃがんで指で砂いじり、あまり見れない花音のいじけ。

 私の予想以上に海来と親しくなっていたらしい。

 

 防波堤付近の道まで登ると薫の出迎えをされ、家に帰宅した。

 本当は海からの帰りに弦巻家に寄りたかったけれど、戻る時間を考えれば深夜になってしまう。今日のところは自分の家に送ってもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海来(みらい)がこころちゃんの家に住んでいると言っていたので、仕事の予定を調整して放課後に家を伺う。

 こころちゃんに会い、海来のことについて質問するも「何のことかしら?」「わからないわ!」とばかりで、他の家の人に聞いても分からず、海来に居場所の判明が難航した

 わからないならと探すことになって弦巻家の敷地内を歩き回る。食事の時間になって夕食をご馳走になり再び探し回る。

 

 今度は屋敷内の地下に向かうことになった。

 しかし、そこは来客の立ち入りを遠慮されている場所だった。

 

 弦巻家の使用人に軽い身体検査と携帯など私物の一部を預けることと、こころちゃんと行動を共にする条件で入れさせてもらった。

 

 地下は広い植物園となっていて天井からの光が植物を照らす。

 六角形を張り巡らしたアルミニウムのような天井は、地上に設置してある集光器から得た日光を地下に伝達して拡散し植物を照らしていて太陽の光と同じように育てているらしい。

 なのでバーベキューなど火気厳禁だとこころちゃんに教えてもらう。

 

 普段が普段のために、施設について話すこころちゃんが賢く感じた。

 

 植物園の一角に赤い泉があり、それに合わせたのか周囲の植物も赤系で合わせられている。

 聞けばいつの間にか赤い泉があったそうで原因は不明、深さも不明。面白いから赤い植物も揃えて手入れをしていることだった。 

 

 ピンときた私はこころちゃんにお願いしてそこでペンとメモ帳を置いてしばらく待つ。

 何も起きなく、こころちゃんは眠りたいと言って私に膝枕をするようお願いしてきた。

 

 はじめは渋っていたけれど、いつまで経っても何もないことに負い目を感じて泉の傍の赤い芝生の上に座り、膝枕をする。

 膝枕をするとこころちゃんはすぐに眠りに入った。

 

 こころちゃんが眠ってから間もなく、ペンが浮きメモ帳に文字が書かれる。文字が所々滲んでいて怒っているように感じて遅くなってごめんと謝る。

 すぐに否定の文章が書かれた。ちょっと虫の居所が悪いらしい、原因は教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海来は事の顛末を推察と共に私に教えてくれた。

 

 私達を襲ったのは元のつく面霊気で、人の歪んだ思いの末路に祟り神となる。この街の周辺にいなく、兄さんがいた街に存在していたと思われている。

 祟り神は元の住処、京都で何かあったのか弱っていて、良質の贄を求めていた気配が見られたみたいだ。

 

 兄さんを助けるという選択肢は最初から無かった。なにせ東京に来る頃には霊体であり既に死んでいたのは確実だった。

 恐らく祟り神に殺され善性である魂の欠片がこちらに逃げてきたのではないかという。そして本人は祟り神に襲われるまで忘れていた。

 私を襲った兄さんは魂の大部分は取り込まれ悪霊化してしまった者だった。

 

 この町を守護するモノが存在している。詳しくは秘密だそうで、海来はお世話になることもあるとのこと。

 守護するモノは兄さんは外から入ってきた異常が見られた霊のため、危険がないか確認した後、家族との団欒をして成仏をと思った。

 

 しかし、町を出たことにより追ってきた祟り神に襲われてしまう。

 救助に間に合いはしたものの、兄さんは負傷し祟り神を見て死んだことを思い出して情緒不安定になってしまった。

 

 自然消滅か納得して成仏するまでの間は海来が定期的に様子を見ていた。

 けれども、思うように成仏できず祟り神にも介入される。日に日に悪化の一途だったので海来は本人に迫り無理して成仏させた。

 

 祟り神は邪魔をされ狙った獲物がなくなり憤慨。

 腹いせに兄さんの想い入れの強い人物を執拗に狙い続けた。それが私だったそうだ。

 

 私は芸能人やアイドルバンドとしての活動であちらこちら移動するため、私の両親よりも狙い易い。

 兄さんを京都から追ってくるくらいだから、次の獲物としての執着心も相当あるとのことだった。

 

 海来は安全だと思われる場所以外はほぼ付きっきりで守っていた。

 それでも相手は祟り神。時折守りを押され干渉されることもあり、心が弱っているときに悪夢となって私を襲ったのだという。そのことに関して海来に謝られた。私も今までのことを謝った。

 

 後のことは私の知っての通り。

 無人島で脅して海に来させて説得し無理矢理強い心を持たせるか、疲弊させ祟り神を誘い出して一気に決着まで持っていくかなど、私の様子次第で対応を変える計画だった。

 まさか私が花音にキスして面倒なことになるとは予想だにしなかったようで、その光景を見たとき顔が真っ赤になって頭を抱えたそうだ。

 今思い出しただけでも恥ずかしいそうで、知られていて私も恥ずかしかった。

 

 海来はどうせそのうちに花音も巻き込まれると高をくくって、詳しい内容は知らせずに善意で協力してもらうことになった。

 花音は私をどう説得するか頭を悩ましていて、バンドグループと相談を見守ったあとに私が信頼している薫にキス写真を部屋に置いていったそうだ。写真騒ぎの元凶がここにいた。

 なにかあれば責任持って呪うとも教えてくれるけど、海来の呪いなど今までの経緯を見ているから冗談にもならない、危険すぎた。なのでこの話は棚に上げておく。

 

 そしてようやく祟り神を消し去ることができたそうだ。そのため兄さんの死体については今も行方が解らないだとか。

 

 海来が私の元に留まれないのは彼女が強力な怨霊だから。

 海の底に沈んで漂っているうちに戦争で沈んだ大量の怨念に憑かれ、生まれ変わり怨霊となった。

 

 今は落ち着いているものの、怨霊として未だに生者を怨んでいて、意識して過ごさないと実際危ないのが悩みだとか。

 海が一番落ち着くらしいけれど、広範囲に水が赤くなってしまうため良いところがないか探し、ここを見つけたのでこの町に住んでいるそうだ。

 泉に潜れば干渉はほとんどなく、家主も気にせず、娘は面白がり、人も管理以外は殆ど寄りつかないからお気に入りの場所のようだ。

 

 海来は筆談でしか私と会話できない。そしてここ以外の場所では化物に襲われることがあっても会話せず無言で助ける、助けを期待しないようにとも伝えられた。

 理由は相手に利用されるから。

 

 海来と関わりを保つならば、頭の固い人間、教会や神社関係の人間から目の敵にされて利用されることを忘れないで欲しいと伝えられる。

 今更になって海来と関わりを遠ざけたくなかった私は「これからもよろしくね」と。

 

 そこからは大した重要な話もなく雑談で終る。

 

 ただ終ったあとで困ったことになる。

 いくら揺すっても呼びかけてもこころちゃんは起きないからだ。

 

 薫のように雑に扱うわけにもいかず、私よりも身長もスタイルもあるこころちゃんを運ぶことはできないので起きるまで待つ。

 

 こころちゃんが起きて植物園から出る頃にはすっかり深夜。

 お願いの猛攻によりこころちゃんの客室を借りて泊まることにした。

 

 布団に入って目を閉じると「つーかまーえーた」と弾むような声でパジャマ姿のこころちゃんが布団に忍び込んできた。布団の中で腕を掴まれているような感触がある。

 不思議と小言を言う気はおきず静かに寝てるようにとだけ話すと、私を抱き枕にして先に寝てしまった。不快ではないけれど、よく眠るものだと呆れた。

 

 抱きつかれたまま私は思う。

 

 兄さんは表向きは行方不明のまま、死んだ経緯も話せず、墓を建てることもできない。

 花音とは相変わらず親友としての付き合いで、恋愛感情として花音を好きだということも気づかれていないはず。これからどうするのかが悩みだった。

 

 海来と筆談でいいからたまに会話したい。

 なので、こころちゃんにお願いして地下植物園の同行の許可を貰ってある。こころちゃんの予定次第だけれど海来に会えるようになった。簡単なことはそれくらい。

 

 結局のところ日常の変化といったらこころちゃんの家にたまに寄ることだった。

 悩みは尽きない、日々過ごす中で幸せになれますようにと私は願った。

 

 

 

 

 

 


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