夕暮れに滴る朱   作:古闇

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三七話.想い人

 

 

 

 自分の過去を語り、弱さを晒し、花音に勇気を貰った。

 鉄は熱いうちに打てという言葉もあるので、私達は明日の学業を休んで海来(あこ)が来て欲しいと言っていた海へ向かう。学園への連絡は明日の朝だ。

 

 この夜は花音と一緒にホテルで過ごす。

 それから、海来からのメッセージはなかった。

 

 既に学生たちが登校を終えた時間帯の翌朝。ホテルを出る支度を済ませ、食事を摂り、必要な連絡を入れて一休みする。

 すると、いつものように髪を後ろでまとめ、いつもの私服に戻った薫が弦巻さんと一緒に部屋へと訪れる。

 

 薫には昨日散々と言いたいことを話したため、弦巻さんだけにお礼を言う。

 弦巻さんに学園まで送ると提案されるも、私は断り、花音と一緒に海へ行くと伝えた。

 

 学園に送るのも海まで送るのも一緒だと、結局は車を手配して貰えることになり、私は素直に甘えた。

 

 ただし、条件があると話され、どうすればいいのか尋ねる。

 「弦巻さん」ではなく「こころ」と呼んで欲しいそうだった。

 

 お安い御用で「弦巻さん」から「こころちゃん」と呼ぶことにする。

 ただ、弦巻家に無人島やホテルの件とお世話になっている。いずれは何かしらの形でお礼がしたいと心の内に仕舞った。

 

 海への行き先は薫がよく知っており、見えない場所で見守りたいと途中までついてくることになる。

 学園は別だけど薫も休むことにし、こころちゃんも家の用事で学園を休むそうだ。

 

 早速、ホテルの玄関まで向かう。

 

 リムジンに乗り込んだ際、こころちゃんから大きな白百合が一本入った花束を渡される。

 もしかして、多少の事情を知っているのだろうか。

 

 こころちゃんに見送られてホテルを出発する。

 花束は包装を解いて、用意されていた花瓶に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に向かうまでの間、薫に部屋で縛られたときに吹きかけた液は発汗スプレーだと知っているので、それ以外を聞く。例の写真もその時に破いた。

 内容は海来(あこ)を見たことあるかに、花瓶に差してある花束は薫の入れ知恵なのかだ。

 

 見たことはなく海来はいつも自分たちの心の中にいるや、花束は薫が用意してこころちゃんに預けた物だったそうだ。

 こころちゃんは大した事を知らないらしい。

 

 少しくらい事情を話した方がいいのではないかと薫に相談したものの、それで私の気が済むなら話せばいいと言われる。

 私が笑顔になれるなら特に聞くことをしないそうだった。

 

 その後は昼食を挟んで海に着くまでの間は緊張するも、大切な人が傍におり、落ち着いた時間を過ごせて心に余裕が持てた。

 

 車が走り、目的の街に入り、目的の海の近場へと景色が変わっていく。

 目的地に着くまでの風景は海来が携帯に残した風景とそっくりだった。

 

 お昼を過ぎた午後、防波堤近くの駐車場で車が駐車する。

 

 花束を花瓶から取り出し、包装に包み直して持つ。

 車から降りて砂浜へと向かう。

 

 途中、薫は防波堤のところで待つそうで浜辺を見渡せるコンクリートの防波堤に登った。

 それを横目に、私と花音は砂浜へと降りていった。

 

 降りていった先に遊泳禁止の立て看板がある。

 

 海を眺めれば、かつて海水浴場百選となっていたこの場所には水部が砂浜で浸食され海底の石が露出している場所が幾つもある。

 こうなっては遊泳するのも危ないと納得した。

 

 浜の経営難になったのだろうか、海の家は何処にもない。

 遊泳禁止で海のシーズンでもなく、学生は授業に、社会人は仕事があるためか砂浜にはほとんど人が見当たらなかった。

 

 私は携帯の画像フォルダを開いて海来がいつの間にか入れただろうと思われる画像を見る。

 海来が始めに流されたと思われる場所を花音にも手伝って貰い探すことにした。

 

 画像は幾つもありその中の一枚だけ横に紅い丸印があり不自然に小さな石が積まれいる、それを頼りに海辺を探す。

 海辺は広く海底の水が引いて露出した大きな石の群に、積まれている石をあちらこちら探すけれど見つからない。宝探しのようだった。

 

 日が少しずつ落ち、私は焦る。

 少しして、その場所を見つけてくれたのは花音だった。

 

 花音は数歩離れた場所から見守る中、近づく。正解だと示唆するように積んであった石が不自然に崩れた。

 驚き動きを止めて何か起こるか待ったけれど何も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花束から大きな白百合を一本だけ引き抜き、残りは花音に渡して海へと投げ両手を合わせ海来の死後の安寧を祈った。

 

 

(これで過去を乗り越えることができたのかしら……)

 

 

 実感は湧かなかったけれど大きな仕事を一つやり遂げた達成感はある、海来も満足してくれただろうか。

 

 花音の元へと戻る。

 

 

「お疲れ様、千聖ちゃん」

 

 

 笑顔で迎えてくれた。

 

 

「花音、付き合ってくれてありがとう」

 

「もう夕焼けだね。肌寒し、誰もいないし、お日様が沈み切る前に車に戻ろうよ」

 

 

 周りを見渡せば海に映る夕日が綺麗だが他に人がいなかった。散歩の人すらいない。

 

 

「待って」

 

「どうしたの?」

 

 

 不思議そうに問いかけられるも、他の誰かいないか隅々まで見渡した。

 

 

「私達しかいないよ?」

 

 

 二人っきりだからこそ話したい、時間が経てば言えなくなってしまうかもしれない。

 折角自身過去に一つの節目が終ったのだからもう少し頑張ろう。

 

 

「その……ね。花音に謝らないといけないことがあるの、私達がこころちゃんの船で泊まったことがあったわね」

 

「うん、みんなと一緒に過ごせて楽しかったよね」

 

 

 今後の付き合いを考えるなら本当は黙っていたほうがいいのだろう。

 

 

「ええ、その時に私は花音と一緒の部屋に泊まったでしょう」

 

「うん」

 

 

 でも再び、無防備の花音を襲うことがないよう自分に釘を刺しておきたい。

 

 

「一緒のベッドで寝ているとき、花音が寝ているときにね…………キ、キスしたのっ!」

 

「うん」

 

 

 懺悔のような告白に花音は次を話してと促してくる。

 

 

「え、えっとね……キスしたの」

 

「うん、それでどうしたのかな?」

 

 

 その先なんてない、キスして罪悪感覚えて勝手に泣いただけだ。

 

 

「…………キスしたのよ」

 

「わかってるよぉ」

 

 

 もしかして頬にしたと思われているのだろうか。

 

 

「頬でなく唇にしたのよ?」

 

「そうなんだ」

 

 

 どんな反応を見せるか緊張したのに、それがどうしたんだと言わんばかりで気にしていない。

 

 

「……花音は嫌じゃないの」

 

「千聖ちゃんだから嫌じゃないよ」

 

 

 恥ずかしがりながらも笑う花音。

 

 

「信頼を裏切るようなことをしでかしたのよ」

 

「あ、今度はしちゃ駄目だからね」

 

「…………わかったわ」

 

 

 不快な様子は感じさせず、子供を叱るようだった。

 

 

「だったらいいよ、私は怒ってないよ」

 

「……ありがとう」

 

 

 いとも簡単に自責の呪いは解け、花音を意識する呪いだけが残った。

 

 しかし花音の対応によっては、きっと私は事故だと誤魔化していた。

 今はまだ花音への恋愛感情は表に出したくない、親友の範疇に収めたい。

 

 

 女優でアイドルをしているからには未成年での恋愛ごとは避けたい。

 するにしても、パスパレから脱退してアイドルを辞めて一年ほど経過してからだ。私一人のことでみんなに迷惑をかけられない。

 

 花音を誰かに盗られるかもしれないけれど、その時はその時。

 

 そういえばと、一つ気づいたことがある。

 

 

「…………花音は恋人としてお付き合いしている人はいるの?」

 

「お付き合いしてる人はいないよ」

 

「告白はどうかしら」

 

 

 最近の花音の寝間着を見たからわかったこと、九月上旬過ぎた辺りから肌を見せる私服が増えている。

 自身を安心させるためにもチェックしないと。

 

 

「最近になって男の子に告白されたことはあるけどお断りしちゃった」

 

「最近って、聞いてないわ……」

 

 

 ハンバーガーチェーン店でアルバイトをしていて、男の子の知り合いがいるからその子かもしれない。他にいただろうか。

 

 

「いい人だってわかるんだけど、お付き合いは……ありえないかな」

 

「花音から『ありえない』なんて言葉が出てくるなんて、少し意外。告白した男の子にその台詞をそのまま話してないわよね」

 

「流石にそんな冷たい言葉は言えないよ」

 

「ならいいの。花音の評判が落ちたら嫌だからちょっとした小言を言ってしまったわ。何か理由でもあるの?」

 

 

 考えるそぶりを見せてから、笑う。

 

 

――恋愛感情がわからなくなっちゃった まるで 何処かで落としたみたい

 

 

 困ることなのに愉しそうに話す花音が、海来が纏う人から離れた存在のような気がする。

 そんなことがあるはずがないと自身に言い聞かせた。

 

 

「……どうして」

 

「えっとね、前まで好きだった恋愛ドラマや映画を見ても、人の恋愛話を聞いても心が動かないんだ。でも友情とか、他のことはちゃんとわかるんだよ」

 

「そんなことってあるの?」

 

「あるみたいだね。男の子に告白されても『発情してる、この人怖いな』としか思わなかったんだ……告白は大変なことなのにね」

 

 

 言葉が終わっても嫌な空気が霧散してくれない。

 

 ふと、花音が横を向き私もそれに倣う。

 

 向いた先には黒で塗りつぶしたかのような肌で大の大人ほどの男性、顔の部分だけは真っ白で表情の動かない化け物がいる。

 

 

「兄……さん……?」

 

 

 その化け物の顔は兄さんに似ていた。

 

 

 

 


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