夕暮れに滴る朱 作:古闇
「ようやく小言から解放されたね……用があるからと偽って他の客室に移動したけれど、流石に千聖もこの階層を貸し切りにしているなんて思わないみたいだ」
「……」
「ふっ、何も心配する必要はないさ。なにせ弦巻家が運営しているホテルだ、誰も私達の話を盗み聞きをする人らなんて、いやしないよ」
「……」
「黙っていても、こうして持ってきたミッシェル人形に入っていることはわかっているのだが……何か言うことはないだろうか」
「……」
「すまない海来(みらい)、そろそろ喋ってくれないか? 独り言をしているようで、少し寂しい」
「悪趣味。千聖ヲ縛ッテ楽シンデタ、幼馴染ヲ大切ニシナヨ」
「あれが私の愛情表現なんだ。あんなことができるのは今回限りなのだし、見逃してくれ」
「……千聖ノ辛ソウナトキニハ気遣ッテイルシ、マァ、イイケド」
「ありがとう」
「ン」
「そういえば、島に遊びに行ったときに奴は現れなかったね」
「水上ヤ水中戦闘トカ苦手ナンダロウネ……折角ノほーむぐらうんどダッタノニ」
「今度も海の近くだけれど、奴は出てきてくれるだろうか?」
「人間共ニ追イカケラレテ補給ドコロジャナイシ、千聖モ安定シテキタカラ、最後ノヒトアタリガアルト思ウ」
「そうか、海来(みらい)はいつでもいけるかい」
「ン。沢山遊ンダカラ、イライラモナイ。気力モ充実……島デ遊ンダノハ、ワタシノ為モアッタヨネ? 千聖ノコトダッテ、ワタシ達ノワガママモアッタカラ、オ姉チャンニ感謝シナクッチャ」
「おっと、そうだ。少しばかり外も冷えるだろうから、マイフェアリーに温かい物を持っていこうか」
「見張リヲシテイルンダッタネ、ワタシモ行ク。薫ガ襲ワレデモシタラ、死ンジャウカモダシ」
「海来(みらい)からすれば脆い存在だけれど、少しの時間、耐えるくらいはできるさ」
「ワタシト違ッテ不殺ヲ貫イテイルカラ心配シテイルンダヨ。アイツハ他ノ人ノ魂ヲ取リ込ンデイルカラ、複数ニ襲ワレデモスルト危ナイデショ」
「気絶してくれる相手だったらなんとかいけると思うよ」
「ムゥ、イツカ大変ナ目ニ合イソウデ怖イ」
「きっと後悔はしない」
「ソレナライイカナ。心残リガアルト、ワタシノヨウナ存在ニナルカラ気ヲツケテネ」
「ああ、了解だ……ちょっとばかり受付けに連絡をしてくるよ」
「お待たせした、少し時間が経過したら行こうか」
「ン。ソウソウ、忘レナイ内ニ言ッテオク。今回ノ事ガ落チ着イタラ、ふろーりぃト一緒ニ、オ出カケシテクル」
「一応、フローリィの母親に許可をもらったかい? 確か彼女は今、母親のサポートに回っているようなんだ」
「……母親ッテ、ドッチノ?」
「青い方に決まっているじゃないか。親娘なのに名前で呼び合っているんだ、忘れそうになるよ」
「ふろーりぃハ親ト認メテイナインダカラ仕方ナイ、イッパイ娘ヲ生ムダケ生ンデ放置スルンダカラ当リ前……アノ人ハ頭ガオカシイ」
「一応は私の命の恩人でもあってね、マイフェアリーに関する事がなければだいぶまともな人なんだが……」
「ソウ? オ姉チャンニモ知ラセテアルシ、ソンナ話ガアッタト、ナントナクデ覚エテオイテ」
「……了解だ」
「……」
「ところで、海来(あこ)という名前は捨てるのかな」
「エッ……部屋カラ出ル雰囲気ダッタノニ」
「すまない、気になったんだ」
「捨テテナイ、譲ッタンダヨ」
「…………そうか、納得したよ。では、こころに「お疲れ様」と言いに行こうか」
「……ウン!」