夕暮れに滴る朱   作:古闇

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 独自解釈、設定含みます。
 
 「学食の揚げパンをあげる」「一緒に食べた」
 公式で揚げパンを奢って貰ってそれを食べた……なんて言っていませんでした。あと思い出は美化するもの。
 




三六話.千聖

 

 

 幼い頃の私は、両親がいい経験として出場させたオーディションに受かり子供タレントとなった。

 お稽古などで忙しい日々になるけれど、周りの人に褒められるし、両親の期待に答えたかった。ただ、それに比例して遊ぶ時間が減ったことは残念だった。

 

 夏の時期。両親は私の休みの日に、私の仲のいい子達とみんなで海に行こうと話す。

 家族での久々のお出かけで、喜び賛成した。

 

 私のために、その子の親を含むみんなが予定を調整してくれて、県外の海へ行く予定になった。

 

 お稽古をますますやる気になった私は自主練習を長めに行うようになり、お出かけが楽しみで寝付けず夜更かしするようになる。

 長めの自主練習の方は親が気づいて途中で元に戻したけれど、夜更かしはどうにもならなかった。

 

 みんなとお出かけする前日に風邪をひいて熱を出した。

 

 お出かけ当日になっても熱は上がる一方。

 両親は主役の私がいないならと、お出かけを中止にしようとする。

 けれど、兄さんが不満を持った、元気な男の子なのだから当たり前だった。

 

 両親は仕方ないと兄さんを説得し、兄さんは寝込む私を見て頷く。

 しかし、私は兄さんだけでも海に連れて行って欲しいと両親にお願いした。

 

 でも、兄さんは意地を張って行かないと言い張り、私は兄さんと喧嘩しはじめる。

 両親はそうまで言うならと、父は兄さんを連れ、母と私は家に残った。

 

 

 

 ――そして、兄さんと一緒に遊びに行った海来が海に溺れて死んだ。

 

 

 

 私は海来が死んだことを知らず、再び忙しい日々に戻る。

 海来の葬式の日になって、初めて死んでしまったことを知った。

 

 兄さんは項垂れて「僕が一緒に遊んでいれば」と自分を責めた。

 私も自身が風邪をひいたせいだと責める。そもそもの発端も私のためだったので、重く自身を責めた。

 

 そんな私達に気づき、私の両親も、海来の両親も、薫の両親も誰もが否定をしてくれる。

 海来の妹は何も言わなかった、言う気力もないように思った。薫は落ち込んでいた、一言「悲しいね」とだけ。

 

 それからは逃げるように稽古に打ち込んだ。

 

 休みの日に海来の妹の様子が気になって、久しぶりに遊びに行く。

 海来の母が歓迎してくれた。家に入ると、以前訪れた内装より少し雰囲気が暗くなっていた。

 

 海来の妹に会い、多少元気が戻っていることに安心した。

 薫がよく気にかけて一緒に遊んでいるそうだ。しかし、兄さんとはあまり遊ばないようだった。

 聞けば、母親から「遊ぶなら女の子とだけ遊びなさい」と言われているらしい。

 

 海来の妹と遊び終わり、家に帰るときに海来の母が見送りをしてくれた。

 

 再び休みの日、海来の家にお土産を持って遊びに行く。

 海来の母は歓迎してくれたが、海来が生き返るとおかしなことを言っていた。怖くてそそくさと海来の妹に会いに部屋に向かった。

 

 海来の妹は以前の様に元気で明るくなっていた。

 薫とは変わらずの付き合いだけど、兄さんとは遊ばなくなったそうだ。

 お土産を渡して二人で遊びはじめる。海来の妹は我慢ならないようにはしゃぐので何があったのか聞くと、海来が生き返ると母親と同じことを言った。二人が怖くなり、タイミングを見て遊びを辞めた。

 

 家に帰るときに、海来の母が見送りしてくれた。キッズタレントの面接で感じた選別するような視線が怖かった。

 

 海来の家へ遊びに行くときは、必ず他の誰かと一緒に遊びに行くようになった。

 

 

 

 ――薫が行方不明になった。

 

 

 

 薫の両親は、いつまで経っても薫が帰って来ないと慌てる。

 私の家族も、海来の家族もみんなで騒ぎはじめた。

 

 翌日になり、薫の両親は薫が帰っていないのに落ち着いていた。

 しばらくしても何もしない薫の両親に、私の両親が説得したそうだけれど、結局は沈黙を守ったまま、夜逃げするように薫の両親は何処かへと引っ越した。

 

 辛かった。海来が死んで以来、次々と皆に不幸が訪れて私の前から消えていくのだから。

 

 海来の妹が私の家に来た、薫がいなくなって寂しいらしい。

 海来の母と妹に不信感を抱いていたものの、海来の妹の泣き腫らした顔を見て疑ったことを後悔した。

 

 海来の妹は大事な人を何人も失くしている。私も同じことが言えるけれど、薫とよく遊んでいた海来の妹の方が辛いだろう。

 海来の妹が私の家に泊まりたそうで、私は母に海来の妹が泊まれないかお願いした。

 

 家の中で過ごしていると、私の母が海来の母と電話で争っている声が聞こえる。

 海来の妹は泊まることになったけれど、許可したのは母ではなく、父だったそうだ。

 翌日、海来の妹は家に帰った。

 

 海来の妹が帰った次の日、今度は母親が怖いと私の家まで来る。

 

 子役として活動している私は休みの日にしか遊べず、次の休みの日に遊ぶことになった。

 海来の妹には私以外の友達がいたけれど、母親の様子がおかしいため避けられている。私の両親は海来の妹を気にして特に何も言わない。

 

 休みの日。お昼近くになっても約束した場所に現れない、心配した私は海来の家に電話を掛けると母親が出た。海来の妹が熱を出して寝込んでいると話す。

 母に海来の家に行くと伝えて、海来の妹の御見舞に行った。

 

 

 

 ここからは、恐らく私の両親と兄さんは知らないこと。知っているとすれば海来の妹しかいない。

 

 

 

 御見舞いで海来の家の到着する。

 家のインターフォンを鳴らすと母親が出た。

 

 招かれて中に入ると、外からではわからない不気味な内装になっている。

 寝ているから静かにして欲しいと母親に案内された。

 

 私は怖がりつつも海来の妹の部屋の前まで進み、扉に手を掛ける。すると後ろから口を塞がれ拘束される。

 引きづられてカーテンの閉め切った部屋に連れて行かれた。

 

 部屋の明かりは蝋燭だけで、用途不明な物が壁や隅に置かれている。

 紅い太い線で逆五芒星が描かれた床で転ばされた。

 

 部屋の隅では海来の妹が、蝋燭を持ち怯えて震えていた。

 

 私は助けを求めたけれど、母親に一喝されると体がビクつき怯える。 

 それから、鬼のような表情で逃げようとする私の腹部を勢いつけて蹴る。私はえづくも体を何度も蹴られ、痛みと恐怖で動けなくなった。

 

 海来の母親が高い棚に置いてあった出刃包丁の柄を握る。

 それと同時に廊下から騒がしい足音が聞こえ、海来の父親が現れる……信じていた者に裏切られた、そんな顔をしていた。

 

 海来の両親の取っ組み合いがはじまる。

 

 包丁が落ち、母親は足で娘の方へと包丁を滑らせた。

 母親は娘にそれを「拾え」と怒鳴り、父親は「拾うな」と懇願する。娘は迷った末に包丁を両手で拾うと母親は満足顔をした。

 

 這いずって逃げる私、それを刺しなさいと優しく話す母親、娘は首を振って嫌がりその場から動かない。

 再び鬼の形相になった母親が父親の顔に頭突きを食らわせて怯ませると、娘が持った包丁を奪おうとした。

 

 娘が抵抗してためか、娘の胸に包丁が吸い込まれ、母親がそれを引き抜くと娘は次第に動かなくなる。

 私達は凍りついたように動かなくなり、母親が反応し、父親が止めようとするも間に合わずその包丁で母親は自分の命を絶った。

 

 事が終わると海来の父は私に深く謝罪して今日ここに私は見舞いに来なかったと言い訳するように言うと、外を確認して人払いした後に私を家から追い出した。

 

 家に帰り、母に言い訳して体を見せる。

 青痣になっているところがあり母が悲鳴をあげ、直ぐに病院へと連れて行かれた。

 

 後日、海来の父が自殺したことを知る。

 海来の妹は一命をとりとめたようだけれど精神状態が酷く、何処かの精神病院へと預けられ私達の前からいなくなった。

 

 より一層逃げるように、キッズタレント業や稽古などに励む。

 足を止め、後ろを振り返ると家に引き篭もりたくなるからだった。

 

 人と遊ぶことをせず、気遣う周りを無視して励む、そんなことをしていると兄さんとの会話がほとんどなくなる。

 皮肉なことに、先生から教わる努力よりも修羅場や不幸の経験が私の演技力を高め、迫真ある演技だと高い評価を得ることになった。

 

 ひたすら前を見ている内に、気づけば後ろを振り向けなくなる。

 起こった不幸を置き去りにして前に進んでしまったために、その不幸を乗り越えられなくなった。

 

 子役として人気になった私は今更立ち止まることもできなかった。

 だったら進んでしまえと邁進し、苦しんだ。苦しむ一因の、海来の家族を狂わしたオカルトが嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が大きくなる頃に、薫と薫の両親がこちらに引っ越してきた。

 色々と大変なことがあり、人の助けもあって戻って来たそうだ。

 

 もちろん私は喜んだ、薫が無事に戻ってきたことでほんの少しだけ心が軽くなる。

 

 でも、薫は別人としか思えないほどに変わっていた。

 人見知りもせず、大人しくもなく、気障っぽい振る舞いをするようになっていた。

 

 海来の母親のような別人としか思えない様子に壁をつくってしまう。

 けれど薫はめげずに私に接してくれたから結局は気を許した。

 

 ある日のこと、薫は海来が死んだ海で供養をして欲しいと私に願った。

 

 未だ過去に向き合えず、タレントで忙しいとはぐらかし続ける。

 業を煮やした薫は私の部屋に訪れ、はぐらかす私を逃さなかった。どうしても逃さなかった薫を思わず引っ叩いてしまい、私は謝りはしたが薫が呆然としている間に部屋から追い出した。

 

 歩む速度を遅めることができても、まだ立ち止まれなかった。

 

 その出来事から薫を見るたびに、海来達の顔がチラついてしまって薫を雑に扱うようになる。それでも私から離れず今の関係になった。

 

 小学卒業間近、薫に心を許せる友人を作ったらどうかと心配される。

 薫以外に気を許している友人ならいると話したけれど、あまり納得をしていなかった。

 なんでも、卒業を機に半年ほど街から離れるらしい。理由はお世話になった人達が日本に来日するため、親御さんの了解の元、薫が望んで奉公しに向かうようだった。

 

 進学した後も、私は前ばかりを見ている。

 

 知名度があり、学園だけでなく周りに特別扱いされていた。

 恨まれることもあったけれど、登った後の梯子を気にする人はそういない。私も例に洩れず、自身の実力を出した結果なのだから満足していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが変わってきたのは花音と出会ってから。

 

 最初は花音のことを花音ちゃんと呼んでいた。

 

 大量に積まれ、山のようになったプリントを運んでいた少女が私にぶつかってしまう。

 もちろんプリントは床に散乱、私は押し倒された。

 

 私たちは立ち上がり、同じ教室の花音ちゃんは謝罪ばかりを繰り返す。悪い娘ではないだろうけれど、やけに腰が低かった。

 

 故意でないなら怒ることもない、適当に話を合わせて話す。

 

 

 「今日の学食の揚げパン、あげますから!」

 

 

 謝罪にしても、言うに欠いて揚げパンを奢ってくれるそうだ。面白い娘だった。

 でも悪い言い方をするなら、それだけだ。

 

 そもそも私は謝罪としてお金や物を貰ったりすることが好きではない。

 

 親しくもない花音ちゃんから他の娘に揚げパンをあげて迷惑掛けたことを許して貰ったと広められる。

 間違った解釈をされた場合、物を差し出せば許すこともある少女と思われてしまう。そうでなくても事実を面白半分に捻じ曲げる人だっている。

 

 人の口に戸は立てられない、世間的に良いイメージを得ているのにそれはよろしくなかった。

 

 これが薫や仲のよい間柄、理由があり見合ったお礼ならば素直に受け取っただろう。

 

 奢る必要は無いと断っても良かったが、それを気に病みそうな娘だったので一緒にお昼を食べようと約束する。

 そうして同じ教室に戻ると驚かれた、私の事を知らないらしい。

 

 傲慢ととらわれそうだけれど、学校中に私という存在が知れ渡っているのに、知らないだなんて珍しいこともあるものだと思った。

 

 

 表面上の友人となった。

 

 

 学校で一人ぼっち……なんてことはない。私はタレントで人気があるため、付き合いなら結構な人数の友人がいる。

 けれども、弱さを見せれず気を張る必要があるためちょっと面倒だった。

 

 決まったグループにも入ることもない私は花音ちゃんと一緒にお昼を食べに食堂へ向かった。

 

 中高一貫の学園のせいか、給食はなく、購入する必要がある。

 学食の揚げパンは人気商品、数にも限りがあった。そして人気商品は人が混む。

 

 この日も例外に洩れず人が混んでいた。

 

 揚げパン奢ると言われたため、食べたくなって売り切れる前に揚げパンとついでにサラダも買った。人が自然と割れるので簡単に手に入る。

 人混みから抜け出した私は花音ちゃんを探した。

 

 花音ちゃんは揚げパンを買おうと頑張って進むが人混みに流されていった。結局は人気があるでもなく、悪くもない、普通のサンドイッチを買う。

 揚げパンを奢るなんて言うものだから、てっきり簡単に手に入れることができる娘だと思っていた。

 

 肩を落とし戻ってきた花音ちゃんと食堂で席につく。

  

 食事を摂る前に揚げパンを半分にちぎって、袋に入った方を花音ちゃんに差し出した。

 花音ちゃんは両手を振っていらないと言う。

 

 しかし席につく前、購入した揚げパンそ羨ましそうに見ていたのを見逃さなかった。謝罪の品として揚げパンが出て来るほどだ、余程好きなのだろう。

 人混みに流されるのを考えるに、揚げパンを手に入れたことがないかもしれない。だから半分くらいならあげてもいいか、と思った。

 

 花音ちゃんの前に揚げパンを置いた、返しても食べないと注釈付きで。

 迷った末に揚げパンを嬉しそうに頬張る。その様子が別人になる前の薫にちょっとだけ似ていて懐かしさを覚えた。

 

 話せば、謝った時の花音ちゃんは、私を知らないだけなく上級生と勘違いしていたそうだ。

 それと趣味がカフェ巡りで、穴場も知っているらしい。

 

 私もカフェでお茶をするのが好きだ、花音ちゃんから聞いた穴場に興味が沸く。少ない休日くらいは声を掛けられたくないときもあるからだ。

 花音ちゃんは渋ったけれど、一緒にカフェに行く約束をした。

 

 

 少し気にかける友人となった。

 

 

 休日、待ち合わせの場所で花音ちゃんが遅れてきた。

 教えたくない余りに来ないのでは無いかと不安を感じたけれど、道に迷って遅れたらしい。私は別な意味で不安を感じた。

 

 穴場のカフェには多少寄り道したものの無事に着いた。

 花音ちゃんいわく。道はわからなくなったけれど知っている匂いがあるからそれを頼りにしたのだと胸を張っていた、変な娘だった。

 

 カフェに入ると穴場と言うように、一般に知られていない場所ながらも良い場所と感じる。早速、お茶をする。

 花音ちゃんは自分の事をあまり話さないけれど、それが良かった。

 

 サインをねだることもなく、腫れ物扱いをするわけでもなく、微笑ましく聞いてくれる。それだけではつまらないので、花音ちゃんの話しやすそうな話題にする。

 思いの外、カフェで一緒にお茶を楽しめた。

 

 ずいぶん話し込んでしまった帰りの間際、私は穴場を教えてくれたお礼も兼ねて、表面上の付き合いの人には教えない携帯番号を花音ちゃんと交換した。

 

 

 気に入った友人の一人になった。 

 

 

 仕事で嫌なことがあって誰かと話したかった。

 両親に心配されたくない、あまり会話しない兄さんにも同様。薫に言うには、なんとなく嫌。稽古の先生には頼りたくない。付き合いの友人は余計疲れるだけ。気の許した友人もお喋りが多い、やはり疲れるそうだ。

 

 いつもの様に別なことで発散しようと思って携帯を仕舞おうとした。

 

 

 そういえば携帯番号を交換した花音ちゃんがいたことを思い出す、彼女は話をしても疲れなかったはず。

 家に帰った後に、迷惑と思いつつも駄目元で電話を掛けた。

 

 電話に出て嫌な声をせず話を聞いてくれる。直接話したいと欲が出てお茶に誘うと嬉しそうに快諾してくれた。カフェに行く日は私の予定が空いている日になった。

 

 

 一緒に出掛けたいと思えるような友人になった。

 

 

 カフェでお茶することを楽しみに、表面上の付き合いの友人と話していると「千聖ちゃんって松原ちゃんに連れ回されて大変だね」と言われる。

 その言葉の意味を考えて横から殴られた気分になった。

 

 意味がわかると、他の娘が私を差し置いて有名人の娘と出かけるのが気に食わないと見て取れる。

 付き合いで目の前の友人と個人的に出掛けたこともあったが可もなく不可もなくだった。

 

 タレント業で忙しい私は、固定の友人とはほとんど出掛けず複数と出掛けることが多い、集まるメンバーでは同じ人が重なることもあるけれど。

 

 花音ちゃんとはまだ一回しかお出かけしていない。道に迷ったときに何処かで見ていたのだろう、心が狭すぎる。

 

 こういう手合は私の意思ではなく本人の意識次第だ。

 なるべく選別はしていたが、表面上の付き合い程度では内心どう思っているか判断し辛い。そして他にもそういう娘がいるかもしれない。

 

 花音ちゃんの気弱さや性格では嫉妬の対象となるには荷が重そうだ。

 カフェでお茶をするのが楽しみだったけれど仕方がない。

 

 自分から誘っておいて中止にするから電話ではなく本人に言って断りたい。

 私は花音ちゃんと人目を忍んで放課後に連れ出した。

 

 中止にする理由をしっかり伝える。悲しそうな返事だけれど、しっかりと了承してもらった。

 

 予定を入れる気にもなれず、予定当日の休みは珍しくすることが無かった。

 子供ながらも、優雅に一人でお茶をするのもいいかと変装して花音ちゃんに教えてもらった穴場のカフェに向かう。

 向かう途中で花音ちゃんと出会って、申し訳なく思いながら軽く会話して別れた。

 

 カフェで時間を過ごすものの、いまいちしっくりこない。早々に帰ることにした。

 

 帰りに花音ちゃんを見かけた、お茶をする予定の待ち合わせの場所だった。

 気になって足を止め、五分、一〇分と動かない。心配になって声を掛けることにした。

 

 花音ちゃんに声を掛けると満足そうな顔をして当たり障りのない言葉で帰ろうとする。

 流石に何かあると、腕を掴んで引き止めた。すると逃げようとするから必死で止めた。この手を離したら駄目だと不思議と思った。

 

 攻防が続き次第に注目されると花音ちゃんは諦める、私は逃げないように腕を掴んだまま人が少ない方へと連れて行った。

 

 問い詰めると「千聖ちゃんをただ待っていただけだよ」という。

 私が有名人で、助ける力になれそうにもないから、あのように待って無力な自分を思い知り、諦めると話す。本当に変な娘だ。

 

 だから私は花音ちゃんに質問した。

 

 私と長く一緒にいると苛めがあるかもしれないだとか、私の話のネタにされるだとか、花音ちゃんが諦めそうな質問を沢山する。

 それに対して、苛める娘と仲良くできないとか、恥ずかしいけど嬉しいだとか、一生懸命しゃべっていた。

 

 心動かされ、自分で誘い中止にしたカフェに行こうと誘う。花音ちゃんは迷っている様子だったから是非にも頼む。そして二人でカフェに行った。

 らしくないことをしたけれど、手を離さないで良かった。危うくこの娘を手放すところだった。 

 

 

 大切な友達を見つけた。

 

 

 私は花音ちゃんのことを花音と呼び捨てするようになる。

 

 それからの私はプライベートでは表面上の付き合いを辞めることにした。。

 少しずつだけれど休日の誘いを断る。それに比例して花音を誘うことが増えた。

 

 その結果、私は学校内で敵が増え評判が多少落ち、花音は友達が減った。

 

 花音以外にも携帯番号を交換する娘がいたけれど、休日に花音ばかり誘っているうちに距離ができる。

 とは言っても学園内で普通に話すし、極稀に出掛けた先で会い一緒に行動することもある。彼女達は彼女達で仲の良い娘がいるのだからそちらを優先していた。

 

 しばらくして、花音は私に誘われるのは当たり前と周りに認識されるようになった。

 

 私は足を休め、癒やしを求めて時には遠回りするようになる。

 気づけば花音は”私だけの友達”になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花音といるのが楽しくて海来達のこと、昔の嫌なことを忘れていったの。だから兄さんが死んで海来が今更私の目の前に現れたのかもしれないわね。貴女だけずるいって」

 

「海来ちゃんは千聖ちゃんのこと心配してたよ」

 

 

 花音がそう感じたのならそうかも知れない。

 私と一緒にいるのが当たり前と周囲に認識されるまで苦労したのだから、花音は自分に降り注ぐ悪意に敏感だ。

 

 

「海来には悪いけど……今でもね、納得できないの。私のことを守ってくれているって」

 

 

 でも、花音のせいで過去を乗り越えられそう。

 

 

「私と一緒に海来ちゃんが呼んでいる海へ会いに行こうよ」

 

「そんなことまで花音に教えるなんて酷いわね、海来は」

 

「海来ちゃんにお願いされたんだ。私が言って来そうなら話してって」

 

 

 海来に花音が弱点だと理解されている、ならあの行為も知っているに違いない。

 

 顔が熱くなった……元々熱いけれど。薫は私に何を吹きかけたのだろう。

 

 

「私が断ると花音は思わないの?」

 

「私を助けると思って来て欲しいな」

 

 

 信頼してくれるその紫の瞳が嬉しい。だからこその罪悪感。

 これ以上花音を裏切りたくはない……逃げることは私自身を許せなくなる。

 

 

「はぁ~~~…………私が花音の手を離せないって知ってて言うのだから酷いわね、やっぱり話すんじゃなかったわ」

 

「はい、千聖ちゃん」

 

 

 片手を差し出すその行為、意味は理解している。

 

 

「まだ怖いのに……」

 

「私の手を取って」

 

 

 花音が過去に向き合う勇気をくれるというなら。

 

 

「絶対離さないで…………」

 

 

 私は過去に立ち向かおう。

 

 

「ありがとう千聖ちゃん、一緒に行こう?」

 

  

 震える手で花音の手を掴んだ。

  

 

「花音が離さない限りついて行くわ」

 

 

 だからこの手を離さないで欲しい。離されると、きっと私は前に進めず子供のようにしゃがみこんでしまうから。

 

 花音は微笑み静かに頷いた。

 

 人にされて、ではなく。自分の意思で海来が死んだ海へ行く決心をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やりとりが終わった後、私たちはお互いに恥ずかしさのあまりベッドで悶た。

 

 お互いに落ち着いてからベットから離れる。

 

 このゲストルームには室内に食事を手配してくれるそうだ。

 夜ご飯を食べていない私達は、部屋から手配を頼んで食事をするため部屋を出ようと扉に向かった。

  

 扉に近づくと薫の声が聞こえてくる。

 薫は隣の部屋で待つと言っていたことを思い出した。

 

 扉を開ける。

 

 ソファーに座っていたドレス姿の薫が立ち上がる。

 

 

「お疲れ様だ、子猫ちゃんたち。何があったかは聞かないさ、逢瀬を知るのは野暮だろうからね。大方、食事をするんだろう? 私の方で頼んでおくから、もう少しだけ乙女の戯れを楽しむといい……」

 

「ええ、もちろん楽しむわ……ところで、薫。さっきまで誰と話していたの?」

 

「ああ、あちらを見てくれるとわかる、そうミッシェルと話していたんだよ」

 

 

 薫が示したテーブルの上に、両手に抱えそうなほどのミッシェル人形が置いてあった。

 

 話したくないことなら素直にそう言えばいいのに、なぜ人形のせいにするのか。

 

 

「……薫、お説教」

 

「怒ってしまった……儚いね」

 

「花音、薫の代わりにお料理の注文をお願いできる?」

 

「え、えっと……うん、色々教わったしできるよ?」 

 

 

 私は薫の腕を引いて寝室に戻り食事が運ばれるまでの間、延々とお説教をした。

 

 

 

 

 


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