夕暮れに滴る朱 作:古闇
昔に亡くなった幼馴染と再会する怪奇現象のあと、私はしばらく動けないでいた。
私を守ってくれると言うなら、私の部屋で現れても良かったはず……何か都合の悪いことでもあるのか、海が近いから現れたのか、情報が少なくてここで現れた理由がわからない。
考えを巡らすも、突然の放送で思考を遮られる。
男の声に似せた薫が部屋から出てくるようにと言っていた。
その放送で、弦巻さんだけ意識を取り戻す。
丁度いいと思い、弦巻さんに怪奇現象についてぼかして聞いたり、人に言わないで欲しいとお願いして幼馴染の名前を出す。
望んだ返事はなく、能天気で要領の得ない解答ばかりが返ってくる。少なくとも、幼馴染を知らず、操られていたときの記憶がないことを知れた。
でも、その無邪気さがありがたい。
弦巻さんは演技などできそうにないのだし、部屋に出ることをもたついていては、みんなに迷惑だろう。
花音はまだ眠っていて、起こそうとしても起きない。背負いたいけれど、力の非力な私には無理だった。
その様子を見ていた弦巻さんが軽々と花音の体を動かし、背負う。
花音より低く、私より少し背が高いくらいなのに意外と力持ちだった。
それから、私たちは部屋を出る。
部屋の中央には、仮面を被り腰に帯剣を下げ黒い男性用の軍服に身を纏った薫が待っていた。残りのみんなもいる。
薫が全員集まったのを確認すると、「ついて来い」と言ってマントをバサリと広げて反転し、私達が登ってきた階段の出入り口へと歩いて行く。
出入り口は階段の登りとなっていた。
このフロアは建物を上げ下げする昇降室なのかもしれない。
薫について歩いていくと、美咲ちゃんは弦巻さんが花音を背負っていることに不安がっていた。
弦巻さんは「大丈夫よ、ほらっ!」と薫を追って走る。するとそれに気づいた薫は「この俺を捕まえるつもりか、なるほど面白いっ!」と笑いながら走り、二人は階段の向こうへと消えていく。
(元気ね……)
「花音さん背負っているのに普通は走らないでしょ…………案内は……やばっ、皆さんすいませんっ!」
美咲ちゃんは探検服の帽子を深く被って謝罪し、二人を追って走っていく。
道がわからなくなっても困るので私達も美咲ちゃんに続いて走った。
階段へ飛び込むと見た目以上に通路が広い。
一本道の階段をやっとの思いで登り終わり、さらに一本道の通路を進むと屋外へと出る。
空は青黒く、林の一部は暗いけれど、地面にウッド製のテーブルランプが置かれ辺りを照らしていた。
やはりというべきか花音を含めた三人はいない。
けれど、薫と共にモニターに映っていた、女性用の軍服に身を纏った仮面の女性が待っていた。
仮面の女性は間延びした声で道の案内役をすると言って、地面に置かれた明かりに沿って歩く。
そんな中、麻弥ちゃんが私に寄って声を抑えて話す。
「あの千聖さん、少し前から若干顔色が悪いことに気づいたのですが体調が悪そうです。案内の女性に相談やジブンの肩をお貸しできますが、どうしましょうか?」
「ありがとう、麻弥ちゃん。ちょっとしたことがあってね、自身の限界はわかっているつもりだから今はまだ大丈夫よ」
「……わかりました、あまり無理をしないで下さいね」
「ええ……」
前の部屋でやはり顔が青かったのだろう、隠していたつもりだけど気づかれた。
縁の下の力持ちの麻弥ちゃんは、よくメンバーのことに気を配っている。
けれど、肉体的なことではなく精神的なことだから今すぐどうこうできる訳でもない。でも、気持ちは嬉しかった。
女性の案内に従って歩いていくとライトアップされた鮮やかな赤い広い花畑に出る。
遠目から弦巻さん、いつの間にか起きていた花音、薫の上から順に肩に足を乗せて、それを手で掴みトーテムポールのように花畑近くの丘で垂直で立っていた。
彼女たちは何をしているのだろう。時すでに遅いけれど、花音には危ないからやめて欲しい。
美咲ちゃんは硬直したように呆然、無理もない。はぐみちゃんは羨ましがっている。
とりあえずはぐみちゃんの腕を掴んでおいた。
花畑を遠目で見たときには、追いかけ遊んでいるかもしれないと思ったらまさかのトーテムポール。どういった経緯でああなったのか。
仮面の女性がいつの間にか持っていた通信機で誰かと通話すると、トーテムポールをしていた花音たちが揺れる。
弦巻さんが飛び降り着地して薫の横に移動、花音が薫と弦巻さんの間に背中を下にするようにジャンプ。薫と弦巻さんは見事キャッチ、三人横に並び揃って手を組んで腕をバンザイ。
(どこの劇場なの……それに花音、あなたって運動は並よね? 本当、何なのかしら……)
私の知らないところで特訓でもしていたのか、この頃の花音の変わりようが著しかった。
視界の隅で美咲ちゃんは地に手をつき、うなだれ「はぐみはここにいるからまだ三馬鹿、まだ三馬鹿だから大丈夫……」と自身に言い聞かせている。
ハロハピのストッパー役の彼女が一番大変な時期なのかもしれない。
はぐみちゃんを掴んでいた手が引っ張られた。
(ごめんなさい、我慢して。今の状態の美咲ちゃんだとはぐみちゃんまで行ったら再起不能になりそうだからやめて……ハロハピから常識人が不在になるの……不思議な顔をするのは構わないけれど、そろそろ察してくれないかしら?)
しかし、祈りは通じない。
仕方ないとパスパレのみんなに視線を送り、全員頷く。信頼できる仲間は本当にありがたい。
彩ちゃん以外両手両足と組みついた。
はぐみちゃんは「拘束ゲーム? 負けないよっ!」と、はしゃいでいる。
やることのない彩ちゃんは私たちやはぐみちゃんを応援しはじめた。
ぶつぶつと現状を嘆く美咲ちゃん、私達に拘束されるはぐみちゃん、応援をしている彩ちゃん。
そうこうしていると花音たちが合流した。
「このミッションでゲームは終わりだ、お嬢さん方。Pastel Palettesの誰か一人が花畑を背景に新曲の発売を叫んで告知してくれ、以上だ」
(ちょっと、この惨状を見ながら言う言葉がそれって……話をさらっと進めようとしないで欲しいわ…………待って、告知?)
思いもしなかった発言になんのことだろうと思っていると、黒服の女性達が現われてカメラやマイクなど機材を持ち撮影の準備を始める。
今の現状を落ち着かせるために忘れていたけれど、撮影に協力している様子はあった。
花音が美咲ちゃんの傍に寄り、元気づけると立ち直り、弦巻さんがこちらへ来たのではぐみちゃんを開放する。
彩ちゃんは応援を辞め、ハロハピが私達から離れた。
新曲の告知は、私達五人で相談した結果彩ちゃんが叫ぶことになり、弦巻さんの口出しで、本番の合図は麻弥ちゃんがやることになった。
「それでは、彩さん! 本番まで、3,2,1,……」
「ぱ、パスパレの新曲CDの発売が決まりました~!! やったぁぁぁ~~~~~! みんな、楽しみにしててねぇぇぇ~~~っ!!」
ライトアップされた花畑を背景に苦手な本番に緊張した彩ちゃんの告知の叫びが響き渡った。
CD告知が終わると、薫と仮面の女性が姿を消していることに気づいた。
二人はあとで合流すると、黒服の女性たちに案内されてヘリポートに着く。
それから、準備されていた大型ヘリに乗って空を飛ぶ。
島から離れる途中、キャンプファイヤーしている一団が見えた。
撮影スタッフの方々は弦巻家の島でバーベキューをしているそうだ、一泊して朝になってから帰るらしい。
そう、黒服の女性が答えてくれた。他にも気になっていることを話してくれる。
撮影に関しては、島に設置した監視カメラや隠れて撮影していた弦巻家の人が録画した物を一度確認した後、撮影スタッフの方々に渡す手筈になっていると聞いた。
何処に向かっているのかと聞けば、客船に目指しているとのこと。
客船で一泊した後、芸能事務所まで送る予定らしく、ありがたい提案だった。
黒い海が続き、明かりの灯った豪華客船へと降り立った。
みんなと大型ヘリを降りながら思う。
弦巻さんはなぜ花咲川女子学園へ通っているのだろうかと。
花音から弦巻さんの話を聞くときも時折、頭によぎること。
財閥の人間なら、それにふさわしい私立学園があるはずで、そこでお嬢様やお坊ちゃんと交流を深めるのではないか。
彼女は街中で誰とでも声をかけられる人だ。私が見かけないだけかもしれないけれど、護衛はいなく、一人で行動していることが何度もある。
そしていつも行き着く先は変人といった結論。だから、ふさわしいお嬢様学園での生活が辛いのかもしれない。
ふと、視線を感じてそちらを見ると、暗い笑みで嬉しそうに手招きする美咲ちゃんがいた。
(苦労人が増えることに喜んでいるのかしら。残念ですけど私はパスパレなのよね)
ハロハピのあなたは自分の巣で頑張れと手振りで応援する。
その思いが伝わったのか、哀愁漂わせる美咲ちゃん。今日の彼女は傷つき易い日だ。
客船の屋内に全員入ると聞き慣れた声が響く。
「ふははははっ!」
薫の笑い声だ。
船内の一階に置いてあるピアノの上、階段を上がった二階から薫の声がした。なんとなく想像はつくけれど、普通に登場できないのか。
イヴちゃんは威勢のいい声を発する。
「誰ですかっ!」
険しい目で上を見ているけれど、わくわくオーラが隠しきれてない。
二階から女性が飛び出す。
着地した女性は、手は床につけず片腕を横に伸ばし屈伸した姿勢で顔を前に向けている。
こちらを見る得意げの顔が少々の鬱陶しさを感じた。
女性は黒髪のショートで目が青く、白い花のヘアアクセサリーを身に着け、上は白を基調とした胸の膨らみを隠しきれない振り袖に濃い蒼いろの袴で黒いブーツを履いている。
花咲川女子学園では悪い意味で有名の人で、認めたくないことだけれど花音とも知っている間柄だ。
「改めてこんばんは、わたしだっ!」
「えっ……本当に誰ですか!?」
イヴちゃんは薫が登場すると予想していたのだろう、思いもしない人物に困惑している。
かくいう私も薫だと思っていた。
他のみんなはそれぞれの反応を示す。
横に出した片手にはこれみよがしに小さな機械を持ち、ボタンを押すと二階から薫の声がする。
声の本人はいないという意味か。
「花女の二年生、蒼鳥萌香! 素行の悪さは数知れず、深夜徘徊は当り前! しかし、運がいいので警察に補導されたこともセンコーに捕まったこともありません! ……でも、わたしのようになると親が泣くからやめようね!」
「萌香よ、あたしが呼んだの!」
他校や今の一年生は知らないだろうけれど、素行が悪いだけでなく留年もしている。
何処で知り合ったかは置いておいて、弦巻家の人は弦巻さんの教育に悪そうな蒼鳥さんをよく招待したものだと感心した。
裏で釘を差したかもしれないけれど、一抹の不安を感じる。
蒼鳥さんは立ち上がり、お手上げだと手を広げて首を軽く振る。
「おや、反応がイマイチだ、最近の一部の若者は真面目すぎるね。でも、わたしの心は砂漠のオアシス並に広いからありのままを受け入れるよ」
「いやいや、狭いから」
(美咲ちゃん、大丈夫かしら? 今日はメンタルに結構な傷を受けているのに……)
今日のアトラクションに弦巻さん達の面倒、花音のアレに、先生方も頭を抱える蒼鳥さん。
ストレスで胃がやられなければいいけれど。
その前に花音が蒼鳥さんに話しかけに歩み寄った。
「ねぇ、萌香ちゃん。こころちゃんにお呼ばれって、いつの間に知り合ったの?」
「もしかすると最初から知っていたりするかもしれない、そして今のわたしは異空ちゃんにお呼ばれすれば何処へでもー? 思わぬボーナスにわたしもニッコリ」
(花音はなぜ、こんなのと友人になったのかしら……ちょっとっ、花音に抱きつく必要はないでしょう!)
花音は全く動じてない、仕方ないとされるがままだった。
「なんか聴いたこのとある声だよね、どこだっけ?」
日菜ちゃんが頬に指を当て思い出そうと考えていた。
学園が別で、部活も別と接点がないはずだから、あるとしたら今日だろう。
「薫と一緒にいた仮面の女性って蒼鳥さんだったのね」
「流石にバレか。まー、それは置いておいて、異空ちゃんとご飯を食べたくてわたしも来ました、お腹空いた~」
お腹を抑えてのアピール。
何かにつけて仕草をする様は薫に似ていた。
再び花音が蒼鳥さんに問いかける。
「あの、薫さんって何処にいるか知っているかな。一緒にいたんだよね」
「あー、それならこの先で待っているよ。なわけで薫ちゃんのことはもういいよね? ご飯食べよう、案内するよ」
「う、うん、お願いするね?」
「皆さん、お待たせしましたー。さ、わたしについてきてー」
蒼鳥さんが案内している最中、イヴちゃんが蒼鳥さんの横に並び立ち、話しかけ握手をしていた。
蒼鳥さんが花音にハグする姿を見てシンパシーでも感じたのかもしれない。
レストランに到着すると、薫も待っていた。
蒼鳥さんの説明では、レストランで頼めば何でも作ってくれるそう。
みんなは食べたいものを注文してお腹を満たした。
一部を除き、遊ぶ気力もない私達はそれぞれ個室を割り当てられたカードーキーを貰う。荷物もその部屋にあるそうだ。
日菜ちゃんは船内を周りたいらしく弦巻さんが案内役で薫、はぐみちゃん、蒼鳥さんもついて遊ぶらしい。
集まったメンバーを見ると常識人がいない、あれに一人で巻き込まれたくなかった。
保護者は引きつった笑みで日菜ちゃん達を残して脱兎のごとく割り当てられた個室へと逃げる。今のうちに療養して欲しい。
私達も弦巻さんに断ってレストランから早々に立ち去った。