夕暮れに滴る朱 作:古闇
皆と一緒に扉に入って吊橋部屋を後にした。
次の部屋は壁を取り払った一軒家程度の木目の木造の部屋の中央に一Kの広さの箱型の建物で前面はガラス張りで横に出入り口がある。
建物内に至る所のある穴は切れ目のある布で隠され何か飛び出して来そうな仕掛けだ。
穴の大きさはボーリング玉やスイカが入るくらいあるのではないだろうか。
建物のガラス正面の台の上に固定された大型液晶モニターが置いてあり見慣れてきた薫が映る。仮面の中では何を考えているのかさっぱりだ。
<疲れる顔をするにはまだ始まったばかりだぞ、お嬢さん方。
次はモグラ叩きだ、経験あっても子供の時以来やったことがないんじゃないか?
ただちょっと変わったヤツでね、立体化した部屋の中、こちらが用意した道具を用いて人形をある程度の力で叩きつけなければ得点は入らない。
機械に必要スコアが表示してあるから時間内に達成するまで繰り返せ。部屋には最大二人まで入ってもいい、以上だ>
吊橋の時のように日菜ちゃんが立体のモグラ叩き場へ嬉しそうに走っていく。
「いいね~、いいねー! これもすっごく楽しそー! よーっし、一番乗り!」
彩ちゃんは日菜ちゃんの手を掴もうと、先に行くことを止めようとするものの、間に合わない。
「えぅ~、日菜ちゃんがまた一人で先に行っちゃった……」
「ちょっと、ジブンも参加してきます! 日菜さーん、待って下さーいっ!」
麻弥ちゃんは日菜ちゃんを追って走る、前の部屋で何もできなかったのを気にしているのかもしれない。
吊橋の時のようにミッションに失敗したからといって落ちるとは思いたくない。
二人がモグラ叩き場へ入ると天井から四つの鉄の柱でぶら下がった台が降りてきて、その上に黄色く叩く部分が赤く大きい両手持ちができそうな、よく見るおもちゃが二つ置いてある。
「ピコピコハンマー? 道具ってこれなのかな。なんか、るんっときた!」
「誤って人に当てても安全そうな道具で良かったです、日菜さん頑張りましょう!」
「うん、麻弥ちゃん頑張ろー!」
日菜ちゃんはピコピコハンマーを見てテンションが上がり、麻弥ちゃんは赤い部分の感触を確かめ笑う。なんだかんだで楽しんでいそうだ。
二人がピコピコハンマーを台から回収すると台は元の天井へ戻っていった。
大型液晶モニターには目標値300点、残り時間1:30.00とある。一箇所につき一点だと時間制限内に得点達成は無理だろうから高得点のモノがあるかもしれない。
液晶モニターがどうなっているのか確認すると正面の反対の方にも大型の液晶モニターが固定されていた。
二人が入った建物から軽い金属音が鳴った、恐らく鍵がかかったのだろう。
軽快なBGMも流れはじめた。
大型液晶モニターがスコア表から”開始まで残り10秒”と切り替わり二人がピコピコハンマーを両手で持ちそれぞれ部屋の端にバラけて構える。
放送から笛の合図とともにヘルメットを被ったモグラに向かってハンマーを振り下ろした。
叩かれたモグラは「イタッ!」と機械音で喋り引っ込む。
壁の側面、台の上や側面、天井、地面とヘルメットを被ったモグラが次々と出てくる。
叩かれるモグラの大きさごとに点数が違った。
三十秒経過すると天井から煙が吹き出して大きなモグラが二体出てくる。一度では倒れず、二人はそれをピコピコ何度も叩くと高得点が入った。
時間が一分経過して点数も”273点”と残り時間も考えれば目標値に余裕で達成しそうな点数だ。
ただそこからモグラの人形が変わる、アイスグリーンの長い髪でジト目をし、前髪が一箇所ぴょろっと出ている学生服を着たデフォルメされた日菜ちゃんの姉、紗夜ちゃんだった。
予想のできなかった人形に日菜ちゃんが一瞬時間の固まったように動きが止まる。
「あ……お姉ちゃん……」
呆然とする日菜ちゃん、デフォルメされた紗夜ちゃんを叩けず手が止まったままだ。
麻弥ちゃんは人形が変わったことに動揺せず紗夜人形をピコピコ叩く。
その音に気づいた日菜ちゃんが麻弥ちゃんを背後から拘束する。
「麻弥ちゃん、お姉ちゃんを叩いちゃ駄目っ!」
「うわぁっ!? 日菜さん、後もう少しです堪えて下さい!」
「ごめん! 例え人形でもお姉ちゃんは叩けないよ!」
突然背後からの拘束で驚く麻弥ちゃん、抵抗して幾つか紗夜人形を叩く。
何とかゲームを続けようと日菜ちゃんを説得するも日菜ちゃんは麻弥ちゃんをこれ以上やらせないとがっしり拘束して逃がさず笛の音と共に終了。点数が”281点”で終った。
天井から台が降りてくる。液晶のモニターに”使用道具を置いて下さい”と指示されてピコピコハンマーを置くと天井に戻っていく。
全てが片付け終わると建物から再び軽い金属音が鳴った。ロックが解除されたのだろう。
二人が私達の方へ戻ってくると日菜ちゃんは両手を合わしながら頭を下げた。
「皆、ごめんねー。お姉ちゃんが叩かれるの嫌なんだー」
「ヒナさんは本当にお姉さんが好きですね!」
私達は仕方ないとそれぞれ頷いた。
イヴちゃんの話している通り日菜ちゃんはライブ中でも「お姉ちゃん大好き」を言うくらい紗夜さんのことが好きだ。人形とはいえ叩けなくても納得ができた。
「イヴちゃんこのお人形預かって、今度は私が行く! 汚名返上だよ、千聖ちゃん力を貸して!」
彩ちゃんは抱きしめていたプードルの人形をイヴちゃんに預けて私を指名した。そんなに気に入ったのね、そのプードル人形。
「ええ、いいけれど張り切りすぎないようにね……また目を閉じて物を振り回すなんてしたりは嫌よ?」
「もちろん、安心して私に任せて!」
実のところモグラ叩きに乗り気がしない。親友の彼女が出てこないで欲しいと願う。
私達はモグラ叩き場に入り、麻弥ちゃん達のようにゲームを始めるも、ハンバーガーチェーンの服を着た花音人形が最初から出てくる。
「か、花音ちゃんのお人形……例え友人でもお人形なら! えいやっ!」
躊躇するも勢い良くピコピコハンマーを振り下ろし、花音の頭を叩く。その瞬間、彩ちゃんに対して沸き立つものを感じる。
「……彩ちゃん何やっているの?」
「千聖ちゃん? どうしたの――ひぃ!? ご、ごめんなさい! もう叩かないから、お、怒らないで……近づかないでぇ…………い、いやぁぁぁ~~~!!」
彩ちゃんは私の方に振り向き尻餅をつく、泣き顔でずりずりと後ろに下がると壁にぶつかり、私が距離を詰めるとプードルのように地べたを這いつくばりながら逃げた。
「うふふ……どうして逃げるの彩ちゃん? 仕方のない娘ね、ちょっとお話したいだけなのに……」
「だって千聖ちゃんのお説教って心にグサグサきちゃう! 絶対いやぁ~~~っ!」
私達はモグラ叩きをそっちのけで追いかけっこを始めそのまま終了。
点数は”1点”だったが私はそれ以上叩かれなかったことに満足した。
笛の合図で正気に戻った私は彩ちゃんに謝った。
麻弥ちゃんは思わずといったふうに言葉を口に出す。
「思った以上に苦戦しますねぇ」
「ごめんなさい……でも日菜ちゃんの気持ちが解ったわ」
「うんうん! 心にどんってきて、ずずんっな気分になるよね!」
後悔はしていないけれど、少し気まずかった。
「進退窮まりました……ですが、今こそブシの心意気を見せる時です! 行ってきますっ!」
イヴちゃんは少し思いつめた顔をしてモグラ叩き場に向かう。
「あ、イヴちゃん一人で行っちゃったよ?」
「何度も挑戦できるみたいですし、本人も張り切っているからいいんじゃないでしょうか」
日菜ちゃんはどうするのといった表情で指差し、麻弥ちゃんは一人でやらせてみましょうと朗らかに笑った。
(イヴちゃん、繰り返し挑戦できるってことを忘れているんじゃないかしら……)
本人がその気になっているし敢えて口には出さなかった。
イブちゃんが一人でゲームを始めようとするとピコピコハンマーではなく竹刀が台の上に用意される。
竹刀を手に取り、構え、穴を見つめる。
ゲームが始まるとイヴちゃんを除いたパスパレメンバーのお人形が穴から飛び出す。
「……マヤさん、アヤさん、ヒナさん、チサトさん……皆さんが敵として出てきたとしても、私は――っ!」
飛び出していく人形を見て目を閉じて一呼吸。
目を見開くと竹刀を振り下ろし、パンッと小粋のいい音がした。そのまま流れるように他の人形に向かって竹刀で問答無用と斬りかかる。
お人形を叩いて取得できる点数が二倍に増えていた。
「……容赦ないわね」
「腹が据わる感じのキリッとした表情してますね」
「よかった~。お姉ちゃんは出てこないみたい」
「でもでも、自分の人形をばかすか叩かれるのを見るのって変な気分だよ……あ……私のお人形が飛んでっちゃった……」
一度も点数を取れていない私が言うことではないけれど本当に容赦なく竹刀を振り下ろしている。
麻弥ちゃんは頑張れと応援し、日菜ちゃんは紗夜さんお人形が出ないことに安心した様子。彩ちゃんは応援しているものの微妙そうな表情、横薙ぎに振られる竹刀によって彩ちゃん人形が横に飛ばされて壁にべチャリと叩きつけられ落下し転がった。
ゲームは無事にクリア。側面の壁が横に移動して地下への入り口が出現する。
イブちゃんは凛々しい佇まいのまま、私達の元へ戻る。
「……皆さん。私はまた一歩ブシに近づいた気がします……」
イブちゃんは少し上を見上げるも、どんな心境なのかは解らない。
「イヴさんが遠い目をしてますね。心の中で何があったのでしょうか……」
「気にせず次へ進みましょう」
麻弥ちゃんは困惑し、私は考えても仕方ないので次の部屋に行こうと催促した。
地下に降りると岩肌が露出している洞窟の横に五人並んでも通れる巨大な通路に出る。
通路は全体的に暗く横に設置されたランタンのような明かりは心許ない。
洞窟の通りを暫く進む。
暗さには慣れてきたけれど走ったりすると足元を取られるかもしれない。
角を曲がる道があり、通路の突き当りに差し掛かった。
何かが目の前を横切る。
「探検スペシャ~ルッ!!」
「きゃぁぁああああ!!!」
空中を逆さの体勢でぱっちり目が開いた弦巻さんと視線がぶつかる、下手したらぶつかっていたかもしれない顔の近さだ。
弦巻さんは足音を鳴らして着地し、私は心臓の鼓動が早まった。
私は片手を胸に当て苦情を言う。
「つ、弦巻さん!? 驚かさないで……心臓に悪いわ……」
「あ、こころちゃん! こころちゃんも来てたんだね!」
「こんばんは! あら、日菜じゃない、貴女たちも探検しにきたの?」
日菜ちゃんが嬉しそうに弦巻さんに話しかけ、弦巻さんはいつも通りの元気な様子だった。
弦巻さんが来た方から徐々に小走りなような音が聞こえ、美咲ちゃんが現れる。
「こころーーーーー!! もう、一人でどんどん先に行くなってばっ! 足音消して走るとかあんたは忍者かっ!?」
「貴女も苦労してるわね」
「え、あ……どうもこんばんわ、千聖さん。特別ゲストってパスパレの皆さんのことだったんですね」
保護者の苦労に同情すると私達に気づき頭を下げた。
その後、弦巻さんを逃がさないように手を繋ぎ、日菜ちゃんは「あたしもー」と言いながら弦巻さんと手を繋ぐ。
特別ゲスト……まるで私達がサプライズかのような扱い、美咲ちゃん達は詳しいことは知らないのだろう。
遅れて花音とはぐみちゃんもこちらに来た。
距離があり薄暗いから見えないかもしれないけれど、私は笑顔で手を挙げ花音に近寄る。
「花音」
「千聖ちゃん、こんばんわ」
「こんばんわ、もう夜なのね……やっぱり薫は見当たらないのわね……」
モニター越しに司会者らしきことをやっているから当然なのかもしれない。
花音は声を抑えて話す。
「そっかぁ、もう知っているんだね……あ、今はね、夕方くらいかな」
今の花音たちの状況と似たような話を花音から聞いたことがあった。
はぐみちゃんに、花音と内緒話をしたいと手を合わせて謝罪し、花音の手を引いてはぐみちゃんに聞こえないよう距離を離す。
「……以前花音から聞いた豪華客船と似たような状況みたいだけど、もしかしてこの島って弦巻家所有かしら?」
「うん……でも、せっかく楽しんでいるんだし、こころちゃんとはぐみちゃんには内緒にしてね」
花音は自身の口元に人差し指を近づけお願いする、ゲームに参加中のようだ。
「……ええ、わかったわ。あと一つ聞きたいのだけど、テレビ取材とか聞いていたりしてる?」
「ごめんね、私も詳しくは知らないんだ……でも、急に島にやってきた人達が記念に録画したいってお願いされたらしくって、あまりおかしな事をしない方がいいかも?」
(私たちは招かれざる客ってことかしらね……)
スタッフ達が撮影中に不審な動きを見せたのは彼女の家庭が所有する島に入ってしまったからか、だとすれば撮影場所はこの島ではなかったのかもしれない。
しかし、あの怪奇現象は弦巻家が起こしたのだろうか……何かのギミックとして日菜ちゃんの感の良さをどう誤魔化したのか。
パスパレのみんなと相談しているとはいえ、花音にも聞くか悩む。
「千聖ちゃん、どうしたの?」
花音はふんわりと笑う。
気掛かりではあるけれど水を差して楽しめなくなる。
恐らくではあるけど、撮影されている状況下で中止にでもなったらスタッフだけでなく、パスパレにも被害あるかもしれない。
一人ならともかく、今は大勢の人数がいるのだし気掛かりを棚に上げることにした。