夕暮れに滴る朱   作:古闇

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三話.私の友達

 

 

 

 セミの鳴く声が聞こえるお昼下がり。

 ライブハウスのスタジオでみんなと演奏練習するため、私を含めたハローハッピーワールドのバンド仲間が集まった。

 

 こころちゃんはボーカル、薫さんはギター、はぐみちゃんはベース、美咲ちゃんはDJ、私はドラム担当をしている。

 しかし、全員はまだ演奏道具や機材には触れず練習をしていなかった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そんな中、肩までつく黒髪で目の色はブルーグレーの平均的背丈な美咲ちゃんが溜息をつく。

 みんなでバンドの練習をするときにはピンクの熊のキグルミのミッシェルに入るけれど、美咲ちゃんはミッシェルに着替えていなかった。

 

 

「美咲ちゃん、どうしたの?」

 

「ようやくみんなが集まったのに練習が進まないな、と思いまして」

 

 

 美咲ちゃんが指差した先には、部屋の隅から部屋の中央へと助走しようとするこころちゃんがいた。

 

 こころちゃんは助走をつけて舞うようにステップをする。

 

 そこから四回転ジャンプをしてもう一度同じように繰り返す。

 マイクを後ろに投げ、身体の回転の勢いを生かしながら道筋を戻るように体を横倒しにジャンプ。

 バク転の連続で大きくバク宙しながらマイクをキャッチ。

 キャッチしたマイクの手を大きく挙げてポーズを決めて着地した。

 

 

「今の四回転ってクアドジャンプっていうの! 最後にえいってバク宙しながらのポーズはどうかしら?」

 

「ふふ、まるで泉の妖精のようだね……」

 

 

 ハーフアップの紫髪で紅眼をした長身な薫さんがこころちゃんに感想を述べる。

 両手を胸にあて目を閉じてから感想を話す。演劇のような行動は彼女の仮面か、それとも素なのか。

 

 

「でも、こころん。今のだと衣装の帽子取れちゃわない?」

 

 

 ショートなオレンジ髪でブラウンの目、私より身長の低いはぐみちゃんが問題点をあげた。

 

 快活で心優しい彼女は相手が悲しむ公式試合などの勝負事が苦手。

 そしてなぜか、こころちゃんと薫さんと同様にミッシェルのことを美咲ちゃんだと思っていない。 熊、ベアー、と別の個体だと認識している。

 

 たぶんサンタさんを未だに信じているほどの純真さ。

 

 

「流石だわ、はぐみ! そうね、帽子はどうしようかしら。何かいい案ある?」

 

「「「う~~~ん?」」」

 

 

 帽子をどうやって見映えよく観客に見せるか悩みだす三人、激しい動きを辞める案はないらしい。

 度々問題を起こす三人は保護者の立場にある美咲ちゃんから三馬鹿と言われている。私も保護者側だった。

 

 

「や、やる気になったら、みんなすごいから大丈夫だよ……」

 

「そのやる気になるのが時間かかりすぎなんですよ。まぁ、はぐみの悩みの種が解決して、次のライブもまだ決まっていないですし、落ち着いているからいいんですけどね。あと、今のこころがやった光景がおかしいと思うのですが、気のせいでしょうか」

 

「だって、いつものことだし……そうだ! 美咲ちゃんって前みたいに時間を無駄にしたくないとか、建設的にとかって言わなくなったね」

 

 

 内気の私に三人を止めることはとても疲れることなので問題がなければ放置していたい。

 ちょっと目線をそらし気味に美咲ちゃん本人の話題に変えた。

 

 

「あー……言っても無駄というか諦めたというか。ミッシェルのことは今もあたしでなく熊だと思われていますし、それが『ハロー、ハッピーワールド!』の持ち味だからと自分を半ば納得させていますよ」

 

 

 納得していると言っているものの、本当はみんなに自分はミッシェルだとわかって欲しいと知っている。

 

 美咲ちゃんはみんなの前でミッシェルを脱いだことがある。

 それでもミッシェルは美咲ちゃんだと理解してもらえず、どこに隠れたのか大騒ぎ。

 

 はぐみちゃんはミッシェルが死んじゃったとさえ思ったこともあり、号泣した。

 

 

「それはそうと花音さん」

 

「うん、どうしたのかな?」

 

「テニス部の部活動が忙しくなりそうです。申し訳ないんですけど、そのうちにあの三馬鹿の相手を一人でお願いするかもしれません」

 

 

 それはとんでもなく大変なお願いだった。

 

 私は覚悟を決めて美咲ちゃんに向き合う。

 

 

「美咲ちゃん」

 

「どうしたんですか? 花音さん」

 

「……命日にはクラゲのお人形をお願いしたいな」

 

 

 目尻に溜まる涙を指で拭う。

 これから起こるであろう未来に遺言を残した。

 

 半分は冗談だけれど、残りの半分はこれからのしかかるその重圧に向けてだ。涙ぐむほどに大変だった。

 

 美咲ちゃんの助けが長い期間なければ私は白旗を挙げてしまうだろう。

 白旗を挙げてもなお、三人の壊れた歯車は止まらない。

 

 

「いやいやいや、大丈夫ですって! 流石にあの三馬鹿もそこまで無理はしない……と言い切れないですが花音さんがガチ泣きすれば、たぶん止まりますから!」

 

 

 慌てて話す美咲ちゃんの言葉は本音だろう。

 理解していても心は別、体がおののき思わず自分の肩を抱きしめた。

 

 

「やっぱり私って、そこまで追い詰められないといけないの……?」

 

「す、すいません……テニス部が少し殺気だってて今日の部活は無理だって言っても引き戻されそうな勢いなもんで……」

 

 

 助けにこれないと。

 

 

「その時がきたらできる限り頑張るよ……」

 

「すいません……」

 

 

 美咲ちゃんは申し訳なさそうにして軽く頭を下げた。

 

 

「うん……」

 

 

 私は美咲ちゃんを気遣う返事ができない。

 

 美咲ちゃんに限ってそんなことはないと思うけれど、「安心して任せられますね!」とか笑顔で言われでもするなら心にヒビが入ってしまう。

 頑張って部活を抜け出すことができるなら、そうして欲しい願いもあった。

 

 このあと、落ち込み合う私達にこころちゃんがはぐみちゃんと一緒に突撃をしかけたりする。

 まとまって練習ができず、この日はバンドの演奏の練習にならなかった。

 

 家に帰宅後、中学時代からの友達で同級生の千聖ちゃんから私の携帯にSNSが届く。

 二人でカフェでお茶をしたいから私の予定が知りたいとのことだった。

 

 千聖ちゃんは子供の頃にキッズタレントとして活動し、ずっと芸能業を続けて女優となった。

 

 有名な女優のため千聖ちゃんのスケジュールに予定がいっぱい入っている。そのため、学園を休むことも幾度となくある。

 しかし、所属する事務所からアイドルバンドとしての活動を掛け持ちするよう、呼び出されて突如指示を受ける。女優とアイドルの両立だった。

 

 そんな彼女が私とのプライベート時間を楽しみにしている。

 だから私はバンドの予定日や飲食チェーン店でバイトをしているシフトを思い出しながら返信をした。

 

 返信してすぐに千聖ちゃんからカフェの待ち合わせ日と時間とがきて私はそれに賛成する。

 近々、千聖ちゃんと会えそうで楽しみだった。

 

 

 

 


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