夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二七話.車両の悪夢

 

 

 

 九月の上旬を過ぎようとする木曜日。学園を休み、朝から晩まで芸能関係に奔走して深夜稽古も終わる。いつ終わるとも知れぬ深夜稽古のため迎えはない。

 必要な事は済ませ、控え室の鍵を掛け、椅子で自分に毛布をかけて雑魚寝をする、割りとある自身の日常風景。精神的不安から回数は減らしている。

 

 子供なのに、学生なのに生き急いでいると言われたことは何度もある。けれど、ずっとそんな生活を繰り返していると私に直接言う人はいなくなった。

 両親も心配しているけれど、昔のように倒れるほど無茶はしていないため見守ってくれている。

 

 関係の良好な人の一部には、そんなことをしているから栄養が足りないのだと冗談交じりに言われる。

 

 私を気にかけてくれる人がいて、大事な友人がいて、仲間がいる。学園は休みがちで忙しい毎日が多いけれど、女優としてメインキャストを貰い成功しているし、兼任したアイドルも何とか持ち直している。

 

 近頃、麻弥ちゃんがロミオとジュリエットのヒロインを引き受けた。最終的には本人の意思だけれど、私自身も誘導したこともあって申し訳なく思う。

 

 住んでいる家に怪奇現象は起きないし、視線を感じることもない。家の問題は片付いてないけど幼い頃からの慣れもある。

 順風満帆とはとても言えないけど充足感はあった。

 

 木曜日は終わって金曜日。朝早く迎えが来て学園に行かないといけないけど、不調であれば保健室登校も視野にいれないと。

 

 考え事をやめ、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると白く低い天井と一直線の明かりが視界に入った。何事かと驚いて辺りを見渡せば新幹線の内部だった。

 座席に座っていた私は席を立って状況を確認する。異様なことに新幹線の車両の一つであるここの内装は、中央を区切って座席が無かった。

 

 半分は座席が並び半分は座席がない、それを区切るように中央には腕一本も入らなそうなクロスした鉄格子で塞がれていた。

 座席のある方のカーテンを開けると、窓ガラスや扉の出入り口にも同じような鉄格子があり鉄の檻のよう。鉄をよく見れば爬虫類の鱗のような表面。

 

 窓の外は漆黒の闇で何も見えなかった。私は怖くなり開けたカーテンを閉める。

 

 それから座席のない方に、壁にもたれかかるようにして座ってうつむく服装がボロボロのお爺さんがいた。服に大きな黒いシミが見える、悪い予感がする。

 鉄格子を挟んでお爺さんに近づくと、足音に気づいたようで体がわずかに反応を示す。

 

 

「止まりなさい、そこにいる人や。こちらに近づいても碌なことにはならん、席に座って大人しく、この悪夢が終わるのを待っておれ」

 

 

 鉄格子の数歩手前で歩きを止めた。

 

 

「あの……私の名前は白鷺千聖です。お爺さん、なぜ、今の状況が悪夢だとわかるのでしょうか?」

 

 

 依然として、お爺さんは顔をうつむかせたまま話す。座っているため顔も見えない。

 

 

「わしゃ、死んでるからの、自分でどう誤魔化してもお前さんが憎いからじゃよ……生きておるんだろ?」 

 

 

 この異様な状況により、お爺さんの言葉を狂人の戯言で済ますことができなかった。

 

 

「生きています、でも私にはお爺さんも生きているようにしか見えません」

 

「顔を見たらそんなことも言えなくなるわい、あまり近づかんでおくれよ、お前さんを襲いたくなるからの……」

 

「そうですか……」

 

 

 顔に何かあるのだろうか、危険人物にしても私を遠ざけようと話している。

 

 

「ごめんなさい、今の状況を知りたいんです。できるならお爺さんに何があったか教えて頂けるでしょうか?」

 

「長くなるが良いか? 幸いにして化物共も争っているようだし、しばらくこないじゃろうて」

 

 

 聞き逃ししてはいけない単語を話したように思う。

 

 

「化物?」

 

「……あとで話す、して話しは少し長くなるが良いか?」

 

「はい、お願いします」

 

 

 お爺さんは自身に起こった出来事を語りはじめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本全国に霊や魔の物の退治をなりわいにする退魔師がおる。

 京の都は熟練の退魔師が集う本拠地で、愚かにもそこの退魔師を襲う不届き者が集団でおった。

 

 当然のごとく退魔師達は不届き者共を追い払い、ひっ捕らえていく……死人も出たであろう。

 不届き者共は退魔師達を躊躇なく殺害していった。

 

 争いは三日三晩続き退魔師は打ち破られ、歴代の巫女が囚われたそうじゃ。

 歴代の巫女は過去より魔の物を封ずる役割を務めておったが、囚われたことで魔の物の封印が綻びてしまう。

 

 残った退魔師達で封印を修復をしたものの、一部の魔の物が解き放たれてしまった。

 もちろん関係者は大慌てじゃよ。

 

 京の都に住んでいるわしは、退魔師の家系であるものの争いごとを嫌って家業を継がなかった、幸いにして兄弟がおったから何か言われることもない。

 地元の企業で働き仕事を辞め、この年まで平々凡々と暮らしておった。

 

 しかし、ほどほどだった生活は魔の物が解き放たれたことで脅かされてしまった。

 住居周辺で幾人者も行方不明になるという事態じゃ。わしは事が落ち着くまで遠くの街にしばらく遊びに行こうと思うた。

 

 兄弟に話してわしは京の都から離れた。

 

 京の都を離れる際に新幹線を利用したのじゃが、それがいけなかった。

 

 新幹線の自由席でな、座席に座ったときに変なことが起こったんよ。

 誰も座っていないはずの隣の席で何かが動いた気がして横を見る、が何もおらん。よく目を凝らしてみれば倒れた座席に薄っすらと若い男がいたんじゃ。

 

 もしかするとと思うとつい哀れんでしまってな、少し見続けてしまったんじゃ。

 向こうが気づいて、これはイカンと目を逸したわい。

 

 人がおるとはいえ、京の都で行方不明が出ているからの。その若い男と同じ乗り物に乗りたくなくて途中で降りようとした。

 駅が近づく知らせがくるものだから、早いこと扉の前で待とうとしていたんじゃ。

 

 下車できる扉で待ってはおった、新幹線の速度も落ちていった……そして化物が現れおった……本当に唐突に現れおった……

 

 皮が剥がれたような大きな黒い男が、白い顔で濁った笑いでわしを馬鹿しおる。

 化物は笑いをやめて、自身の顔に手をやると顔をバリバリと剥がしていったのよ。

 

 顔の剥がれた体には、人の目や鼻はなくえぐれておった。

 剥がれた顔は人の顔をしたお面でな、そいつをわしに被せてきおったわ。

 

 逃げ出したり、抵抗したりしても無駄じゃった。叫ぼうとするわしの口を塞いで、顔を溶かし喰われる苦しみに悶絶した……おそらく体を乗っ取られたんじゃろうな。

 

 その後のことはようわからん。顔がなくなった体がどうなったとか、奪われたわしの体はどうしているだとかさっぱりじゃ。

 何せ気づけばこの車両に座り込んでおったからの。

 

 全ての車両は調べてはある、他にもわしのような奴らがおったよ。ただ、幾人かは仮面の化物に喰われてしまったなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……他の奴が喰われるのを見て、こうして諦めてここにおるんじゃ…………ふぅ、少し疲れたわ」

 

 

 私の知っている常識を打ち砕くような話しだった。それと、お爺さんにまだ聞かないといけないことがある。

 

 

「すいません、お爺さん。お爺さんの言う『化物』はなぜ争っているのか、この檻も知っていることがあれば申し訳ありませんがお聞かせ下さい」

 

「……そう感じるだけじゃ、大したことなんて知らんが、そうさな……二つの化物がお前さんを巡って争っているように思う。共に強い存在のせいか何かを求めているのはわかる。その求めているものを追ってみればお前さんがいるだけよ」

 

 

 そんな人気を私は欲しくなかった。とはいえ、片方だけに狙われる方が厄介なのだろう。できるなら争いの末に共倒れをしてくれれば一番いい。

 

 突如、お爺さんが立ち上がって私の方へ走ってくる。けれど、私達を挟む鉄格子に阻まれ、ぶつかるようにして鉄格子に触れる。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 私はお爺さんの異様な容姿に、とっさで口を抑えながらも悲鳴が漏れた。

 

 お爺さんの顔は大きくえぐれており、目や鼻、口がなく、部分的に空洞になっている。空洞の底には赤い肉が見える。今までどうやって話していたのだろうか。

 片手片足は縦に裂け、半分が無かった。ザクロのような赤い肉が見えるけれど、なぜか血が滴っていない。

 

 

「後生じゃ、頼むっ! 入れておくれ! 京の都の化物が敗れた! 勝った方の化物がこちらに向かってきておる! あぁ、嫌じゃ……わしはまだ消えとうない!」

 

(……この檻の中が安全だとでもいうの?)

 

 

 化け物たちの争いが終わったらしい。

 

 しかし、普通なら既に生き途絶えてもおかしくない化物のような人物が私に助けを求めている。

 見た目が見た目なために、今の行為が演技だとしたらなどと、お爺さんに対して何かしようとする意思が阻害される。

 

 その間にもお爺さんだった者は勢い良く鉄格子を叩く。

 

 

「頼むよ、お嬢ちゃん! わしは平穏に生きたかっただけなんじゃ! 逃げる癖はあったが人に迷惑をかけて生きておらん! 頼むよ、お嬢ちゃん! ……ええい、クソ! なんで助けてくれないんじゃ! 知りたかったことを教えてやったじゃろう!」

 

(有害か無害か明確にわからない中、そんな不気味な姿で言われてもね……)

 

 

 鉄格子を叩いたり、蹴ったり、時には体当たりをしている。

 

 一応は鉄格子をを見渡して見たものの、何処にも綻びはなく扉もない。辺りを見渡してもこれといったものがない。

 

 お爺さんは生きるのに必死で考えが回らないのだろう、吐き捨てるような暴言もある。興奮してから声の調子もおかしいように思う。

 

 

「何故じゃ! 何故ナンじゃ! こんなニお願いしていルノニ何故開けてくれんノジャ! コレダカラサイキンノ……オ゛ォ゛……?」

 

(今度は何なの……!)

 

 

 床から青白い無数の異様に長い手が、お爺さんだった者の首や胴、四肢を捕まえて拘束し掲げるように上げる。

 

 それ以上の声を発する間もなく、無数の長い手に上下左右と引っ張られて弾けるように千切れた。

 赤黒い大量の血が下に撒き散らされ床を汚す。

 

 私は後ずさりをしながらそれを見ていた。

 

 前方に神経を集中していたため、不意に柔らかいひんやりとした何かが背中辺りにぶつかる。

 

 

『アレニ同情ハ必要ナイ』

 

 

 どこかで聞き覚えのある女の子の声が頭の中で響いた。

 

 私は振り返ろうとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――目が覚めた

 

 

 場所は控え室。毛布をどけて、携帯の時刻を確認すると学校へ行く準備をしないといけない時間帯になっている。

 

 それにしても気色の悪い夢見だった。

 

 夢は頭の中の整理とも言うけれど、あんなのを見てしまうなんてナーバスなのだろう。

 私は頭にこびれつく映像を振り払いながら支度をはじめた。

 

 

 

 


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