夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二四話.兄が消えた日

 

 

 

 県外公演最終日、舞台に上がり病弱の妹役を演じきり、その日も無事に舞台が成功した。

 

 夜に打ち上げをしてビジネスホテルに泊まり、朝になる。

 朝食を済ませ、自由に過ごし、帰り支度と変装をしてチェックアウトをする。ロビーに戻れば東京から迎えに来たマネージャが待っていた。

 

 

 芸能事務所に所属していても、仕事の予定管理や交渉などを自分で行っているために私に専属マネージャーはいない。

 私が人気がないという訳でもなく、大物芸人でも一人で現場に来て一人で帰って行くという事務所である。

 

 人気の子役の頃には専属マネージャーがいたけれど、身体が大きくなってきた頃には事務所にお願いして外れてもらった。

 というのも、芸人自身が自己マネジメント力を高めていかなければ周りとの競争に負けてしまう意識があったからだった。

 

 恥ずかしい話、私は電車の乗り継ぎが苦手で県外に出てもこうして迎えに来てもらえる。

 しかし、この女性のマネージャーはかつて私の専属マネージャーだった。今は別の担当を持っているのだけど、なぜ彼女が迎えに来たのだろうか。

 

 挨拶もほどほどに疑問を尋ねてみる。

 

 

「なぜ、貴女が私を迎えに来たのでしょうか? 食べ歩き好きのあの人が迎えを譲るとは考えづらいのですけど……」

 

「いやぁ、そこは色々とね? 珍しい話を聞いてしまったから気になっちゃって、数少ない休日を割いて千聖ちゃんに会いに来たんだよ」

 

 

 駆け出しだったキッズタレントの私と、同じく駆け出しだったマネージャーの彼女。最初のうちはお互いのことを知らなかった。

 その駆け出しの間に私の様子が豹変してからは何かと気にかけてくれる人の一人になる。交流が薄くなったとはいえ私のことをそれなりに知ってもいる。

 

 

「珍しい話ですか」

 

「ほら、少し前にぷんすこぷんってしたって聞いてね……昔ながらに知っている私としては、らしくないなぁと思ったわけ」

 

 

 昨日公演した、本番前の稽古のことを言っているのだろう。

 

 女優業をしながらアイドルバンド、Pastel Palettes(パステルパレット)を掛け持ちしている。そのメンバーがスタッフに許可され稽古を見学しにやってきた。

 稽古の休憩にバンド仲間と話をして、先生から責められた私に励ましの言葉をくれた。なのに私は励ましの言葉を受け入れられず、拒絶し追い返してしまう。

 

 花音に助けを求め、相談してバンド仲間に許してもらったけど、我ながら酷いことをしたものだと今でも思う。

 

 

「……それは反省しています、気が立っていました」

 

「一応、責めているわけじゃないよ……あー、ごめん。こんな場所で話すことじゃなかったね、場所を変えよう」

 

 

 人がちらちらとこちらを見てきている。

 

 最終公演美があった昨日の今日だ、舞台を見に来た人でもいるのかもしれない。

 けれど、気にしていてもしようがない。私達は駐車場へと移動をして車に乗る。

 

 車内の外はじりじりと太陽が照りつける8月が始まったばかりの夏だと感じる暑さだ。車内は温い風から冷風になり熱気を追い出す。

 それから車がゆっくりと動きはじめた。

 

 

「話の続きなんだけどさ、宮川先生も難しい人だよねぇ……演技は綺麗、熱意もある、けれど狂気が見え隠れして舞台の雰囲気を変えてしまっているっ……だなんてね」

 

「自分なりに演じた結果、宮川先生の求めているものを出せなかったことが悪いんです」

 

 

 横目で見た、運転するかつての専属マネージャーは苦笑い。

 

 

「病弱の妹であることに我慢しきれず、感動系のお題から外れたみたいだしね。知り合いに稽古の動画を見せてもらったんだけどさ、豹変したころの千聖ちゃんを思い出したよ……なんていうかゾッとした」

 

 

 私は顔を曇らせる、幼いころを知っているからこうして図星も突かれた。

 

 

「健気な病弱の少女に失礼ではないのですか?」

 

「健気ねぇ……サスペンスホラーでも始まる少女の健気さなんて不気味だと思うんだけど……姉妹のお姉さん役の人が雰囲気に飲まれてしまったのも余計にね……」

 

 

 姉妹の病弱の妹を演じている最中、姉妹の看病する姉が拒絶を見せてしまったのことなのだろう。本来なら妹を優しく包み込む場面だった。

 

 

「けれど、本番までにはしっかりと自分を押さえ込みましたし」

 

「そこは松原ちゃんと今のアイドルバンドメンバーに感謝しないと、いい子たちで良かったよね」

 

「大事な友人と、仲の良い仲間ですから」

 

 

 元専属マネージャーが一瞥し、視線を戻す。

 

 

「……うん、人前で怒ったなんて知ったときは相当追いつめられたのかなって、不安だったけど元気そうで良かったよ。私が忙しいってこともあるけど、千聖ちゃんはあまり事務所に寄り付かないから生で会話できないんだよね」

 

「私にばかり気をかけていると担当している人が嫉妬しますよ」

 

「だったら前のように、千聖ちゃんの専属マネに戻っちゃおうかなー……あの子からの多少の嫉妬もなくなるよ?」

 

 

 冗談のように聞こえるけれど、私が承諾でもすれば彼女は言質を取ったとこちらの専属マネージャーに戻るつもりなのだろう。

 思い出したかのように専属マネージャーは必要かとアプローチがあるのだから。しかし、承諾した場合彼女はどう事務所に許可をもらうのか気になるところではある。

 

 

「すいません、私自身のマネジメント能力を磨きたいので自力でなんとかします。そちらは人気が育ちはじめた子にでも構ってあげて下さい」

 

「ちぇっ、やっぱダメかぁ……千聖ちゃんって松原ちゃんに気があったりする?」

 

 

 唐突な質問に面を食らう。

 

 

「何ですか、藪から棒に……」

 

「だってさー、ある意味で松原ちゃんのせいで私との専属マネ解消したし、アイドルバンドの誘いを断ることだってできたのに受けたよね。松原ちゃんをこじつけで誘うつもりだったんでしょ? けど、間の悪いことに松原ちゃんはあの財閥のお嬢様とバンド組んじゃって……まぁ、そんな訳で、その気があるかと思ってしまうのよ」

 

 

 結構痛いところを突かれるが、表情に出ないよう去勢を張る。

 

 一応、そればかりが理由でないと知っているのに、そんなに気になるのだろうか。

 知られて不都合はないので、事実を話す。

 

 

「花音には友愛の情しかないです。それに私だってその場の思いで行動することもありますよ」

 

「ふうん、アイドルバンドの頑張り屋さんの情熱にあてられて動いたんだっけか?」

 

 

 Pastel Palettesのボーカル、アイドル研修生のピンクのツインテールが特徴の丸山 彩(まるやま あや)ちゃん。

 あるトラブルにより落ち目になったアイドルバンドのコンサートで、雨になっても売れないコンサートチケットを売ろうと頑張っていた。

 

 ひたすら前を見続ける姿勢に共感して、こっそりバンドを抜けることを考え直した経緯がある。

 運転している彼女がこのことを知っているのは裏で相談をしていたからだった。

 

 先程の会話で元専属マネージャーの気が立ちはじめる。

 

 

「アイドルバンドの初ライブでの失敗の件は私も聞いたけどさ、千聖ちゃんが逃げないように複数の人から遠回しに脅されたでしょ? ……泥舟にならずに済んだとしても、腹立つことこの上ないねぇ」

 

「過ぎたことは気にしなくてもいいんです。こうしてPastel Palettesに残っている以上、スタッフの方々と険悪な関係になるのも嫌ですから……でも、昔と変わらず気にかけて下さって感謝しています」

 

「久々のなま千聖ちゃんに出会えたって感じがするよ、その笑顔いいねぇ、やっぱりSNSばかりじゃ味気ないしね」

 

 

 そうして、休憩や昼食を挟み、寄り道をしながら東京へ車が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄り道をして県外にある行ってみたかったカフェテリアで芸能界の情報収集を含めて思い出話に花を咲かせていたら、すっかり夜になった。

 

 高速道路を走らせ東京内に入り、一般道へと下りる。

 

 元専属マネージャーが「ハンドルが重い」と言って車を広い道路の路肩に停める。車を見るとタイヤがパンクしていることがわかった。

 

 「運がないなぁ」とマネージャーが呟く。例年通りの車の整備はしてあるそうだ。

 

 家までまだそれなりに離れていて駅から距離もある。元専属マネージャーは私に謝り、私の母に電話をかけた。

 

 通話が終わる、父が迎えに来ることになったそうだ。そのあと彼女は車の保険会社へと連絡をする。

 

 立ち話して時間を潰していると、少し離れた場所で一台の車が路肩に停まる。

 そこから母と父が車から降り、私達と合流する。今日中に帰ると話してあるけれど、帰りが遅くなり迎えの車に異常があったことで心配させてしまったようだった。

 

 母がもう一人迎えに来ていると言う。しかし、周辺に私の知っている人物はいなかった。何処にいるのかと聞けば車に隠れているのかもしれないと母は言う。

 一人で車内を覗いて見たけれど誰もいない。でも、覚えのある気配がそこにある。

 

 両親も知らないこと、幼い頃に目の前で一人の女性が包丁で自身の首を切って死ぬ現場を私は見た。事もあろうに、両親が乗ってきた車の後座席からそれに似た気配を感じたのだった。

 

 なるべく心情を表情に出さないように努めて、離れて見守る母に話す。

 

 

「お母さん、誰もいないようだけど何処にいるの?」

 

「えっ? そんなはずないわよ、だって聖也も車に乗ってきたもの」

 

 

 もう一人迎えに来たのは兄さんだった。けれど、何処を見ても姿が確認できない。

 それを見た父が携帯を取り出す。

 

 

「ちょっと待ってろ。今電話を掛ける…………………………駄目だ、繋がらん」

 

 

 不穏な空気になっていく。

 車の周りや辺りを見ても何処にも兄さんはいない、電話も繋がらない。途方に暮れた私達は一度家に帰ることにした。元専属マネージャーにお礼を言ってこの場を離れる。

 

 車に乗る際は、母にも後座席に乗ってもらうようお願いをする。

 

 家に帰宅しても、家の明かりは暗いままだ。

 

 そしてその日、両親と一緒に車に乗って私を迎えに来たはずの兄さんは姿を消した。

 

 

 

 


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