夕暮れに滴る朱 作:古闇
千聖ちゃんと親友になったその日に、こころちゃんにミッシェルちゃんのことを相談した。
その翌日に、ミッシェルを呼び出すから家に来てと明け方に起床することになった。
朝早いため両親はまだ起きていない。
静かに移動し、食卓に置きメモをして家を出発。
豪邸の門の呼び鈴を鳴らすとお手伝いさんが来てこころちゃん達が待つ部屋まで案内される。
案内された部屋は以前も入ったことのあるカフェテリアの応接室。
部屋に入ると、奥のソファーにこころちゃんが座り、左右のソファーには薫さんと茶熊のぬいぐるみが置いてあって手前のソファーが空いていた。
挨拶をすると三者から挨拶が返ってくる。こころちゃんと薫さん、それと幼い少女の声はたぶんミッシェルちゃん。
「挨拶も済んだことだし早速はじめましょ。薫、ミッシェル、明け方に来てくれてありがとう、花音から話を聞いて相談するなら早い方がいいと思って集まるようお願いしたの」
「マイフェアリーの言葉ならば御心のままに馳せ参じるさ」
「……(コクリ)」
背中をピンと伸ばして座るこころちゃんの言葉に薫さんと茶熊の人形が頷く。
「ミッシェル、怒ったままでいいから話して欲しいの、出てきてくれるかしら」
「…………ワカッタ」
熊の人形から幼い少女が出てくる、部屋の気温が下がったのか途端に肌寒い。
幼い少女の肌は死者のように青白く、死んだ瞳は紅く、腰まである脱色したような白髪で黒いシフォンワンピースを着ている。裸足は地についていて透き通って見えた。
怒っていますよと少女はキッと目を吊上げ、私を睨みつけてくる。
「花音、薫、ちょっと待っててね」
こころちゃんが「ミッシェル」と呼び自身の太腿を両手で叩くと少女は嬉しそうな顔でテーブルの角などの物をすり抜け、そこに腰掛けて再び私を睨む。
こころちゃんはミッシェルちゃんの頬をむにむにいじると若干嫌がりながらも嬉しそうで少しの間二人だけの遊戯が始まる。
私達を無視するような二人を見ているとお腹からもやもやして、それを押し込めた。
遊びが終わるとミッシェルちゃんは機嫌の良い様子になって部屋の気温も戻った。
こころちゃんがミッシェルちゃんに耳元で囁くとミッシェルちゃんは逡巡したけれど頷き私の前まで来る。
「ワタシハミッシェル。今マデ無視シテ、ゴメンナサイ」
ミッシェルちゃんは私に頭を下げて謝る。けど、言われて仕方なく私は謝ってますと言った態度だった。どれだけ私の事で怒っているのだろう。
「えっと、なんで怒っていたんですか?」
「オ姉チャンノ指ヲズット舐メテイタカラ」
なるほど、それは私だって怒る。顔見知りなら理由を聞かず激おこかもしれない。
それよりミッシェルちゃんはなんで知っているのだろう。
「…………いつのこと?」
「貴女ガ連日デ、オ姉チャンノ家二泊マッタ日ノ部屋」
「~~~~~~~~~っ!!」
自分の顔を抑えて悶える。恥ずかしい、気まずい、劣情に、罪の意識。あの日の事を思い出すと複数の思いが混じり乱れ複雑怪奇な感情になる。
ミッシェルちゃんから嫌そうな視線が私に突き刺さるのを感じる。
こころちゃんを慕っているであろう少女があの光景を見れば怒るだろう。
「すまない、ミッシェル。そこら辺で勘弁してくれないだろうか、話を進めたいからね」
「ン、ソウ」
「あ、ありがとう、薫さん」
気分は重いけど、薫さんが仲裁の声をかけてくれてミッシェルちゃんの咎めるような視線が逸れる。
ミッシェルちゃんは私から離れ茶熊の人形には入らず、ソファーでふよふよと浮いた。
「そうかい? 私はただ話を進めたいだけでね、何のことかわからないな。ただ、そうだね……シェイクスピアの言葉を借りるならば『神は、我々を人間にするために、何らかの欠点を与える』と言っていた。君は私の友人なんだ余り自分を卑下しないでくれよ」
「あ……はいっ」
薫さんは私に言った言葉を守ってくれているようで知らない振りをしてくれる、励ましにちょっと元気が出た。
「あの、ミッシェルちゃん」
「……何?」
ミッシェルちゃんには本名があったと薫さんから聞いたことがあった。いつまでもあだ名のような名前では失礼かもしれないから試しに聞いてみよう。
「名字を教えて貰えますか?」
「嫌ダケド」
手を前にクロスさせて、平然とした物言い。
「そ、そうですか……」
名字も駄目だそうで名前はミッシェルとしかわからなかった。
私は何度か質問するも無難な受け答えしかもらえない。でも 非難され続けたり無視されるよりはずっと気楽。
「ご機嫌だね、マイフェアリーこころ」
薫さんの問いかけにこころちゃんは朗らかに笑って答える。
「みんなの仲がいいことに楽しくて……もう少し見ていたいけど、花音。そろそろ千聖の話を貴女からお願いね」
「う、うん」
こころちゃんに促されて千聖ちゃんの話をはじめる。
「――でね、薫さんとミッシェルちゃんはどう思っているのかなって」
私が知っている千聖ちゃんの現状をこの場にいるみんなに話した。
「ワタシハ今ノママガ良イ、千聖ハ何モ知ラナクテイイ」
「……私は千聖にミッシェルのことを受け入れて貰いたいね」
ミッシェルちゃんは現状維持で、薫さんはミッシェルちゃんの言葉に現状改善の返答をする。
ミッシェルちゃんは現状に満足しているように見え、薫さんはもどかしいみたい。
「薫、ソノ話ハ聞キキ飽キタ。ワタシヲ知ッタトコロデ一般人ノ千聖ニ見エナイシ聞コエナイ」
「けれど、ミッシェルのことを受け入れることができたなら千聖はトラウマを克服できるじゃないか」
「ワタシモ薫モ幾度トナク千聖ニ呼ビカケヲシタケド、怖ガルバカリデ拒絶サレタ。立チ止マルコトモデキルヨウニナッタンダカラ、コレ以上ノ介入ハモウイイト思ウケド?」
「まだ足りない、千聖の夢は芸能界で大女優になることなんだ。いつかトラウマが千聖の足を引っ張るんじゃないかと思ってしまうのだよ」
「大女優ナラトラウマヲ逆手ニ取ッテ個性ヲ作ルデモデキルジャナイカ」
「私達が今のうちにできることをしたいんだ」
「ソノデキルコトニ時間ガカカリスギルンダ。アイツヲスグニデモ倒セルノニ守ッテバカリ……ワタシハ我慢デキソウニナイ」
なんか聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「あ、あの……!」
三人の視線が集中して、先にこころちゃんが口を開く。
「あら、花音、どうしたの?
「千聖ちゃんを苦しめている黒幕って終わらそうと思えばいつでも終わらせるようなことなのかな……」
「ええ、巻き込まれる人々や周りの軋轢を無視すればと注釈がつくわ。黒幕を倒せば千聖から危険が減るんだけど、相手は怪物だし、人が多いところを狙ってばかりいるし、街中で戦えば数名の灯火が消えるでしょうね」
いくら千聖ちゃんを助けたいからって無関係の人まで巻き込むのはいけないと思う。
「専門家の人がいるって話だったよね、その人達はどうしているのかな?」
「その専門家の人達がチームを組んで探索している最中よ。でも、逃げ足が早くて退治できていないみたいね。それと、ミッシェルはもうしばらく我慢して、今の貴女なら我慢できると信じているわ、残り一ヶ月よ」
こころちゃんは会話の途中で私から視線を外し、ミッシェルちゃんの目と合わせる。
「ゥ~、ワカッタ」
ミッシェルちゃんはしぶしぶといった感じで返事をして、こころちゃんが笑顔になる。
「それで千聖のトラウマをどうするかなんだけど、まず薫とミッシェルの意見のすり合わせをしてね。そのあと花音の意見も合わせましょ」
こころちゃんの言葉が合図となって、薫さんとミッシェルちゃんがお互いを見据える。
「……薫ガ諦メレバ、アッチノ望ミハ叶イヤスクナルヨ」
「私の我儘で悪いが譲る気はない」
もしかして薫さんはミッシェルちゃんに幾つかお願いをしていることがあるのかな。
「ム~、オ姉チャンノ言ウコトナラ手ノ平返スノ二」
「ふっ、至ってブーメランだ。花音に対する先程までの態度を振り返って見るといいじゃないか」
足をパタパタさせて不機嫌な意を示すミッシェルちゃんに、子供のようだと笑い片手を動かし指摘をする薫さん
「沢山オ姉チャン二オ世話二ナッテイルンダカラ当タリ前ダ! ソレニワタシハ薫ノ様二他人二頼ル手ノ平クルックルノ女ジャナイ!」
「……まるで私が自分の意見を持たない女みたいじゃないか」
薫さんの態度に憤慨し手と足を伸ばして怒るミッシェルちゃん、ミッシェルの言葉が逆鱗に触れたのか腕を軽く組み人差し指で腕を叩く薫さん。
「フーン。普段カラ何々言ッテイルダノ、コウモ言ッテイタダノ、言葉ヲ借リルダノ人ノ言葉二頼ッテイルジャナイカ」
「シェイクスピアの言葉は格好良いんだ、それだけではないが私の趣味なのだから別にいいだろう!」
ミッシェルちゃんは薫さんの真似か両手を前に出して呆れた声、薫さんは苛立ちを抑えきれず徐々に声が大きくなり手を握っている。
「相変ワラズ格好ツケタガリメ! 恥ズカシイト思ワナイノカ!」
「君は恥ずかしがりなのに一旦決めると何処までも意固地になるな!」
ミッシェルちゃんは一度落ち着いたものの堪えきれず噴火、薫さんもついにはソファーから立ち上げリ大声になりつつある。
「あ、あの! 二人共話題が逸れているんだけど……」
私の声を二人は無視して怒声に罵声と喧嘩をはじめる。こころちゃんに視線で助けを求めるとコーヒーを啜ってブレイクタイムを楽しんでいた。
こころちゃんは私の視線に気づき手を軽く振る。テーブルの上には何もなかったのにどこから持ってきたんだろう。
私に手招きして、口パクで「コーヒーを飲みながらどう?」って見世物じゃないんだよ……収拾がつかなくなってきたよ……でも折角だし、こころちゃんの隣に移動した。
薫さんとミッシェルちゃんの喧嘩も終わり部屋が静かになる。喧嘩を他所に私はこころちゃんの横でコーヒーではなく温かいココアを貰って飲み終えカップを空にした。
「モウイイ、ドコマデ話シテモ結局ハ平行線。兄妹ノ方ハマタ協力ハシテアゲル、ケドアッチノ話ハオ断リ……オ姉チャン、マタ迷惑掛ケルケドソレデオ願イ」
「了解よ、あれをどうするかは貴女の自由なのだから。先に断っておくけれど、折角修復したのだから保管しておくわ。薫もそれでいいわね?」
「ぐ、……解ったよ。時間を掛けて説得しても平行線だしね。今はそれで十分だ」
これ以上話はしないと雰囲気のミッシェルちゃんが結論を出し、笑みを浮かべるこころちゃんが整え、苦虫を潰すかのような薫さんは納得した。
「二人の落とし所が決まったわね、今のところ千聖のトラウマを治す方向で動くけど花音から何かあるかしら?」
「私からはないよ。でも、千聖ちゃんのトラウマを治すときに危険だと感じたら、その時は何か言うかも……」
「これで決まりね、千聖のことでちょっと面白そうなことがありそうなのよ。折角だからハロハピのメンバーも入れて近いうちにお出かけしましょっ」
こころちゃんが嬉しそうに両手を合わせながら話す、バンドメンバーを巻き込んでの次の活動が決まった。
薫さんはこころちゃんにお風呂を借りると断って部屋を出ていき、ミッシェルちゃんはこころちゃんに特製のお菓子を貰うねと言って部屋を出ていった。
「こころちゃん」
「どうしたの?」
お日様のようなこころちゃんが私にとってちょっと辛い。
「ほとんど蚊帳の外だった……自分の事ばかりでごめんね、私って役に立ってない」
「いいえ、花音がキッカケで薫とミッシェルはお互い納得したわ……おいで」
ソファーの隣で座るこころちゃんが両手を広げる。抱きついてってことだろうけど迷っている内にこころちゃんに抱きつかれた。
少しだけ固まった心がほぐれていく。
「……こころちゃん、温かいね」
「人の体温て安心できるわね、イヴがハグしたがる理由ってそれかしら」
「どうだろう? こころちゃんってイヴちゃんと同じ学年だったね、こころちゃんから聞き慣れてない名前が出てきてちょっとびっくりしたよ」
こころちゃんは抱きつくのをやめて少し距離をとり私の肩を掴んで自身の太腿の上に私の上体を倒し頭を乗せる。
「余り時間はないけれど少しだけ眠りましょう」
「……うん」
突然の膝枕にほんのちょっとだけ意地悪をしたくなったけど頭を撫でられてどうでもよくなった。