夕暮れに滴る朱   作:古闇

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二二話.私の癒やし

 

 

 

「おはよう、花音、今日も早いわね。最近は待たせる方になってしまったわ」

 

「おはよう、千聖ちゃん、待つのは嫌いじゃないし楽しいよ」

 

 

 白金さんと衝撃的な出来事があってから翌日。

 登校するときに千聖ちゃんを待っていた私は、日課になったやり取りを交わして一緒に学園に向かう。

 それから千聖ちゃんの手首を掴んだ。

 

 

「はぁ……まさかここまで強引にくるなんてね、昔の花音が見たら驚くのではないかしら?」

 

「単刀直入に聞くけど体調が良くなったり悪くなったり普段しないお話を急にしたり、最近の千聖ちゃんは様子がおかしいよ……朝から暗い話でごめんね」

 

 

 本当はカフェなどの場所でこの話題を出したかったけれど前もって準備しても気づけば話題を逸らされ、会話を修正しようとしても牽制されてそのまま流される。

 強引に話そうとすれば会話を途中で切られ逃げられていた。

 

 千聖ちゃんのお部屋で話そうと思ったけど、強引に話したときから警戒されて入れてもらえそうになかった。

 卑怯だけど同じ登校場所、千聖ちゃんの学校の予定がないことを知った上で今回の話題を出した。

 

 

「花音、様子が変わったのは貴女もそうだってわかってる?」

 

「でも悪いことじゃないよね」

 

 

 こころちゃんに出会ってから心情が変化して、昔の私と確かに変わったと思う。

 

 

「そうね、バンドを始めてから前向きになって、最近は方向音痴も直っていい方向に変わっているわね」

 

「前向きになった私からずるいこと言うよ?」

 

「余り聞きたくないから片耳だけでも塞いでもいいかしら」

 

 

 冗談交じりで、耳を片手の平で軽く塞ぐ。

 

 

「ごめんね、真剣な話なんだ」

 

「理解しているから言ってるのよ」

 

 

 私は千聖ちゃんを横目で見据え、千聖ちゃんは観念したようで耳を塞ぐのを止めた。

 

 

「知ってるよ、よく話題を逸らされるから……ねぇ千聖ちゃん、私は千聖ちゃんのこと親友だと思ってる、普段の様子がおかしい原因があれば教えて欲しいよ」

 

「花音から親友と言われたのは初めてね、嬉しいわ。私も花音のこと親友だと思っている」

 

 

 千聖ちゃんは本当に嬉しそうに表情を緩ませる。

 

 それなのに雰囲気も場所もいいところでは無くて、会話の逃げ道を塞ぐために初めて本人に言う親友という言葉が暗い会話でごめんなさい。

 でも、親友と思っていてもなかなか言う機会もなくて、本人にも親友と認められて嬉しさもあった。

 

 

「うん、嬉しいよ、だから教えて欲しいの」

 

「私の性格知ってて言っているからずるいわ」

 

「共通の趣味で中学からの付き合いだし」

 

 

 中学時代に沢山のプリントを運ぶ際に千聖ちゃんとぶつかって、千聖ちゃんを上級生と勘違いしてしまった。

 そのお詫びに、学校の揚げパンをあげたのがキッカケで数年間交流のある共通の趣味の友達になったのだから、それなりに好きなことや嫌なことくらいはわかる。

 

 

「それだけではなのよ……」

 

「?」

 

 

 私のことで他になにか千聖ちゃんが困ることがあったかな。

 

 

「いえ、考えなくていいの……花音に腹黒くなられても嫌だから」

 

「そ、そうなの?」

 

 

 考えはじめると千聖ちゃんから静止の声がかかって思考がストップする。

 それを思いついたことで私が計算高い女になるって想像つかなかった。

 

 

「ええ、そうよ……私の子猫ちゃん」

 

「薫さんみたいで凄い似てた」

 

「女優ですから」

 

 

 薫さんのポーズを真似て凛々しい顔で言葉を発する千聖ちゃんは格好良い。

 でもそこは「女優」ではなくて「幼馴染」だよね、相変わらず薫さんの扱いが雑だね。

 

 

「で、様子のおかしい原因はなにかな」

 

「……逃してくれないのね、思い出したくないことなのよ」

 

 

 こころちゃんの情報から千聖ちゃんの心情はちょっぴりわかる。それによって、無理をして溜め込んでいる様子もわかってしまったから千聖ちゃんの口から話して欲しい。

 

 

「こころちゃんに言って協力して貰ってもいいかな」

 

「弦巻さんは勘弁して頂戴、あの娘に言ったら絶対大事になるでしょう?」

 

 

 諦めた様子の千聖ちゃん。

 こころちゃんが騒ぐことによって、千聖ちゃんの幼いころの過去を蒸し返されたくないのだろう。

 

 

「それなら話してくれるよね」

 

「……強引よね……はぁ……最近、私がお守りを欲しがっていた時のこと覚えてる? 結局はまだ買ってないのだけどね」

 

「打ち合わせがあった下校の時の話かな」

 

 

 お眼鏡に叶うお守りはなかったんだね、悪霊の介入は本格的な心霊現象だと思われるからそれなりの物が欲しいのかもしれない。

 

 

「ええ、そのときに話していたお守りね。こんなところでする話でもないけれど、またはぐらかしてしまうから今話すわ。

 

 夏休みにいつもの勉強会で花音が泊まった日があったわよね、そのときに兄さんに呼ばれる悪夢を見てしまったの、けど途中で目が覚めたから安心したわ。

 

 でも、悪夢は終わっていなかった。起きてすぐ兄さんの部屋から壁を叩いている音が聞こえてくるのだもの、怖くて……ごめんなさい、勝手に花音の手を握った。

 

 それから、花音も途中で起きたでしょう? 現実を受け入れたくなくって、花音に私も起きていると言うのを悩んでいたんだけど、いきなり抱きしめられてびっくりしたわ。驚いたけど、人肌っていいわね……安心してそのまま寝ることができたの。

 

 その後に家では何もなかったの。だけど、この街から出ると稀に悪夢に苛まれるわ。不思議よね、この街から出ると悪夢を見るなんて、それが嫌でお守りを探してたのよ。

 

 ……なのに、今までの体験を必死に否定している自分がいるのも事実。何も知らなければ、何も見なければ昔みたいに嫌な思いをしないで終わるからってね……これで話はお終い」

 

「……話してくれてありがとう千聖ちゃん」

 

「こちらこそ、花音のおかげで気が楽になったわ」

 

 

 そうまでして悩んでいるならこころちゃんから預かったお守りをずっと持っていてくれるかもしれない。

 

 

「ちょっと待っててね!」

 

 

 千聖ちゃんの返事を待たず、手首を掴んだ手を放して立ち止まって自分の通学カバンの中身を漁る。

 黒い化粧箱を取り出して千聖ちゃんに差し出す。

 

 

「これを千聖ちゃんに……」

 

 

 千聖ちゃんは笑みをほころばせて、黒い化粧箱を受け取る。

 

 

「ありがとう、誕生日以外でこういったプレゼントは初めてね、開けてもいいかしら」

 

「うん!」

 

 

 黒い化粧箱の中身はアンティークカメオ風のネックレスで、金古美薔薇の絵柄が浮き彫りになっている。このネックレスに宝石は使われていないそうだ。

 千聖ちゃんは箱を開けてそれを眺めた。

 

 

「海外の魔除けなんだって、とても丈夫なもので塩水や硫黄の温泉にずっとつけても平気だから毎日持っていられるよ」

 

「アクセサリーは硫黄で錆びるって聞くけど、本当なの? 気持ちは嬉しいけど花音に負担の大きい買い物は困ってしまうわ」

 

「それなら大丈夫だよ、こころちゃん関連から手に入れたから」

 

「なるほど、弦巻さんね……彼女が探すなら本物なのでしょうね……」

 

 

 表情から明るさが消えるけど、安堵したような様子があった。

 

 千聖ちゃんは苦しんでいた。人によっては理解しずらい愚痴を出せるようになって、少しでも気分が楽になってくれれば嬉しい。

 心の中に溜め込むのは辛いってわかるから、こうして聞き出すことができてよかったと思う。

 

 

「千聖ちゃんはこれからも幽霊とか信じないのかな」

 

「……そうね、演技や遊びならともかく本物に分類されるようなものは女優である以上はこれからも信じない、信じたくないでしょうね。過去のことで下手に揚げ足を取られる事態になっても嫌なの」

 

 

 千聖ちゃんの知らないところ大変なことになっている、そのことについて薫さんやミッシェルちゃんはどう思っているのだろう。それにミッシェルちゃんとお話ができない現状を変えないといけない。

 

 

「……あ、こころちゃん」

 

「え?」

 

 

 そんなことを考えていたら、背後にこころちゃんの気配がして後ろをちらりと見るとこころちゃんが本当にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の幼いころ、オカルトにのめり込み狂っていった親戚の母親を知っている。

 だから、遊びでなく本物であるそういった話は嫌いだった。

 

 実際に心霊体験をするなんて思ってもいなかったし、今でも稀に苦しめられている。

 そういった事実が女優業に差し支えそうで周りには明かさないようにしていた。

 

 お守りの件は一時期迷ってしまったけれど、オカルトに狂った母親を知っているからこそ本格的な物には手が出せなかった。

 

 花音から貰った本物の魔除けらしいネックレスは普通の小物にしかみえない。

 なら、これを頼りに耳を塞いで見ない振りをして、見たくないものに意識しなくてもいいだろう。

 

 花音に打ち明けることができて心が楽になった。

 その上、親友と呼ばれて嬉しかったけれど、心霊体験をしてしまった以上巻き込みたくはない。

 

 次回の夏休みにするお勉強会は花音の家に迷惑を掛けてしまう。でもそちらにしてもらおう。

 しばらく自分の家に花音をあげたくなかった。

 

 隠したかったことを花音に話してしまったけれど聞いてくれるだけで十分だった。

 

 意識を切り替えて、花音が突然後ろを向いて弦巻さんがいると言っていた。余り関わりたくはないけれど挨拶くらいはと花音が見ている方角を見て思考が停止した。

 

 花音から貰ったネックレスは化粧箱に入れて通学カバンにしまった。

 

 花音がいなければ逃げていたかもしれない、白毛の馬に乗った弦巻さんが注目を集めこちらに近づいてくる。

 

 

「おはよう! 花音、千聖!」

 

 

 元気いっぱいの笑顔の弦巻さん。

 

 犬ならまだしも馬が二足歩行で歩き、且つそれに乗馬している少女なんていたらそれはもう目立つ、非現実のような非常識の光景だった。

 馬の並行感覚をどう鍛えればあのように二足歩行で歩き続けるのだろうか。

 

 

「今日もいい天気ね、絶好の乗馬日和よ!」

 

「おはよう、こころちゃん、登校中に普通は馬に乗らないよ」

 

「い、いえ、それも変だけれど……それよりも弦巻さんの馬おかしくないかしら?」

 

 

 花音はふんわりと笑うけれど、私の顔は引きつる。

 困惑の余り挨拶を忘れてしまうし、天気はいいかもしれないが登校に乗馬しようと思った精神も理解できない。

  

 

「「?」」

 

(弦巻さんならまだしも……花音、貴女まで不思議そうにするのはやめて! 似合っているし不思議そうな貴女は可愛いけれど、普通に二足歩行で馬が歩いているのよ!)

 

 

 なにかおかしいのと不思議がる花音は見た目も合わさってファンシーのようで可愛いけれど、そういったことに疑問を持つ娘ではなかったはず。

 最近の花音は前向きにはなったけれど同時に変わり者になっていくような気がした。

 

 

「こころちゃんも一緒に登校しようよ」

 

「花音!?」

 

(こんなインパクトの強い色モノと会話しながら歩いていたら私達まで奇異な目で見られて変なレッテルを張られるわよ!?)

 

 

 花音はわたしが女優だということを忘れてはないだろうか。

 思案中の弦巻さんに私は冷や汗を垂らす。

 

 

「ありがとう、花音。今はこの娘と二人で登校中なの、ごめんなさい。また誘ってくれると嬉しいわ」

 

 

 胸を撫で下ろす。

 

 

「そうなんだ、また今度誘うね」

 

 

 花音は残念そうに手を振る。

 

 私だって弦巻さんがまともな登下校をするようになるなら一緒に行くくらい大歓迎よ。

 

 

「ええ、お願い。さぁ、行くわ銀シャリ!」

 

 

 馬のネーミングセンスが壊滅的ね。

 二足歩行で歩く馬が徐々に速度をあげて横走で走り出す……馬が横走。

 

 

「最っ高だわ! 銀シャリもっと風のようになるのよ! また学校で会いましょうねーーー!!」

 

 

 ヒッヒィーーーーーーーーーーンンン!!!

 

 

 二本の前足をぐるぐる回し始めた白毛の馬。

 

 

「なんて非常識。ふふふ……そう、これは非常識であって非現実ではないわ……違う、非現実を非常識に? ……ああ、花音、今日も貴女の笑顔が眩しいわね」

 

 

 深く考えると訳がわからなくなるため思考を放棄。

 

 異空間と名高く関わるのをなるべく避けていた弦巻こころ。

 

 彼女を捕まえようとした生徒会の人たちに歌で周りを巻き込んで眠らす行為は頭の疲れが取れると一部に好評。

 木に登って登って降りれなくなった猫を助けようと他の動物達を呼び出し連携したりと彼女の行動を知る度に私の常識にひびが入り感覚が麻痺していく。

 

 

「千聖ちゃん、遠い目をしているけど大丈夫?」

 

 

 おーい、と私の顔の前で手を振る花音。

 

 Pastel Palettesの仲間は気遣いなく接することができるけれど、心の癒やしは貴女なの。

 少しくらい変わってもいい、だからわたしの手を離さないで欲しいとそう願った。

 

 

 

 


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