夕暮れに滴る朱   作:古闇

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怒ってた猫が急に話しかけて来たけど、ネコ語だからわからない動画参照。



二一話.黒猫の紹介

 

 

 

 九月の中ごろになる今日は、バンドグループRoseliaの練習がない日。放課後にあこちゃんとカフェで雑談をしていたら、帰りが遅くなり暗くなった。

 人通りの減った帰り道で黒猫さんを見かける。

 

 

(猫さん……か、片目……潰れてて……顔怖いな……)

 

 

 顔に傷があって片目は無い、黒猫さんが怖くて距離をとって離れて歩く。

 

 

(い、いつまで……ついて……来るのかな……)

 

 

 黒猫さんがついてくるのを無視して人が少なくなっていく道を進んでいく。

 まだ背中に視線を感じて歩みを止めて後ろを振り返る。 

 

 

(こっちに……近づいてる……) 

 

 

 不穏な空気を感じて歩みを早めた。

 

 

(な、なんか怖い……猫さん……家まで入ってきそう……)

 

 

 今日は両親共に家にいない。このまま家に逃げても怖いことになりそうで普段使わない道の角を曲がって黒猫さんの視線が途絶えた瞬間に走った。

 

 

(この近くに……公園……あったよね……そこで……撒けるかな……)

 

 

 公園の中に入ると木々と大きな草むらに身を隠す。後を追ってだろう黒猫さんも公園の中に入り、辺りを見回すと片足をあげ歩く姿勢を静止したままこちらを見てくる。

 

 

(ね、猫さんが……じっと……こっち見てる……お、お願い……どこか行って……っ)

 

 

 黒猫さんがわたしを追ってくる理由はわからないけれど早く立ち去ってと念じて、息を潜めて待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫だよ! 最近は全然迷子にならなくなったし、一人で帰れるから! ま、またね、美咲ちゃん!」

 

 

 こころちゃんの家にお泊りした後日。ミッシェルちゃんとお話をするためにミッシェルに話しかけること数度目で結果は惨敗、一日時間を置いても反応はなかった。

 

 贈り物の指輪などにミッシェルちゃんを特定するような物はないのになんとなくわかる。

 こころちゃんに聞いてみたところ私が変わったからだと言う、それ以上は教えてくれなかった。

 

 私に変わったところはあるかと友達などに聞いてみたけれど、髪を切ったとかバンドするようになってポジティブになったとか。

 これといって自覚できるような内容は出てこなかった。

 

 テニス部の活動が落ち着いて、バンドの練習に参加できるようになった美咲ちゃん。彼女にも聞いたけれど似たり寄ったりの解答だった。

 

 ミッシェルちゃんの話に戻して、バンドの練習中にミッシェルにミッシェルちゃんがいるような気がした。

 幽霊さんだからキグルミに憑依しているのだろう。

 

 DJしている美咲ちゃんを見ていて、ミッシェルちゃんが憑依した状態でキグルミに入っているなら、楽しんで音楽活動しているんじゃないかと思う。

 

 それで、機嫌がいいなら私とお話してくれるかもと考えて美咲ちゃんがキグルミから離れた隙きを狙って話しかけてみたけどダメだった。

 しかも、美咲ちゃんがいつの間にか戻ってきていて逃げてきてしまう。

 

 

「うぅ、ミッシェルちゃんのこと言っちゃった……美咲ちゃんに変に思ってるよね……」

 

 

 やっちゃったと肩を落として帰り道を歩いた。

 

 

(今日も家に帰る前に動物さんの知り合い増やそう)

 

 

 こころちゃんの家に泊まったときに教えてもらった”動物と話す”という魔法。

 

 こころちゃんがどれか一つを教えてくれるということで時間が有限だけど動物と話せる魔法を教えてもらった。

 ただ、私が選んだ中でも特別な魔法ということで対価が必要なのだそうだ、そしてその対価は教えてくれないみたいだった。

 

 こころちゃんに甘えもあった私は考えなしにその対価を支払ったけど数日たった今でも何を支払ったのかわからない。

 

 魔法は使いすぎれば気絶してしまう。

 

 私の教えてもらった魔法は自分だけにしか使えず、動物を指定する必要があるけど、コスト面が優秀だそうで一日に何度もON・OFFをせず、二桁分の種族を指定しなければ一年中使えるらしかった。

 

 種族で猫を指定すれば、ネコ科の動物は何でも話せる。人間を指定すれば、言語の壁を超えて意思疎通ができる。

 でも意思疎通ができない人は人間じゃない、そんな利便性があった。

 

 だからと言って、人前で動物と会話することは魔法のことを知られるんじゃないのと聞くと「ふわっとした表現で誤魔化せば、花音なら大丈夫よ」と笑顔で太鼓判を貰った。

 

 言いたいことはわかる。悩んで、問題を棚上げにした。

 もしかすると美咲ちゃんには苦労してもらうかもしれない。

 

 私はもう一つの魔法を覚えているとこころちゃんが教えてくれる。

 アンナさんから貰った本で、塩のようになってしまった書物からも魔法を覚えてしまっていた。けど、使用できる機会はなさそう。

 

 

(動物さんとお話できるだけで味方じゃないんだよね)

 

 

 動物使いやシャーマンによってこちらに罠を仕掛けてくる例もある。

 それでも、複数の動物をまとめてとはいかないようで周りの動物から察知できることもあるそうだ。

 なので最近は、自分から私の周りにいる動物さんがいたら声をかけるようにしている。

 

 今回は、動物の知り合いを増やすためにこの街から出ない程度に寄り道しよう。

 

 夕日が沈んで暗い時間帯でも夜のお散歩をしている黒猫さんがいる。

 もしかすると夜行性の動物を紹介してくれるかもしれないから、近場の公園を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄っすらと明かりのついた夜の公園に到着。黒猫のヤマダさんが草木の茂みをじっと見ていたけど、人の気配に気づいて私の方に振り向く。

 こころちゃんの紹介で知り合った、ヤマダさんは縄張り争いで片目を失ったものの、ここら一帯の猫ボスだそうだ。人に飼われるのは嫌いらしい。

 

 

「あ、ヤマダさん! ぉ、おーい、こっち、こっちだよ」

 

 

 用があるからこっちに来て欲しいと、ヤマダさんの方へ歩きながら手を振って呼びかけた。

 

 ヤマダさんは私の方に走ってきて四つん這いのまま顔を上げた。ヤマダさんの首の負担にならないようしゃがむ。

 

 

「にゃ~~~ぁああっ! ……オネダンイジョウハニトリ」

 

「裕福そうな肉まんに逃げられた? ごめんね、今日はパンは持ってないの、ビーフジャーキーでもいいかな」

 

 

 裕福そうな太った年配の女性でも見かけたのかもしれない。

 

 黒猫のヤマダさんは顔が怖いから餌付けする人が少ない。でも本人も解っているようで駄目元で人を追っかけたりする。

 餌付けが好きな理由があって、苦労しないで人から手に入れる食べ物がヤマダさんの自尊心を満たすみたい。

 

 通学カバンの中からジッパー式のポリ袋に入れたビーフジャーキーを取り出して、中身を摘んで差し出した。

 

 

「えっと、はい……どうぞ」

 

「わんわんぉ」

 

 

 猫なのにその犬のような言語はやめようよ、微妙な気持ちになる。

 

 ビーフジャーキーを口に咥えたので手を離した。片端を肉球で地面に抑えて親の敵とでもかのような豪快な引き千切りはまるで屠殺現場のよう、催促されもう一枚渡す。

 

 

「われはあれあれ」

 

「生ものは鞄が臭くなっちゃうから持ち歩けないよ」

 

 

 干し肉を食べたら生肉が食べたくなったそうだ、次から生肉を持ってきてくれないかと要望を受けた。でも、生肉は持ち歩きたくない。

 

 

「らるらるるー、らるらるるー」

 

「そ、そうなの……?」

 

 

 公園の茂みに女性が一人で座り込んでいるそうだ、ヤマダさんが言うには弱いやつだから話しかけても大丈夫とのこと。

 

 茂みに目を凝らして見れば、誰かがいるのがわかった。隠れた理由はわからないけど、具合でも悪かったら大変だから様子を見てこよう。

 

 

「なうなぅ、ヴぁぁあ゛ん、ヴぁぁぁあ゛ん」

 

 

 ヤマダさんが大きな声で興奮してる。

 

 公園の隅でネズミが横切っていくのが見えたらしい、狩ってくるから用事はまた後で聞くそうだ。

 

 

「気をつけてね、ヤマダさん」

 

 

 女性の人が気になるから覗いてみよう。

 

 茂みの方へゆっくりと近づき、がさっと葉っぱを手で掻き分けた。

 

 

「こんばんわ」

 

「ひっ……」

 

 

 女性が短く悲鳴をあげて、尻もちをついた。

 

 女性は私と同じ学園で学年の白金さんだった。こころちゃんから貰った手帳に載っていて、顔をよく覚えたから間違いはないと思う。

 白金さんに近づく機会を考えていたからちょうどいいのかもしれない。私は茂みの中に入った。

 

 

「白金さん……ですよね、ご気分悪いんですか?」

 

「だ、大丈夫……です……」

 

 

 白金さんが自分を守るかのように、自身の身体を抱いて怯えている気がする。

 

 普段は私の方が怖がってばかりいるからこういうのは新鮮だ、私は手を差し出した。

 

 

「何があったかわかりませんけど、怖いことは何もないですよ?」

 

「……う……でも……怖い猫さんと……話していませんでしたか?」

 

「怖い猫……ヤマダさんのことですか」

 

「や、やまだ……?」

 

「片目のない黒猫さんのことですよ、少し仲がいいんです」

 

 

 白金さんは少し怪訝な顔をしている、ヤマダさんに怖い思いをさせられたのかもしれない。

 話すのはいいけど、白銀さんを立たせよう。

 

 

「それよりも地面に座っていますし、お尻汚れますよ、立ちませんか?」

 

「……ありがとう……ございます……」

 

 

 人見知りなのだろう。伏せ目がちでお礼を言って、おそるおそる私の手を取る。

 腕に力を入れて白金さんを引っ張り起こすと、白金さんの足取りがおぼつかず、私はそれを支えようとして足が若干絡んで抱き合う形になった。お互いの顔が見えなく、白金さんの方が少し身長が高い。

 

 

「ご、ごめん……なさい……っ」

 

「大丈夫ですよ、このくらいへっちゃらですっ……白金さん?」

 

 

 私に抱きつく白金さんの力が抜けた。

 

 

「ヴぁぁぁあ゛あ゛あ゛ん!!!」

 

 

 ヤマダさんの声が後ろから聞こえた。やったぜと自慢しているのでネズミを捕らえたのだろう。

 

 白金さんが震え出す。

 

 

「……あ…………あ、あぅぅ………………っ!」

 

「え? う、うそ…………ふぇぇ!?」

 

 

 私の片足が生温かい液体に濡れ、アンモニアの臭いが鼻につく。その間にも私の片足がどんどんと濡れていった。

 

 

「……ぁ、ああ…………」

 

 

 混乱する白金さんの呻きを頭の中で離れて聞く。

 

 こんな経験は初めてだ、どうすればいいんだろう……助けてこころちゃん。

 

 

 

 




 

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