夕暮れに滴る朱 作:古闇
じりじりと太陽が照りつける八月が始まったばかりの夏。
風が吹いて熱気が少し落ち着いた午後、一つ下の友達の後輩の御見舞いのために出掛ける用意をする。
一七歳を迎えても一般的な女性より少し身長の低い私。
そのサイズに合わせたお出かけ用の服に着替え、紫色の瞳が鏡に映り、セミロングほどの髪を見ながら水色の地毛を櫛で整え、身だしなみを確認して病院に向かった。
前まではバンドのみんなと一緒に行っていたけれど夏休みに入ってからは足が遠のいている。
主な理由は、一つ下の友達でバンドメンバーのはぐみちゃん。
その後輩のあかりちゃんが事故の手術あとにリハビリを拒否しているのをみんなで協力し問題を解決したこと。
私達はあかりちゃんの問題に集中していたためバンド活動が病院中心になっていた。
解決した今は、以前のように病院だけでなく保育園や商店街、路上ライブの活動を再開したり、部活で忙しかったりもある。
あかりちゃんは小児病棟の個室で入院している。
病院に着くと受付窓口に向かう。
バンド活動を通してこの病院内でちょっとした有名人になったようで、受付したあとに看護婦さんが私を見かけると、あかりちゃんはリハビリの最中だと言ってその部屋まで案内してくれた。気恥ずかしかった。
看護婦さんが立ち去ったあと、扉の横にリハビリ室と表札のある出入り口を覗く。
部屋には看護婦さんたちに手伝ってもらってリハビリをしている人が何名かいた。
その中に、肩までツインテールのある茶髪で茶色目のあかりちゃんが補助具を使用して歩く練習をしている。
看護婦のお姉さんと一緒に、練習に集中しているようで二人は私に気づかなかった。
邪魔しては悪いと思って、リハビリ室の前にある椅子に座って待つ。
その後、看護婦さんに車椅子を押されたあかりちゃんが一緒に出てきた。
椅子から立ち上がって二人に挨拶をすると、にこやかに挨拶が返ってくる。
あかりちゃんは看護婦さんに私とどの場所で話すかを会話でやり取りして、看護婦さんは車椅子を押してあかりちゃんを私に近づけ、離れた場所に移動して私達を見守り始めた。
「あかりちゃん少し歩けるようになったんだね」
「うん。はぐみちゃんたちと一緒にソフトボールやりたいし」
「そっか。ああやってリハビリしているところを見ると、歩くのって大変なんだね。あかりちゃんはすごいよ」
私自身、変わりたいとどうにかしたいと思っても動けないことってあった。
だから、頑張って歩く練習をしているあかりちゃんはすごいと思う。
「あんまり見ないでね、恥ずかしいから。まだ歩くのはちょっと大変だし」
頬を赤く染めて照れ、目を軽く私の視線から外す。
「そうなんだ、無理しちゃだめだからね?」
「大丈夫。こころお姉ちゃんから元気分けてもらったし」
あかりちゃんは私に視線をもどして、ふんにゃり笑った。
「ふぇ!? 知らなかった……いつ頃?」
「え~と、三日前かな?」
「三日前はお家の用事でこの町にいなかったみたいだよ?」
夏休みに入ってからのこころちゃんはお家の事情で忙しく、最近はバンド活動でしか会っていない。
他にも、バンドメンバーの美咲ちゃんはテニス部。
はぐみちゃんは家業を手伝ったり、ダンス部だけでなく地元のソフトボールのエースでキャプテン。
薫さんは他の学園でも人気の実績ある演劇部とこころちゃん同様にみんなとはバンド活動でしか会えていなかった。
「あ……そうなんだ」
何か話そうと口もごり黙る、おでこの両端を手のひらで抑えて悩んでいた。
「あかりちゃん?」
「花音お姉ちゃん。ちょっと耳貸して」
「う、うん」
私はあかりちゃんに体を寄せて耳を顔に近づける。他の人に聞かれたくないことなんだろう。
手を筒のようにして声を抑えようとして、ヒソヒソ話をはじめる。
「夜遅くにね、こころお姉ちゃんがあかりの病室に来てくれたんだ。他の人に聞いたり話しちゃダメだからね」
周りが心配になって目で周囲を見渡す、誰かが私達に近づいてくる気配はない。
「……もしかして面会終了時間かな? 病院から追い出されなかったの?」
説明文や注意書きなど、読まない聞かない自由気ままなこころちゃん。
そのため、夜遅くに学園に残ることやライブスタジオの観客席飛び込み禁止など、公共のルールを無視する困った面もあった。
本人に悪気はなく指摘すれば直してくれる。
けれど、微調整が苦手らしくて直らないことも多々あるし忘れる。
そんな彼女でもこころちゃんらしくて好きだった。
「うん、こっそり静かに来てくれたから」
「大人しいこころちゃん……想像つかないかな、病院に来た時のこころちゃん知ってるよね」
「知ってるけど大人っぽくなるときないの?」
こころちゃんは時折大切なことを言うけど無邪気な娘。
それと、美咲ちゃんから「こころより保育園の子供の方がまだ大人しい」と愚痴を聞かされたこともあるほどだ。
なのに、あかりちゃんから年下のファンが薫さんに憧れるような、年上に対する憧れに似たような様子を感じる。
二人の年齢は離れているけれど、こころちゃんのイメージに合わなかった。
「全然ない、いつもお転婆なお嬢様かな? もう少し詳しく教えて欲しいよ」
「う、う~……うん、話すよ」
「ありがとう」
私達は周りを気にして、看護婦さんが見える範囲でもう少し離れた場所に移動した。
ちょっとした失言で秘密を話すあかりちゃんが可哀想だけど、大切な友達の関する知らない話というのはちょっと楽しみだった。
「あかりね、リハビリ始めたんだけど歩く練習が全然上手くできなかったの。病院のみんなはそんなことないよって言うけど初めてのことだからわかんないんだ」
「それでね。病院のベッドに戻ると悔しくて悲しくなるんだ。あかりのペースでやればいいって頭で分かっているんだけどね、どうしてもそうなっちゃうの」
「でね、病院の部屋が暗くなって、眠れなくて窓の外を見ながら寂しいなーって思ってた。でも、外を見ると余計寂しくなっちゃって目を瞑ったんだ」
「そしたらね、窓のところから声がしたの。目、開けるとね。こころお姉ちゃんがにこにこーって優しく笑って、こんばんはって小さな声で挨拶してきたの」
「あかり、とっても驚いちゃって体が冷えちゃったよ。そのあとは……ちょっと秘密。おまじないしてくれて添い寝してもらったかな」
「朝起きたらこころお姉ちゃんいなくて寂しかったけど、その日のリハビリでいっぱい歩けるようになったから嬉しかったなぁ」
見廻りの看護婦さんに見つからずに、どうやって帰ったのだろう。
病院の人に黙って泊まったのは本当はイケないことだけど、こうやってあかりちゃんが幸せそうに笑うんだから他の人に黙っていることにした。
「そっか。それは嬉しいことだね」
「うん! あ、はぐみちゃんには特に話しちゃダメだよ。絶対マネしようとするから」
はぐみちゃんがこころちゃんと張り合っても、あかりちゃんの機嫌悪くなるかもしれなく、そもそも秘密の話。
「この話は心の中にに仕舞っておくよ」
「お願いね!」
私達はこの場所を離れ看護婦さんに合流したあと、病室で私はこころちゃんのことを、あかりちゃんははぐみちゃんの話題で話し込んだ。
日が傾き夕方だ。そろそろ帰ろうとあかりちゃんに声をかける。
「私はそろそろ帰るよ。今度はみんなで来るね」
「花音お姉ちゃん、今日は来てくれてありがとう。たくさんお話できて嬉しかったよ」
手を軽く振って病室を出る。私は病院をあとにした
病院からの帰宅中、金髪の髪をなびかせ走るこころちゃんを見かける。
何しているんだろうと見ていると、速度を落として立ち止まる。離れた場所でも私に気づいたようで、片手を挙げて大きく振ってきた。
私も気づいたよと手を大きめに振った。
けれど、頷いてから後ろを一瞥すると再び走ってしまった。
こころちゃんが一瞥した方向を確認したけれど、誰もいない。
立ち止まったまま待ってみたけれど何も起こらなかった。
いつもと変わらない不思議な行動。家の用事が終わって、楽しいことを見つけてそれの最中なのだろう。
思い出した時にでも聞けばいいと思って家に帰宅した。