夕暮れに滴る朱   作:古闇

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十九話.異常

 

 

 

 まどろみから目覚め、大きな天蓋付きのベッドから見える水色の部屋の辺りは明るい。

 

 

 「…………んぁ? ここは……こころちゃんが隣にいるから……こころちゃんの部屋だよね? いつの間に部屋に戻ってきたんだろう……」

 

 

 肩までに掛かっているシーツをずらして身体を起こした。

 

 身体が生まれ変わったかのような気分だけど、まだ少し意識がハッキリしない。

 昨日どうやってこころちゃんの部屋に戻ってきたのか思い出そうと、頭を働かせる。

 

 

(こころちゃんに朱い泉に連れられて、身体を清めて、遊んで……それで――ぴぃっ!?)

 

 

 足をもつらせて泉で溺れたような気がする、曖昧な記憶を思い出そうとすると頭痛がした。

 

 

(うぅ~? 思い出そうとすると頭がずぎずき痛む……また後で思い出せばいいよね)

 

 

 たぶん、泉で溺れて意識を失ってしまったんだろう。はしゃぎすぎてしまい迷惑をかけてしまって、ちょっとだけ自己嫌悪。

 アンナさんにしたように、こころちゃんは私をここまで運んでくれたのだと思う。

 

 自身の身体を確認すれば、裸で意識を失ったのに乳白色のナイトドレスを着ている。私が持っていない寝間着だからこころちゃんのかもしれない。

 部屋の空気は暖かいけど、時計がないから気を失ってからどのくらい寝ていたのかわからない。とりあえず自分の客室の戻ろう。

 

 私の方を向いて横で寝ているこころちゃんを起こさないように、こころちゃんの動きを確認しながら、ゆっくり身体を動かしベットから出ようとする。

 

 

(起こさないよう静かにしないと……あれ?)

 

 

 枕元にあるこころちゃんの手からどうしても目が逸らせない。

 

 

――――……綺麗な手

 

 

 何となしにそう思った。

 

 一度意識すると、固定されたようにその場から動けなかった。

 こころちゃんの手を見続けていると自身の身体が熱っぽくなることがわかる。

 

 なぜか生唾を飲み込んだ。

 

 早くベットから抜け出そう、でないと私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――コンコンコン………………ガチャッ

 

 

「失礼するよ。こんにちは、麗しの乙女達、シエスタの寛ぎもいいけれど輝く太陽が天頂を通過してしまってね。そろそろお腹の虫も鳴いていると思うのだが――花音?」

 

 

 どこからか音がした気がする

 

 

……ぴちゃ……ぴちゃ……

 

 

「花音、……花音!」 

 

 

 今は目の前の指を舐めるので忙しい、誰かが私を呼んでいるけどどうでもよかった。

 

 

……ぺちゃ……ぴちゃ……はぁ……

 

 

「ふむ、熱中するのはいいことだろうけれど、これは実に頂けない」

 

 

ピュゥ~~~~~~~~~~~~~~~~イッ!!

 

 

「ふえ? …………ぁ」

 

 

 甲高い口笛が鳴って、音がしたそちらを振り向く、執事服を着ている眉を吊上げた薫さんが軽く腕を組んで立っていた。

 

 

「私も流石に物申したい時があってね。いいかな? 花音」

 

 

 薫さんの鋭い気迫に押されて、私の顔が青くなっていくのがわかった。

 

 こころちゃんの片手全体が私の唾液で濡れている。なぜ、自分がこんなことをしたのかがわからない、少しずつ自分がしでかした行為に自覚が芽生える。

 

 

「あ、ぅ……その、これは…………ですね……」

 

「君の性癖にとやかく言うつもりはないよ。しかし、相手の同意は求めるべきだと思わないかい?」

 

 

 普段の洒落た雰囲気はなく抑揚のない感情が抜けた声だった、とても怒っているのだろう。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 今の薫さんに言い訳や誤魔化しが通用するとは思えず、私は涙ぐみながら顔を見て素直に謝る。

 

 薫さんの表情が和らいだ。

 

 けれど私は羞恥と罪悪感でいっぱいだった。

 

 

「いや、私の方もつい冷たい言い方になってしまったね……すまない。部屋を出た私は何も見ていないし知らないな、だが理由を言わずとも謝罪はこころに伝えて欲しい。よろしく頼むよ」

 

「……はい……わかりました」

 

 

 私はせめて、薫さんとの目線は逸らさなかった。

 

 薫さんは理由を聞かずに黙ってくれるのだろう。黙るから、やってしまった行為の責任はとって欲しいと感じる。

 

 

「これで私はお暇しよう。ああ、そうだ、食事の準備はできているからいつでも降りておいで……では」

 

 

 薫さんはこころちゃんに向かって左手を前にして胸に当てる、右手は後ろにまわし礼をした。私には左手を腹部に当て礼をして静かに退室していった。

 

 

「こ、怖かった……薫さんも怒った顔もするんだね……」

 

 

 ひとまず、肩を落とし胸を撫で下ろす。

 

 薫さんは顔が整っていて発音もよく、声が出ているから怒鳴られるより怖かった。

 私はこれからこころちゃんが起きるまでに、どう謝ればいいのか考えなければいけない。

 

 

「それは貴女のためよ。薫は見た目ほど怒っていないわ、ああして怒っていなかったら、花音は続けていたでしょう?」

 

 

 考える時間はなかったらしい、私は罪人のように声がしたほうに顔を向けた。

 こころちゃんは寝た姿勢のまま、顔を少し動かし私を見ている。

 

 

「……い、いつから……起きてたの……?」

 

「あんなことを続けられていて起きないほど鈍感じゃないわ」

 

「ご、ごめんね……こころちゃんの……手を見てたら、綺麗だなって……わけわかんなくなって……わ、たし……」

 

 

 私は感情の高ぶりを抑えきれず泣いた。

 

 こころちゃんに大切な人だからと特別な場所に連れて行って貰って、楽しみ、迷惑を掛けたあとのあの行為はこころちゃんへの裏切りだろうし傍目から見れば気持ち悪いと思う。

 

 

「泣いてもいいけど、償って欲しいな」

 

「……する。なにができるかわからないけど、償うから……」

 

 

 嫌われたくなくて何をされるのかを考えず、余裕も無かった。

 

 

「だから……きゃぁっ!?」

 

 

 こころちゃんは片手で私の腕を掴むと強い力で引っ張る。私がよろめくと、反対の手で肩を掴かまれ押し倒された。

 

 

「……こ、こころちゃん?」

 

「許して、欲しいの?」

 

「……うん」

 

 

 先程まで起こった様子もなかったこころちゃんだけど、私の目の奥を探るように観察していて少し怖い。

 

 

「言葉にして、伝わりやすくね」

 

「許して欲しい……です」

 

 

 こころちゃんの表情は動かず、髪が私の顔にかかる。

 

 

「丁寧語はいらないわ、それと、いつものあたしの名前で呼んで?」

 

「こころちゃんに許して欲しいよ……」

 

 

 私がいつも通りの接し方をすると微笑を浮かべた。

 それから、目の前に唾液の半乾きした手を見せると、わずかに濡れている指を軽く舐めとる。

 

「……味、しないわね?」

 

「き、汚いよ……んぐっ!?」

 

 

 私は羞恥心で顔を背けるも、こころちゃんが自身で舐めた指ごと二本の指で私の口の中に無理矢理捻り込む。

 

 

「嬉しいでしょ? ……力を抜いて、花音は悪い魔女に食べられるの。今からすることはあたし達だけの秘密だから……ね?」

 

 

 こころちゃんは私の耳元で優しく囁いた。

 

 私は時間を忘れ、自分でも聞いたことがない甘い声で呻き、身も心も溶かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~隠し事~~~

 

 

「やぁ、すっかり夜遅くなったね。こころのお義父さんが花音の親にお詫びの連絡をしたよ。マイフェアリー……浮かない顔だね、何があったか聞かせてくれるかい?」

 

「花音が全く抵抗しなかったのよ」

 

「花音はこころのことを好いているからさ」

 

「友人としてね、恋愛感情はなかったはずよ」

 

「随分と長かったね、こころの部屋はあの仕様だから声は全く聞こえないがね」

 

「拷問まがいのこともしたのよ、なのに花音は受け入れた……心すら以前のままではないでしょうね」

 

「…………禊の泉にそんな効力なかったと思ったんだが、私の勘違いかい?」

 

「言わなかったもの、身体的恩恵とこちらに不利にならない程度の軽い暗示で済ませるはずだったのに……」

 

「聞いても?」

 

「溺れたのよ、あの紅い方に」

 

「それなら発狂程度で済んだはずでは?」

 

「もちろんしたわ、血を求め狂うくらいに」

 

「……それはなんとも都合の悪い……言い方は悪くなるがそれだけだろう?」

 

「そうね、でも悪い方へと転ばせてしまった……気づいた?」

 

「京都の方で多少は成り行きを見てきたからね、なんとなく程度、さ」

 

「花音は全くと言っていいほど心の抵抗がなくて、あたしを受け入れてしまって……憑依体になったわ」

 

「……それは……酷く…………珍しいね、こころは誰かと契約する素振りはなかったと思ったんだが」

 

「あたしのことを強く想ってくれる素直な生贄よ、花音の方から捧げにきたの……想いが弱くなってから連れて行くべきだったわね。これで叔父様達の文句を言い難くなったわ」

 

「……それにしても花音はよく人の形を保ってられたね……正直信じられなかったよ」

 

「あたしで満たしているの、しばらくは正常と、思う……」

 

「自信なさそうだね、これまた珍しいよ……儚いね」

 

「どうしようかな……」

 

「花音の友人としては、なにもせずにそのままにして欲しくはないな。どういう結末になるかわかっているんだろう?」

 

「碌な未来しか浮かばないわね」

 

「可哀想に、これで君に縋って生きるしかなくなった」

 

「バレない程度に振る舞うわ…………友達でいたかったな」

 

「美咲くらいか、安心して見ていられるのは」

 

「薫、貴女もよ?」

 

「定命とは辛いね……なんて、儚い」

 

「癖ね、それ」

 

「こちら側に身を置いていればいいたくもなるさ」

 

「辞めてもいいのよ?」

 

「まさか! 感謝しているしこのままがいいよ」

 

「その優しさを千聖に見せればいいじゃない、演劇断られたんでしょ?」

 

「あれはあれで愉快だね」

 

「王子じゃなくて魔王ね」

 

「そんなことよりどうするんだい? 花音と伯父達のこと」

 

「そんなことでもないわ、千聖の問題は」

 

「そんなことさ、友人でない方の私としては、ね。付け加えるならば、全てを見捨ててくれれば私達は安心するんだ」

 

「相変わらず過保護ね」

 

「休暇のつもりでこちらに来たんだろう? 煩わしいのに関わって欲しくはないよ」

 

「貴女も入っているわ」

 

「それを含めて、さ。私はもどきだが、ほとんどはそういった人種だ」

 

「みんなを笑顔にしたいわ」

 

「みんな、ね……細事など気にならない存在じゃないか」

 

「言い方変えるわね、あたしは貴女達が巣立つまで頑張りたい」

 

「兄伯父には勝てないのに? 弟ですら危うい、この身を賭してでもこころを向こうに戻したいよ」

 

「その前に終わらせるわ」

 

「なら、約束してくれ」

 

「……それなりにいるわね。貴女、警備はどうしたの」

 

「十分にしているさ。マイフェアリー、こころ。……若輩ながら私が代表して言わせてもらう」

 

「……なに?」

 

「阻止に失敗したならこちらのものを全て捨てて逃げてくれ、この通り心からのお願いだ……」

 

 

 

――――そんな細事 あたしが気にするとでも?

 

 

 

 


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