夕暮れに滴る朱   作:古闇

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夜のない国のイメージから、長いです。


一八話.発症

 

 

 

「二人共、そろそろお開きにしましょ。休日に入って時間はあるのだし、続きはまた明日ね」

 

 

 こころちゃんが両手で叩いて終わりの合図をする。

 お話は翌日に持ち越し事になった。

 

 この部屋には時計がないから時間がわからないけれど、遅い時間なのだろう。

 私の携帯はお泊りバックに入って、バックはこころちゃんの家の人に預けたままだから今の手持ちになかった。

 

 私はソファーから立ち上がって伸びをし、薫さんソファーに背を預け、こころちゃんも立ち上がる。

 こころちゃんは青灰色のソファーから衣装棚の前に移動して、中から白いガウンを羽織って、薫さんに話しかける。

 

 

「薫、花音を禊の泉に連れて行くから手伝って欲しいの」

 

「今からかい? 承知した」

 

 

 薫さんはその場で頷き、ソファーから立ち上がる。

 

 

「えっと、禊ってお寺の修行とかである洗い清めのことだよね」

 

 

 ソファーから離れ、私はこころちゃんの方を向いて問いかけた。

 

 身に罪や穢れのある人や神事に従事しようとする人が、川や海の水で身体を洗い清めを行う禊。

 

 

「そうね、お風呂代わりに入浴して欲しいのよ、水は温かいから安心してね」

 

「いいけど、普段使ってる入浴セットとか持っていってもいい?」

 

 

 禊って桶に入った冷たい水を身体に掛けて清める行為しか知らない。

 温かい水でお風呂代わりとか言われると神聖な神社の泉から、湧き出している天然温泉なイメージを思い浮かべた。

 

 確かこころちゃんの家って東京なのに天然温泉があるからそれなのかもしれない。

 

 

「ごめんなさい、こちらで準備した物でお願いするわ。持ち込んだ入浴道具や消耗品は持って行かないでね」

 

「そっか、わかったよ。ちょっとを着替えを取ってくるね」

 

 

 入浴セットはダメなんだ、普通の温泉に入るんじゃないっぽい。

 

 入浴セットもバックの中にあって、お家の人に預けたバックはゲストルームに移動してもらっているはず。

 脱いだ下着類は繰り返し履きたくないから取りにいかないと。

 

 

「ええ、花音は準備できたならあたしの部屋に戻ってきてね」

 

「ふぇっ? き、着付け……?」 

 

「そう、着付けよ。神社の禊だって裸でする人はいないでしょ? その禊に大切な人を連れて行くことは一度っきりと決めていてね、薫はもう入浴を済ませているわ」

 

「そうだね、もう一度連れて行って貰いたいくらいに素晴らしい経験だったよ」

 

 

 私の近くに立つ薫さんを一瞥すれば、頷いて穏やかに笑っていた。いい思い出なんだろう。

 

 

「薫さんは一緒にこないんだね」

 

 

 三人で温泉に入ると思っていたから、ちょっと残念。

 

 

「着付けの手伝いはするけれど、そこから先は行かないよ」

 

「薫、ありがとうね」

 

「大丈夫さ、こころ。君の真意は理解しようと努めているよ」

 

 

 こころちゃんは薫さんにお礼を言い、薫さんは片膝をついて左手を胸に右の手の平を差し出してそんなことはないと顔を振る。私はちょっと疎外感で寂しく思った。

 そのあと、こころちゃんは薫さんに手でこっちに来てと合図を送り、薫さんがこころちゃんの元へ歩み寄る。

 

 薫さんの耳元で呟き、薫さんは頷いて部屋から出ていった。

 

 薫さんが部屋から出たことを合図に、私は着替えの準備をしに自分に宛てがわれたゲストルームに向かった。

 

 千聖ちゃんの家でお泊りには慣れているのでお着替えセットを持ってこころちゃんの部屋へと戻る。

 すると、私達が話をした場所のテーブルにクラゲの水槽が置いてあった。

 

 まだ薫さんの方で準備が掛かるらしく、待機している間にこころちゃんが天蓋付きのベッドの横にある小さい白いテーブルから青いリボンの付いた銀色のベルを鳴らす。

 小さいはずのそれは部屋中に静かに響き、お手伝いさんが運んできてくれた飲み物で喉を潤しながらクラゲの鑑賞を楽しむ。

 

 ちびちびと飲み物を飲んでいると、部屋の出入り口からノック音がした。

 

 こころちゃんが返事をして、扉が開き、先ほどとは別のお手伝いさんが禊の準備ができたと話す。

 私だけ着替えを持って、お手伝いさんに案内されるまま部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上階にあるこころちゃんの部屋を出て階段を下り、一階中央の裏口から渡り廊下に出て、黒服の人が守るかのように佇む小さな建物に入った。

 内部は明かりの付いた建物で、巨大な鏡が立てかけられていて、別のお手伝いさんが待機している。

 

 建物で私達を待っていただろうお手伝いさんがこの建物の扉を閉め、案内をしているお手伝いさんはそのまま鏡に入っていった。

 

 そのファンタジーな光景に驚いて私は足を止める。

 

 こころちゃんが足を止めた私に気づいて、人を安心させるような表情で私の手を取って歩みを進める。

 私はこころちゃんのあとに続いて鏡の中へ入っていった。

 

 鏡の向こうは白い石でできた建造物の中だった。

 

 空の見える外は明るく、日中のように感じる。

 自分がどこにいるかわからないけど、こころちゃんに手を引かれるがままについていく。

 

 下の階に下りる入り口があり、大きな階段を下り続け、階段が終わり通路を歩く。

 両扉の前に辿り着くとお手伝いさんは扉を開けて、扉の横に立ち、頭を下げて礼の姿勢のまま動かなかった。

 

 私達が部屋に入ると扉が閉められる。部屋は乳白色で造られていて部屋の中央には二つの白い台座が置かれていた。

 

 

「ここで服を脱いでね」

 

 

 こころちゃんは私の手を離して、石でできた白い台座を手で示す。

 

 

「……こころちゃん」

 

「何かしら?」

 

 

 途中から何も考えずに連れられてきたけど、思ったことを口に出す。

 

 

「ここって何処なんだろう?」

 

「秘密よ、花音を連れてここに来ることは無いだろうから雰囲気を楽しんでいってね」

 

「う、うん……」

 

 

 雰囲気を楽しんでって言うけど、温泉に入るくらいしか考えてなかったから少し混乱してる。 

 こころちゃんが白い台座に近づき、自身が着ている服をパサリと脱ぐ。

 

 私もこころちゃんに倣って台座に近づき服を脱いだ。お着替えセットは脱いだ服と分けるようにして台の上に置く。

 

 窓のない部屋なのに、不思議と外のように空気は澄み静かな部屋。その中で、肌を擦る服と呼吸の音だけが聞こえる。

 脱いだ服は畳んで台座の上に置き、履き物は台座の横に添える。

 

 

「ふぅ、着替え慣れてない部屋だとちょっと恥ずかしいかも……」

 

 

 部屋の雰囲気のせいか、女の子同士なのにこころちゃんの横で服を脱ぐのが気恥ずかしくなって、腕をクロスさせて手で胸を隠してしまう。ちょっぴり頬が熱い。

 全裸にはなっているけど、ネックレスにした指輪だけは身につけている。

 

「花音、ありがとう」

 

 

 こころちゃんに名前を呼ばれて、なんだろうと横を向くとお日様のような笑顔でお礼を言われた。

 

 

「なんのことかな?」

 

「指輪を大事にしてくれているじゃない」

 

「うん! こころちゃんから貰った物だもん、大切にしてるよ」

 

 

 付け加えて言うなら、お出かけするときに迷子にならないことが楽しく、パニックになったときに指輪に触れていると安心するってこともある。

 言葉にして話してしまうと感謝の言葉が薄れそうだから先程の言葉だけ伝えた。

 

 迷子になるの可愛いよねっていう友達もいるけど、行きたい所には時間がかかるし、人に迷惑をかけたりで負の感情が積もるから何処がいいのだろうと思う。

 パニックだけじゃなく、嫌なことがあったときでも指輪に触れていると心が落ち着く。だから自然と指輪に触れる回数が増え、依存していく自覚があった。

 

 実のところ薫さんに釘を刺されるまでもなく、私は肌身離さず指輪を持っていた。もし、私を守ってくれるという指輪を手放したときに何かあったらと考えると手放せなくなったからだ。

 そして、薫さんにあんな贈り物の話を聞かされてしまったら人に見せられず、貸せない。

 

 

「大切にしてくれて嬉しいわ、でも指輪も置いていってね」

 

「え? う、うん……わかったよ」

 

 

 この場所はこころちゃんのテリトリー内だとわかるから、素直に指輪を台座に置いた。

 ちょっぴり指輪が気になるけど、意識しなければ気にならない程度ではある。

 

 

「薫が準備して待っているから隣の部屋にいきましょ」

 

「はい!」

 

 

 乳白色の部屋を出ると、そこは大きな衣裳部屋があった。

 正面には衣装を着たマネキンが二つと、髪色に似合ったドレスを着た薫さんが待っていた。珍しく女性物を身に纏っていたから、一瞬だけ薫さんが誰かわからなかった。

 

 

「やぁ、来たね、こころと花嫁の乙女。着付けの準備は終わっているよ」

 

 

 普段の薫さんとは違う女性らしさがあった。この姿で登校すると王子様でなくお姉様と呼ばれるかもしれない。

 

 

「花嫁って…………ま、まさか、この衣装を着るんですか……!?」

 

「もちろんさ!」

 

 

 これ見よがしにとても恥ずかしい衣装を着たマネキンがあるけど、本当に着るなんて考えもしなかった。

 

 衣装は、私が七夕で着た星の織姫をモチーフにデザインや装飾を弄って、裾の短いドレスに仕上げた透けた白いレースの衣装だった。

 たぶん裸より恥ずかしい格好で、もう一つは彦星をモチーフにしている。

 

 

「花音を連れて行くならこの衣装だとこころが決めていたからね、そうだろう?」

 

 

 薫さんはこころちゃんの顔を見て問いかけた。

 

 

「ええ、花音のために用意した衣装なの……着てくれる?」

 

 

 いつもより声の調子を落として私の顔を伺って聞いてくる。

 

 私のために用意されたとはいえ普段なら着ないであろう、煽情的な衣装。素直に逃げたい。

 

 

「……こころちゃんは着てほしいんだよね?」

 

 

 こころちゃんは黙って頷いて私を待つ。

 

 変わるキッカケをくれた恩返しをする機会で、二人の女の子にしか見せないんだからいいだろう。

 私は意を決した。

 

 

「……えっと、その……は、恥ずかしいけど……が、頑張って着るよ……!」

 

 

 私はOKの許可を出した。許可したものの恥ずかしさはあるので、顔が朱色になる

 

 

「ありがとう! 嬉しいわ、花音!」

 

 

 喜び抱きつかれて素肌が触れ合い熱を持つ。

 

 それから着付けがはじまった。

 

 こころちゃんに見守られる中、私は大きな鏡の前に立たされ、薫さんが慣れた手つきで着付けを行う。

 大きな鏡に映る自分が衣装に、飾りとケーキのように付け足されていく。軽く目を背けても大きな鏡のために自分の姿が見て取れ、格好を意識してしまって恥ずかしい。

 

 

「綺麗よ、花音」

 

「儚くて美しい……顔を背けず、自分に自信を持つといいじゃないか、花音」

 

「は、恥ずかしいよぅ……あの、下着は……」

 

「ないわ!」「ないね」

 

「ふぇぇ……」

 

 

 タオルで軽く顔の汚れを落とされ、化粧や頭に飾り付けされた姿で二人の前に立った。

 

 

「薫、任せるわ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 私と入れ替わって、こころちゃんの着付けがはじまる。

 

 二人の短い会話のやり取り、こころちゃんの薫さんへの信頼。以前でも感じたこと、バンドの結成時より前に二人はお互いのことを知っているのだろう。

 もしかすると、学生時代とは違うこころちゃんを知っているのかもしれない。  

 

 着付けが終わって、こころちゃんが私の横に並んで手を握り、薫さんが朱いリボンで離れないよう結ぶ。

 それから、薫さんが私の背後にまわり、目に白い帯のようなものが迫って視界を塞がれた。

 

 

「えっ? く、暗いですよ……?」

 

 

 目の前が真っ暗で少し不安になる。

 

 

「しっかり手を握ってね、ゆっくり歩くから行きましょう。薫、ありがとうね」

 

「私の方は自由に過ごさせて頂くよ。では、花音……ヴァージン・ロードを楽しんできてくれ」

 

 

 何処からか扉が鈍く開くと室内に冷たい風が染み込んでくる。私はこころちゃんに手を引かれてゆっくりと歩き始めた。

 

 目を隠して歩いていると、普段から視覚頼って生活していることがわかる。自分の位置が確認できないため、平行に歩いている気がしなかった。

 

 衣裳部屋から出たのだろう、寒さが肌を撫でる。私はこころちゃんの手の温かさを頼りに私は進んだ。

 

 

「しばらく歩くからその間はお話しましょ、答えられないこともあるけど質問があるなら聞くわ」

 

「……う、うん!」

 

 

 歩いていることに集中して、少し返事が遅れた。

 考えながら歩くことは怖いけど、転んでもフォローしてくれると信じて思考する。

 

 

「宮殿みたいな建物でお着替えしたんだけど、こころちゃんってお姫様なのかな?」

 

「残念、お嬢様ね」

 

「豪華客船を自由に使えるって一般的なお嬢様じゃない気がするよ」

 

「……(貢物だし)」

 

「ごめんね、聴こえなかった……」

 

「いえ、ないでもないわ」

 

「そ、そう?」

 

「そうよ」

 

(財閥の娘だから普通なのかな……よくわからないや)

 

 

 

「こころちゃんから貰った指輪のことなんだけど、私を守ってくれるって具体的にはどんなことからなんだろう?」

 

「……気になるわよね」

 

「……う、うん」

 

「ちょっと困ったわね」

 

「……意地悪は嫌だよ?」

 

「花音の自立的な意味合いで、それを頼りにされても困るのよ」

 

「私って、そんなに子供じゃないよ?」

 

「花音に失礼だったわね、ごめんなさい。指輪の持つ力なんだけど……迷子にならない、他者の憑依や加護を弾く、物理的被害の軽減、それに心の保護ね」

 

「心の保護?」

 

「花音の精神に関することだわ。誘惑だったり、ストレスだったり、混乱などを和らげるの。でもそれって、自分で我慢しないで指輪の力に頼ってしまうことなのよね。もし指輪に手で触れる回数が増えたのなら、注意してね」

 

「大丈夫だよ、そんなに子供じゃないから……」

 

「ええ、頑張って」

 

(指輪に依存しはじめているんだよね……気をつけよう)

 

 

 

「こころちゃんは学生でいる間に海外に移り住んだりしないよね?」

 

「アンナの言うお父様のことが気になるのね」

 

「う、うん……(……母なのに、どうしてもお父様なんだ)」

 

「お父様の元へ戻らないつもりで慣れ親しんだ住処を離れたの、だから安心してね」

 

「それは嬉しいけど、こころちゃんの言うお父様が女の人になったんだよね、お母さんは止めなかったの?」

 

「母に当たる人は元からいないわ」

 

「……え?」

 

「お父様から生まれたの」

 

「えぇっ!?」

 

「もっと言えば、お父様と祖父の娘かしら? お父様の妹にもなるわね」

 

「わ、わけわからないよぉっ」

 

「そのお父様なんだけど、まず花の形を想像してみて……それで花が咲き開いた中央を女性の形をした人したなら、あたしのお父様になるわ」

 

「……童話で出てきそうな……お花の妖精さん……でいいかな……」

 

「ええ、その妖精さんに色々あってあたしが生まれるの、植物でなく人の形でね」

 

「あっ、絵本や童話でありそうでいいね……あれ? もしかしなくても、こころちゃんって植物の妖精さんになるのよね」

 

「その解釈でもいいと思うわ。だから、普通の人にない力が備わっているのよ」

 

「……妖精さん……うん、素敵に思えたよ」

 

(こころちゃんの親の人は父であり、母でもある……こ、これでいいよね)

 

 

 

「こころちゃんって私より年上だよね」

 

「そうね」

 

「ね、年齢って聞いてもいいかな?」

 

「年齢ね、少なくとも地球上に残っている植物よりは年上よ」

 

「ごめんね? ちょっと実感の湧かない年齢だったよ……」

 

「湧いてしまったなら、あたしが驚いていたところだわ」

 

「そうだよね……」

 

(樹齢一〇〇〇年を超える植物があるって聞くからそれ以上かな……全然そうは見えないよ)

 

 

 

「天文部ってこころちゃんだけだよね、秘密のお話をするためにつくったのかな?」

 

「それもあるわ、学園でこういったお話をするときは花音をそちらに呼ぶわね。あとは、知り合いと交信するためよ、天文部に入っている方が違和感ないのだし」

 

「……交信って宇宙人みたいだよ」

 

「だって、宇宙人だもの」

 

「さ、流石にその返答は予想外……」

 

「話したとしても信じる人はそうそういないから大丈夫よ、ちなみあたしは火星生まれでアンナは地球生まれね」

 

「火星に人っているんだ……」

 

「あたしと違って人間の見た目はしてないのよ、蛸だったり巨人だったりね。あたしが人間の見た目をしているのはお父様が望んだからだけど、祖父も原因の一因ね、理由は伏せるわ」

 

「そっか……交信は誰としているか聞いてもいい?」

 

「蛸と蝿ね。半兄弟なのに仲が悪いのよ」

 

「そ、そうなんだ、意外かな……?」

 

「そうなの?」

 

「……だと思う、次のお話したいな!」

 

「ええ、どうぞ」

 

(蛸と蝿って生物的に違うよ……半兄弟……駄目、想像つかない……もしかして、その人達の喧嘩を仲裁とかじゃないよね……植物でもないし、妖精さんでもないし……)

 

 

 

「アンナさんの言う兄弟喧嘩は話し合いで止められないのかな……」

 

「話を蒸し返すことになるけど、先程の蛸と蝿の喧嘩よ、もちろん人の姿から程遠いわ」

 

「えぇ……本当にその人達なの? アンナさんの言う住む世界が違うって今理解したよ。その二人? だから人の価値観が通用しないんだね……私、こころちゃんに協力するって言ったのにお手伝いできるのかな……」

 

「あるわ。花音はあたしのことを妖精と言ってくれたじゃない、それはあたしにとってとても嬉しいことなのよ?」

 

「だって、そうとしか思えないもん」

 

「そう思わない人もいるの。考えを変えると力を持った妖精で人間じゃない化物だわ、そしてそのことを国に隠してないの、あたし達の住む町であたしのことを監視する人間は幾人かいるわ」

 

「こころちゃんはいい人なのに……」

 

「それでもよ。そういうこともあって、趣味の楽しいこと探しをしながら、あたしはここですよーって活動しているの、目立って分かりやすいでしょ?」

 

「派手だよね、街中で目立つもん」

 

「話を戻すわね。相手は潜入捜査などのプロだから花音は詳しく知る必要はないわ、花音にして欲しいことはあたしの指示する少女達と仲良くなって欲しいのよ。友達を増やして仲を深めるってことね」

 

「うん、頑張っちゃうよ」

 

「そうすることであたしは自分を守りやすくなるし、その人物に関わりやすくなるからお願いね、仲良くなって欲しい人はまた今度教えるわ」

 

(こころちゃんの目標って世界中を笑顔にすることだからその人達になにかあるのかもしれないよね)

 

 

 

「いぉまぐぬっとさんのことなんだけど、こころちゃんはその人も笑顔にしたいのかな」

 

「願っているわ、イォマグヌットを笑顔にすることは簡単だわ、でもその分大勢の人が不幸になるから彼女の願いは聞けないのよね」

 

「人間の人じゃないよね……」

 

「人間じゃないわ、彼女に関しても今すぐどうこうできないの、ごめんなさい」

 

「こころちゃんが謝ることじゃないよ」

 

「言葉の捉え方はその人それぞれ。だけれど、世界中を笑顔に、と期待させるようなことを言っているのは確かだわ」

 

「私は身近な人が笑顔なだけで十分だよ」

 

「ありがとう、花音」

 

「うん」

 

「……そろそろ到着よ」

 

 

 少ししてこころちゃんが歩みを緩め立ち止まり、私も歩く速度が落ちたことですぐに足を止める。

 

 禊の泉についたようで、手のリボンが擦れる感触がしてこころちゃんとの手が離れる。ずっと握っていたから絆が切れたような想いがして寂しくなった。

 目を塞いでいたモノも外され、急に視界が戻って眩しい。私は目を細めた。

 

 広さはこころちゃんの豪邸の敷地以上ある、目の前の空間は赤と白のグラデーションだった。

 胎動するかのように全体的に白い植物が灯り、地面や壁や高層ビルほどの天上は白灰色の植物で覆われ、草木も白く、あちらこちら白い石の柱があり柱には紅い蔓が巻き付き雄しべが紅い白百合の花が咲いている。

 中央には広大な朱い泉があり、泉にも同じような柱が幾つもあった。空間の微妙な暑さが身体に纏わりつき、私の知らない良い香りで満たされている。

 

 

「…………ふぇぇっ」

 

「どうしたの、花音?」

 

「泉が真っ赤で怖いよ……柱やお花は全部真っ白だし」

 

「泉は鉄分を含んでいるから朱いのは当然ね、身体に悪いものではないわ」

 

 

 私の身体は竦んでしまう。

 まるで食虫植物の中にでも入った気分で、幻想的かもしれないけど不気味だった。地面の白い植物は生きているかのように弾力がある

 

 

「それがいいのよ、はい、お手をどうぞ」

 

「絶対、離さないでね……!」

 

 

 こころちゃんは微笑を浮かべ手を差し出す、怖い感じがするけど私は恐る恐る手を掴んだ。

 

 泉の水辺まで近寄ると朱く透き通っているけど血のような色で怖かった、匂いが濃くなる。死体が浮いてそうと想像したら余計怖くなった。

 

 こころちゃんは気にせずに泉に入り、私も手を引かれたまま続いた。

 

 

「うぅ、生温かい……」

 

「けれどいい匂いでしょう?」

 

「で、でも、噎せ返りそうなくらい濃いよ……鼻が効かなくなりそう」

 

 

 足に浸かり膝の高さまで泉を進む、先にこころちゃんの衣装が朱く染まり、私の衣装も朱く染まっていく。

 衣装が朱くなるにつれて私の背中がぞわぞわする。

 

 

「……この泉深そう」

 

「中央の深いところだと花音の身長でも全身浸かるから気をつけてね」

 

 

 このまま泉に沈むとかないよね、と少しずつ私は緊張してきた。

 

 水位が私の腰辺りまで来ると、こころちゃんは泉を進むのを止め振り返る。

 

 

「この辺りでいいかも。中央は水が湧いていてね、行けば行くほど色が濃くなるし深いわ」

 

 

 信じてはいるけれどようやく歩みをやめたことに安心した。

 

 

「はい、肩まで浸かって」

 

「ま、待って! ごめん、怖いよ……」

 

 

 私はいきなり朱い水に肩まで浸かるのが怖くて静止をかける。こころちゃんは思案顔になった。

 

 

「……頭に水を掛けるわ」

 

「そ、それなら……」

 

 

 朱い水を両手で掬って私の頭にかける。目に水が入りそうになるけど、恐怖心があって目を閉じれなかった。

 

 髪に水分が含まれ頭が重くなってくる、何度も繰り返し朱い水をかけられ慣れてきた。

 恐怖心が薄まってきて肩まで浸かることができると話し、一緒に肩まで浸かった。 

 

 

「ほんとに入浴だけなんだね」

 

「人にもよるわね、あたしはこれが好き」

 

 

 恐怖心がばかりがあって気づかなかったけど慣れてくればこれはこれでいいように思った。身体に温かさがじんわりとしみる。

 

 

「陸に上がって衣装を脱いで、体をこすってもいいかな? 少し洗いたいよ」

 

 

 入浴道具は持ってこれなかったけど一日の内に身体を洗えないと辛いから、洗いたい。

 

 

「ええ、一度上がりましょうか」

 

 

 こころちゃんは頷いて許可をくれて、一緒に泉をあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は衣装を水辺に脱ぎ捨て浅瀬で身体を洗う、もうすっかり朱い水にも慣れた。

 

 

「体がスッとするね、気持ちが良いよ……」

 

 

 色は朱いけど浅瀬の下が判る程度には透き通り、水のように粘度がないので普通に身体を洗えた。

 髪に含んだ水分を落とそうと手で髪を撫で、朱い水が滴り落ちる。

 

 

「花音、息止めてね?」

 

「う、うん。……ゎぷっ!? こころちゃんっ!」

 

 

 こころちゃんに言われて息を止めると、笑いながら両手で水を掬って私の顔に勢い良く掛けた。

 

 

「水掛しましょっ! 先に参ったと言った方が負けね!」

 

「っ! ……もう、こころちゃんには負けないからっ!」

 

 

 私は自身の顔を守っているのに遠慮なくかけ続けられた、そっちがその気ならと私も応戦して水遊びがはじまる。

 

 水掛けのあと、泳いだり、潜水したり、浮かんだり、柱があるからそれを使って隠れんぼしたり、追いかけたり、小腹が空いたら白い木になる赤い果実を食べて、また遊ぶ。夜になってからこちらに来たのに身体は疲れず不思議と活力が湧いた。

 

 私は時間を忘れて楽しんだ。そう、楽しみすぎてつい忘れていた。 

 

 

「花音そろそろ止まって!」

 

「えへへ~、嫌ですよ~。……ふぇっ!?」

 

 

 追いかけっこをしていて、私はこころちゃんの大声を無視して泉の中央へと逃げてしまった。

 色合いがだんだん深くなり粘度も高くなる。高い粘度で足をもつれさせた私はたたらを踏み、紅い泉の中へ沈んだ。

 

 

――っっぼぼぼぼぼぼっ――ぶぼぼぼぼぼぼっ……

 

 

(この泉深い……っ!)

 

 

 紅い水は濃く目に染みて開けられない、粘度のある水が私の口の中に入り込む。喉に絡みつき少し生臭い、飲んでも飲んでも私の口に入る粘度ある生臭い水が無くならずお腹に溜まった。

 

 私の周りから鈍い水音が響き、体を引きあげられる浮遊感を感じる。

 

 

「ふぅ、よかった……中央は深いっていったでしょ?」

 

「っけほ、だって……だってぇ……っ!」

 

 

 私は紅い水を吐き出し、溺れる体験をして身体を震わせた。

 こころちゃんに呆れららた声で私の顔についた張り付く髪を手で整える。

 

 

「今日の花音は泣き虫さんね」

 

 

 私は安心したくてこころちゃんに抱きついた、こころちゃんは私をあやすように背中を撫でる。

 

 震えが収まり、心が落ち着いてきた私は全身が熱を持ちはじめたことに気がついた。

 

 

「……」

 

「泉から上がりましょ」

 

 

 身体が焼けるように熱い、こころちゃんに抱きしめられ撫でられる背中の感触が気持ちいい。

 

 

「…………」

 

「花音、泉から上がるわ?」

 

 

 紅い水が喉に絡みつく感覚が気持ちいい、生臭くしょっぱいのに、今となってはいい匂いに思う。吐き出さなければよかったと。

 

 

「………………」

 

「……花音!」

 

 

 私はこころちゃんの顔を見て笑みを浮かべ、泉から出ようと冷静に言うこころちゃんにもこの気分を味わって貰いたくて泉に引きづり込むかのように、足を絡め横なりに倒れる。鈍い水音と共に一緒に沈む。

 

 器用にも私が絡みつかせる足を解き、紅い水の中、私ごと体勢を立て直し、私を正面から抱きしめたまま水底に立ち泉から出るこころちゃん。なんでそんな意地悪をするのだろうと不思議に思った。

 

 

「……こころちゃん……身体、熱いの……紅い、お水……気持ちいいの、いっしょに沈もう……?」

 

「……そうね、でももう上がりましょう。花音はちょっとだけのぼせているわ」

 

 

 言葉にしないと伝わらないと思って私の気持ちを伝える、けれどこころちゃんは穏やかに私を説得するだけだった。

 

 

「……いや……やぁっ! ……こころちゃ、ん……離して……っ!」

 

「あっと、暴れちゃ……駄目よっ、もうあがるわ!」

 

 

 こころちゃんと擦れ合う肌が気持ちいい、でも届かなかった思いに悲しくなる。もう少し、もう少しだけ紅いお水にこの身を預けていたい、紅いお水を思いのままに飲みたかった。

 

 

「……ひどいよ……もっと、朱い……お水……あ…………肌、綺麗にするね……んっ……」

 

「もう、くすぐったいわっ」

 

 私はこころちゃんに引きづられ紅いお水からどんどん遠くなる。悲しくなってきたけれど、こころちゃんに付着している紅いお水に気がついて唇で吸いつき舐め取った。

 

 

「……お水、なくなっちゃった……もっと欲しいよぅ……」

 

「泣かないの、まぁ……あたしの肌に歯を立てちゃダメよ」

 

 

 私が首を動かせる範囲でこころちゃんの肌から紅いお水を全て舌で舐めきった、紅いお水がなくて身を引き裂かれそうな思いになる。

 意地悪をするこころちゃんに仕返ししようと白い首筋に歯を立てた。

 

 

「…………仕方ないわ……ほら、おいしそうなお水ですよ~」

 

 

 浅瀬辺りでこころちゃんの首筋を噛む力が強くなる、歯が刺さり白い肌に血が滲む。紅いお水と同じ味がして私は歓喜した。

 しかし、こころちゃんは私を反転させ片手で抱きしめ直し、朱い水に手を浸し私の口元に差し出す。私は躊躇なくこころちゃんの指を一本一本丁寧に味わった。

 

 

「はむ……ん、はみゅ……ん……んん、ふぁ……濃いのがいいよぅ……」

 

 

 朱い水がお尻に浸されるくらいのところでこころちゃんは水辺に座る。私も背後から抱きしめられているから水辺に座った。

 

 こころちゃんは何度も繰り返し朱いお水に手を浸し私の口元に運びそれを舐め取る私。満足できなくて目尻に涙を溜めて朱いお水を口に含む。

 

 再び暴れ始めそうな私に諦観したのか、嘆息をつくこころちゃんは珍しい。そんなこころちゃんにもっと悲しくなって泣きながら朱いお水を口に含んで嚥下しつづけた。

 

 こころちゃんは朱い水に手を浸すのをやめた。すると、ゆっくり白い大きな二本の根が近づいてきて、片方の根がもう片方の根を捻り切る。ねっとりとした紅い樹液が流れこころちゃんは手を伸ばして腕や手を汚した。

 

 

「……はい」

 

 

 こころちゃんのどうでもよさそうな呆れた声。後ろから硬く抱きしめられているため表情は解らなかった。

 

 朱い樹液が鈍く光る手を再び私の口元にもってくる。紅いお水とは違ったため、恐る恐る口に含み、待ち望んでいた味に心が躍る。嬉しさの余り目から雫が落ちる。

 

 

「ん、れろ……濃いよぉ……こころちゃんの……血の味がする……」

 

「花音、後遺症が残るかもしれないからこれ以上は……」

 

 

 私は熱に浮かされたように夢中になった。指をしゃぶる口も、舌も、樹液を嚥下する喉も、抱きしめられる身体も全てが快感だった。

 

 下半身が熱く、抱えられている身体が腰がくだけたようにずり落ちそうになる。

 こころちゃんが何か呟いている気がするけれど気にならなかった。

 

 

「……もっと、はぷ……こころちゃん……はみゅ……もっとぉ……」

 

「……聴こえてないわね」

 

 

 こころちゃんの手を綺麗に舐め取り紅い樹液を催促する。

 千切れた紅い断面のある根が再びこころちゃんの手を汚す。

 

 

「…………泉も、樹液も、あたしの血よ、好きなだけ飲めるからね」

 

 

 私は満足し胃の限界を超えても必死に嚥下し続け、いつの間にか眠りに落ちた。

 

 

 

 




一時的ヘマトフィリアを発症して戯れ。



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