夕暮れに滴る朱   作:古闇

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まだ見ぬオリキャラを追加。
薫の改変あり。



一七話.ミッシェル

 

 

 白いテーブルを挟んで対面する横幅の長い灰青色のソファーに座る私。その隣にこころちゃん、私達に向かい合うようにして薫さんが座っている。

 こころちゃんの膝の上で悶えるに悶えた後、3人でお話をするためにソファーに座ったものの、恥ずかしくてまだ顔を両手で覆っていた。

 

 

「そうだね、今日、花音と別れて出会うまでの詩を創ってみたんだ。聴いてくれ――」

 

「き、急すぎ……!?」

 

 

 顔から両手を離して私は戸惑った。

 薫さんはソファーから立ち上がり両手を胸に当てる。舞い上がっているように見えるけどいつも通りだ。

 

 

――停まる刻に、君の瞳に、私は映る……儚い……

 

――今宵の月は、星空は……儚い……

 

――妖精の呼び声、震える、子猫……なんて……はかない……

 

――煌めく、君の瞳も……ああ……はかな、い……

 

(……どうしよう……言葉はわかるのに意味がわからないよぅ……)

 

 

 今日のこころちゃんの歌は言葉の意味はわからないけど楽しそう、薫さんの歌は言葉の意味がわからないけど楽しそう。同じかな、違うよね。うん、きっと違う。私は遠い目になった。

 

 もう出だしからわからない、誰か翻訳して欲しい。美咲ちゃんがいてくれてたらな。

 ……あ、美咲ちゃんがテニス部のユニフォーム姿で黙って首を左右に振った、手に持っていたラケットを遥か夜空の彼方へ投擲、お星様になった。無理らしい。

 えへへ、お星様が綺麗だね、あのお星様はラケットの形をしているよ。なんでだろう。

 

 

「ねぇ、薫、ちょっといいかしら」

 

 

 こころちゃんの穏やかな声、まだ大人モードは続いているらしい。いつもの笑顔でにこーっと笑っているけどベクトル違う気がする。

 

 

「もちろんさ、こころ。現世の君の儚さは燐光すら嫉妬してしまいそうだね。天上に舞う二対なる天使は弓を下界に撓らせているようだけど、どうしたんだい?」

 

 

 薫さんは自身の髪を僅かにさらっと手で流したポーズをとる。

 こころちゃんの様子に気づいていないのか、それとも気づかない振りをしているのかどちらだろう。

 

 

『黙りなさい』

 

 

 こころちゃんは透き通るような声で氷のように言い放った、部屋の空気が重く温度が数度下がった気がする。

 薫さんの身体は震えた、私もちょっと震えた、怖かった。

 

 

「こ、こころ?」

 

 

 薫さんは動揺している、笑っているのに怒っているようなこころちゃんに慣れていないのかな。私も見てて緊張してきたけど。

 

 こころちゃんは笑顔のままだ。

 

 

「仲間が増えて嬉しいのは理解しているし、薫の話し方も好きよ――でも、ちょっと黙って」

 

「……儚いね」

 

 

 薫さんは降参するかのような、お手上げだと手をあげる。

 

 人の話を聞かずマイペースに話をする薫さんが素直に応じるなんてとても素敵なことだ。

 私はこころちゃんに向けて、祈るように両手を合わせ、普段の日も薫さん達を止めるのを手伝ってとお願いの熱視線。

 

 しかし、あたしはあたしよと笑顔で返される、私はしょんぼりした。

 

 

「……儚いわ。薫、ミッシェルのことは貴女から話すのでしょう、花音が理解できるような話をお願いね」

 

 

 私も儚い。

 

 

「ああ、承知した!」

 

 

 二人は気を引き締めた雰囲気になり部屋の空気が変わった、真面目な話になるみたい。

 

 

「さて、こ――じゃない……大丈夫だ、問題ない……解ってはいる、さ――そう、ミッシェルは私の姉のような人でね、人形に憑依しているんだ。いわゆる幽霊さ」

 

(さらりと凄いこと言ってるけど締まらないよ、薫さん……!)

 

 

 薫さんはいつも通りに振る舞おうとするのを抑えたのだろう、無理しなくていいのに。

 真面目な空気になりつつあったのに白けた。

 

「こころから贈り物をして貰っているだろう? ミッシェルは恥ずかしりでね、ミッシェルが望むならと注釈がつくんだが、その贈り物を通して会話できるよ。仲良くなることができたのなら本名を聞けるかもしれないね」

 

「わかりました、仲良くなれるようお話してみます」

 

 

 贈り物は薫さんも貰っているのかな。もし私と同じように指輪だったら、大したことじゃないんだけどほんのちょっぴり残念で、お揃いだったら仲間って意識できて嬉しい。、

 

 贈り物ということで薫さんの手を一瞥すると、すぐさま薫さんは気がついた。

 

 

「おや、何か言いたそうな様子をしているね、どうしたんだい?」

 

「その、ですね、良ければなんですけど……薫さんが貰った贈り物ってあるなら聞いてもいいですか?」

 

「ふむ……そうだね、私はこのロザリオだよ」

 

 

 薫さんはシャツのボタンを上から順に三つほど外し、掛けた物を探すように片手で首に触れて、首から胸元辺りまで下げる。そうして、チェーンに繋がったダブルクロスのロザリオを取り出した。

 十字の中央に紫色の宝石が埋め込んであるロザリオが二つあって、指輪そのものが水色な私と違った贈り物だった。

 

 

「こういった贈り物に関して、こころからお願いされていると思うが、私からも言わせてもらってもいいだろうか?」

 

 

 私は「はい」と頷いた。

 

 

「ありがとう、それでは早速、こころが力を込めた贈り物なんだがお互い知らない方がいいんだ。だから私は、花音がどういった贈り物を貰ったかは聞かないよ」

 

 

 薫さんが続きがあると手でサインする。

 

 

「この贈り物はとても貴重な物でね、俗っぽい話をするなら私達の人生を掛けても手に入るかどうかわからない」

 

 

 とても困ったことになった。

 

 

「そして、私にとっても残念なんだが、これは誰にでも扱える物だから奪われてしまう可能性が大いにあるんだ。肌身離さずはもちろんだが注意してくれ……脅すような話ですまなかった。まず、優先するのは花音自身だ、贈り物は大事に扱えばいいんだよ」

 

 

 今、私は顔が青いかもしれない。

 

 安易に考えていたわけじゃないんだけど、こころちゃんから贈られた指輪は本当に貴重な物で、他人に渡してはいけないものだと理解した。

 ここにハロハピメンバーがいるので、美咲ちゃんやはぐみちゃんはどうなのか気になってくる。

 

 

「……そ、そのですね、美咲ちゃんとはぐみちゃんはこのこと知っているんですか?」

 

「いや、美咲とはぐみは何も知らないんだ。こちらに関わる物も渡してはいないよ、美咲には例の動画を贈ったけれど言い訳ができるし、眠る効力もそろそろ切れているんじゃないかな」

 

「そうね、美咲とはぐみは何も知らない、知らせることもしない。花音も日常での会話に気をつけてね、出来る限りフォローするからお願いするわ」

 

「……ごめんね、迷惑かけちゃって」

 

 

 二人に頭を下げて謝る。

 協力すると言っておきながら、早速足を引張っている気がした。

 

 

「ごめん、じゃなくて”ありがとう”だと嬉しいわ。幸せな気持ちになるでしょう?」

 

 

 こころちゃんは隣に座る私との距離を縮め、私の片手を自分の両手でとって手を包むように握る。ちょっと元気が出た。

 暗くなる私をいつも照らしてくれるこころちゃん、たくさんの思いしか込めれないけど届けばいいな。

 

 

「うん。ありがとう、こころちゃん」

 

「どういたしまして、花音」

 

 

 私達はお互いの顔を見て。えへへ、うふふと笑いあう。ちょっと幸せの気分。

 

 

「二人共、すまない。話が脱線しそうだ、戻してもいいだろうか?」

 

 

 薫さんの言葉に現実に戻される。

 

 薫さんは片手を頭にあて呆れた顔をしていた、気恥ずかしかった。話をするため私達は手を離す。

 

 

「ど、どうぞ!」

 

「気を使ってくれてありがとうね、薫」

 

「ああ、任せてくれ。せっかくだ、一人注意人物がいるから話した方がいいんじゃないかい?」

 

「そうね、その通りだわ。抗えないにしても知らないと不味いわね」

 

 

 二人は朗らかに話すけど不穏な話の気しかしない。

 

 

「花音から見て戦いになったと思うけれど、アンナが私を捕まえて外部の力に頼ろうとしたことはわかるかしら?」

 

「うん、とても驚いたから目に焼きついてるよ。こころちゃんを捕まえる話でついていったら戦いがはじまるんだもん」

 

 

 アンナさんと相談した、こころちゃんを捕まえる話では鬼ごっこみたいなスポーツで捕まえるってことだった。だから、お化け植物が出てきたときは不安に駆られて、想像以上な出来事になってしまった。

 

 

「戦ってあたしを捕まえないとその外部の人に無視されるからアンナの行った行為は正解なのよ。で、問題という人物はその外部の人ね」

 

「えぇっ、外部の人に問題があるんだ……」

 

「執拗なる待機者の肩書を持つ彼女は我慢強く自制ができるから監視や見張りには適任な人物なのよ。あたしの備わっている力に問題があってね、何者かに捕らわれたり、力で敗北すると彼女は飛んでくるわ。そのあとは軟禁生活をするしかないわね」

 

 

 その人がいるから家に閉じこもるってことだろう。

 私と美咲ちゃんが大変な思いをして場を執りなしているこころちゃんが、家に引きこもると判断するくらいなのだから危険人物なのかもしれない。

 

 

「まず特徴を言うわね、黒に赤みがかったツーサイドアップの髪型で、炎を模した花びらが三つの髪飾りで左右の髪を結わえているわ」

 

 

 特徴的な髪飾りだろうからわかりやすいかも。

 

 

「深紅な目をした、あたしと同じくらいの背丈で日焼けをした黒っぽい肌の少女ね、でも花音より年上だから失礼のないようにね。名をイォマグヌット、その名前でいいわ。出会ったりしたなら、ただ頷くだけをして通り過ぎるのを待つの、絶対よ?」

 

「いま……ぬ?」

 

「いおまぐぬっと、イォマグヌットよ、名前も絶対間違えちゃダメだからね、本当にお願いするわ」

 

 

 こころちゃんにここまで言わせるのだから出会っちゃダメな人だ。通り過ぎるのを待つなんて天災みたい。

 

 

「いおまぐぬっとさんってどんな人なのかな?」

 

「あたしと反対な願いを持っているわ……いえ、ぶっちゃけましょう、彼女の願いは人類の壊滅ね。人間の不幸や苦悶する表情が根っからの趣味なの、薫や花音は絶対に会わせられないわ」

 

「ふ、ふぇぇ……」

 

 

 人として終わっている少女でした。人の不幸が元からの趣味なんて更生する余地がないとしか思えない。

 アンナさんが頼ろうとしていた人がとんでもなさすぎた。

 

 

「こころちゃんがその人と一緒にいると酷いことをされそうで怖いよ……」

 

「あたしにとっては危険がないのよ。もし無防備でイォマグヌットの傍に寝ていても、静かに笑って頬を突かれるくらいじゃないかしら」

 

 

 人として終わっている少女が普通の少女になった、落差が激しい。

 

 

「もしもそれが私だったらどうなるの……?」

 

「ごめんなさい、薫の話を聞きましょう。どうなるにせよ、花音だと碌なことにはならないわ。薫、貴女の話をお願い」

 

 

 もうこの話は終わりだと切り上げられる、いおまぐぬっとさんは天災だと覚えておこう。

 こころちゃんはその人もみんなと一緒に笑顔にしたいのかな……とても難しそう。

 

 

「ああ! そう、何の話だったか………………今宵は煌めく妖精に「ミッシェルよ」――そう、ミッシェル。花音もこちら側に来てしまったことだ、お互いのことを知るため。私の過去を話そうじゃないか……!」

 

「……薫さん……」

 

 

 落ち込んだ気分の私を元気づけてくれたのだろうか、ボケてくれる薫さんがありがたかった。

 でも、薫さんの表情を見るに、もしかするとミッシェルの話をすることに緊張しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――昔の話。仲のいい五人組の子供達がいました。

 

 五人の子供達の内二人の兄妹、二人の姉妹と、姉妹の親戚の女の子です。優柔不断な兄にしっかり者の妹、恥ずかしがりの姉に明るい妹と引っ込み思案な女の子。五人はいつも仲良く遊んでいました。

 

 しかし、それは長く続きませんでした。兄妹のしっかり者の妹が親の応募した子役のオーディションに受かってしまったからです。そこからしっかり者の妹は親の期待に答えようとお稽古などで忙しい日々になってしまいました。寂しく思いつつも兄妹の兄と姉妹と親戚の娘の4人で遊ぶようになりました。

 

 ある時、五人の子供達の親が夏の海へと遊びに行くことになったのですが、しっかり者の妹が忙しい日々が原因か高熱を出してしまいました。結局、妹とその母は海に行くのを諦めました。しっかり者の妹のお願いで父は兄を連れて姉妹と親戚の娘の家族と一緒に行くことになりました。

 

 高熱を出した女の子と看病する母を気の毒に思いつつ子供四人とその家族達は海に行き遊びを堪能しました。そして事は起こったのです。姉妹の姉が離岸流で沖へと流されてしまったのです。そして姉はそのまま死にました。不幸な事故でした。

 

 皆で姉妹の姉が死んだことに嘆きました。そしてその両親の母が宗教に入信し始めました。最初こそ穏やかだった母は次第に狂い始めました。

 

 ある日狂った母は姉を蘇らせることができるとおかしなことを言い始めました。もちろん誰も信じません。しかし狂った母はその言葉を信じていました。そして妹も信じてしまいました。父は途方に暮れて悲しみました。

 そして再び事は起こりました。親戚の娘を誘拐したのです。乙女の贄で姉が生き返ると信じていたのです。そして親戚の娘は何処かへと引き渡されました。しかし姉も親戚の娘も帰って来ませんでした。

 

 しばらくしても親戚の娘の両親は行方不明になった娘の探索依頼を出しませんでした。周りに諭されても親戚の娘の両親は硬く口を閉ざし、何処かへと引っ越しました。

 

 狂った母は自力で姉を蘇らせようとしました。しかし姉妹の父が凶行に気づき狂った母と姉妹の妹を止めようとしました。そして父は狂った自分の妻と死にました。姉妹の妹は一命をとりとめた後、何処かへと預けられたそうです。そして事は終わりました。

 

 兄妹は何があったか知りませんでした。ただ、不幸な事故があったとだけ聞かされました。兄妹は悲しみました。

 

 歳月が経ち親戚の娘と両親がふらりと戻ってきました。少しばかり人が変わってしまったことに驚いたようすですが兄妹は二人が街に戻ってきたことに喜びました。

 

 ただ、親戚の娘が遅れて連れてきた姉妹の姉には気づきませんでした。

 

 姉妹の姉は足が透けてしまっているようですが、今現在でも隠れて楽しく暮らしているそうです。

 

 めでたし、めでたし。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――というようなことがあったんだ、色々あって姉妹の姉はミッシェルとしてこの街で暮らしているね。ただ、ミッシェルの頭が取れると緊急離脱で何処かへと飛んで行ってしまうけれど頭を戻せば戻ってくるよ」

 

 

 薫さんは真剣な表情で自分の子供の頃を語った。

 

 

「薫さん……」

 

 

 今の薫さんを見ていると、とても子供時代に引っ込み事案だなんて思えなかった。

 

 

「ところで花音、質問してもいいだろうか? 私の姉、正確にはいとこだね――には結論を出されていてね、困っているんだ」

 

 

 軽く腕を組んで深刻な顔をしている、私に相談することで少しでも悩みの助けになるなら話を聞こう。

 

 

「うん! 私で良ければ……!」

 

「ありがとう嬉しいよ、花音。こころは応援してくれているんだが、君の声もぜひ聞かせて欲しい……!」

 

 

 薫さんの悩みはこころちゃんも応援しているんだ。

 

 私は薫さんの顔をみて背筋を伸ばした。

 

「時折、この街にいると懐かしさを覚えてね、私は千聖が通う学校まで行き、千聖のことをちーちゃんって呼ぶのだけど嫌な顔をされるんだ。もちろん私のことをかおちゃんと呼んで欲しいのだが、千聖は逃げてね……儚いね。だが先回りをしたときなら私の思いを受け止めようと向かってくるんだ、気持ちは嬉しいが危ないだろう? だから千聖の手を取り一緒にワルツを踊るんだ……可憐な……そう、可憐な儚さだ――しかし、未だあだ名で呼ばれないのはどうしてだろうか?」

 

「薫さん……」

 

 

 私は脱力した。

 

 薫さんは三馬鹿の一人だったね。薫さんの逆のことを千聖ちゃんにも相談されているんだよ。板挟みだ。

 

 

 

 




 


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