夕暮れに滴る朱   作:古闇

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一三話.金と銀の遊戯

 

 

 

 赤く輝き電流が奔っている大きい二丁銃を構えるアンナさんと、相手を受け入れるような両手を前に広げたこころちゃん。

 お化け植物に運ばれる私を余所に、二人の喧嘩という名の戦いがはじまってしまった。

 

 先に仕掛けたのはアンナさんで二つの銃口の火を噴かせる。銃声が空気に重く振動した。

 普通なら見えないはずの二つの弾丸は、赤い輝きを纏わせて互いの位置を入れ替えるようにして回転していく。

 

 こころちゃんは避ける様子もなく片手を下ろし、もう片手はぐっと前に伸ばした。

 私は心の中で悲鳴をあげる。

 

 

 (あ、当たらないでっ!)

 

 

 真っ直ぐにこころちゃんに向かっていった弾丸は、不自然な軌道で自分から滑るように脇へ逸れていく。

 

 私が安心する間もなく、アンナさんは輝きの終わった拳銃で続けざまに撃ち続ける。

 今度の弾丸は見えないけれど、片手を前に伸ばしたままのこころちゃんの身体から血飛沫がない。

 

 先ほどと同じように弾丸が当たらないのだろう。

 

 そうして銃声が終わった、弾切れなのかもしれない。

 

 拳銃から弾丸が入っていたカートリッジが落ちるのが見えると、アンナさんが言葉を発した。

 

 

「行けっ!」

 

 

 その大きな声の後に、私を捕らえた同じような太さの幾つもの蔓がネモフィラの花を掻き分けてこころちゃんを捕まえようとする。

 こころちゃんはバク宙しながら器用に避けて、追尾してきた蔓を片手で薙ぎ、ナイフのように切断した。

 

 私だって同じような蔓をどうにかしようと爪を立てたりしたのに傷の跡はない。

 どれだけの力で腕を振るったのだろう。

 

 こころちゃんを襲う蔓がいなくなると、アンナさんは片手だけ先程の同じ拳銃で輝きを纏わせて、もう片手には私の半分ほどありそうな長方形の箱状の物を肩に乗せている。

 いつのまに用意していた長方形の箱状から、こころちゃん目掛けてロケットが飛んでいった。拳銃も同時に撃つ。再び手を伸ばしているこころちゃんからロケットが逸される寸前に爆発した。

 

 

「えっ……?」

 

 

 土が爆ぜ、花が燃え、炎を含んだ爆風や飛散物がこちらに襲ってくる。けど、お化け植物が庇って守ってくれた。

 覆いかぶさるようにして守ってくれているため、こころちゃん達がどうなったか見えない。

 

 長方形の箱から飛び出してきたものと、爆発に包まれたこころちゃんが信じられなくて理解が追いつかない。

 そうしている間にもアンナさんはもう一度同じ動作を繰り返したようで先ほどと同じ爆発音がする。銃声も撃ち尽くすまで鳴り響いた。

 

 お化け植物が守るのをやめて、こころちゃん達を見えるように私を掴んでいる蔓を移動させる。

 

 火事のように煙が立ち上り、辺りはその煙で見えなかった。頭の中が真っ白で考えることもできない。

 

 どれくらい呆然としていたのか、ポツリと頭に何か当たって上を見た。

 

 先程まで明るかった空が不自然なほどに急速に曇り雨が降りはじめる。

 雨が降ることで燃えている花が消火されていく、煙が落ち着いてくると雨がやんだ。

 

 煙の中から雨に濡れ、衣類が土で多少汚れているだけのこころちゃんがそこにいた。

 周りの花はなく土が盛り上がっている。花畑や歩道に大きなクレーターがあるけど無事だった。

 

 アンナさんは二丁拳銃に持ち直していて、長方形の箱は地面に捨てられていた。

 重い銃声を連続で鳴らしながらこころちゃんの方へ歩いていく。戦いはまだ終わっていなかった。

 

 こころちゃんはステップで避ける動作をして、凹んだ跡地から花畑へと入った。よろめいたりしていないからきっと当たってはないんだと思う。

 

 銃声が鳴り止み、拳銃をレザートレンチコートに仕舞ってすぐ、アンナさんは走り出す。

 手足が光り、鎧のような物が装着されていた。原理なんてわからない。

 

 飛びかかるように、けれど水平に、一足で距離を詰めて拳を突き出す。

 

 こころちゃんは避けるのではなく、片腕をまっすぐ伸ばした。

 

 赤い奇跡を描いた弾丸と同じように体ごとアンナさんの拳が逸れていく。

 真横に逸れたアンナさんをこころちゃんが捕まえようと手を伸ばす。

 

 

「壁をっ!」

 

 

 どれだけ蔓が残っているのか、こころちゃんとアンナさんの視界を遮るように壁になった。

 

 こころちゃんが腕を引っ込めて、暴風のような轟音と共に壁になった蔓達が千切れ飛び散る。

 斜め上に薙いだのだろう位置に手が止まっていて、薙いだ正面の地面にはネモフィラの花はなく桜のように青い花びらが舞い落ちていた。

 

 花びらが舞う中、こころちゃんが腕を横に伸ばすと、伸ばした先にはアンナさんがいた。手と足から装着していた鉄製の物が消えていた。

 

 軍人さんが持っていそうな連射できそうな大型な銃と、映画の予告でちらりと見たことのあるショットガンを構えて撃つ。

 軍人さんがもっていそうな銃からは連射音が絶え間なく続き、ショットガンからはズドンズドンと轟音が鳴る。大きい音続きで耳が慣れてきた。

 

 こころちゃんからはどれだけ撃っても当たったようには見えず弾切れになったようで音が止まり、持っている銃を放り捨てた。

 レザートレンチコートから初めの拳銃を一丁だけ取り出して撃つ。

 

 それすら撃ち切ると拳銃を仕舞って、走り出す。

 手と足が灯り、消えていた鉄製の物が再び装着された。

 

 こころちゃんは手を下ろし向かってくるアンナさんを黙って見る。

 アンナさんは距離を詰め、あと数歩でこころちゃんに届きそうな位置で残像を残して消えた。

 

 気づけばこころちゃんの背後に立ち、連続で拳を繰り出していた。

 

 拳を叩きつけるごとに紫電が迸り最後にめいいっぱい拳で殴っているのに、固定された壁のように動かないこころちゃん。

 蹴りを繰り出す途中でこころちゃんが振り返り、身体で受け止めアンナさんの足を掴んだ。

 

 掴んだ足を体ごと真横に無造作に投げる。

 アンナさんは空中で体勢を整え足を地面につけ、土に足の軌跡を残す。こころちゃんは何も仕掛けずそれを見ていた。

 

 アンナさんが落ち込んだ声で話す。本来なら聞き取れない会話だけど通信機を受け取っている私は話が聞こえた。

 

 

「腕に覚えのある魔術師だって最初の弾丸一発だけでも魔力を消し飛ばして命すら奪えるというのに、どれほど被害を逸らせば気が済むのよ……肉体保護といい、狂った魔力量よ」

 

「姉妹の中でアンナと初めての喧嘩かしらね。あたしのことは貴女の知っているルールと違うって理解しているのに準備不足だわ」

 

「準備不足なんて理解しているし、判っているの。もっと以前から伯父様達の件を知っていればやりようがあったのに……!」

 

「本当に急すぎよね。それはそうと、そのおもちゃのお遊戯会は終わりだわ……閉幕としましょうか」

 

 

 こころちゃんは陽気な声だった。精神的な余裕があって、銃を凶器を向けられ拳を身体に叩きつけられた人には見えない。

 

 こころちゃんが走る構えを見せ、アンナさんは迎え討つべく拳を構えた。

 

 花火を打ち上げるような音とガラスが割れたような大きな音がしたと思えば、こころちゃんがアンナさんのいた場所の宙で万歳の体勢をしていた。

 

 私は二人から距離をあけて離れているからわかった。

 

 アンナさんが打ち上げ花火のように上空に投げられていた。

 

 一〇m、二〇m……六〇m、もっとそれ以上かもしれない。敷地内のアトラクションより高い位置にいる。人間が発揮できる力じゃない。

 上空にいるアンナさんがゆっくりと落ちてきた。体勢は立て直しているけれど、あの高さなら死んでしまう。

 

 私は人が空から落ちてくることは怖いと目を逸し気味に見る。

 落ちている途中から落下速度が弱まって、私の近くの地上一、二mで止まり空中で浮遊していた。

 

 こころちゃんがその止まった瞬間を狙ったかのように正面から抱きついて二人して倒れた。

 

 アンナさんの腹部に馬乗りになって両腕を拘束している。

 

 アンナさんは身体を痛めたようで弱々しく話す。

 

 

「馬鹿……力ね、たかが投げられただけなのに……辛いわ……」

 

「ごめんなさい、加減が苦手なのよ。でも、こうして捕まえたからにはアンナが降参するのを待つだけだわ」

 

「ふ、ふふっ……簡単には諦めないからっ」

 

「強情ね。けど、嫌いじゃないわ、頑張れ頑張れ」

 

 

 私の目の前で争う二人、こころちゃんの余裕は全く崩れない。

 

 アンナさんは身体に力を入れ起き上がろうとする。

 しかし、どう動いても拘束から抜け出せなかった。次第に動きも大人しくなっていく。

 

 

「お疲れね、もういいかしら?」

 

「まだよ、まだ終わらないわ……!」

 

 

 アンナさんがお化け植物に目配せすると、お化け植物が私に背を向けて二人から見えないように隠す。

 私と交代するように三つの奇妙なろうと型の大きな銃を持った蔓が素早く横にスライドして唸りをあげて光が二人に向けて発射した。

 

 周囲からも電波のような電子のような甲高い音がすると、二人の場所からガラスの割れる音と共に眩い光漏れる。

 

 お化け植物が私を掴んだ蔓から開放すると、横に崩れ落ち萎れていった。

 

 正面の光景は花畑のほとんどが黒焦げ、見渡す限りあたり一面が黒一色の世界に変わっている。

 

 二人の体勢は変わらない。

 けれど、アンナさんは全身に赤いオーラのようなのを纏い驚愕した様子で、こころちゃんはほとんど裸でとても怒っている表情だった。

 

 

「くっ、直撃したはずよ……!」

 

「そうよっ、まったく酷いじゃない! 元気になったけど服だけ溶かすだなんてハレンチだわっ!」

 

 

 こころちゃんは両腕でアンナさんを拘束するのをやめて、顔の頬を両手で正面に固定した。すかさず、お互いの唇を重ねる。

 

 

「んっ!」

 

「んむ゛、む゛~~~~~!?」

 

「あっ、夢かな……」

 

 

 ソフトなキスをはじめたこころちゃん。

 

 突然のキスに驚きされるがままのアンナさんはようやく思考が覚醒したようで、こころちゃんの肩を掴んで押し剥がそうとする。

 抵抗をはじめるとこころちゃんはソフトからハードに変わっていった。

 

 

「ふ、ふぇぇ……女の子同士で……し、しかもこころちゃんがするなんて……」

 

 

 映画で見たことあるけれど、こうして現場に居合わせるととても生々しかった。

 

 抵抗していたアンナさんが大人しくなり、たどたどしいながらキスで応えはじめた。

 

 

「ずずず~~~っ、ふぅ……これでよしっ!」

 

 

 キスが終わり、こころちゃんは顔をあげた。何がよかったんだろう。

 

 跨がるのをやめようと横にズレる。

 しゃがんだ姿勢からアンナさんの背中と足に手を回してお姫様抱っこをして立ち上がる。

 

 アンナさんは何を言うでもなく黙って虚ろな目をしていた。

 

 

「……あ、あのこころちゃん……アンナさんの様子が……その、なんかおかしい気がするよ?」

 

「知力や精神力を奪ったのよ、少しやりすぎちゃったわね。一時的なことだから時間が経てば戻るわ。言いたいこと、聞きたいことあるでしょうけど今は帰りましょっ!」

 

 

 そう言ってこころちゃんは私達が来た道へ歩みを進めた。

 

 まるで別世界のような出来事だった、先へ進んでいくこころちゃんが遠くに感じる。

 

 とても危ないこともあったけど結果はアンナさんの負け、今の状態だと話もできない。私達は遊園地を後にした。

 

 

 

 


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