夕暮れに滴る朱   作:古闇

12 / 78
一二話.金と銀

 

 

 

 九月が始まった最初の休日。

 

 朝、お母さんに出かけ先をゆんわりとぼかして外出する。

 それから、アンナさんに合流して車で一時間三〇分ほど走らせたテーマパークまで来ていた。

 

 休日なのに見渡せる限りで、車はほぼ駐車されていない。

 

 アンナさんが言うにはテーマパークを貸し切りにしていて人がほとんどいないそうだ。

 車は裏方に周り駐車した。

 

 私は荷物を置いて、アンナさんと一緒に車から降り、アンナさんは荷室から巨大なアルミケースを取り出す。

 今日のアンナさんは膝下まである紅いレザートレンチコートに黒いレザーシャツ、長ズボン、ブーツ、グローブと男の人が好みそうな格好いい服装だった。

 

 建物まで移動して金属製の扉の横に取り付けてあるカードリーダにカードを通す、扉から金属製の軽い音が聞いた。

 アンナさんは扉を開けて中に入り、私も続く。

 

 屋内から外に出る。

 

 お土産屋や飲食店を通り過ぎ、アトラクションに見向きもせず、青い花が満開に咲いている花畑の歩道で足を止めた。

 

 コンテナのようなアルミケースを花畑の横に置き、移動する。

 蛇口のあるところに着き、その横にじょうろが置いてあった。

 

 アンナさんはじょうろに水を入れ、それを持ち、アルミケースを置いた場所と離れたところへ移動した。

 

 驚くことに床一面に咲いている花を踏む。

 片手でポケットから黒い小粒を撒き散らし、動作を繰り返しながら花畑へと入っていく。

 

 私は花畑に入るのを躊躇するけどアンナさんに早く入ってと促され、なるべく花を踏まないよう花畑へと入った。

 

 アンナさんは広い花畑の中央に足を止め、私はその横に立つ。

 

 

「天気もいいし、青空に包まれているみたいで素敵ですけど、綺麗な青い花なのに踏むなんて可哀想ですよ」

 

「狂い咲きしたネモフィラの花よ。普段はこんなことしないのだけれど、少しでもわたしに有利な状況を作るためね」

 

 

 どのような有利の状況かはわからない。

 でも、こころちゃんを捕まえるための準備というなら、仕方のないことかもしれない。

 

 

「例年通りの気候ですけど、季節外れの花って咲くんですね」

 

「わたしがここの持ち主に交渉して植え替えさせてもらったのよ。その話は置いておいて、お姉ちゃんから貰ったキーホルダーはしっかり持ってきているでしょうね?」

 

「は、はいっ。携帯から外してちゃんと持ってますよ、ほらっ」

 

 

 ポケットから蝶のキーホルダーを取り出して、アンナさんに見せる。

 携帯にキーホルダーを付けたままだと、危険だからと言われて外したのだ。

 

 アンナさんはキーホルダーを見て、確認したと頷いた

 

 アンナさんは手で握れるほどの綺麗な宝石を懐から取り出し、差し出す。

 

 

「これはあなたを物理的に守る力があるわ。これも転んでも失くさないようにして持つか、どこかに仕舞いなさい」

 

 

 私は宝石を受け取り、それぞれ反対のポケットに仕舞った。

 

 宝石に守りの力があるなんて御伽噺みたいで不思議だった。

 それにしても、遊園地を貸し切りにしたりと結構なお金がかかっていることがわかる。

 

 今までアンナさんと話していて思ったことだけど、他の人を頼ったりしなかったのだろうか。

 

 

「えっと、こころちゃんを捕まえる大変さをちょっとしか知らなくて疑問なんですけど、アンナさんって他の人に頼ったりしないんですか?」

 

「松原さんに会う前から応援は呼んではいるのよ、出発したとも連絡がきたわ。だけど、依然として出発隊から連絡はこないし、ここにたどり着けていない……お金で一般人を雇うのも論外よ、無駄な費用はかけたくないの」

 

 

 アンナさんが初めて落ち込んだ様子を見せた。

 悪いことを聞いてしまったかもしれない。

 

 私と会う前って、それなりに日数がある。

 追い返されたか、捕まったか……怖いことになってなければいいけど。

 

 

「いくら準備してもしたりないわ、でもこれで最後」

 

 

 再び懐からボトルのキャップほどの緑色の球体を自信の正面に軽く投げて、初めて水を球体が落ちた場所に掛けてじょうろを下に置いた。

 

 

「先に謝っておくわ。大した事ないけれど気をしっかり持ちなさいよ」

 

「え? なに……するんですか……?」

 

 

 会話の途中に球体があった場所から、子供ほどの大きな蔓が湧くように幾つも伸びてくる。

 その中に一本だけ一際大きい蕾の生えた茎があり、蕾に真横の線が浮かび上がると大きく口を開けた。

 

 蕾の大きく開けた口には沢山の白い牙が並んでいる、全体がゾウさんほどありそうな植物の化物が私達を見下ろした。

 

 こんなのが生えてくるとは思わなくて、私は暢気にそれを眺める。

 

 

「…………ひぅっ。しょ、しょ、植物っ! アンナさんっ、これ怖いですよ! 今にでも襲ってきませんかっ!?」

 

「肉盾よ、落ち着きなさい。この子を松原さんに付けるから守ってもらいなさいな」

 

「えぇ……」

 

 

 人を襲って食べそうな見た目をしている。

 守ってもらうにしても、アンナさんの見ていないところで頭からがぶりとつまみ食いされそうで怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンナさんから通信機のような物を貰う。

 渡された通信機はアンナさんの会話や私とも話せる高性能の電子機器だそうだ。

 

 この電子機器はこころちゃんを説得できない場合に、植物さんと一緒に花畑の中央から離れたときのための物らしい。

 これからどういった事態になるかわからないから私に預けるみたいだ。

 

 もしかすると離れないといけないほどの説得がこれから起きることに不安だ。

 けれど、怖い植物さんもいるから今更嫌と言いづらく、こころちゃんをどう説得すればいいか思いつかない。

 

 三〇分くらいの時間が経った。

 

 こころちゃんが現れたらしく、アンナさんに言われて気づいた。

 

 歩いてこちらに向かい花畑へと入るこころちゃん、私は緊張する。

 こころちゃんは私達と対峙するように前に立つ、化物のような植物がいるのに気にした様子もない。

 

 いかにも準備万端なアンナさんの服装と違って、こころちゃんは軽装だった。

 けれど服装がいつもと違う。

 ブラウスに、肩紐のコルセットスカート、ネイビーのニーソックスに靴と青系のコーデにまとめている。

 

 

「おはようっ、花音、アンナ! う~ん、お日様も晴れやかないい天気だわっ。あたし達しかいないから大はしゃぎできるわね!」

 

 

 にこやかな表情だった。

 

 学園でもそうだけど、こころちゃんの身体を直接捕まえた人はいない。アンナさんは本当に捕まえることができるのだろうか。

 

 アンナさんは私の対応とは違い、声の調子をやわらげて話しはじめる。

 

 

「お姉ちゃん一人だけよね、余計な人達はしっかりお留守番しているの?」

 

「園内にはあたし含めて三人しかいないわ。外にはちょっといるかもね? でも不思議、園内にいた人は眠ったままどこかいっちゃうし、外の人たちは園内に近づこうとしないのよ」 

 

 

 不思議そうに首を傾げた。けど、眠った人がどこかいくなんて普通はないから状況を知りながら話しているのかも。

 

 

「一般の作業員ね、お姉ちゃんの手の者がやったのでしょう? そんなことより、兄伯父達の喧嘩の仲裁なんかやめて。お友達だってこうして心配しているわ」

 

「あら、やっぱり花音は協力することにしたのね。アンナだっていつもならお喋りだけでお父様の元へ帰るのに、あたしを捕まえようとするし……もう一度言うけど、あたしの心配はいらないわ。いつも通りの事をするだけよ」

 

 

 笑みを絶やさないこころちゃんの様子をみて、意思を曲げるつもりはないとわかる。

 ところで、こころちゃんが違和感ある言葉を言った気がするけどなんだっただろうか。

 

 

「仲裁をやめないなら、お姉ちゃんを捕まえて外部の力に頼るだけよ……ところでお父様って?」

 

「アンナは男嫌いだから黙っていたけどお母様は昔、お父様だったのよ? 一部の見た目は女性だけれど性別なんてあってないようなものね。それにしても、話をしたいなら研究所を出てお外でお喋りしましょって言っているのに、連れて戻ることしか考えないから大変だわ」

 

 

 衝撃的な事実、こころちゃん達のお母さんはお父さんだった。

 でも、性別の区別がないってどういうことなのか。

 

 

「……あのババア死なないかしら? そのババアのことだけれど外を出ると面倒事が多いし、外が怖いってね……いけない、話が脱線してしまうわね」

 

 

 アンナさんが舌打ちでもしそうな話し方だった、そんなに男の人が嫌いなのかな。

 

 

「このままお喋りしましょうよ」

 

「ダメよっ! なら聞きますけど、今のわたしが兄伯父達の仲裁をしたら想像つくでしょう?」

 

 

 こころちゃんが少し黙ると、アンナさんを気遣う様子になった。

 

 

「無謀よね、今の貴女では下地が違い過ぎて巻き込まれて終わりだわ。アンナならそのうち対抗できるようになる。でも、もっと力を備えてからよ」

 

 

 今までの付き合いで人をたしなめる姿を見たのはほとんどないから珍しい。

 前は私を誘拐した怪盗さんにみんなの夜ご飯が遅れるから怒っていた。

 

 

「対抗の可能性なんて銀河の遥か彼方なのは理解しているから……それがあるから、そんな想いがあるから無理やりにでも捕まえさせてもらうわっ!」

 

 

 アンナさんが話しながら取り出した物に、私は目を見開いた。

 レザートレンチコートの内側に両手を入れ、背中側に回して大きな二丁拳銃を取り出してこころちゃんに向けたのだから。

 

 

「……うそっ!? アンナさんやめてっ!」

 

 

 アンナさんに抱きつき止めようとする私に、化物植物が蔓で動きを封じてきた。

 そして、私を持ち上げ二人の傍から離れはじめた。

 

 

「魔装徹甲弾使用、本体重量十七kg、対化物戦闘用十三mm拳銃よ……手足の四、五本吹き飛ばしてでもお姉ちゃんを捕まえてみせるからっ!」

 

 

 アンナさんの両手と拳銃がバチバチと威嚇するように輝きはじめる。

 私はどうにかして植物の拘束から抜け出そうとするも、全く緩まる気配がなかった。

 

 銃を向けられているというのに、こころちゃんからたしなめる様子が消えて笑みを浮かべていた。

 

 

「姉妹喧嘩なんていつ以来かしらね。あたしはここだわ、よく狙ってね! さぁ、仲良く遊びましょっ!」

 

 

 凶器が使われた喧嘩がはじまった。

 

 化物植物に囚われ、巻き込まれないよう離れていくことを止めることもできず見守ることしかできそうにない。

 もっと平和的な確保になると思っていたから頭を鈍器で殴られた気分だった。

 

 二人が無事でいますようにと誰ともなく祈った。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告