夕暮れに滴る朱   作:古闇

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※注意※
きつい描写やキャラ改変などが含まれています。
あなたのイメージするキャラクターと異なるかもしれません。
絶対唯一のもので誰にも汚されたくない人はお戻り下さい。


第一章 難易度:EASY
一話.その手の先に


 

 

 

 じりじりと太陽が照りつける八月が始まったばかりの夏。通っている京都府の大学が二ヶ月間ほどの夏休みとなった。

 バイトも入っていないし、久しぶりに東京の実家に帰ろうと思い、携帯で母親に連絡を入れてお昼頃に京都を出る。

 

 移動手段は東京駅まで新幹線だ。

 

 飲食店でバイトをしているものの、親からのお金で大学へ通っているため自由席にする。

 安い路面電車で帰ればいいじゃないかとも思ったが電車の中を八時間以上も過ごすことになるので辞めた。

 

 新幹線の自由席は、人がまばらに座っている。その中の一つの席に腰を掛けた。

 

 席を軽く倒して目を閉じる。

 体が異様に疲れていたからだ夏バテだろうか。

 

 自由席で寝ようとして体の側面から視線を感じる。

 軽く横をいちべつすると、白髪の爺さんがこちらをじっと哀れんだような目で見ていた。

 

 目が合うと視線外された……面白くない。

 

 何か言いたいことがあるのだろうか。

 とはいえ、面倒事はもうゴメンだ。俺はそのまま目を閉じて眠った。

 

 しばらくして目が覚めると東京駅につきそうになる。

 

 座っている席に違和感を感じて立ち上がり後ろを見れば、席を倒す前の位置に戻っていた。先程の爺さんの嫌がらせだろうか。

 爺さんが座っていた席を見ると、既に人が去ったあとだった。

 

 爺さんでないにせよ、悪戯とは運が悪い。

 

 嫌な気分のまま、新幹線のホームへの扉の出入り口に立って到着するのを待ち外へ出た。

 そういえば、車掌さんから乗車券の確認をされなかった。寝ていても起こされるというのに珍しいこともあるものだ。

 

 東京駅から実家近くの駅を目指す。

 

 実家を出てアパートへ移り住んでから約半年。乗り継ぐ駅を間違えてしまった。妹と同じで電車の乗り継ぎが苦手だ。

 

 それから、ようやく駅の目的地付近に近づく。

 揺れる電車内から見える風景は、輝いていた太陽が山の向こうで真っ赤に落ちてすっかり夕暮れだった。

 

 大学一年目。両親と一人の妹から離れ、一人暮らしを始めてからようやくこの町に戻ってきた。

 

 電車を降りて、実家に向かって駅から一歩出たその瞬間。

 

 

「……人が……消えた?」

 

 

 後ろを振り向いても人がいない。

 駅に入ろうして体ごと正面に激突して頭をぶつけた。

 

 

「ぐぅっ!? ……いて~~っ、何だこれ……見えない壁か? 嘘だろ?」

 

 

 幸いぶつかった反動から転びはしなかったものの、手の平を前にゆっくりと突き出せば壁のようなものがあった。

 

 そのまま手を横に移動させる。

 どうにもこの駅は見えない壁で入れなくなっていた。

 

 何か怖ろしいことになってしまったのではないかと、冷や汗が出た。 

 急ぎ足でこの場から離れる。

 

 駅から離れてから数分。

 今度はショッピングモールを抜けた辺りから同じような建物を横切るばかりだ。

 

 コンビニに入ろうと自動ドアの前に立つも扉は開かなかった。

 

 まだここら辺のコンビニは閉まる時間でもなく中は明かりが灯っている。扉を無理矢理開けようとしても全く動かない。

 他の建物も同様、また、扉のない建物に入ろうとしても見えない壁に阻まれる。

 

 辺りは夕闇になった。

 

 気づかないようにしていたがコンビニを離れたときから誰かに見られている気がする。

 もう耐えられないと、実家に向かって駆け出した。

 

 

「はっ、はっ……」

 

 

 運動は得意ではない。むしろ苦手だ。それでも町を駆けた。まだ視線は振りきれない。

 

 

「はっ、はーっ……」

 

 

 少し走っただけなのに呼吸のリズムが乱れてきた。けれど足は止めたくない。

 

 

「っ、はぁーっ、はっ……」

 

 

 息が苦しい、普段から運動して体を鍛えれば良かったなどと今更ながら後悔した。

 

 走って走って、無理が祟って足をもつれさせて転ぶ。

 体を横倒しにアスファルトの上を滑り、服の内側から熱さを感じた。恐らく擦りむいたのだろう。

 けれど、そんなことよりこの視線から逃れたかった。

 

 うつ伏せに転がり、子鹿のように腕や膝をガタつかせて立ち上がる。転んだときに足を捻ったらしく上手く歩けない。

 

 背後から重みのある音がした。

 

 心臓が波打つ。

 

 勘違いであれと祈ったが、ナニカがこちらに向かって歩いてくる音がする。

 そのナニカが恐ろしくて振り向けなかった。足が地面に縫い合わさったようにして歩きたいのに歩けない。

 

 どうして俺がこんな目にと泣きたくなった。そんな思いを抱いてもナニカの歩みは止まらない。当然近づいてくる。

 

 そして、直ぐ傍。背後にいる気配とともに俺の手首が掴まれた。

 

 

「あああぁぁぁっ!!!」

 

 

 渾身の力で振り向きざまに腕を振り払った。

 

 意外にもそのナニカは化物ではなく少女。

 

 

「わ、びっくりしたわ。あなた人を驚かせるのが上手ね!」

 

 

 俺の後ろにいたのは金髪黄色目の少女だった。

 

 妹と同じ花咲川女子学園の制服を着ている。在学生なのだろう。

 少女はびっくりした、と言いつつも全然驚いた顔をしていない。むしろ楽しそうな表情だ。

 

 言葉と行動を一貫して欲しい。こんな状況では恐怖を覚えてしまう。

 

 逆に驚いたのはこちらの方。

 だが、人の姿を確認したことで安心した。

 

 溜息をつきながら、肩の力が抜け、前かがみに背中を丸めて姿勢を崩す。

 

 

「猫背になって暗い顔をすると幸せは逃げてしまうわ? ほら、スマイル! スマイル!」

 

 

 握った手の人差し指で口角をあげるかのように、触れない程度まで左右の頬に指を近づける。

 

 

「悪い、ちょっと笑顔は無理そうだ。誰だか知らないが君もここに迷い込んだんだろう? 何か知らないか?」

 

「楽しいこと探しに決まっているわ! それとここは早稲田駅の目の前よ。もしかして貴方は迷子なの?」

 

 

 不気味な怪奇現象と遭遇して早稲田駅から離れたのだ。そんなはずは――と思えば、周囲に喧騒が戻ったことに気がついて辺りを見渡した。

 

 人が行き交う駅。その出入り口のど真ん中を占領し、邪魔そうに俺達を見る人々。

 気まずくなり、少女に向こうに行こうと話して、駅から離れ道端の隅に寄る。そんな俺に少女が付いて来る。

 

 俺は悪い夢でも見ていたのだろうか。

 擦ったはずの怪我もなく、疲労だけが残っていた。疲労は精神的なものかもしれない。

 

 

「はぁ~~~ぁ……いや、迷子じゃないよ。でも、助かったみたいだ。ありがとう」

 

「どういたしまして? ところで、あたしと一緒に追いかけっこしましょうよ。きっと楽しいわよ!」

 

 

 心に余裕がでてきた。

 少女をよく見れば結構な美少女だ、中背の女性より少し背が低い。

 

 

「あー、嬉しい申し出だがすまん。疲れているんだ、また今度な」

 

 

 妹を除けば滅多に関われそうにない美のつく少女。

 関わり合いを捨てるのは勿体無い気しかしないが、怖い体験をしてしまったために早く実家に帰りたかった。

 

 それに美人と関わるのは緊張して気が引けるのもある。

 

 

「賞品も出るわよ?」

 

「…………例えば?」

 

 

 色っぽいことならやる気がでるかもしれない。

 

 

「絵本!」

 

「あー……やっぱ、また今度な (俺は子供か! めっちゃいらねぇ……)」

 

 

 ちょっと期待してしまったばかりにますますやる気を削がれた。

 

 それにしても賞品が絵本、明るいこの娘が子供っぽく見えてくる。

 

 

「残念。なら賞品の半分は今あげる」

 

 

 制服の上着の中、胴の裾から腹部辺りに手を手を入れるとキャンパスノートを三冊取り出した。

 

 鞄も何も持っていないからどこから取り出すのかと思えば、上着から出てきた。

 スカートに挟んだ状態ではなく、明らかに上から取り出す動作だった。

 

 少女の胸はしっかり膨らみがある。まな板ではない。どうなっているんだ、あの上着。

 

 「はい」と言って差し出される。

 自分の胸が少し高鳴って手に取れば、意外にもひんやり冷たいノート。缶ジュースが冷えているような、それ。キャンパスノート冷えてます。

 

 

 (今は夏だろ!? マジであの上着どうなっているんだ! ちょっとした色っぽさなんて吹き飛んだわ!!)

 

「残り半分は近所の子供たちの絵本にするわ。人の名前も書いてあるし有名になること間違いなしよ! またね!」

 

「あ、ああ」

 

 

 少女は手を大きく振りながら街の雑踏へと姿が見えなくなっていった。

 

 渡されたキャンパスノートが気になって目を落とす。

 ノートにはずいぶんとカッコつけたタイトルが書き記してある。何度も書き直したのかタイトルの下には筆記の跡が残っていた。

 

 ノートをめくった。

 

 内容を理解してページをめくるたびに、これを創作した人物から距離を置きたい気持ちになる。

 このノートは格好いい言葉やポーズのある絵、中途半端に描かれた下手な漫画だ。いわば黒歴史本だった。

 

 

(これを町の子供の絵本にされるのか……)

 

 

 作者の名前もあるという。

 俺も黒歴史本はあったが、大学の引っ越しの際に捨てた。だから絵本にされた奴に同情した。

 

 後は一気にページを飛ばして可哀想な奴の名前を見てご冥福をお祈りするとしよう。

 

 ページが終わる。終った先、表紙の反対側に名前があった。

 

 俺の名前だった。

 

 ご冥福お祈りしたくなくなった。

 

 ばっちり俺の名前の漢字で書いてある。学校もだ。使いかけのノートにでも書いたのだろう。当時の俺は馬鹿か。 

 これを渡した少女が俺の黒歴史本を持っているのを考えても本は戻ってこない。今は取り返すのが先決だ。

 

 あの少女は花咲川女子学園の生徒。

 ならその周辺に住んでいる、俺の実家にも近いだろう。

 

 町の子供たちが俺の黒歴史を見て変なポーズを覚えてみろ。そうでなくとも黒歴史本を大人に知られたりする。

 羞恥心で死にたくなる、そうなったら俺はこの町に二度と戻らないぞ。

 急ぎ、ノートを何度も破って駅のゴミ箱にまとめてぶち込み捨てた。

 

 雑踏の中に消えていった方向へと、あの少女を必死に探す。

 

 思いの外、早く見つかる。

 少女は街中で多くの子供や大人に囲まれ見守られる中、ジャグリングをしていた。

 

 その数は一〇個。小さなボールの他に果物などボールとは関係ないものが混じっている。

 見もので目立っていた。どういう経緯でああなったのか。

 

 予想のしない光景に呆然と立っていると少女と目が合う。目を輝かせ笑う。

 

 ジャグリングをしながら観客にその手にある物を器用に渡す。

 少女の口が動き、俺に向かって何か話したように思うと観客の視線がこちらに向いたので軽く怯んだ。

 

 その隙をつくように、少女は俺の反対方向へと人混みから抜け出し走リ去った。

 慌てて追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女を追いかけ続けているが一向に追いつかない。

 

 歩道橋の階段を上に向かって三段飛ばしで昇り、追い詰めたと思った公園の緑のフェンスを軽々乗り越える。

 五mある川を飛び越え、道の曲がり角で壁を三角跳びして塀に上がる。驚いた黒猫と一緒に家と家の間の塀を駆けて行った。

 

 驚異的な身体能力を魅せる少女。

 

 追うのを諦めなかったのは、度々後ろをちらりと見て街灯に照らされた楽しそうな笑顔だったからかもしれない。

 

 いつしか実家の近くまで来た。

 

 そこで少女を完全に見失う。夕日は沈んですっかり夜だ。

 

 見失ったことを残念に思いながら実家の敷地内に入る。

 すると、玄関の前に名前の書かれた数冊のノートと熊のようなピンク色の人形の下に可愛い便箋が一枚置いてあった。

 

 俺はそれらを拾い便箋を見る。

 

 

 ”頑張った貴方に残りの賞品をあげる。楽しかったわ!”

 

 

 わかりやすく丸まった文字で大きく書いてあった。名前は書いていない。

 確認するとノートは俺の黒歴史本だ。

 

 俺の苗字は全国でも百人に満たない非常に珍しい名字だ。

 偶然に家の表札を見つけて置いていったのだろう。

 

 そういえば、俺は彼女の名前を聞いていなかった。

 次に会うことがあれば名前を知りたい、探して見ようと思う。

 

 これからの夏休みが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍵を開けて玄関に入ると母親が家の中から出てきて、料理がすっかり冷めてしまったと怒られた。

 

 母に謝り、素早く自室にノートを隠す。

 ピンクの熊の人形はさわり心地がよく、手で転がしながらリビングに向かった。

 

 母に言われテーブルの上にあった料理をレンジで温め、食事の準備をして食べた。

 懐かしい味に心が温まる。

 

 母はテーブルの上に置いたピンクの人形を指す。

 その人形はどうしたのか聞かれて、俺は素っ気なくもらったとだけ伝えた。

 

 子供じゃないんだから約束した時間には帰って欲しいと母に愚痴られ、テレビを見ていた親父には呆れられる。

 しかし妹はまだ帰っていない、女優業をしている妹は帰宅が遅くなることがある。今日はその日らしい。

 

 妹とはあまり会話をせず、実家を離れてから関わりを持たなかったために今日が遅くなるとは知らなかった。

 

 遅い夕食を終えた。

 

 せっかくだから妹を待っていようとリビングで寛いでいると、どこからか電話が鳴る。

 母が自身の携帯を取り電話に出た。

 

 何か話したあと父に携帯を渡す。

 そのあと、通話が終って携帯の通話ボタンを切った。

 

 電話の内容は、妹が県外の劇場で公演の最終日だったらしく、迎えに行った帰りに車整備の不備でタイヤに穴が空いてしまったそうだ。

 幸い事故もなく、帰りが遅くなるのでその連絡をしたとのこと。県内に入り首都高速道路は降りているらしい。

 

 父は兄が帰ってきたと妹を驚かすために車で迎えに向かうことにしたようだ。

 マネージャーに妹をこちらの車で迎えに行くとだけ伝えたとのことだ。

 

 俺は家に出ることを渋ろうと思ったが、母も迎えに同乗するそうだ。

 そうなるとこの家で一人になる、夕方に怖ろしい方の体験をしたこともあって一人になりたくなかった。

 

 両親と一緒に妹を迎えに行くことにした。

 

 食事が終ったあとに手遊びしていたピンクの人形は、妹に見られるのは恥ずかしいので自室に戻り机に置く。

 父が車を準備して家を出る際に、俺の部屋から物音が聞こえたような気する。怖くなり、家にいる母より先に車に乗った。

 

 父が車を走らせる。

 助手席には母、後ろには俺が座っている。

 

 外の風景は見知ったもので変わらない。

 そして町を出て、首都高周辺を目指した。

 

 車が走る中、フロントガラスの正面に道路脇にハザードランプが点滅している車が見えた。

 その横に私服姿の女性が二人立っている。母はあれだと指を差す。

 

 距離が近づけば中背な女性と小柄な少女と確認できる。

 小柄な方が妹だ。数ヶ月ぶりに妹の姿を確認した。

 

 父は車を道路脇に寄せ、車から降りる。母も同じように降りた。

 

 俺も車から降りようとすると酷く強い力で腕を掴まれ車内に引き戻される。

 何事かと腕を引いた正体を探った。

 

 そこには、大の成人男性の大きさで、皮が全て剥がれたように痛々しい脈打つような真っ黒な裸の体。

 顔だけは真っ白く肉付いて仮面のように目と口を閉じ表情が動かない。形容し難い化け物がそこに居た。

 

 その化け物は口が動かないのに水が濁ったような笑い声で俺を嘲笑しているようだった。

 

 

――白鷺 聖也(しらさぎ せいや)の生涯は呆気なく終った。

 

 

 

 




オリキャラ:白鷺 聖也 Pastel Palettesの白鷺千聖の兄。
設定捏造:Pastel Palettesの白鷺千聖の妹はいません。

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