閃の軌跡~翡翠の幻影~   作:迷えるウリボー

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7話 氷の乙女と

 大きな魔獣を倒すと、残るのは静寂だけ。疲労困憊の学生たちは、それぞれの得物を杖代りにして膝を折った。

「ハァ、ハァ……私たち、勝ったの?」

「ああ、どうやらそのようだ……」

 それぞれ少年少女たちは、思い思いに激闘を讃え合っている。若者らしい、疲労を活力に変える快活な笑みだ。自分もそんな時代があったと思うが、同じぐらい学院で暴れまわったのは随分と前のこと。その時を思い出して懐かしさを噛み締める。

「さて……こっから先は大人の仕事だ」

 ふぅっと息を吐く。若者の一団から離れ、もう一つの集団へ。

 少しばかりきっちりとした口調で、シオンが問う。

「フェイ、盗品は?」

「できる限り避難させましたよー。僕が管理してからの物品損傷はありません」

「ケイルス、実行犯の様子は?」

「オーケー、学生たちが拘束した四人、全員縄で縛った。抵抗もなしだ」

「了解」

 グルノージャの巨体相手に振り回してしまったものだから、安物の剣はもう刃こぼれを起こしている。少しぐらい出費がかさんでも、自分で剣を見繕った方が良いかもしれない。

 それはさて置き。

「お前ら……何者だ」

 ボロボロの剣を振り、偽用務員の首筋に当てる。彼らの風貌からしても、容赦をするつもりはなかった。

「お、おい! 話が違うじゃねえか! 何で俺たちを拘束するんだ」

「話が違う? 何のことかは知らないが、確かなのは大市の商品の窃盗及び器物破損容疑で連行するってことだ」

「あ、あんたらも領邦軍なら、あいつのことを知ってんだろう!? だったら助けてくれよ!」

「あいつ……それも締め上げるから、名前特徴風貌含めいろいろ尋問する必要があるってことだな」

「ぅぅ……」

 偽用務員たちは呻く。

 そもそも盗品がこの場にある以上彼ら偽用務員がこの事件に関与したことは確定的であり、そこを疑う余地はなかった。必要なのは二つ。一つは、『あいつ』なる人物のこの事件への関係。

「それと認めたくはないが、完全にこいつらと領邦軍が仲良しこよしって件についてだな。はぁ……泣けてくる」

 シオンの嘆きには、SUTAFE一同同意せずにはいられない。偽用務員が自分たちに助けを求めるのが最大の証拠だ。

 領邦軍は、今回の事件の首謀者。増税に反対する町民の声を潰そうなんて言うバカげた理由のため。

「まあ、ここまで決定的にやったんだ。あとは然るべき機関までこいつらを運べば、領邦軍もぐうの音も出ないだろうさ」

 そう強がって見せて自分を鼓舞する。自分たちと学生は、自分たちが正しいと思うものを貫いてここまでやって来た。その余韻に浸るためでもあるし、同時に最後の仕事を終えるまで気を抜かないための気合を入れるためでもある。

 シオンは、最大限空の女神(エイドス)もびっくりな加虐的な笑みを浮かべて犯人たちに迫る。

「さぁーて……あとは晒し首だ」

「シオンさん、ちょっと怖いです」

「レイナちゃん、突っ込まない方が身のためだよ。学生の時から変わってないし」

 ともあれ、最大の難所は去った。あとは犯人たちを公の場所に連れていくだけ。

「そのための通報なんかは、彼ら(学生たち)にやってもらうとして――」

「待った、班長。事はそう簡単には行かないらしい」

 しかし年長のサハドがシオンの口撃を止めた。悪魔崇拝でもするかの様な笑みにも何も言わなかったのに。

 良い知らせではないのは確か。振り返ったシオンは、その原因を見て、今度は真面目に嫌そうな顔をする。

「お出ましかよ」

「お前たち、何をしている!」

 鋭い笛の音と共にやって来る集団。自分たちSUTAFEと同じデザインなのに、色の違いだけでこんなにも嫌悪感に苛まれるのは皮肉なものだ。

 今朝、大市での騒動を強引に収束させた、この事件の首謀者(疑い)。

 睨み合った小隊長とその部下たち十人ほどがこちらにやって来る。手に持つのは銃剣。こんな所までやって来るのだから当たり前だが、この場においては嫌な印象しか受けない。

「班長、どうする?」

「まずは説明しましょう。連中もこんな決定的な状況なら……」

 言い切る前に、希望的観測も絶望に変わる。それは兵士たちに取り込まれたのが実行犯ではなかったからだ。

「何故、彼らではなく我らを取り囲む?」

「弁えろ、と言っているのだ。学生風情が現場を掻きまわしおって」

 小隊長が冷徹な声で言う。ラウラの怒気に満ちた表情にも、数の暴力で通じない。

「完全にグルじゃないか……」

 橙髪の少年がいった。全くもってその通りだった、反吐が出るほどに。

「なんの話だね」

 小隊長が、さらに前へ出る。

「確かに盗品もあるようだが、彼らがやった証拠はないだろう。むしろ状況を鑑みれば……君たちが犯人であるとも言えないかね?」

「ひ、酷い……」

 兵士たちには聞こえない程度の声量。レイナの呟き。

「先ほども言ったな。弁えろ、と。ここはアルバレア公爵家の治めるクロイツェン州だということを判らないのか?」

 それはこの場において、まかり通るのは倫理と人道ではないことを表している。

 どこまで行っても、是とされるのは階段の上で平民を見下ろす貴族だということ。

「――るな」

 ここへきて、シオンが下を向く。それに気づいたのはケイルスのみ。親友の様子の変化に、ケイルスだけが肝を冷やす。

「貴様らもだ」

 SUTAFEの同僚さえ気づかない変化に、小隊長が気づくはずがない。愚かしいくらい厳しいその言動は、学生からSUTAFEメンバーに向けられる。

「部隊長が告げていたはずだ、無用な手出しはするなと。全く揃いも揃って恥を晒して……」

 呆れるような声。一通り愚痴に聞こえない愚痴を漏らしてから、離れている班長に声をかける。

「……まあいい、貴様が班長だったな。とっとと全員を引き渡せ」

 全員。それは実行犯の四人であり、学生の四人。そして同時に、自分たちSUTAFEにこの場を引き渡せというメッセージでもある。

「何を言っているんだ」

 シオンは下を向いたまま、それでもその場の全員に聞こえる疑問を発した。無論、小隊長にも聞こえる声量で。

「なに?」

「現状、今朝の事件の調査結果。色々総合的に重ねてみても、そこで座ってやがる奴らが犯人なのは明確な事実だ。犯人扱いする人間を間違えていると言っている」

「口を慎め、たかが中隊規模の班長風情が。同じ領邦軍のよしみとして特別に見逃してやる、と言っているのだ」

 シオンは堂々たる所作で小隊長の前に立つ。その道中、止めようとするケイルスも心配な表情のリィンも、慌てふためく兵士も押しのけた。

 対峙するのは、青と翡翠。

「貴様の態度はアルバレア公爵の耳に届くぞ。SUTAFEだったか……この場を見逃すのであればお前たちの行動を不問にしてやらないこともないが?」

「――っ」

 それはある種の取引。自分たちの、何より学生たちの頑張りを無にする甘い囁き。

 シオンの感情は、この瞬間振りきれかける。

 彼ら《学生》が犯人の可能性があるだと? この期に及んでどうしてそんな妄言を並べられる。

 ふざけるな。この数ヶ月で最大級の怒号を並べようとして。

「ふざけ」

「その必要はありません」

 後ろから通った、落ち着いた涼やかな声に遮られた。

「ふん。何事、だ……あ」

 小隊長の侮蔑したような鼻鳴らし。そして後ろを振り返り、動揺。

 小隊長が動揺した理由が判った。それは、この場に現れた新たな存在が、誰もが度肝を抜くような者たちだったからだ。

 整えられた灰色の軍服に、大きなアサルトライフル。一糸乱れぬ整えられた所作。

「あの制服――TMPだ!」

 橙髪の少年が言った。

 TMP。Train Military Police。鉄道憲兵隊。

 紫の軍服を纏う帝国正規軍に所属し、しかし灰の軍服を纏う組織きっての精鋭たち。その名の通り、鉄道網を駆使し各地の治安を維持する部隊だ。

「落ち着いてください。この場は我々、鉄道憲兵隊が預かります」

 何人ものTMP、その中心から来るのは一人の女性だった。薄青の髪をシュシュで纏め、後ろに流した妙齢の美女。それは冷ややかな視線というべきか、それとも。

「ア、氷の乙女(アイス・メイデン)……」

 狼狽える領邦軍兵士たち。それはクロイツェンに限らず、SUTAFEの人間も同様だ。

 その二つ名は彼女の功績を称えたものであり、また畏怖と皮肉を込めたものでもあった。

 彼女が現れてから、誰もがまさに薄氷の中に閉じ込められる様に静まり返る。

 彼女はシオンと小隊長の前に立つ。そして、こちらを見てきた。

「貴方も、どうか落ち着いてください。一人の軍人……()()()()()()()()()?」

 その声にハッとする。彼女は、余裕のある含み笑いをこちらに向けていた。

 揺さぶりかけた怒りが、氷の乙女の一声で冷えていく。いや、どちらかといえば溶かされたと言うべきか。

 少なくとも、こんな小隊長たち相手に激情を駆られるほど子供でいたくはなかった。

「はぁ。そっちはどこまでも正規軍……()()()()()()()()

 だから、一先ずは余裕の笑みを浮かべることにした。最後の最後くらい、学生たちにカッコいいところを見せなくては。

「な、貴様ら何をにやけているっ。この地は我らクロイツェン州領邦軍の管轄地……正規軍にも、貴様ら余所者(SUTAFE)にも介入される謂れはない!」

「お言葉ですが、ケルディックは鉄道網の中継点でもあります。そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生する……その事はご存知ですね」

 彼女の一声に、小隊長は反論できない。今だと言わんばかりに、精一杯の作り笑い、営業トークで応戦する。

「それに、学生たちを犯人扱いするのも無理がありますよー。元々状況から見て、あの学生さんたちがやったとは考えられないって言ったじゃないですかー」

「き、貴様……言うに事欠いて!」

 一歩前へ。こんなオヤジの顔など近づけたくなかったが、これも演技だ。仕方ない。

「落ち着いてください、小隊長殿。どの道、この場じゃ貴方の負けです。TMPを動かすことはできない」

「……」

 二人の若者に追い詰められ、小隊長は唸る。そろそろ潮時だった。

「……撤収! ケルディックまで帰投する」

 慌てた様子で部下たちが号令。一番緊張を生んだ因子である。彼らが消えたことで、場は少しばかり和らぐ。

 領邦軍が完全に撤退したところで、女性将校はこちらにも少しばかり涼やかな声色で言ってくる。

「それで、貴方がたは撤退しないのですか?」

 さっきの含み笑いとは違う、探りを入れるような感覚。妙な展開だなあと笑いつつ、SUTAFEの規定を暗に伝える。

「いや、俺たちは引かないよ? 彼らはあくまでクロイツェンの領邦軍……俺たちとは違う枠組みだから、あの小隊長の命令が俺たちに適用されるわけじゃない」

「なるほど。それが貴方たちの『強み』というわけですか」

「いんや、どちらかというとパイプ作りってとこだけど」

「ふふ……」

「ははは……」

 やがて、二人して笑いあってしまう。一転して行われた部下たちへの指示は、ほぼ同時に響いた。

「SUTAFE八班、実行犯三人をTMPに渡して、一人はそのまま拘束する。それと学生さん、こっちに来てくれないか」

「これより残る三人の実行犯を拘束後、ケルディックへ帰投します。……ええ、実行犯の一人は彼らに任せます」

 あっけにとられる学生たちを尻目に、大人たちはテキパキと行動していく。TMP、SUTAFEどちらの兵士も周辺の状況確認や、隊長あるいは班長の二人への報告だ。

 学生たちからしてみれば、それは少し奇妙な光景だった。自らを領邦軍の一員と名乗った軽い性格の青年と、冷ややかな印象の正規軍将校が互いを遠ざけることなく話し合っているからだ。

 部下たち同志は突然の実行犯の処遇に驚いているようだが、それでも特に諍いもなく共同作業をしている。

 いそいそと近づいてきた学生たちに、女性将校が優しく微笑んだ。

「トールズ仕官学院、特科クラス七組の皆さんですね。調書を取りたいので、少々お付き合い願えますか?」

「は、はい」

「へぇ、君たち()()クラスなんてとこの所属なのか」

 珍しい言葉が聴こえたものだから、シオンが噛みついた。さらに詳しく聞いてみると、今年から新設された特別なカリキュラムを組んでいるクラスらしい。制服の色も違うようで、通りで紅色の制服を知らなかったわけだ。緑と白の制服しか知らないのだから。

 学生たちからしてみれば、この状況の方が奇妙なものだ。今まで色々と頑張って事件の謎を追って来たのに、最後の最後に大人たちが自分たちを置いてけぼりにしているのだから。

 だからか、リィンは一つ、気になったことを尋ねる。

「シオン准尉、お二人は面識があるんですか?」

 対立するはずの組織の二人が、冷静に話し合っていることについてだ。

「ああ。そりゃな。言ったろ、『頼むぜ後輩君たち』って」

 学生四人が驚いた表情になる。それは先ほどの戦闘の時にリィンのみに向けられた言葉だが、戦闘後の興奮も落ち着いた今なら簡単に判る。

 女性将校がクスッと笑い、シオンが答えようとする。

「そう、俺たちは――」

「おーい!」

 突然、七組とシオンと、女性将校ではないものの声。しかしそれは新たにこの場に現れたのではなくて、元からこの場にいた者。実行犯の拘束と準備を済ませたケイルスだった。

 親友は近づいてくると、満面の笑みで喋りかけたのだ。女性将校に。

「クレアちゃんだよな!? うわー、本当に久しぶりだなあ! 元気してた!?」

 まさかの親しみすぎる言葉遣いである。ケイルスとシオン、女性将校を除いたその場の全員が凍り付く。

「ケイルスお前……場所を考えろよ、場所を」

「『クレアちゃん』って、ケイルスさん。もう学生ではないですし、それにお互い軍属ですから」

 苦笑と微笑みが混じる、けれど怒りや不信感のない親しみある会話だった。それは、シオンも女性将校も変わらずだ。

 彼女はシオンに向き直る。

「改めて、ケイルスさんもシオンさんもお久しぶりです。卒業以来ですね」

「はぁ……そうだな、リーヴェルト」

 シオンは疲れたように頭を掻いた。この場から逃げたいというような表情で、ケイルスにより遮られた学生たちとの答え合わせに戻る。

「俺たち三人、トールズでは同級生だったんだよ」

「ええ!?」

「トールズの卒業生!?」

 橙髪の少年、金髪の少女が大声を上げる。思いがけない先輩たちの登場だ、声を出さずとも口をあんぐりと開けたのはリィンとラウラも同様だった。

「改めて……帝国正規軍鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。よろしくお願いしますね、七組の皆さん、そしてSUTAFEの皆さん」

 将校――クレアは、灰色の制服に似合わない美しい笑みを浮かべる。その名を聞き届けたリィンたちは、さらに絵に大きな声を上げるのだった。

 

 

――――

 

 

 SUTAFE、TMP、学生たちはケルディックへと戻った。TMP以外の人間たちは、朝から調査と移動の連続である。疲労は目に見えており、もう夕暮れとなっては達成感というより疲労というべきだろう。

 まずはオットー元締めの元へと向かい、盗品が無事であったことと実行犯を拘束することができたことを伝える。ちょうど被害にあったハインツとマルコも居合わせており、最終的に和解をすることができた。

 その後は、TMPを主体とする事情聴取に時間を割かれることになる。こうして正規軍が関わった以上、事件の道程を最後まで報告する義務があった。

 少し離れた場所で、TMP隊員がSUTAFE兵士と学生たちに調書を取っている。兵士と隊員は少し気まずい空気が流れているが、元々性格のいい同僚たちだ。いざこざはなく順調に作業が進んでいた。

 夕暮れの中でそんな奇妙な光景を眺めながら、先に調書を終えたシオンとケイルスは、クレアと三人で向かい合っている。

「それにしても、シオンさんだったんですね。オットー元締めに通報の催促をした領邦軍兵士というのは」

「ああ。俺たちも所属はあくまで領邦軍だからな。あのままだと結局小隊長たちの暴挙で終わっていただろうし」

 ルナリア自然公園に向かう前に言っていた『保険』、それはオットー元締めへ正規軍への通報を促すものだった。いくらSUTAFEメンバーが純粋な領邦軍の枠組みから外れているとはいえ、逆上した小隊長たちがそのルールに則って実行犯を渡すとは限らないと考えていたのだ。事実、あの場で小隊長は学生を取り囲むなんて言う暴挙に出た。

 そして幸いというべきか、その保険は意味を果たした。

「オットー元締めは『知り合いの領邦軍兵士』と言っていましたので。その時点で噂の新設された組織だと考えました。さすがにそれがシオンさんだとは考えもしませんでしたが」

「それは俺も一緒だよ。まさかクレアちゃんとTMPが来るとは思わなかったからな」

 未だちゃん付けを止めないケイルス。恐らく金輪際直らないだろう。シオンは呆れ果て、クレアは変わらず苦笑している。

 それはともかく、と先に呟いてからクレアが言った。

「SUTAFE、四州連合機動部隊。そのような組織が領邦軍で新設されたというのは聞いていました」

「ははは、少しばかりうざったいでしょ? 明らかにTMPを牽制する目的に作られた組織だろうしな」

 と、ケイルス。

「ええ……少しは。こう昔馴染みでもないと集まって喋ることなんてできないですからね」

 元々貴族派と革新派は対立してるのだ。貴族派からしてみればTMPが自分の領地を我が物顔で歩かれるのも納得がいかないだろうが、それに対抗して独自に動けるSUTAFEが設立されたのは火に油を注ぐ行動でしかない。たまたまシオンの行動がTMPと同じ方向に向いていただけで、別のSUTAFE兵士だったらTMPとの間で険悪な状態になっていたに違いない。

 それにこうしてトールズの卒業生という間でもなければ、一班長と一隊長が会話をするなんてできるはずもない。

「にしても、シオンにクレアちゃん。実行犯の扱いはあれでいいのか? どういうもんだかさっぱりなんだが」

「いいんだよ」

「いいんですよ」

「……君ら、本当に息ぴったりだよね」

 全く同じタイミングで発せられた同じ意見に、ケイルスははぁっと息を吐いた。

 シオンが自分で言ったように、正規軍の存在は『保険』だった。その結果現れたTMPに実行犯を明け渡すのは、SUTAFE八班全員が納得をしていた。

 なのに、SUTAFEが一人だけ実行犯の処遇を引き受けたのは、シオンが考える限り最善のバランス取りであったのだ。すなわち、貴族派と革新派のバランス取りだ。

「一つはこのまま調査に協力することで、TMPを介した情報収集ができる。二つ目にはTMPに負けっぱなしでなく、一人の処遇をもぎ取ったっていう領邦軍上層部からのお墨付きができるだろう」

「兵士同士が険悪になり、一触即発というのはこちらとしても避けたいものですから」

 最終的にSUTAFE側の実行犯は貴族派を介して無罪放免に終わってしまうかもしれないが、ある意味では最善の策でもあった。

「そっかー。にしてもあの状況でそんな口裏を合わせるなんてな。さすがは――」

「クレア大尉。SUTAFE、学生たちの調書を終了しました」

 ケイルスが納得して会話を続けようとしたが、どうやら時間のようだ。

「ご苦労様です、ドミニク少尉」

 関係者がぞろぞろと集って来る。のどかな町に人間がごった返すのも、あまり気持ちのいいものではなかった。当初の目的と比べて随分と違う結果となってしまったが、できる限りの情報収集もできた。そろそろ、帰る頃合いだった。

「それじゃあな。七組……後輩とも色々喋れて楽しかったよ」

「はい、シオン准尉も……ありがとうございました」

「数々の無礼……申し訳ない。感謝する」

 リィンが神妙な面持ちで感謝を述べる一方、ラウラは今までの態度を軟化させた。学生たちにはSUTAFEという新たな組織であるというのを、ケルディックに帰る途中で説明してある。特性的に領邦軍であるのは変わらないが、それでも一枚岩でないということは理解してくれたらしい。自分たちの印象を守ることは出来たようだ。

「……リーヴェルトも、お疲れさん」

「ええ、シオンさんも。協力、ありがとうございました」

「じゃあな、クレアちゃん!」

「ええ、ケイルスさんも」

 最後まで直らなかった呼び方に、クレアは最後まで笑うのみだ。

 SUTAFE八班は、街道へと向かう。予め連絡していたSUTAFEが寄越した飛行艇が来たのだ。これに乗り、実行犯一人を含めてリーブスへと帰る運びとなる。

 駅出てきた赤髪の女性がこちらへ向かってくるような気がしたが、立ち止まるのは止めておいた。

 少しばかり目立つ自分たちをうっとおしく感じるが、すぐに考えるのを止める。飛行艇から出てきた他班の同僚たちに礼を告げ、八班の面々は飛行艇へと乗り込んだ。形だけの簡単な手続きを済ませ、飛行艇は空へ舞った。

 班長として、飛行艇の中でも他班の同僚たちと会話を続ける。それは適当に流しつつ、青年はこの二日間の出来事を考える。

(はぁー。今までの三年間と比べて、一気に色々起こりすぎだろ)

 SUTAFEの設立によって行われた、出会った他州の人間たちとの調査。そこで出会った珍しい学生たち。懐かしさを感じるかつての旧友との再会。

 感じたのは予感だった。今回貴族派の戦力である領邦軍が犯した、犯罪とならない厄介な罪。何より、これがあったのだから学生と彼女との邂逅を果たしたのだろう。何より、貴族派と革新派の争いがあるから自分はSUTAFEなんて組織に配属されることになったのだ。

 感じた予感は、背筋を凍らせるものだった。意の異なる為政者同士が、お互い引かずに向かう終着駅など、一つしかない。

 ここから帰れば、まだまだ仕事が残っている。SUTAFE上司への報告と、領邦軍の正当性を立てるための思ってもない賛美を唱えなければいけないのだから。あまり賛同できない考えを褒め称えなければいけないのだから。

「はぁー。やるしかないか」

 少しでも、行く先が良いものであるように。少しでも、自分が放蕩して人生を生きれるように。

 その二つの目標が相反するんだと突っ込める人間は、今は誰もいなかった。

 油や裂傷を携えた歴史と風格を持つ飛行艇が、夜の帝国を駆けて行った。

 

 

 

 





どうも、羽田空港です。翡翠の幻影、序章の投稿が終了しました。
ここまでのように、『翡翠』は『心』より特に不定期で、一気に投稿する時もありますし、時々ふらっと投稿する時もありますので、長くお付き合いいただけるとありがたいです。
また文字数ページ数としては『心』より小さい規模となる予定です。


次章のタイトルは、『帝国の火種』、次話は『水面下の攻防』。
閃シリーズの始まりの事件、ケルディックでの騒動を起点に、帝国に存在する導火線の火は一気に加速していく。微妙な立場と心境となるシオンの同行に注目です。

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