その特異性故にガンプラバトル以外への利用も研究されている物体である。例えば操作系統や武装も異なるガンプラを自在に動かす技術は義肢に応用できるため、プラスフキー義肢という新たな義肢の開発が始まっていた。
「3、2、1……ゴーシュート!」
おもちゃ屋『セカンドムーン』はお休みになると子供たちで賑わう。霞も店員としての仕事に慣れてきて、子供たちの顔馴染みになってきた。一緒にベイブレードやガンプラバトルをする姿が微笑ましい。
「霞ちゃん、今日はダンナいないん?」
真耶は継人との関係を茶化しながら聞く。元々、継人は家や学校と違う人間関係を霞に与えたかったからバイトを紹介したまでで、彼女がいないタイミングを狙って来ることが多くなった。
「継人はバイトです」
「新薬の?」
「いえ、近くのピザ屋で人手不足みたい……」
たどたどしかった話し方も滑らかになり、霞の回復が伺える。ピザ屋と聞き、真耶は場所を特定する。
「あー、ドルフィンね。美味しいから人気だよね」
この近所には美味しいと噂のピザ屋『ドルフィン』がある。ガンプラのバトルシステムもあり、バトルを観戦しながらおいしいピザを頂けて人気だ。デリバリーもやっており、慢性的な人手不足でいつもバイトを募集している。
「大丈夫かな、ドルフィン……」
数々の店を物理的に潰してきた継人がそこへ行ったと聞き、真耶は店が燃える様子を思い浮かべてしまった。
「お、そろそろ時間だね。上がんな」
「はい。ではお先に失礼します」
霞のバイト時間も終了。エプロンを片付けて荷物を持ち、退出するかと思いきや何か店の中で探し始めた。ガンプラのコーナーを重点的に見ている。
「どうしたんだい? 初任給の使い道探し?」
真耶が聞くと、霞は答える。
「ガンプラ、今使ってるの、自分でもなんで選んだのか分からないから、自分で選んで作って、バトルしたい」
「そうか。確かAGE1だったね。あれはおススメされやすい良キットだよ。そうだね……」
ガンダムの知識は真耶にも多少あるが、何を勧めていいのかは分からない。それなら、とある方法を提案する。
「だったらアニメ見てみなよ。ビデオ借りてさ。まずそのAGE1が出ているガンダムAGEからとか」
「あ、そういえば継人、家の前の持ち主がガンダムのDVDたくさん持ってたって言ってた」
ちょうど、継人が管理している家にはガンダムの映像ソフトが山とある。それを見て、自分が使いたい機体を探す作戦だ。
「やってみます」
「だな。んじゃ、またな」
霞は店を出た。まずは自分のガンプラ探しだ。なぜ記憶を失う前の自分があのキットを選んだのかはわからない。ただ、それとは関係なく詩乃の様に自分で気に入った機体を使いたい。その目標に向かって、霞は動き始めた。
@
一方、詩乃もバイトの真っ最中だった。ミニスカートのメイド服で客を待つ。
「誰も来ない……」
「今日はちょうどドルフィンのセール日だからね。みんなピザを食べに行ってるんじゃない?」
カウンターでコーヒーを入れる長髪の女性は継田奏。このカフェ、マスカレイドのオーナーだ。この近辺にはポレポレやレストランアギト、たちばなと飲食店が軒を連ねるが、いずれもマスターの人柄が違うため客層もバッサリ分かれる。
「噂じゃ一度菊池西洋洗濯舗の人たちが助っ人やったけど、あんまりにも忙しくて狼っぽい兄ちゃんが引き受けたくないって言いだして」
「そんなに大変なんだ……」
その忙しさに背筋を凍らせながら、詩乃はただ掃除をする。ここのカフェは今着ているメイド服以外にも様々な衣装があり、撮影スペースもある一種のコスプレ喫茶だ。その分大きな店舗で、ガンプラバトルシステムまである。
「それにしてもこの貸しガンプラ、すっごい綺麗。誰が作ったんですか?」
詩乃は貸出をしているガンプラを見やる。丁寧に作られており、継人の物を軽く凌駕する出来だ。特にジンクスは30機あり、それぞれにデカールでナンバーまでついている。その上でジンクスⅢやⅣの各種バリエーションまであるという充実ぶり。
「作ったのは私の甥なんだけど……」
「ん? 確か継田って……」
詩乃は今更ながら奏の苗字を思い出す。それに聞き覚えがあると思ったら、なんと同じクラスにいるではないか。同じ苗字の人物が。
「うちのクラスに継田響っていう人がいるんだけど……」
「そう、その子」
まさかの繋がりである。しかし、彼は入学式含め、一度も学校に来ていないのだ。時々継人が連絡のプリントなどを足しげく通って渡しに行っているらしい。
「うちのバカが何かご迷惑をおかけしてませんか?」
継人がお使いをしている、という点が詩乃には気がかりだった。何かとんでもないことをしでかしていなければいいのだが。
「ううん。そんなことないよ。ただプリントとか置いていくだけ。顔も見てないんじゃないかな?」
「結構ドライっていうか塩対応?」
が、以外にもそんなことはないようだった。
「いやー、でもああなってると、みんな学校で待ってるからおいでよ!ってぐいぐい来られる方が困るからねぇ」
「え? それはどういう……」
詩乃が聞きかけた時、ドアのベルが鳴って店に人が入ってきた。反射的に挨拶をする詩乃だったが、その顔を見て営業スマイルを引っ込める。
「いらっしゃ……ってソメヤ先生か……」
「なんだ、お前こんなとこでバイトしてたのか」
ソメヤ・ショウキ先生、詩乃達の学年で体育を担当する教諭だ。教え子より背丈は低いが、体育の先生にありがちな運動苦手な生徒の気持ちが分からないという問題を持たない、優秀な先生である。
「ほら、響にピザ持ってきてやったぞ。飯くらい食えよって」
「ソメヤ先生、うちの担任じゃないですよね?」
詩乃のクラスの担任はお馴染み富士川海士。それがなぜ、体育の先生が出張る事態になっているのか。
「その担任が『ああいうのは日にち薬しかない』ってしょっぱい対応するからだよ。ったく……生徒の心配くらいしろっての……」
富士川先生も継人と似た対応。これは事情が気になってくる詩乃だった。
「一体、響さんはどうしたんですか?」
「あー、これ言っていいのかな?」
ショウキはチラリと奏を見る。あまり言いふらしていい事情でないことは詩乃にも察することが出来た。
「あ、言えないんなら聞かないけど」
「いえ、知っておいた方がいいかな。あなたなら、響とも仲良くしてあげられそうだし」
奏は話すことにした。なぜ響が学校に来ないのかを。
「あの子はね、黒曜学院の高等部に進む予定だったの」
「え? それって東京にあるあの超エリート校の?」
黒曜と聞けば駅弁やMarchも知らない人さえ思い浮かべる超エリート校。幼稚園から大学までを揃え、初等部以前に入学した生徒はカウントクラスという特別カリキュラムで育成される特殊な形態を持つ『公立』の学校である。
「でもね去年の春休み、高等部に上がる直前に家族旅行で飛行機事故に遭ってね。両親を亡くしたばかりか右腕を失ったの」
詩乃は黙りこむ。それは当然、学校どころの騒ぎではない。
「しかも、黒曜学院は自主退学を勧めてきたの」
「え? なんで?」
オマケに守ってやるべき学校は放逐を決めたという。詩乃も驚愕しかなかった。
「表向きは入院期間分の出席日数不足だけど……」
奏が言いかけた時、ショウキは吐き捨てる。
「一番悪い言い方すりゃ障碍者はいらんってわけだ。クソ、今すぐにでも潰してぇぜ」
黒曜学院は響を捨てた。そこを拾ったのが白楼高校というわけだ。
「当然、響は飲まなかった。でも身体の傷が治っても、心の傷はまだでね、まともに授業を受けられず成績も落ちて、黒曜学院は堂々と彼女を追い出したの」
詩乃は無意識に拳を握りしめていた。今時、公立の学校でそんな対応が赦されていいはずがない。
「ムカつく! 今すぐアリアンロッドに連絡してダインスレイブを軌道上から放ちたい気分!」
詩乃もだんだんとガンダムの文法が分かるようになってきた。
一方、噂のピザ屋『ドルフィン』はてんやわんやだった。三白眼の悪人面をした少年が窯から吹き出す炎を回避する。
「アブね!」
「なんでそうなんの?」
ツッコミを入れている男性店主の横で少年が頭を搔く。黒髪のフォン・スパークといった風体で客商売の面接には通りそうにないが、人手不足の今は外見を気にして人を雇う余裕はない。この少年が噂の佐天継人か、と店主は息を呑む。人手不足か、店が焼きあがるリスクか。前門の虎、後門の狼どころか追加で東西にサメとキノコ男がいる状態だ。それも虎は胸に顔が付いたロボットのことだし狼は金綺羅金の鎧を纏う魔戒騎士だし、サメはシャークトパスだ。そしてキノコはワスカバジ。
「粉撒きすぎなんじゃない? 粉塵爆発でしょ今の?」
「そんなバカな! 私はプロだ、そんなミスはしない!」
店主はそう言うが、継人の主張は概ね合っていた。窯にくっつかないように撒く粉が、忙しさと継人のプレッシャーで常識を超えた量になっていた。加えて窯はピザを焼き続けて限界の状態。いつ火事が起きてもおかしくない。
扉が開き、ベルが鳴る。新たな来客だ。
「いらっしゃいませー!」
店内にいた女性陣は息を呑む。純日本人の黒髪に黒い瞳であるにも関わらず、まるで英国の王子を思わせる気品持った美少年が入ってきたのだ。その只者ではないオーラに、継人も反応していた。
「こいつ……」
「すみません、只今混雑しておりまして……少しお待ちください」
さすがに店内はいっぱい。だが、どの女性も相席を申し出る準備が出来ていた。
「いえ、今日はお客さんとして来たわけではないのです。忙しいならまた今度……」
「用事ってのはなんだい?」
少年と話しているとピザを持った継人が通り掛かる。その皿に乗っている黒い円盤がピザと呼べるかどうかはさておき。
「ちょっと待て! 黒こげじゃないか!」
「うっせ、ぶっつけ本番で今まで焼けてたのが奇跡だっつーの!」
継人は初見でピザを焼かされていたのだ。昼過ぎまで維持出来たのは確かに奇跡に近い。
「うーん、窯がそろそろ限界だね。少し休ませた方がいい」
少年はピザを見ただけで窯の状態を判別する。そして店内を見渡して店主に聞いた。
「何か楽器は置いてないでしょうか。窯を休ませる間、お客さんに演奏でも、と」
「うーん、楽器はないんだけど……」
このドルフィンには楽器などない。お洒落なお店ならインテリアに楽器くらいあるものだが、この店にあるのはバトルシステムのみ。
「ガンプラのバトルシステムならあるんですよ」
「ほう……」
少年はバトルシステムを見つめる。そして遅れながら自己紹介をする。
「申し遅れました。私は黒曜学院の白馬央治。グロウデュークの称号を与えられし者」
「グロウデューク? ダークファルスの親戚か?」
継人はさっぱり分からないという顔で黒焦げのピザを完食する。食べ物は粗末にできない性分であり、コンビニも廃棄になった弁当やおにぎりを一人で平らげた伝説を持つ。
「し、失礼なことを言うな! グロウデュークっていうのはあの黒曜学院のカウントクラスの中でも優秀な成績を持つ者に与えられる称号なんだぞ!」
ピザ屋が必死に説明するも、継人はオレンジジュースを啜ってお口直し。全く理解していない。
「絵が描けないけど小説ならできるやろって感じで始めたなろう小説じゃねーんだぞ。読者は設定読みに来てんじゃないの。そのルシがファルシでコクーンがエクスペリエンスって長々説明ばっかしてると飽きられんだよ」
「やれやれ、無知もここまで来ると天性の道化ですね」
「なんだとコラ」
呆れた白馬の物言いに継人が突っかかる。
「やめておきたまえ。僕は武術の心得がある。武闘家は喧嘩できない、と舐めているようだが、正当防衛くらいなら許されるのさ」
「へ、そっちこそ、このプレジデントに触れるとカブレるぜ」
美少年と悪人面の言い合いが続く。
「君は漆か何かかな?」
「なんかアレルゲン出てるらしいぜ」
「そんな人間いるわけないだろ。せいぜい、ナッツ類のアレルギーがある人にナッツ食べた手を洗わずに触ったとかそんなのだろう」
これ以上言い合っても無駄だ、と白馬は口論を切り上げる。そして、バトルシステムを見る・
「では、窯が休まるまでガンプラの演武をお見せしましょう」
「へぇ、エリート様はそんなおもちゃで遊ばないと思ってたが」
白馬はガンプラを取り出す。赤いザク。見紛うとこなきシャア専用ザク。オリジン版を改造してあるようで、C5型の胸部に両腕ともバルカンが装備されている。そして肩のシールドとスパイクが逆の方に装備されている。目を引くのは装備されたガトリングと大型のアックス。キシリア部隊機のアクトザクから持ってきたものだろう。
「さて、君もガンプラを持っているのだろう? 出したまえ。演武の相手になってもらう」
「へ、吠えずらかくなよ?」
継人もプレジデントカスタムを取り出す。
『battle start!』
フィールドは宇宙。プレジデントカスタムにはやや不利か。だが、果敢に継人は機体を進める。向こうからもガンプラが接近する。まずは一合、ビームサーベルとアックスを打ち合う。白馬のザクはアックスを両手に持っており、手数では優位だった。にもかかわらず、継人は一本のビームサーベルで受けきる。
「少しはやるようだな!」
「グロウデュークってわりに大したことねぇな!」
一見互角に見える打ち合い。しかし白馬は様子見、継人は全力だった。それは彼らにもわかっていた。だから継人は次の手を打つ。
「じゃあこれでどうだ!」
敢えて自分の限界を見せた。ビームサーベルのリーチを見せた。その上でビームサーベルをジャベリンへ変化させる。突然伸びた間合い。普通はここで対応できなくなって貫かれる。まさに一発限りの初見殺し。白馬の様な経験の浅いファイターには効果抜群のはず、だった。
「なにぃ!」
白馬はそれをアックスで受けて間合いを詰める。驚いていた辺り予想こそしていなかったが、対応出来たのだ。
「なんだと!」
仕留めた気になっていた継人は対応が遅れ、そのままアックスの一撃を貰って撃墜された。
『battle ended』
観客から拍手が鳴り響く。完全にヒールの不意打ちを制したヒーローの扱いだ。
「負けただと……このプレジデントが?」
「君、少しいいかい?」
愕然とする継人に、白馬が声を掛ける。
「この辺りでこの様な女の子を見かけなかったか?」
「ああん?」
白馬は写真を見せる。白い犬と写っている少女は黒髪を伸ばし、滅多にいない純粋な大和撫子といった感じだ。
「僕のフィアンセだ。探している。この辺りに懇意にしていた叔父の家があると聞いて、そこにいるんではないかと思ってね」
「知らねーな」
継人は妙な既視感を写真から覚えたが、黙っておくことにした。
「それと、大和民族なら侵略者の王を名乗るのをやめたまえ。日本に大統領制はない」
「るせーな、これは立場じゃなくて心意気、大統領魂だよ」
白馬は継人のプレジデントという名前が気に食わなかった。別に大統領制はアメリカ以外にもあるのだから侵略者の王と決まったわけではないが、白馬の印象ではそうなのだ。一方継人は立ち場の問題ではないという。
王子様と大統領が火花を散らす中、新たな来客が現れた。
「おーす、デリバリー用に店の皿混じってたから返しにきたぞ」
「ソメヤ先生」
ショウキが皿を返しにやって来たのだ。その後ろには詩乃と見知らぬ黒髪の少女がいた。写真の少女とは別だ。外出するにしては伸びた髪が整っておらず、服装も寝間着に近い。
「君は……継田響!」
「知り合いか?」
ショウキは警戒する。まさか気分転換に連れ出した場所で黒曜の生徒に出くわしてしまうとは。白馬が制服を着ているため、すぐに察知できた。
「かつての学友さ。かつての、な」
「グロウデュークとかなんとか言ってる変な奴さ、気にすんな」
継人の中では未だグロウデュークは変なの扱い。が、響を連れているショウキにとってはそうでもない。
「はん、腕一本無くしたガキ一人守らねえ大人に担がれて、まぁご立派なこった。おめーもいつ捨てられるかわかんねーな」
「君は白楼の生徒かい? 白楼は身の程知らずが多いと記憶しておこう」
生徒と間違われ、ショウキのプライドは傷ついた。既に怒り心頭の詩乃と共に継人に抑えられながら攻撃の機会を伺っている。
「ステイ、まだだ、ステイステイ」
そして決定的な言葉が飛び出すのを待つ継人。
「そんな白楼に拾われて君も大変だろう。元、グロウデュークの力を存分に白楼の学史に刻むといい」
「今だ、ゴーゴー! ダインスレイヴ隊放て!」
白楼も響も愚弄した発言に継人から攻撃指令が出る。ワッと一斉に白馬へ襲い掛かるショウキと詩乃だったが、店主が間に入って止める。
「やめてください! うちの店でグロウデュークに何かあったらどんな制裁があるか……!」
店主の必死な態度にショウキも詩乃も矛を収めざるを得ない状況だった。
「ぐぬぬ……」
「流星煌めく夜には背後に気を付けることね!」
優雅に帰っていく白馬。ショウキ達は怒りが収まっていなかった。
「くそムカつくぜあの野郎。いつか潰す」
ただ、響は無言で白馬を見送っていた。彼の真意は分からないが、いい感情を抱いていないのは確かだった。そして、タイミングを計った様に口を開く。
「あの……佐天継人さんですよね?」
「おう」
「頼みたいことがあるんですが……」
響の口から出たのは予想外の依頼。ショウキに乗って外へ出たのは、継人に会うためだったと思われる。プレジデントへの突然の依頼、その内容はいかに。
ショウキ「次回、『飛行機だけは勘弁な!』。いや、なんかダンス関係でアメリカ行くとこいつも一緒にいてな、大体飛行機でひどい目に遭うんだ。死人でねーのはスゲーけど本気か響の奴」