託された力   作:lulufen

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今回は過去最高1万字超え!



第35話 ステイン戦

「着く頃には夜ですけどいいんですか?」

 

「夜だから良い!夜はゴロツキが活発に動くかんな!小競り合いが増えて楽しいだろ!」

 

「楽しいかは別として納得しました」

 

 楽しそうに隣の席に座るグラントリノは、「アイツらとは違う」と言うが、その様子は新技の実験体にするため、(ヴィラン)が出現するのを今か今かと待つお爺ちゃん達とそっくり

 

 怒り狂うだろうから言わないが・・・

 

 スマートフォンからSNSのアプリを起動し、確認するが飯田君からの返信はない

 

 いつもなら3分以内に返信が来るのに・・・・・・やっぱ何かあったのかな

 

 ゴン!!

 

「何のおぶ!」

 

 - お客様 座席にお掴まり下さい 緊急停車します -

 

 何かがぶつかった様な音のあとに新幹線が急ブレーキをかけたことで前の座席に顔を打ち付けた。

 痛む鼻先を押さえつつ顔を上げた直後、外から人が吹き飛ばされるように突っ込んできた

 

「!?」

 

 何ごと!?

 

「っんだあいつ!!」

 

 ヒーロー!?

 

 突っ込んで来たのは現役のプロヒーローで、見るからに戦闘で負ったであろう痣や出血などの傷がいたるところにある

 

 ガゴン!

 

「キャアアアアア」

 

 女性の悲鳴が聞こえ、視線を向けると脳が剥き出しとなった、脳無らしき怪物が新幹線の装甲を破壊して乗り込んできていた

 

「小僧、座ってろ!!」

 

「グラントリノ!?」

 

 グラントリノの行動は速かった。僕に「その場で待機」と指示し、脳無らしき怪物に体当たりするように新幹線の穴から飛び出していった

 

 なんだ、何が起きてるんだ!!?何だ今の!?

 

 今しがたグラントリノが(ヴィラン)と共に飛び出していった穴から外を覗くと、グラントリノが(ヴィラン)ごと突っ込んだであろう場所とは別に、黒煙がもうもうと立ち上がる場所があった

 

 ・・・この街は保須市だよな・・・もしかして飯田君も何かに巻き込まれてる!?

 

 数秒の(のち)、けたたましいブレーキ音を響かせて新幹線は緊急停車した

 

「落ち着いて下さい!一先ず席にお戻りください!落ち着いてヒーローを待ってその場を動かないでください!」

 

「すみません!僕、出ます!」

 

「君!!ちょっと!!危ないって!!」

 

 落ち着いて席に座るようにと声を張り上げている職員に一声かけて、先程できた穴から飛び出す

 

 事件解決に貢献できるなんて思っちゃいないけど、せめて飯田君の無事だけは確かめないと!それにヒーロー殺しの件もある。飯田君に何もなければ良いが

 

「一先ず騒ぎの中心部へ!」

 

[翼]

[複製腕]

[爆破]

 

[翼]で空を飛び、[複製腕]に複製した手から連続して爆発を起こして加速

 

「天哉くーん」

 

 地上から20m辺りを飛行しつつ黒煙の上がる場所へ向かっていると、前方から聞き覚えのある名前が聞こえた

 

 天哉って飯田君の名前!?

 

 声の聞こえた方に向かうと、先ほどとは違う種類の脳無らしき怪物の姿が2体暴れまわり、何人かのヒーローが負傷している

 

 飯田君はどこだ!?

 

「何でこんな時に限ってどっか行っちゃうんだ!!」

 

 ノーマルヒーロー・マニュアル!!飯田君の訪問先の人!

 

 先ほどの声の主は飯田君が職場体験で訪問している事務所のヒーローで、飯田君は黙って居なくなってしまったようだ

 

「こらそこの少年!邪魔だよ!ヒーロー(わたし)らが食い止めてる!警察の避難誘導に従いな!間違っても手は出すんじゃないよ!」

 

「すみません!」

 

 どっかに行っちゃったってどこに!?人一倍真面目な飯田君が無断で単独行動をしたってこと!?しかもこんな大事件の時に!?

 

 保須市、飯田君、大事件・・・・・・ヒーロー殺し・・・・・・飯田君の復讐相手

 

 ふと頭に複数の単語が浮かび、一つの答えが出来た

 

 不味い!?もしかしたらヒーロー殺しを飯田君が見つけた可能性がある!

 

 少し離れたビルの屋上まで飛び、[複製腕]に耳を複製し直し飯田君の声を探す

 

「ちっ!!」

 

 雑音だらけで聞き取れない!

 

[索敵(サーチ)]

 

 限界まで索敵範囲を広げて飯田君の反応を探す

 

「うぎぎぎ!!」

 

 膨大な量の情報に激しい頭痛がするが、歯を食い縛って耐える。ツツーと鼻血が垂れるのも構わず探し続け、ようやく反応を捉えた

 

「見つけた!あっち!!」

 

 凄く近くにもう一つ別の気配があった。場所は裏路地

 

「裏路地に2人とか明らかにやばいヤツだ!」

 

 再び、[翼]と[複製腕]、[爆破]のセットで加速しながら目的地まで向かう

 

 確証はないが、過去にヒーロー殺しが出没した街で脳無みたいな奴が暴れ、更にタイミングよくヒーロー殺しが現れるなんて偶然にしてはあまりにも出来過ぎている

 出来過ぎているが、もし(ヴィラン)連合とヒーロー殺しが繋がっているとしたらそれは偶然じゃなく必然になる

 

「あれはヒーロー殺し!?」

 

 嫌な予感的中・・・

 

 反応のあった路地裏をビルの上から見下ろせば連日報道されていたヒーロー殺しと同じ姿の奴と地面に横たわる飯田君の姿

 

 スマートフォンを取り出し、位置情報と共に「応援求む」と文を打ち一斉送信

 

[怪力]

[剛力]

[剛腕]

[鉄腕]

[筋力増強(パンプアップ)]

[筋繊維強靭化(ビルドアップ)]

[炭素硬化(ハードクロム)]

[(パワー)]

[金剛石]

[脚力強化]

[鬼]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

近接戦闘(タイプ:マーシャル)

 

「何を言ったっておまえは兄を傷付けた犯罪者だ!!!」

 

 倒れ伏したまま叫ぶ飯田君に今にも止めを刺しそうなヒーロー殺し目掛けて飛び出し、全力で横っ面をぶん殴る

 

「緑谷・・・君!?」

 

「助けに来たよ、飯田君!」

 

「緑谷君!?何故・・・!?」

 

「マニュアルが探してたよ?真面目な君が断りもなく単独行動するなんておかしい。最近の君の様子で単独行動を取りそうなのはヒーロー殺し関係。そのヒーロー殺しの被害の6割は人気のない街の死角って報道でやってた。嫌な予感がして君の反応を探したら人気のない路地裏にいるし、近くに知らない反応あるしで大急ぎで来たよ。まあそんなことより、動ける?大通りに出よう。僕らだけじゃ荷が重い。プロの応援は必要だ」

 

 僕の問い掛けに対して飯田君はすまなそうに無理と言う

 

「すまない、奴に斬りつけられてから体を動かせない。恐らく奴の【個性】だ」

 

「切ることが発動条件ってことか・・・!?」

 

 もう一人居る!?二人抱えて逃げるとなると厳しいぞ!?

 

「緑谷君、手を・・・出すな!君は関係ないだろ!!」

 

「は?何言ってんだよ・・・今はそんなことにこだわってる場合じゃないだろ!」

 

「仲間が「助けに来た」・・・いい台詞(セリフ)じゃないか。だが俺はこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然・・・弱い方が淘汰されるわけだが・・・さァどうする?」

 

 ユラリと立ち上がったヒーロー殺しはゆっくりと僕らに近付きながら殺気を放ってくる

 目があった瞬間ゾワリと悪寒が走った

 

 お爺ちゃん達の本気の時の眼とも、USJの奴らの狂った眼とも違う殺人者の眼

 

 逃げるのは無理・・・これは腹を括って戦うしかないか・・・

 

「やめろ!!逃げるんだ!言っただろ!!君には関係ないんだから!!」

 

 この期に及んでまだそんなことを言うのか・・・

 

「いい加減にしないと僕も怒るよ?「友達を助けたい」、助けに来る理由はそれで十分だ。余計なお世話はヒーローの本質なんだってオールマイトも言ってたしね。それに後悔しないって誓ったんだ。舌の根も乾かぬ内に『友を見捨てる』なんて最悪な選択をさせないでくれよ」

 

 飯田君を背に、手を前に出してファイティングポーズをとる

 

「てなわけで、お相手願えますか?ヒーロー殺し!」

 

「来い」

 

 ヒーロー殺し目掛け飛び出すように突っ込む。ヒーロー殺しの振るう刃物は硬化した腕で払い、懐に右の拳を叩き込むも半身になることで躱されてしまった

 ならばと体を捻り、ショルダータックルを当てて吹き飛ばし距離を取る

 吹き飛ぶ直前にからかう様に鼻の下を指で触られた

 

「!!・・・な・・・にが!?」

 

 突如体がしびれるように麻痺し動けなくなる

 

 斬られてないのに何で!?

 

 ヒーロー殺しに目を向ければ指先に付いた赤い液体、血を舐め取っていた

 

 血!?まさかさっきのは僕の鼻血を採る為の!?

 

 ここに来る前、広範囲を無理に[索敵(サーチ)]した影響で出血した鼻血はまだ止まっていなかった

 その血を採られた

 

【個性】の発動条件は斬ることじゃない!血を摂取することだったんだ!

 

「誰かのためと謳いながらも己の為に力を振るい私欲を満たそうとする口先だけの人間は腐る程居るが、お前は生かす価値がある・・・が、こいつらは違う。この場で粛清しなければならない」

 

 ヒーロー殺しは、体の自由を奪われて身動きできない僕の前をゆっくりを通り過ぎて飯田君の元へ向かい、その手に持つ刃物を振り上げた

 

[操土]

 

 飯田君目掛け振り下ろされる刃を無理矢理コンクリートを操り受け止める。体の麻痺は【個性】の発動に影響しないのが幸いした

 

 土以外はやっぱキツイ・・・

 

「まだ手合わせは終わって・・・ないんだけど」

 

 【個性】で硬くなっているので斬り殺されることはない。なんとなくだが、もう少しすれば体でこの【個性】を覚えて無力化できそうだ。無力化さえできればチャンスはある。それまで飯田君達を守り抜かないと

 

「はぁ、そうまでして助ける価値がこいつのどこにある。目の前で助けを求める者よりも、下らぬ私欲の為に己の力を使う奴だぞ?」

 

「言っただろ?「友達を助けたい」って」

 

「はぁ・・・ならその大事な友が殺されないように足掻いて見せろ」

 

 ゴウ!

 パキパキ!

 

 再び刃物を振り下ろそうといた時、突如大通りの方向から放たれた炎と氷に咄嗟にその場から飛び退くヒーロー殺し

 

「足掻いて見せたぞ」

 

 攻撃を仕掛けたのは轟君だった

 

「次から次へと・・・今日はよく邪魔が入る・・・」

 

「轟君!」

 

「緑谷、こういうのは(ヴィラン)とか自陣とかの情報を詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」

 

「轟君まで・・・」

 

「安心しろ。あと数分もすりゃプロも現着する」

 

 轟君は勢いよく地面を凍らせることでヒーロー殺しに先制攻撃を加え、飛び退いた処を炎で追撃した

 

 残念ながらヒーロー殺しにはどちらも当たらなかったが、一撃目の氷で僕らが氷山の頂上に来るように山を作り、二撃目の炎で表面を溶かして滑らせることで、バラバラの位置で麻痺していた僕らを一度に自身の後ろに来るように移動させた

 

「情報通りのナリだな・・・こいつらは殺させねえぞヒーロー殺し」

 

「・・・」

 

「轟君気を付けて!そいつに血を舐められたら麻痺して動けなくなる!多分血の経口摂取で相手の自由を奪う【個性】だ!皆やられた」

 

「それで刃物か・・・なら距離開けて・・・く!?」

 

 ヒーロー殺しは距離を開けて戦おうとする轟君目掛けてナイフを投的することで先制攻撃を仕掛けてきた。轟君は咄嗟に顔を反らしたが避けきれず頬から血が流れる

 

「良い友人を持ったじゃないかインゲニウム」

 

 そしてヒーロー殺しがその隙を逃すはずもなく、轟君は接近を許してしまった。氷と炎でどうにか応戦するが、相手は何人ものプロヒーローを殺害してきた殺し屋。その攻撃は二手三手先を行き、轟君を翻弄する

 

「何故・・・二人とも・・・何故だ・・・やめてくれよ・・・兄さんの名を継いだんだ・・・僕がやらなきゃ!そいつは僕が!!!」

 

「継いだにしてはおかしいな・・・俺が見たことあるインゲニウムはそんな面してなかったぜ?おまえん家も裏じゃ色々あるんだな」

 

「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る・・・愚策だ」

 

「そりゃどうかな・・・っ!?」

 

 轟君は巨大な氷塊を生み出し攻撃するが、逆に遮蔽物として利用されてしまった。轟君はそうされることを踏まえて追撃の炎を用意をしていたが、死角から飛来したナイフが刺さり強制的に中断させられた

 

 - 覚えた -

 

 よし!行ける!!

 

[ズーム]

[(スピード)]

[脚力強化]

[鬼]

[鉄腕]

[受け継がれし力(ワン・フォー・オール)]

 

高速戦闘(タイプ:スピード)!」

 

[ズーム]でヒーロー殺しを捕捉し、壁を駆け上がる

 

「手合わせは、終わってない――」

 

「お前も良い・・・」

 

「くっ!上・・・」

 

「――ってんだよ!!!」

 

「!?」

 

[ジェット]

 

 上空から轟君目掛けて攻撃を仕掛けるヒーロー殺しを殴り、靴底を吹き飛ばすようにして足裏から空気をふかして空中で加速、吹き飛ぶヒーロー殺しへ追撃を行う

 

「まだまだ!!」

 

 畳みかける!!

 

 ヒーロー殺しは追撃する僕をギャリギャリと音を立てながら二刀の刃物で受け止め、弾き返す

 

[火を噴く]

 

「ふうぅぅ!!!」

 

 置き土産に全力の炎を喰らわせるが、僕を蹴ることで直撃を避けた

 

「下がれ緑谷!」

 

「奴の【個性】が分かった!取り込む血液型で拘束できる時間が違う!僕のO型が一番少ないみたいだ」

 

「血液型・・・ハァ、正解だ」

 

「まあ、分かったところで喰らったらピンチに違いはないけど・・・」

 

「少なくとも緑谷は大丈夫なんだろ?」

 

「うん、硬くなってれば問題ない。まあ、さっきはヘマやらかして血を舐められちゃったけどね。模倣して耐性付いたからその心配もない」

 

「そうか、ならさっさと二人担いで撤退してぇとこだが・・・氷も炎も避けられる程の反応速度だ。そんな隙見せらんねえ。プロが来るまで粘るっきゃねえな」

 

「一応速度だけなら僕が対処できるけど、戦闘技術が高いから一人で押さえ切るには不安がある。後方支援頼める?」

 

「相当危ねえ橋だが・・・そだな。二人で守るぞ!」

 

「2対1か・・・甘くはないな」

 

「行くよ!」

 

「ああ!」

 

 ヒーロー殺しは地面すれすれと這うように加速し、轟君目掛け駆け出した

 

「させるか!」

 

[金剛石]

[炭素硬化(ハードクロム)]

 

 足払いでもするかのように振られる刃を蹴り弾く

 

[複製腕]

[長指]

[硬化]

 

 30もの鉤爪で一斉に斬りつけるが、時に避け、時に刃物の上を滑らせて他の鉤爪とぶつけ無力化していく

 

[火を噴く]

 

「バカの一つ覚えか・・・」

 

「一番効きそうなんでね!」

 

 鉤爪がダメならと、[複製腕]に複製するモノを手から口に変えて計5門の火炎放射を浴びせるが飛びのくことで避けられる

 

「止めてくれ・・・もう・・・僕は・・・」

 

「やめて欲しけりゃ立て!!!なりてえもん、ちゃんと見ろ!!」

 

 か細く聞こえる飯田君の声に轟君が叫ぶ

 

 轟君は叫びながらも飛び退いたヒーロー殺し目掛けて氷を走らせ、追撃として炎を放つ

 

「言われたことはないか?【個性】にかまけて挙動が大雑把だと」

 

 凄まじい反射神経で氷と炎を掻い潜り、轟君の懐へ入った

 

[操土]

 

 元々土ではないコンクリートを無理矢理操っていたため咄嗟に発動してもうまくいかない。

 どうにか轟君の足場を窪ませて斜めにすることで、轟君を傾けるようにして迫り来る刃から遠ざけようとしたが間に合わない

 

「――バースト!!」

 

 轟君があわや切り裂かれるかというところで

 キン、という音と共に刃が蹴り折られた

 

「飯田君!?」

 

 いつかの黒煙を吹く超加速で轟君のピンチを救い、追撃でヒーロー殺しを蹴り飛ばし距離を開けた

 

「轟君も緑谷君も関係ない事で申し訳ない・・・」

 

「関係なくなんか!」

 

「だからもう、二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない」

 

 飯田君・・・

 

 先ほどまでは只管に復讐だけを考えて後ろ暗い炎が灯っていたが、今は吹っ切れたいつもの正義感の溢れる飯田君の姿

 

「感化され取り繕うとも無駄だ。人間の本質はそう易々変わらない。おまえは私欲を優先させる偽物にしかならない!英雄(ヒーロー)を歪ませる社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」

 

「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」

 

「いや、言う通りさ・・・僕にヒーローを名乗る資格はない。それでも・・・折れる訳にいは行かない!俺が折れればインゲニウムは死んでしまう」

 

 

「論外」

 

 

 ヒーロー殺しの言葉と共に轟君が広範囲に炎を振り撒く

 持ち前の機動力で軽々と躱し、反撃を加えてくるヒーロー殺しに悪戦苦闘を強いられる僕ら

 

 なんとか動きを止められれば・・・!!!!そうだ![(フレグランス)]だよ、[(フレグランス)]!(ヴィラン)の無力化ならこれが一番じゃないか!

 

[(スピード)]

 

 ヒーロー殺しの視界から外れた瞬間に接近し、飛び付いてから【個性】を発動

 

[(フレグランス)]

 

「動くな!」

 

 ぴくっ

 

 よ、よし!効いた!

 

 動きが止まったことに安堵しながらヒーロー殺しに背を向けて皆に退避を呼び掛け――

 

「皆!ヒーロー殺しの動きは止めたから今の内に――」

 

「緑谷!」

 

 ――ようとした

 

「愚か」

 

「っ!?イグッ!!な、何で・・・」

 

 突如背中に走る鋭い痛み

 動けないはずのヒーロー殺しは、なんの不自由もなく背後から斬りかかっていた

 

 油断した・・・終わったと思って【個性】を解除してしまったので背中を斬られた。

 散々岩爺に『完全に無力化するまで気を抜くな』って言われてたのに・・・

 

 轟君の声で咄嗟に[炭素硬化(ハードクロム)]を発動させたから深くはないが、それでも傷口がジクジクと痛み焼ける様に熱い

 

「[(フレグランス)]の【個性】・・・」

 

「な!?」

 

 なんで知ってる!?

 

「お前か・・・奴の言っていた少年とは・・・はぁ・・・惜しい、実に惜しい・・・が、約束は守らねばならない」

 

 ゾワリ

 

「ッ!」

 

 なんだこの感じ・・・体が動かない。【個性】で拘束された訳じゃない、しかし体は動かない。足がすくむ。全力でこの場から逃げ出したいけど動けない。それほどの殺気。

 

 さっきのは小手調べだったってことかよ

 

「ご、ごめん皆・・・なんかスイッチ入れちゃったぽい」

 

 声が震えているのが自分でも分かる

 気付けば目の前にヒーロー殺しの姿

 距離を開けようと足に力を込めた時には蹴り飛ばされて壁にぶつかっていた

 

「ッ!――――!?」

 

[引き寄せる]

 

 思わず瞑ってしまった目を開けると轟君に向かって斬りかかるヒーロー殺しを捉えた

 急ぎヒーロー殺しを対象に【個性】を発動し、位置をずらすことで斬撃を外させる

 

 バランスを崩したヒーロー殺しの背後からは飯田君が蹴りを叩き込み、正面からは飯田君に当たらない場所に轟君が炎を放射して攻撃を加えた

 

 やったか!?

 

 そう思ったのがいけなかったのか、二人の攻撃を避け、カウンターで斬り付けていた

 

 轟君は刃が欠け短くなった長刀で肩を斬られ、飯田君は蹴りと共に爪先のトゲで腕を刺された

 

「ぐあ!」

 

「ッ!」

 

「二人共!!!!離れろ!」

 

 この場から逃げようとする本能を理性で捩じ伏せ、震える足に力を込めて殴りかかる

 

 ヒーロー殺しは後方宙返りでかわすと、トゲと刃に付く二人の血をペロリと舐めとり、こちらを向いた

 

「これで邪魔者はいない・・・あとは貴様だアダムの後継者・・・」

 

「ッ!?」

 

 目が合った途端、心臓を刺し貫かれたような錯覚を覚えた。実際に差し貫かれた訳でもないのに咄嗟に胸を押さえてしまった

 思わず一歩二歩と後退った時、倒れる飯田君と轟君の姿が視界に映った。諦めなんてこれっぽっちもない闘志の燃えた目

 

 ―― 君なら正しい正解を選ぶだろう。何せこの世界のヒーローなのだから ―― 

 

 ふと頭を過るアダムさんの言葉

 

「そうだよ」

 

 何考えてんだよ僕は・・・逃げたらダメじゃないか

 今だヒーローの卵でしかない僕らが戦って徒に負傷者を増やすよりも、プロに任せた方が良いのは初めから分かってたことだ。

 でも、それじゃ『友達を見捨てる』ことになる。それが嫌だからダメだと分かったうえで飛び込んだんじゃないか

 ならやるべきことは一つだ

 

 頬を叩き、気合を入れる

 

「来い!!ヒーロー殺し!!」

 

 急接近してくるヒーロー殺しから放たれる掬い上げるような軌道の斬撃を【個性】で硬くなった腕で振り払うようにして弾く

 

「ッ!?」

 

 チクリとした小さな痛みが弾いた左腕から感じる

 

 斬った!?

 

 驚く僕を余所に二撃三撃と斬りかかってくる

 斬撃を弾く度に火花が散り、切り傷ができ、その傷はどんどん大きく、深くなっていく

 さっきまでどうにか対峙できていたのは『斬られる事がない』という前提があってこそ

 その前提が崩れ去り、今まさに少なくない切り傷が身体に刻まれている

 

 このままではいずれ斬り殺されてしまう

 

[火を噴く]

 

「ふぅ!」

 

 最大火力で火を噴くと予想通りヒーロー殺しは僕から距離を開けるように回避した

 

 今だ!

 

[(スピード)]

[巨大化:拳]

[金剛石]

[衝撃強化]

 

 制御なんて出来ない全速力の[(スピード)]で一直線に着地直後のヒーロー殺しまで突っ込む

 

 一歩

 

 既に[炭素硬化(ハードクロム)]で硬くなっていた全身が更に硬くなるのを感じながら、巨大化していく掌を正面を向く様に突き出す

 

 二歩

 

 何かを突き破る感触と柔らかい物が掌に当たる感触

 

 三歩

 

[爆破]

 

 ビルの壁に激突して止まり、掌とビルの壁との間で何かを押し潰した感触がした

 直感で「これはヒーロー殺しだ」と判断し、即座に最大火力で[爆破]を発動

 ビルの壁ごとヒーロー殺しを吹き飛ばし反動でゴロゴロと転がる

 

[突風]

 

 即座に起き上がり、もうもうと立ち上がる煙を吹き飛ばしてヒーロー殺しの姿を探す

 

 ・・・居た!

 

[ジェット]

[(パワー)]

 

 無防備なヒーロー殺し目掛け鋭角な山を描く様に[ジェット]で加速し、[(パワー)]を加えた拳を振り下ろした

 

「まだまぁ・・・あれ?」

 

 視界が歪んでふらふらする。視線を自分の体に落せば緑の戦闘服(コスチューム)が赤く染まっていた

 

 あ、血を流し過ぎた・・・

 

 カクンと膝が折れ、仰向けに倒れた

 

「緑谷!!」

 

「緑谷君!!」

 

「と、轟君、飯田君!」

 

「大丈夫か!?奴は!?・・・・・・気絶してる・・・?」

 

 体を転がして向きを変え、ヒーロー殺しに目を向ければピクリとも動かず倒れている

 

「ごめん、今ちょっと動けないから代わりに拘束して」

 

「僕はまだ動けそうにない」

 

「悪い、俺も今動けねえ、あと少し待ってくれ」

 

「うん」

 

 二人が動けるようになるまでの間、ヒーロー殺しが起き上がらないように祈りながら待つこと少し、ヒーロー殺しが起き上がるより早く轟君達の麻痺が解けた

 それから轟君達がヒーロー殺しを拘束している間に[自己治癒(セルフヒール)]を発動して止血と傷の治癒を行いその副作用の倦怠感で体が動かしずらくなったので、少し遅れて麻痺が解けて動けるようになったプロヒーローのネイティブさんに肩を借りながら路地裏を出た

 

 ―――――――――――

 

「さすがゴミ置き場、あるもんだなロープ」

 

「轟君やはり俺が引く」

 

「阿呆、一番軽傷な俺が引かないでどうすんだよ。それにお前腕グチャグチャだろう」

 

「悪かった・・・プロの俺が完全に足手まといだった」

 

「いえ、あの【個性】で一対一だともう仕方ないと思います。強かった・・・」

 

「最後の方、何でかは知らないが緑谷のこと目の敵にしてたな。おかげってのも変な言い方だが、俺たち止めも刺されず放置されてた」

 

 自分が代わりにという飯田君を轟君がバッサリ切り捨て、僕を支えているネイティブさんは落ち込んでいた

 

[(フレグランス)]の【個性】が効かなかった上に、何の【個性】かもばれていた

 ヒーロー殺しの言葉から察するに過去にアダムさんと何らかの約束をしていて、その内容に僕を目の敵にする理由があったんだと思う

 

「む!?な、何故お前がここにいる!?」

 

「あ、グラントリノ!」

 

「座ってろつったろ!!!」

 

「フムグッ」

 

 大通りに出たところで道路を挟んだ向かい側からグラントリノが顔を出し、驚きの声と共に僕は顔面に蹴りを喰らった

 

「まァよぅわからんがとりあえず無事なら・・・って血まみれじゃねえか!!」

 

「あー止血はしてあるのでそこまで酷くは・・・」

 

「タコ!服が真っ赤な時点で酷いわ!」

 

「ごめんなさい」

 

 それから遅れる様にゾロゾロとプロヒーローが駆けつけ、現状の説明や救急車の手配など、あれこれと事件の後始末を始めた

 その間僕らは「今度こそじっとしてるように!」と釘を刺され、道路端のフェンスにもたれ掛かる様に休んでいた

 

「・・・二人とも・・・僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった・・・何も・・・見えなく・・・なってしまっていた・・・」

 

 フェンスにもたれ掛かりながら少しずつ[自己治癒(セルフヒール)]で傷をいやしていると、飯田君は僕らに頭を下げ、嗚咽交じりに謝罪した

 

「僕もごめん。悩んでることは分かってたけど、あそこまで思い詰めてるとは思ってなかった」

 

「たく、しっかりしてくれよ、委員長だろ」

 

「・・・・・・うん・・・」

 

 体感では1時間位戦ってた気がするけど、実際にはほんの10分足らずの出来事だった

 

「一先ず一件落着ってことで帰ろ――」

 

「伏せろ!」

 

「え?・・・!?」

 

 大分マシになった体に力を入れて立ち上がったところで突然叫んだグラントリノに、何事かと目を向ければ視界の端に翼の生えた脳無の姿が映った

 

(ヴィラン)!!エンデヴァーさんは何を・・・」

 

「緑谷君!!」

 

「え、ちょ!?」

 

 僕は為す術なく掴まれ、上空へ連れ去られた

 

「く、この!ぐうううう、うわ!?」

 

 戦闘が終わったからと[自己治癒(セルフヒール)]を使った副作用で全身が酷い倦怠感に襲われ、思う様に体が動かず脳無の拘束から抜け出すことができなかった

 それでもどうにかしようともがいていたら、突如がくんと脳無がバランスを崩し墜落していく

 地面に激突する前に衝撃に備えて体を丸めようとしようとした時、誰かに抱えられた

 

「!?」

 

 僕を抱えたのはヒーロー殺しだった

 

「偽物が蔓延るこの社会も徒に"力"を振りまく犯罪者も粛清対象だ・・・全ては正しき社会の為に」

 

 ハァハァと息を切らせながらも脳無に止めを刺し、抱えていた僕をそっと地面に降ろす

 

「何故一塊でつっ立っている!!?そっちに一人逃げたはずだが!!?」

 

 突然のヒーロー殺しの行動に現場が混乱していると遅れてエンデヴァーが現れた

 

「奴との約束は果たした・・・立ち去れ」

 

「え?」

 

 意味が分からなかった。せめて人質にはなるまいと、どうにかヒーロー殺しから離れる方法を頭の中で巡らせていると当の本人は「去れ」と言う

 

「エンデヴァー・・・」

 

「ヒーロー殺し――!!」

 

「待て轟!!」

 

 困惑する僕を余所に、右腕から勢いよく炎を吹き出しながら突っ込んでくるエンデヴァーをグラントリノが声を張り上げて制止する

 

「偽物・・・」

 

 ゾゾゾゾ!

 

 戦闘中に感じた殺気とは違う言いようのない圧力

 息が詰まり、体が震える

 

「正さねば・・・誰かが血に染まらねば!”英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!」

 

 ヒーロー殺しは見るからに重傷の体に小型ナイフ一本の状態で一歩二歩と歩いただけなのに、その言いようのない圧力と相まって後退る者、腰を抜かす者と一人残らずのまれた

 

「来い、来てみろ贋物ども!俺を殺していいのは本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」

 

 僕は上手く空気が吸えずにハッ、ハッという浅い呼吸を繰り返し、動くこともできずにその行く末を見守るしかできなかった

 ふっと謎の重圧がなくなり、体が酸素を求めて荒い呼吸を始める

 

「・・・!気を・・・失っている・・・」

 

「助・・・かった・・・のか?」

 

 僕は助かった安堵から緊張の糸がプツリと切れて意識を失った

 


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