ただ、今までの話とは微妙に毛色が違うかも。
るし☆ふぁーは、【アインズ・ウール・ゴウン】一番の問題児である。
これは、他のギルメン全員からの共通認識であり、本人もそれを否定しない。
事実、彼は自分が様々な意味で問題行動が多い問題児だと、はっきりと自覚しているからだ。
とは言え、本当に全く常識がないかと問われれば、違うと否定するだろう。
一応、必要ならばTPOを理解して行動できるタイプなのだ。
ただし、彼がそれを発揮するのは基本的に【リアル】での会社勤め中だけと言うだけで。
あの、地獄のような世界で生きていく為にはどうしても必要だと理解しているからこそ、【リアル】ではきちんと常識的な行動もするのだが、その反動からか【ユグドラシル】ではるし☆ふぁー自身も自分が色々とやらかしている自覚はある。
自覚がありながら、それでも結局自分の思うままに振る舞うのは、全部モモンガを筆頭にギルメンに対して甘えているからだった。
そんな彼だからこそ、ギルメン全員に【メールペットを配布する】事になったのを知った時、それは本気で喜んだのだ。
自分が思っているよりも、ギルメンとの間にあるだろう微妙な隙間を、共通のメールペットソフトを使う事で埋められるような気がして。
******
そして、自分たちのメールペットを選ぶ日が来た。
正式な引き渡しの前に、【ナザリックのNPC】の中から自分がペットにする相手を選ぶのは、メールペット用のソフトに選んだNPCのデータを落とし込む必要があるかららしい。
そんなヘロヘロの説明を聞きつつ、るし☆ふぁーは自分の端末に表示されているNPCのデータを、興味深げに眺めていたのだ。
流石に、全NPCが対象じゃないらしいとリストを眺めつつ、そこにあった一人のNPCの名前に気付いて、思わず二度見する。
だが、るし☆ふぁーの見間違いじゃないらしく、何度見ても名前はそこに燦然と輝いていて。
本気で、彼をメールペットとして選択できるのか、るし☆ふぁーが一応気を使って【伝言】でヘロヘロに問おうとした時である。
それまで、メールペットとして使用可能なNPCとして表示されたデータを眺めていた面々の口から、飛び出ただろう嘲る様な言葉を聞いて、頭が真っ白になったのは。
【流石に、恐怖公はあり得ないですよね】
【あれを選ぶ変人はいないでしょう】
【幾ら、ナザリックの防衛に役に立つと言っても、ねぇ……】
【と言うか、何でメールペットの候補に入ってるのさ】
【ヘロヘロさんが、うっかり抜き忘れたんでしょ】
【それよりも、俺はルプスレギナが良いんですけど!】
【ちょっと待てよ、ルプスレギナは俺も狙ってたんだぞ!】
【ねぇ、それよりも私の所はアウラとマーレを二人ともメールペットにしてもいいよね、双子なんだし!】
【それは、流石にずるくないですか!】
【なに、あんたたちは双子を引き離すなんて非道な事いう訳?】
けらけらと笑いながら、そう言い合うギルメンたち。
最初に口にした言葉など、既に頭が無いように自分たちの希望を通そうとして言い争う様子を見ながら、我に返ったるし☆ふぁーは、怒りに身を震わせていた。
『……なんだよ、それ。
俺が、丹精込めて作った【恐怖公】に対して【メールペットとして無し】って、なんだよ!
そりゃ、【黒棺】に居る全部の眷属まで全部込みだっていうなら、流石にその主張も判るけどさ。
メールペットになるなら、あの見た目のリアルさも消えて、少しは印象変わるだろ!
と言うか、今言ったの全員恐怖公が駄目な奴らだよね……
ふざけるな……フザケルナ、ふざけるな!!
良いよ、俺が作った恐怖公をそんな風に言うなら、俺だって考えがある!』
これが、自分の悪戯に対して何か言われているのなら、多分さらりと受け流すことが出来ただろう。
普段の素行を考えたら、色々と言われても仕方がない事は判っているし、実際に悪戯する度に罵声も飛んできている。
でも、【恐怖公】は違う。
彼の役割は、【ナザリック】を襲撃してくる【プレイヤー】に対して、二度とそんな気が起こらない様に精神的なダメージを与える存在だ。
その為に、るし☆ふぁーは細かな部分まで造形に拘って作り上げた自慢の存在である。
だからこそ、もう迷ったりはしなかった。
「ヘロヘロさん、俺、もう決めたから。
俺のメールペットだけど、これでお願い。
誰が反対しても、絶対に変更するつもりないからね。」
そう言いながら、自分のメールペットとして【恐怖公】を選択した事を希望画面に表示する事で伝えると、ヘロヘロさんはにっこりと笑顔を浮かべて了承してくれた。
どうやら、彼も他のギルメンの言い様に怒りを覚えてくれていたらしい。
他人様が作ったNPCを、あからさまに論う言動が癇に障ったのだろうか。
「あー……良いんじゃないですかね。
ただ、一部の仲間からはかなり嫌がられると思いますけど、るし☆ふぁーさんはそれでも良いの?
と言っても、どうしてるし☆ふぁーさんがその選択をしたのか、俺にもその理由が良く判りますから、別に止めませんけどねー」
小声で返答しつつ、クスクスと笑うヘロヘロさんの様子に、どうやら自分の推測が当たっていたと察したるし☆ふぁーは、心の中だけで口の端を上げた。
この【ユグドラシル】では、自分の感情に合わせてキャラクターの表情を変える事は出来ない。
代わりに、感情を示すアイコンがあるのだが、今回は目立つ事もあって出さなかったのである。
るし☆ふぁーたちがそんなやり取りをしている横から、ひょいっと顔を覗かせたのはウルベルトさんだ。
ヘロヘロさんが、珍しく嬉々としてるし☆ふぁーの選択を支持している事に気付いて、確認しに来たのだろう。
メールペット登録用の画面を覗き込んで、ウルベルトさんは一瞬間を置いた後身体を屈ませて周囲に見えない様にニヤリと笑うアイコンを出す。
どうやら、彼もヘロヘロさんと同じでこちらの意図を理解してくれたらしい。
「あー……なるほど。
普段なら、止めに入るところなんですけどね。
今回ばかりは、るし☆ふぁーさんの気持ちも分かりますし、私も止めだてしたりしませんよ。」
そう言ってくれたのは、以前デミウルゴスをお披露目した際に、ギルメンから散々【裏切りそう】とか【ヤクザの若頭】とか言われた事を思い出したからだろう。
だから、今回も自分の作ったNPCを、あんな風に貶されたら普通に怒り心頭になって当然だと、ウルベルトさんもるし☆ふぁーがどうしてこんな選択をしたのか、その理由を判ってくれたらしい。
どうやら、るし☆ふぁーに聞こえるように恐怖公の事を色々言って否定していた面々は、自分の発言を忘れたかのように自分専用のメールペットを選ぶ事に夢中で、自分たちが口にした言葉が彼を怒らせる可能性がある事すら考えていないようだ。
まぁ、それにきちんと気づけていたら、るし☆ふぁーに対してそれなりのフォローをしていただろう。
もしも、【るし☆ふぁー関連なら、どんな扱いをしても大丈夫】とか考えていたなら、絶対に甘い考えだと笑うしかない所だ。
さくさくと、慣れた手付きでメールペットの登録作業を済ませた所で、ヘロヘロさんが今までとは打って変わった大きな声でるし☆ふぁーに対して作業完了を告げる。
「はい、登録出来ましたよ、るし☆ふぁーさん。
あなたのメールペットは、正式に【恐怖公】で確定しました。
これで、もうメールペットの変更は出来ませんけど、問題ないですね?」
わざと、周囲に聞こえる様な声でるし☆ふぁーに問い掛けたのは、珍しくギルメンの無責任な発言に怒りを覚えたヘロヘロさんからの意趣返しだろう。
恐怖公のAI設定は、そう言えばヘロヘロさんが受け持っていた。
そこで、るし☆ふぁーが持つ色々な拘りとかを知っているからこそ、ギルメンが半分以上反対する事を承知で恐怖公をメールペット候補の中に入れてくれたのだろう。
だからこそ、るし☆ふぁーが自分の意思でメールペットを選択する前にそれを【あり得ない】と否定したギルメンに対して、怒りを覚えてくれたのだ。
「OK、OK、問題ないよ。
確か、メールペットは二頭身にディフォルメされるって話だけど、俺の恐怖公には必要ないよね?
だってあれ、二頭身と変わらないし。」
スッと、ヘロヘロさんの手元の画面を確認するように覗き込み、問題ないと了承を伝える。
更に、にっこりと笑うアイコンを出しながら確認するように問うるし☆ふぁーの言葉に、その場は阿鼻叫喚に包まれたのだった。
********
るし☆ふぁーの朝は、割と早い。
ギルメンの中で比較した場合、本当に早朝と言えない時間に出社している社畜組が存在して居るから、実際にはそこまで早いとは言えないけれど、それでもギルメンの中ではまだ早い方に数えられるだろう。
その分、帰宅時間は予定変更がない限り割と早めの方ではあるので、時間的には就業時間のバランスがまだとれている会社だと考えて良いのかもしれないが。
そんなるし☆ふぁーが、朝一番にする事はメールソフトの立ち上げと、今日の予定の確認だ。
彼の仕事は、インテリアデザイナーである。
るし☆ふぁーは、これでも大卒の学歴を持つ富裕層の出身だ。
ただし、愛人に入れ上げた父親によって母親共々打ち捨てられたに等しい立場なので、富裕層出身の割にそれ程裕福ではない。
一応、大卒の学歴と家名のお陰で就職先には困らなかったが、大学卒業と共に実家からの経済援助も打ち切られ、明確に『家を継げない』と言う事は知られている為に、ギリギリアーコロジーに住んでいる程度の立場でしかないからだ。
ギルメンたちは、彼の普段の言動から貧困層出身の年下の青年だと思いがちなのだが、実際の年齢はモモンガよりも一つ年上だったりする。
この事実を知れば、ギルメンたちは本気で腰を抜かしかねないだろう。
もちろん、るし☆ふぁーにはそれを告げるつもりはないのだが。
それはさておき。
きちんと専門知識を得るために大学を出て、インテリアデザイナーとして必要な技術を身に着けているとは言っても、まだそれこそ働き始めて数年の駆け出し扱いと言う事もあって、顧客の希望では幾らでも仕事のスケジュールは変わる。
だからこそ、毎朝のスケジュール確認は必須事項だ。
最近、そんな彼の一日のスケジュールを管理しているのは、実は恐怖公だったりする。
今の恐怖公は、ウルベルトさんの所のデミウルゴスに匹敵するほど、とても優秀だ。
その結果、いつの間にかるし☆ふぁーのスケジュール管理までしてしまっているのだけれど、これは本人が自発的に始めた事なので好きにさせている。
むしろ、初めの何も知らなかったあの恐怖公が、今ではここまでできるようになった事の方が、るし☆ふぁーには感慨深かった。
*****
あの日、ギルメンの反対を押し切って自分のメールペットに恐怖公を据えたるし☆ふぁーが、まず最初にしたのはウルベルトさんの所のデミウルゴス並みに、恐怖公を一流の気品あふれる紳士として育て上げる為のスケジュールを組む事だった。
どうして、最初に恐怖公を【一流の紳士】に育てる事を目指したのかと言えば、彼の設定が【貴族マナーにも精通した温厚な気品あふれた紳士】だったからだ。
その設定を踏まえて、恐怖公に相応しいと思える育成計画を考えるなら、きちんとした知識を与えてそれにふさわしい人格になる様に育てるべきだろう。
あの時、周囲の大半はるし☆ふぁーが恐怖公を自分のメールペットに選んだ理由を【自分たちの発言に対する嫌がらせ】だと取ったようだが、それは違う。
元々、るし☆ふぁーは恐怖公が候補に入っていた時点で、ヘロヘロさん相手に【本当に大丈夫なのか】と確認しようとするくらいには、彼を選ぶかどうかかなり迷っていた状態だったのだ。
もちろん、本当に自分が恐怖公をメールペットに選ぶなら、きちんと彼の事を苦手とするギルメンの心情を考えた上で、ディフォルメでそこそこ可愛らしい外見にする予定だったのに、あんな風に言われてブチ切れて【あの発言になった】だけなのである。
だから、実際にメールペットに登録する時の恐怖公の外見は、それなりに【リアルさ】を省いて【可愛い】とは言えなくても【そこそこ見られる】外見にディフォルメになった。
それだって、周囲から説得されて渋々と言う態を取ったのは、その時点でまだ怒っていたからである。
別に、色々と好き勝手に言ってくれた彼らへの当て付けではなくても、候補に入っていただろう自分は恐怖公をメールペットに選んでいた自覚がるし☆ふぁーにはあるので、彼らの文句は全部スルーする事が出来た。
もしかしたら、彼らの対応次第では別のNPCを選んでいた可能性もあったのだ。
けれど、あの時の恐怖公に対するギルメンの発言は、地味にるし☆ふぁーの心の中にあった古傷を刺激して、どうしても譲れなくなったのである。
だからこそ、るし☆ふぁーは恐怖公の事を言動や行動では誰にも文句が付けられない、立派な紳士として育て上げると、そう決めたのだから。
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また、話が脱線したので戻すとして、だ。
るし☆ふぁーは、実はとても低血圧で朝は弱い。
それでも、一応なんとか自力で目を覚ましてメールサーバーを立ち上げるのだが、起きてから三十分程はどこかぼんやりとしている。
そんなるし☆ふぁーの為に、立ち上がったメールサーバーから色々と電脳機器に干渉して最適な空間を作るのが、恐怖公が行う最近の日課らしい。
まだ、るし☆ふぁーの手元に着た頃は普通のメールペットだった恐怖公が、いつの間にかそこまで出来るように進化したのは、もちろん理由がある。
多分、るし☆ふぁーが今まで学んだ大卒までの多彩な知識と、ウルベルトさんからデミウルゴスのサンプルテスト育成記録を譲り受けて参考にした事が、彼をここまで成長させた要因になっているのだろう。
その結果、世話をする筈の飼い主側が、逆にメールペットに世話をされていたらおかしいだろうと言われそうだが、既にウルベルトさんの所のデミウルゴスと言う実例が居るので、この状況を知られても誰にも文句を言わせるつもりなど、るし☆ふぁーにはない。
恐怖公の行動が、結果的にギルメンのうちの誰かに迷惑を掛けているなら、多少の自重はするように注意したかもしれないが、彼が手を掛けるのはあくまでもるし☆ふぁーの身の回りの事だけ。
この方が便利である以上、誰からも文句を言われる筋合いはないだろう。
それに、せっかく恐怖公が自分からやりたいと主張した事を無理に止める必要性を、るし☆ふぁーは一かけらも感じなかった。
だって、それは恐怖公からの自我の発露を押さえつけるのに等しいのだから。
そんな考えの元、恐怖公が動きやすいようにメールサーバーを立ち上げた後、朝の寝起きの三十分は彼の好きにさせているるし☆ふぁーは、しゃっきりと目を覚ました所で前日に着ていたメールのチェックをする。
とは言っても、彼の所にくるメールの数は少ない。
ギルメンの半数以上が、元々【ユグドラシル】の恐怖公の事を生理的に受け付けない事もあって、多少外見をディフォルメされた程度ではその苦手意識を軽減できないのも、一つの原因なのだろう。
るし☆ふぁーが、恐怖公を選んだ時の阿鼻叫喚を考えれば、そうなる事なんて最初から予想で来ていたので、そこまで気にはならない。
もし、これでギルドに関わる重要案件に関して、るし☆ふぁーに対して何の連絡も来ないと言うのなら、流石にそれ相応の対応をするつもりだった。
だけど、恐怖公が平気なメンバーからの必要な情報関連のメール連絡についてはフォローを受けているし、ギルド長であるモモンガさんからもきちんと連絡が来るので、そこまで気にはしていなかったりする。
そう、モモンガさんはるし☆ふぁーが恐怖公を選んだ事を咎めたりしなかった一人だ。
あの時、普段なら【ギルメンの苦手な相手を選ぶのは悪戯が過ぎますよ】と、別のメールペットを選べないか仲裁に入っただろうモモンガさんが、今回ばかりは口を挟まなかった。
それどころか、伝言で『今回ばかりは、るし☆ふぁーさんのお怒りももっともですし、もう少し同じギルドのNPCを知るべきです』と背中を押してくれたので、今回の一件でるし☆ふぁーは自分の意思を貫き通す事が出来たとも言えるだろう。
元々、モモンガは恐怖公をそこまで苦手だとは思っていないメンバーの一人だ。
流石に、【黒棺】の中にあれだけ恐怖公の眷属が集まっている様子は駄目らしいが、恐怖公だけを前にするなら特に問題ないらしい。
そんなモモンガさんの気質を継いでいるからか、彼の所のパンドラズ・アクターもごく普通にるし☆ふぁー宛のメールを片手に、恐怖公の元を訪れてくれる。
むしろ、来訪する度に恐怖公とお茶を飲みながら様々な芸術関連の意見交換する様子が見られるので、それなりに仲が良い方なのだろう。
出来れば、るし☆ふぁー自身もモモンガさんともこんな風に仲良くなりたいと思う。
そう、本気で思っているのだが、つい【ユグドラシル】だとからかい甲斐があるモモンガさんを弄ってしまい、怒らせてしまいがちだった。
それこそ、色々と今まで悪戯をし過ぎたせいで、何もするつもりがなくてもそっと近寄るだけで結構警戒されているし、少し反省するべきかもしれない。
一応、こっちの方がモモンガさんよりも年上なんだし、歩み寄る姿勢を見せるべきだろう。
出来れば、いつか恐怖公とパンドラズ・アクターの様に、趣味の事で話をできるようになりたいからね。
パンドラズ・アクター以外に、ここを頻繁にメール持参で訪れてくれるのは、ウルベルトさんの所のデミウルゴスと建御雷さんの所のコキュートス、ヘロヘロさんの所のソリュシャン、そしてたっちさんの所のセバスだ。
この四人は、元々恐怖公の事を苦手としていない面々であり、その気質が受け継がれているらしいメールペットの彼らも、同じ様に恐怖公を苦手とは思っていないらしい。
デミウルゴスとは、メールを運んでくる度に良く何か意見を交わしている姿を見るけど、何を話しているのかは教えてくれない。
二人とも、るし☆ふぁーの存在に気付くとにっこり笑って煙に巻く為、詳しい話を聞いた事は一度もない。
でも、仲が悪くないのは良い事だ。
るし☆ふぁー自身も、ウルベルトさんとは【世界征服】を主張する仲間として仲が良いし。
出来れば、もっと色々な意味で仲良くなりたいと思う仲間の一人だし、ウルベルトさんとはこれをきっかけにもう少し歩み寄りたいよね、うん。
コキュートスは、同じ昆虫種の仲間と言う事もあって、かなり仲が良いようだ。
元々、コキュートスは真面目な性格みたいだし、恐怖公とは気が合う部分も多いんだろう。
彼の主である建御雷さんも、ちょっとだけ戦闘狂が強過ぎる部分を除けば、結構その場のノリも良くて付き合いの良い人だ。
どうも、建御雷さんの教育が使っている時代劇のDVDの影響なのか、コキュートスは【侍】を目指している感じだし、恐怖公と並んでいるとお公家様と護衛の侍のやり取りに見えるのは気のせいじゃないだろう。
この辺りは、建御雷さんからコキュートスの育成関連情報が書かれているメールを、割と定期的に貰っている影響だと思わなくもない。
別に、二人とも楽しそうに過ごしているみたいだから、好きにすればいいんだけどね。
たっちさんの所のセバスは、最初の頃の【鋼の執事】の雰囲気から少しずつ柔らかいものになっているみたいで、話が分かるから割と好きだ。
ただ、たっちさんの所にはこちらから余りメールを送らないようにしているんだけどね。
と言うか、彼に対して返信なり何らかの連絡なりでメールを送る必要がある時は、絶対に昼の時間帯限定にしていたりする。
他の時間帯に彼の所へメールを送らないのは、彼の娘ちゃんのためだ。
流石に、小さな子供に恐怖公の姿を見せるのはどうかと、るし☆ふぁー自身も思うからである。
礼儀作法に関して、セバスが恐怖公と色々と話をしているのは、その小さな娘ちゃんの為のような気がするから、恐怖公で役に立つなら幾らでも聞いて欲しいと思うよ、うん。
ヘロヘロさんの所のソリュシャンは、ここにメール運んで来る女性型のメールペットの中で、数少ない友好的な存在だと言っていいだろう。
一応、源次郎さんの所のエントマも恐怖公に対してそこまで酷い対応じゃないけど、彼女の場合はどこか捕食者的な視点が混じっているような気がして、恐怖公の方が苦手そうなんだよね。
んで、だ。
見た目の影響もあって、恐怖公と上手くやってくれる女性タイプのメールペットはそうそう居ないから、彼女の存在はすごく嬉しい。
きちんと公平に接してくれているだけだろうけど、それでもるし☆ふぁーの元へ主のメールを持ってきておきながら、まともに届けず逃げるように帰っていく事が多い女性タイプのメールペットに比べれば、凄く態度が良いと言っていいだろう。
と言うより、一応メールの配達が自分たちの仕事だと言うのに、まともにこちらに手紙を手渡す事無く、ドアの隙間から投げ込むようにメールを置いていく行動は、流石に躾がなっていないと思う。
これで、恐怖公の部屋が【ナザリックの黒棺】の様に、眷属で溢れて居る状態だと言うなら納得するけど、ここに居るのは恐怖公だけなんだからな。
恐怖公が苦手なら、るし☆ふぁーが居る時に直接手渡すか、それとも部屋の中に設置してある文箱の中に入れていけばいいだけなのに、部屋の中を確認する事もなく中に投げ捨てていく姿を度々見付けているので、これは十分メールペット用の定例会議の議題に上げて良いものだいだろう。
こちらだって、ちゃんと譲歩して色々と対処可能なようにしているんだ。
仕事放棄に近い行動をするなんて、このままギルメンたちが自分のメールペットたちに常識の範疇内の行動の必要性の躾が出来ないなら、こちらにだって考えがある。
うん、【ユグドラシル】にあるメールペットの躾が出来ていないギルメンの部屋に、恐怖公の眷属を送り込んであげるとしようかな。
もちろん、これに関しては単純に【るし☆ふぁーからの悪戯】だと思われたら困るし、ちゃんと会議の際に改善要求とその期限を切った上で、改善がこのまま出来ないならそうしますって事前勧告をしておくべきだろう。
多分、こちらの行動の意図を勘違いされたまま実行しても、恐怖公に対して更に苦手意識を持たれて嫌われるだけだし。
幾ら恐怖公が寛大な性格をしているからと言っても、あんな態度を取り続けられたら傷付くんだからな。
そう思っていたのは、最初の二か月だけだ。
どうして、るし☆ふぁーの考えが変わったのかと言うと、理由は実に簡単な話だ。
恐怖公よりも、メールペットの間で問題行動ばかり起こして嫌われる存在が出来た事から、微妙にだけど彼らの態度が変わってきたからである。
そう、【メールペット最大の問題児アルベド】の出現によって、メールペットたちの中でも色々と本当に迷惑な行動がどういう事なのか、だんだん理解出来るようになってきたのだ。
【人の振り見て、我が振り直せ】
その言葉通り、アルベドがメールを運んで来る度に傍若無人な振る舞いを受けた彼らは、彼女の行動に腹を立てつつ、ふと気付いたのだろう。
滅多にメールを配達する事はないものの、自分達もるし☆ふぁー宛にメールを配達する際に、傍から見れば顔を顰められる行動を取っていたのだ、と。
今までの行動を思い返してみれば、恐怖公は礼儀正しく自分達にも主にも嫌がる行動をした事は一度もない。
むしろ、彼らの態度を見て苦手意識を持たれている事をすぐに察すると、メールを届けるとすぐに暇乞いをして帰るのが当たり前になっていた。
他のメールペットの様に、きちんと彼の事を遇していないのは自分たちの側なのに、それを気にする様子も見せない紳士ぶりをいつも発揮してくれていて。
そんな風に反省したのか、今までるし☆ふぁーの所にメールを投げ込む行動をしていたメールペットたちが、何とか文箱にメールを配達するようになり、自分から少しずつ恐怖公に歩み寄ろうと言う態度が見え始めたので、こちらも矛を収める事にしたのである。
それにしても……と、現状を前にしてるし☆ふぁーはうっそりと嗤う。
メールペットを決める際、アルベドの飼い主のタブラさんも恐怖公の事を全面否定した一人だ。
そう、彼はあの時【あれを選ぶ変人はいないでしょう】と言って退けた張本人である。
るし☆ふぁーが恐怖公を選んだ後も、【せっかく自分の理想の存在をメールペットに出来るのに、恐怖公を選ぶなんてるし☆ふぁーさんは変人ですねぇ】と、まるでるし☆ふぁーがおかしいと言わんばかりに追撃の言葉をくれた事は、今も忘れていない。
だが、実際にこうしてふたを開けて見れば、まともに自分のメールペットを育てられなかったのは、るし☆ふぁーではなくタブラ自身だった。
それも仕方がないと、るし☆ふぁーはひとりごちる。
実は、アルベドをタブラさんがメールペットとして選んだ時点で、まともに育てられないだろうとるし☆ふぁーは踏んでいたのだ。
そもそも、あの設定厨のタブラさんがあらゆる設定を盛り込んで作り上げた、彼の【究極の理想のNPC】とも言うべきアルベドを、育成系ソフトであるメールペットで設定通りになるように気を配りながら成長させるなんて、それこそ狂気の沙汰でしかない。
と言うより、タブラさんは【交流型育成系ソフト】の意味を、きちんと理解していないだろう。
多分、自分一人だけしか関わる事なく育成するタイプなら、かなり細かい手順を踏んだ上で何とか育てられたかもしれないが、これは人と関わる交流型だ。
むしろ、周囲の影響を受ける事も踏まえたら、先ず選んではいけないNPCだっただろう。
それを察していながら、るし☆ふぁーはあえて忠告しなかった。
あんな無茶な理想の存在を、本気で育てられると思うなら育てて見れば?
ちょっとだけ、そんな暗い思いがあったのは確かだ。
そして、予想通りの結果になった事を会議の報告で聞きながら、こっそりと嗤う。
多分、自分が【何を間違えたのか】と言う事を理解していないタブラさんでは、アルベドの事を躾し直す事は出来ないだろう。
そんな風に考えつつ、るし☆ふぁーは恐怖公にメールの配達を頼む。
「さて、今日はペロロンチーノさんの所にメールを持って行ってみようか?」
今夜の予定では、ペロロンチーノさんの欲しがっているアイテムを狩りに行くと言う話を、朝のモモンガさんからのメールで知っている。
それなら、事前に参加する事を希望するメールを送るのは当然の話だから、メールを送る事を迷ったりはしない。
多分、るし☆ふぁーからのメールを持った恐怖公の突然の来訪を受けて、ビクビクしているだろうシャルティアとペロロンチーノさんの姿を思い浮かべつつ、るし☆ふぁーの愉快な毎日は過ぎていくのだった。
るし☆ふぁーさんは、こんな感じです。
別に、ギルメンに対する悪戯心とかじゃなく、真面目に恐怖公を選ぶつもりだったところに茶々入れされて、結構機嫌を損ねてますよ、うん。