メールペットな僕たち   作:水城大地

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彼女は、あくまでも悪戯のつもりだったのだ……





騒動の発端 ~ アルベドのちょっとした悪戯心 ~

その日、アルベドは普段とは違って朝の割と早めの時間に、一通のメールを配達する事になった。

普段なら、こんな時間帯にメールを届けに行くなんて事など、彼女は殆ど無い。

アルベドの主であり、父であるタブラ・スマラグディナは、朝の時間帯にメールサーバーを立ち上げた場合、そのままアルベドの事を軽く構うだけで、それ以外は特にメールの配達を頼む事はなく今日の予定を簡単に告げると、そのまま帰って行く。

 

だから、滅多に無いメールの配達を頼まれた事で、ちょっとだけアルベドの心は浮き立っていた。

 

アルベドだって、メールペットだ。

父であるタブラから、こんな風にメールの配達を頼まれるのは嬉しくて仕方がない。

これは、メールペットにとって一番大切な仕事なのだから、当然の話だろう。

どこか楽しげな気持ちで歩きながら目指すのは、デミウルゴスの主であるウルベルトの元。

 

余り、普段から頻繁にメールの配達に向かう先ではないのに、こんな風に朝の時間帯にメールを配達すると言う事は、割と急ぎの案件なのかもしれない。

 

そんな事を考えつつ、スタスタとそれ程通い慣れてはいなくてもきちんと覚えている道筋を辿った彼女は、デミウルゴスが住んでいるウルベルトのメールサーバーへと辿り着いた。

ふと、電脳空間特有の視界の端に何か黒く蠢く様なものを見た気がしたが、デミウルゴスが支配しているメールサーバーの中には近付く事は出来ないのだろう。

アルベドは特に気にも留めていないが、彼のサーバーに張られているセキュリティシステムのギリギリを蠢くそれは、どこかアルベドの様子を窺っている様だ。

もしかしたら、この分厚いセキュリティシステムを越える為に利用出来ると、そう考えたのかもしれない。

結局、何も出来ないままスルリと影の中に姿を消したのを確認して、アルベドはメールペット間のパスで中へと入って行く。

その後を、アルベドが見た黒く蠢いていたもの追う様に影から出現して続こうとしたのだが、やはりデミウルゴスが張り巡らせているセキュリティシステムによって弾かれていた。

 

もちろん、アルベドはそんな事など特に気にしてもいなかったのだが。

 

ここまで来れば、後の道程は僅かしか残っていない。

サクサクと進んで行く事で、デミウルゴスの家の前に辿り着いたアルベドは、訪問時の決まり通り玄関のドアをノックした。

リズミカルに、それでいて急ぎ過ぎない様に気を付けながら、玄関のドアをノックする回数は三回。

これもまた、ギルメン達の話し合いによってメールペット全員がそうする事に決まった、マナーの一つだ。

 

コン、コン、コンッ

 

普段、こうしてマナー通りに三回ノックをすれば、デミウルゴス本人が居れば彼が出迎えてくれるし、ウルベルトが居る時は彼から入室の許可が下りる。

返事が無い事を考えると、二人とも不在だと思っていいだろう。

元々、ウルベルトは通勤時間の関係上、それなりに朝早い時間帯に仕事に行くらしいので、彼が居ないのは当然の事だ。

デミウルゴスは、ウルベルトから頼まれた朝のメール配達へと向かったのだろう。

そんな事を考えながら、アルベドは決められた通りの手順で玄関のドアを開け、部屋の中へと入って行く。

 

すると、やはり部屋の中には人の気配が感じられず、二人とも不在だった。

 

こう言う時は、持参したメールを入れておく場所が決まっている。

部屋の主のメールペットと、その主であるギルメン達の両方が不在の際は、不在時専用のメールボックスが指定された場所に置いてあるので、その中に入れておけば後でログインした際に読んで貰える事になっていた。

アルベドも、慣れた手付きでメールボックスの中にタブラのメールを入れると、帰宅する為にクルリと踵を返し。

そこで、ふと足を止めた。

 

普段、幾ら傍若無人に振る舞うアルベドでも、デミウルゴスに対して直接何かをしようと言う気は、中々起きない。

 

彼には、アルベドが何かをしようと考えたとしても、あの通りどこにもそんな隙が無いからだ。

これは、ウルベルトに対しても同じ事が言えた。

正直、下手に彼に対して抱き着いてアピールするのは、デミウルゴスに喧嘩を売るのと同意語だとアルベドは認識している。

それなら、デミウルゴスが不在の時を狙えばと言うかもしれないが、彼女がこうして彼に元にメールを届けに来る際には、彼はほぼ確実にこの部屋に居るのだ。

時折、アルベドも諦めきれずにどこか付け入る隙がないか、ウルベルトの様子を窺う事もあるのだが、その度にデミウルゴスが肝が冷える笑みを浮かべている為、そんな彼の前でウルベルトに対しても何かをする程、彼女も馬鹿ではなかった。

だが……今は、この場には誰も居ない。

 

それこそ、彼女にとって格好のチャンスだと言っていいのではないだろうか?

 

もちろん彼女には、デミウルゴスの事を他のメールペットの様に、酷く苛めたりするつもりはない。

下手にそんな真似をすれば、確実に倍になって返ってくる事が解っているからだ。

ただ、ちょっとだけデミウルゴスに対して可愛いレベルの悪戯をして、彼に困り顔をさせてみたかっただけなのである。

実際には、困った顔をしている彼の様子を自分の目で直接見る事が出来なくても構わない。

ただ、その状況を想像するだけで楽しかった。

 

だから、こんな風に偶然が重なって巡ってきた、この最大のチャンスを見逃す事は出来なかったのである。

 

ぐるりと部屋の中を見渡すと、彼が良く座っている質の良い素材をふんだんに使った執務机があり、そこに丁度悪戯するのに良さそうな物を発見した。

アルベドが見付けたのは、デミウルゴスが色々な事を管理しているだろう小さな端末。

そこのデータの順番を一つ入れ替えるだけで、彼女の悪戯は完成である。

多分、並んでいるデータの順番を入れ替えると言う程度の悪戯なら、それ程デミウルゴスにも迷惑を掛ける心配はない筈だ。

ちょっとだけ、データの並びが違う事に彼が戸惑う程度で済むだろうと考え、サクサクと端末を立ち上げてその中のデータの並び順を変えていく。

 

もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈。

 

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫。

そもそも、ここは幾重にもセキュリティに護られた場所にある。

復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括ると、彼女は何食わぬ顔をして端末を落とし、そのまま元通りに場所に置いて部屋から立ち去って行く。

 

部屋の外に出る為にドアを開けた時、床と扉のほんの僅かな隙間から何か小さな黒く蠢くものが、スルリと中へ忍び込んだ事にも気付かずに。

 

無事、父のお使いを済ませたアルベドは、きちんと手順通りにデミウルゴスの部屋の鍵を掛けてから、楽しげな様子で岐路へとついた。

今回は、父のお使いとしてウルベルトへのメールの配達だけではなく、初めてデミウルゴスを困らせる為の悪戯が成功したのだ。

その事実が、アルベドの心を高揚させていているのだろう。

一種の背徳感が、自分のした事に対する達成感と混ざり合い、罪悪感すら打ち消していた。

もちろん、後から彼に今回の事で色々と苦情を言われるだろう。

そんな事など、最初から承知の上で実行したのだ。

 

今回の一件が、ウルベルトから父に伝わったら、もしかしたらもっと自分の事をちゃんと見ていなければいけないと、一緒に居る時間を増やしてくれるかもしれない。

 

そんな事を考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーから外へ出る為の道程を歩いているが、帰り道も行きと一緒でどこにも異常を感じる事はない。

むしろ、きっちりと重なり合って強固さを誇るデミウルゴスのセキュリティシステムの壁を肌で感じて、かえって安心出来る程だった。

これなら、あの程度ではセキュリティホールが発生する事もなかったのだろう。

やはり、問題はなかったのだと考えつつ、デミウルゴスのメールサーバーを抜けた所で、一気に自分の住むサーバーへと飛んだアルベドは知らない。

 

彼女がした悪戯によって、実際には一瞬だけセキュリティホールを作り出していた事を。

 

あの黒く蠢くものが、実はウルベルトのデータを盗む為に送り込まれたハッキング用のシステムであり、その侵入を許した事でデミウルゴスではなく彼の主であるウルベルトに対して、とんでもない結果を現在進行形で生み出している事を。

そして、それらの事実が結果的にあれだけ自分が怒らせてはいけないと考えていた、デミウルゴスを本気で怒らせてしまう事を。

デミウルゴスの逆鱗に触れた結果、ギルメン達がそれこそ全員で慌てふためく様な騒動になるまで、事態にまで発展する事を。

 

そして……アルベド自身に、今まで彼女が他のメールペット達にしてきた行いに対する、それこそ痛烈な報いが訪れる事を、彼女は知らない。

 

 

 




という訳で、今回は短いですけど彼女が前回の回顧録で語っていた、自分自身がやらかしてしまった事について。
この時点では、彼女は自分がした事を些細な悪戯としか認識していません。
自分がした事が、こんな風に特大の二次被害を引き起こす要因になるとは、欠片も思っていないんですよ。
本人的には、無邪気な悪戯程度の認識です。

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