犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の二: 「真実はいつだって残酷」

(なんで私、捕まってないんだろう…)

 

旅館のソファーに座り、足を組む。目の前には私の友人が座っていた。手錠を掛けられた腕が痛々しい。私はどう言葉をかけていいか分からず、口を噤んだ。

 

私が殺した男を何故か友人が殺害したことになっていた件について。

訳がわからないよ。完全に逮捕フラグだと思っていたのに。

 

毛利小五郎が友人を犯人だと伝えてきた時は驚いたものだ。「貴方のご友人は復讐のために男と彼の愛人を殺したんです」と言ってきたのだから。

おい、ちょっと待てよコナン…?! いつもの鋭い推理はどうした…?! それとも毛利小五郎が今回は推理したの…?! と思った。

推理ショーは私が寝込んでいる間に終わったらしい。起こしてよ?! とも思ったものだ。

まさかのハブられていた。私だけ遅れて報告である。ちょっと目から涙が出た。さみしい。

 

(そんなテンパってる時にコナンが「アザミの花が〜とか言ってたのはなんで?」とか聞いてきやがったしな!)

 

『アザミの花は一体誰が持つんだろう。白いアネモネを見失わず、静かにしろ』という適当な暗号文のことである。

まさかの蒸し返しにドッと冷や汗が流れたものだ。「やばい。真犯人だと疑われている?!」と思い、焦った。なんとか誤魔化せたが。コナンが本当に怖い。

 

(馬鹿か私は!「自首しよう!」という血迷ったことを考えやがって…!)

 

あの時の私はどこか変だった。

コナン世界に来たという事実。人殺しをしたという背徳心。前世の記憶の混入による吐き気や頭痛。全てが混ざり合い、思考力を低下させていた。

 

——私が憎っくき男を殺した時、胸に込み上げてきた感情は『歓喜』だったのは確かだ。

だが、それがどうしたというのだ。人殺しは人殺し。

復讐だろうが、快楽殺人だろうが、同じ人殺しだ。例えどんな崇高な理由があろうとも、人殺しに変わりない。

 

——本懐を遂げる。それこそが私の使命。

 

どんなに罵られようともやり遂げる。どんなに人道から外れようともやり遂げる。憎き奴らを殺すのだ。

 

(だから今の状況は幸運だ。「男と愛人を殺した」と友人までもが認めているんだから。訳がわからないけどな!)

 

何故、友人が「男を殺した」と言うのか分からなかった。だって私がそいつを殺したのだから。

友人が私の計画を何らかの方法で知り、庇ってくれたのかとも思った。

だが、今、私の目の前にいる友人は非常に申し訳なさそうな顔をしている。普通、庇った相手にする表情ではないだろう。

 

友人は目を伏せて、謝ってきた。「楽しい旅行を台無しにしてごめんね」と震える声で言う。

流石にどう返答したらいいいか分からない。困った表情を浮かべた。そして、今、素直に疑問に思っていることを口にする。

 

「復讐のために殺したんだね…。確かに最近ピリピリしていたけど…。私と旅行に来たのはその人を殺す計画があったからなの?」

「ごめん…!」

 

やっぱりな。随分と用意周到なことだ。私が言えた義理ではないが。

因みにこの旅行に誘ったのは私だ。

だが、彼女も私をこの旅館への宿泊に誘おうとしていたのではないだろうか。声をかけた時、随分と驚いていたようだったから。

てっきり、「仲良くなって間もない同期に突然誘われて驚愕した」だと思っていたのだが…。

 

(彼女が私を誘おうとした理由…。恐らく、私が彼女を選んだ理由と同じだろうな)

 

私が友人を選んだ一番の理由——それは、「彼女の変化に気がつく人間があまりいない」からだ。

 

友人と私は同じ会社の人間だ。

その会社の中で、彼女は途中入社1年目の人間である。

そんな友人がもしも殺人事件に遭遇したと想像してくれ。彼女は多少気落ちするに違いない。

だが、友人は無理をして、職場では明るく振る舞い続けるだろう。周りに心配かけないようにと考えて。

しかし、そんな友人の不安を見抜ける人は少ないだろう。友人がどういった人間かまだ社員達は理解しきれていないから。

それを見越して、私は同行者にこの友人を選んだ。

 

(都合がいいことに友人は天涯孤独の身でもあったし)

 

天涯孤独だと何でも相談できる相手がいないか、少ない可能性が他よりも高い。

そうだとすれば人伝に殺人事件の内容が漏れにくくなるからね。犯罪を犯す際の隠れ蓑としてこれ以上の人材はいない。

 

余談だが、私も途中入社1年目の人間だ。復讐のため、態々転職した。『私』という人間を理解されないための対策だ。

更には天涯孤独という点も同じ。

やっべー完全に被ってるじゃねーか。

 

(まさか私と同じ人物を憎んでいたなんて思いもしなかった。人生、何があるか分からないな)

 

やっぱりあの男は殺して正解だった。

そんなモラルに反する考えを抱く。

 

私の時も警察などに訴えても聞いてもらえず、泣き寝入りすることになったのだから。私以外にも被害が及んでいるとは思わなかった。許すまじ。

 

(どうしてあんな奴らがのうのうと生きていている? 何故真面目な友人が苦しまないといけないんだ?)

 

悪い事をしている人間が堂々と暮らしている。それはおかしくはないか。

真面目な者ほど痛い目をみて、悪人ほど幸せに暮らしているのだ。変ではないだろうか。

詐欺に遭わなければ、友人だって幸せに暮らしていたはずだ。真面目な良い子だったから。

人を殺した人間に、良いも悪いもないかもしれないけれど。

 

でも、それでも、おかしくはないか。

 

復讐は駄目なことなのか。目には目を歯には歯を。痛みには痛みを。苦しみにはそれ相応の苦しみを。

法が奴らを裁いてくれるならそれでいい。

だが、法が裁いてくれない者もいる。あの男のように。

 

 

だから、殺す。

私が憎むべき相手を、自分自身の手で、殺す。必ず殺す。刺し違えてでも殺す。

 

 

憎しみのあまりに手が微かに震えた。明確な殺意がどろどろと胸の中から湧き出る。怨恨の炎がジリッと目の奥で弾けた。憎き復讐相手達の笑い声が脳内で響き渡る。

 

(駄目だ。抑えろ自分。友人以外にも今ここには人がいる。おかしくなれば今までの努力は水の泡だ)

 

そう考えて、唇をギュッと噛んだ。じわりと血が滲む。口の中に独特の味が広がった。

自分の殺意が表に出ない様に必死に押さえ込む。憎しみの感情に蓋を一時的に被せた。

ハァとため息を吐く。すると気分が少し回復した。

 

(今は復讐相手達を考えるよりも大事なことがあるんだった)

 

『何故私が殺した男を友人が殺したことになっているのか』。これを知らなくては。

私は泣きそうな表情になってみせた。動揺した雰囲気を出す。そのまま友人の顔を見据えた。

 

「もしかしたら犯人じゃないかと思ってたよ…。でも、成人男性を持ち上げるなんて、女は無理。だから、ずっと否定してたのに…! 嘘だと言って。ねえ、嘘でしょう?! あんな殺し方できないよね…?!」

「嘘じゃないよ、幾世さん」

「コナンくん…?!」

 

お前はでてくんなや!!

そんなことは言えないので、口を噤んだ。

コナンは私の前に立つ。彼はポケットに手を突っ込みながら私を見た。キラリと眼鏡が光る。

「コナンくん!」という毛利蘭の声が向こうから聞こえた。

ちょっと保護者ァ! ちゃんと止めておいて!!

そんな周りをガン無視なコナンくん。彼は私に視線を向けながら口を開いた。

 

「最初に発見された男——彼は自分で首を吊ったんだ」

「は?」

「けど、死の恐怖でしっかりと首を吊りきれていなかった。まだ息があったその時に犯人がそのまま首を締めて殺害したんだ」

 

何でそんなことになってんだ…?!びっくりしすぎて思わず素が出る。

私が男を自力で吊り上げたトリックは何故バレていない? コナンなら確実に暴くだろうと思っていた。

それとも私が完璧だったのか? 男の遺書も態々やつの自筆のものを用意した程だ。首を吊らせるときも細心の注意を払った。だからコナンは見抜けなかったのか?

いや、それだけでは足りない。だって天下無敵のコナン様だぞ? その程度で敗北なんてあり得ない。

 

私は微妙な顔になった。それを「友人が犯人だったことにまだ困惑している」と思われたらしい。

コナンくんに「幾世さんは休んだ方がいいよ」と言われた。

いや、違うんだよ。確かに困惑している。けど、それは違う困惑なんだよ!

 

(どうなってんの?!)

 

——その時はそれで終わってしまった。だが、後から友人の犯行の仕方を聞くことができた。

なんと友人は私に自分の罪を擦り付けようとしていたらしい。

結果、わざと部屋に傷を付けたり、犯行用の道具に私の指紋をつけたりしていたとか。そのお陰で私の犯行が友人に上書きされたのだ。

 

更にミラクルが起きていた。

私が犯行に使った道具類がある。自分の部屋に放置したものや、旅館内に隠したもの。外に捨てたものまで色々だ。

その道具を友人や犯人の一人の女将さんが使ったらしい。偶然にも全て。

しかも、外に捨てたものは嵐で全部流されているときた。

余談だが、これは後日私が自分自身で調べたものになる。

 

しかし、コナンと話している時の私はそれを知る由も無い。

私は眉をハの字にしながら、悲しそうな顔をした。「そっか…」と友人の言葉に頷く。その後、口を開く。

 

「そっか。本当に犯人なんだね。でも、それでも。また一緒に旅行に行けたら、行こうね」

「…ッ! ごめん、本当にごめんねえ…!」

 

私の言葉を聞いて、涙を流す友人。

少しの罪悪感が胸に込み上げてくる。一瞬、彼女の罪を軽減するために自首すべきかと考えた。

だが、その考えをすぐに打ち消す。

彼女の背中を撫でながら、目を閉じた。

 

——私の復讐はまだ始まったばかり。こんなところで捕まるわけにはいかないのだから。




pixivでは一括投稿ですが、長いので分割します。

コメントが結構来ていてビックリしました。嬉しいです。ありがとうございます。また後日返信します。

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