がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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9.荊棘

「……ふむ、さして驚きもしていない所……同業者、か」

「一緒くたにされるのは心外ね」

 

 蛇人間は蓮の顔を無表情に眺め、面白くもないといった様子で椅子に背を深く沈める。

 蓮を部屋に引き摺り込んだ影――男の使役しているであろう大蛇は未だに蓮の左腕に絡みつき、生理的な嫌悪感を与え続けている。だが、すぐに襲い掛かってくる様な様子は無い。

 

「……何をしに来たか、およその予想はつくがな。大方、政府か何かの回し者だろう。仕事熱心なものだな」

「そういうアンタはお遊びが過ぎたわね」

「享楽に耽るのはそう悪徳でもあるまい。とはいえ、妙な虫が(たか)るのは確かに困り物だな。次回からはまた別の場所で”遊ぶ”とするか」

 

 男は蓮と会話しているようで、その視線はどこか合っていない。まるで独り言を述べるように、蓮の存在を考えずに自身の考えを述べ続けている。

 今この状況を”想定外”と捉えず、”危機”とも考えていない、その様子。

 

「……随分と余裕みたいね?自分の正体も、隠し事も露見した。結構な窮地に追い込まれてると思うんだけど?」

 

 瞬間、左腕に絡む蛇が動いた。獲物を一瞬で捉えて動きを止める様な、人の反応を遥かに超えた”捕食”の動き。

 腕に絡んでいた蛇が体全体を押し込めるように足、腰、胸、肩、首に絡み直し、その牙は首元に添えられる。この一連の動作において、蓮は思考する間も無かった。

 

「――ッ!」

「”窮地”とは何のことかな。この状況に窮しているのは貴様の方だ、鼠が。……いや、兎だったか」

 

 男は座った姿勢を変えず、近くのテーブルにあるワイングラスを取る。

 

「私の中では既に貴様の処遇は決まっている。どこと繋がっているかわからん以上、貴様は使い捨てのモルモットとして死ぬまで実験台だ」

「……実験……?」

「そうとも。光栄に思いたまえ、私に”使われる”事をな」

 

 蓮の首筋を細い二又の舌が数度触れ、嫌悪感から首が動く。逃れようとしても、体に巻き付いた力がそれを許さない。その様子を見て男は一笑し、話を続けた。

 

「知っているとは思うが、我々は貴様ら人間と違い今や少数しか存在していない。祖先はかつて地球を支配する程の栄華を極めたが、我らが神であるイグを怒らせ、数を大きく減らしていた祖先は大昔に人間共(きさまら)に負けた。今や、大いなる力を持つ我々が弾圧を恐れて細々と隠れ住む有様だ」

 

 男は無表情のまま、話を続ける。声色は平坦なままで、恨みを含む内容に反して感情の動きは少なくとも表には無く、特に気にしていないという感じを抱かせる。

 

「我々には力があり、人間には無い。それでいて、人間は我らを支配する……そういった現状に納得のいかない同族が、支配体制に密かに挑み続けている。なんとまぁ、面倒な事をするものよ」

「……アンタは違う、って言い草ね」

「そうだが」

 

 手に持ったワイングラスを指で弄び、男は口角を上げる。

 

「我らは確かに人間を凌駕する力を持つが、それは優れた知性あっての事。知性の行き着く所は、本来一つ。探究心だ」

「……探究心……?」

「そう、探究心。知識欲と言ってもいい。自身の頭脳の研鑽、謎の追求、想像の具現化。貴様らの及びも付かぬ、前人未到の領域へ手を伸ばす事」

 

 グラスを持ち上げ、暗い照明に翳す。僅かな光を通し、中のワインが揺らめく。

 

「これらに比べれば、貴様ら人間の支配など詮無き事よ。むしろ、我らの知識欲を満たす環境を勝手に用意してくれるのだから、感謝すらしよう」

「……感謝してくれるんなら、この首の子を下げて欲しいんだけど」

「そう邪険にしてやるな、これから同胞になる者にそう言っていては何をされるかわからんぞ、ククッ」

 

 笑いをこらえきれぬといった様子で、男は笑いを漏らす。

 

「……待ちなさい、”同胞になる”?どういう意味かしら」

「その通りの意味だ。貴様はこれから、蛇人間(どうぞく)となってもらう」

「――何を、言ってるのかしら」

 

 蓮の眉間に皺が寄る。聞き間違いも無く、男は、「蓮を蛇人間にする」と言った。

 

「我々は貴様らが地球上に生を受ける前から、遺伝子というものに着目している。我らが神であるイグが与え給うた力、それは”蛇”の遺伝子に強く関わると見ていた。そこで、遺伝子に手をかける事によって我ら同族を増やす事が出来るのではないか?と考えた」

「…………」

「蛇より進化した蛇人間(われわれ)と、猿より進化した人間(きさまら)。元が違えど、収斂(しゅうれん)により同様の形に至った。知能も魔力も大きく異なるが、構造は共通する所がある。……ならば、人間を蛇人間へと後天的に”改造”する事も出来るだろう」

 

 男は口元だけが笑い、獲物を睨む蛇の様に蓮を見据える。

 

「我々は数の少なさから同族同士による交配が難しく、妥協して人間と交配しても血が薄まり種としての退化は免れん。……ならば同族を”調達”すればいい。上手く作れれば人の勢力は少しずつ削れ、我らが勢力も増える。私は知識欲を満たせ、良いこと尽くめという訳だな」

「……人をなんだと思ってるのかしら」

「さっきも言っただろう?かわいいかわいい実験動物(モルモット)だ」

「不愉快ね」

 

 吐き捨てる様に蓮が告げる。そんな蓮を見て、男は心底愉快そうにしている。

 

「ククッ、命を握られているというのに強情な物だな。まぁ、すぐにその虚勢も失われるだろうが……話に付き合ってくれた礼だ、なるべく気持ち良く”変えて”やろう」

「……ついでにもう一つ聞きたいのだけど。アンタの”実験”で、行方不明になった子達はどうなったのかしら?」

「良く言うだろう、発展の為に犠牲はつきもの、と。”失敗作”は廃棄済だ」

「――そう」

 

 冷たい声が蓮の口から一言だけ出る。もはや話をする必要も無い、概ねの事態は把握出来た。……ここからは、”掃除”の時間だ。

 

「さて、そろそろこっちに来てもらおうか。今日の実験は彼女の代わりに貴様が務めてもらう。久々に命の気兼ね無く手を加えられる実験体だ、この際――」

「――なんとまぁ、相手が悪かったわね」

「……何?」

 

 男が蓮の体に絡みつく大蛇を手招き、こちらに来るように指示をするが……大蛇は絡んだまま、ぴくりとも動かない。こちらに蓮を引っ張ってくるどころか、身動きすらしない。見れば、先程まで体を締め付けていた力もまるで見られない。

 怪訝な顔を男が浮かべた途端、変化があった。蓮の体に絡みついていた蛇が、縄が(ほど)けるように床に落ちる。その眼は既に生気を失っていた。

 

「――ッ!?貴様、何をした!」

「何を、ね。そのご自慢の知性とやらで考えてみれば?」

「貴様……!」

 

 挑発された男が合図を送るように手を動かす。即座に部屋の物陰から、再び別の大蛇が現れて蓮の体へ向かっていく。

 蓮はそれに対してさして動くこともせず、今度は数匹の蛇が蓮の体のあちこちに絡み、噛み付く。体に食い込んだ牙を通して、生み出された毒が蓮の体へ送られる。

 

「舐めた態度を取りよって……どんな魔術(タネ)を使ったか知らんが、これだけの神経毒をぶち込めば減らず口も――」

「あぁ痛い。噛み傷が痕になったらどうしてくれるのかしら、全く」

「ッ!!」

 

 男は心底信じられないといった顔で、蓮を見る。常人であれば即座に体の自由が奪われ、指一本動かすことも出来なくなるような毒を送られておきながら、目の前の女は平然と立ち続けている。

 そして最初に絡んでいた蛇と同様に、噛み付いていた蛇達が気を失うように床に落ちる。噛みつかれていた本人は傷口を軽く撫でるだけで、毒の影響などまるで感じさせない。

 

「貴様、何者だ……ッ!人間ではないのか!」

「失礼な事言うわねぇ。アンタ達と一緒にしないでくれるかしら、こんな美人がアンタ達のご近所にいるの?」

(とぼ)けるな、魔術を行使すらせずに体内に直接毒を送られておきながら、平然としていられる人間などいる訳がないだろう!」

「ま、世の中は広いって事よ」

「ほざけ!」

 

 再び物陰から大蛇が二匹這い出て、今度は男の目の前に集って蓮と向き合う。どこに身を隠していたのかすらもわからない様な巨体が鎌首をもたげ、舌先を揺らして威嚇してくる。

 

「毒が効かないのならば、仕方あるまい。首を締めて意識を奪わせてもらうぞ……!」

「あらコワイ。……ところで、ご存知かしら。蛇の毒が、どんな風に体の自由を奪っているのか」

 

 まるで怖がる様子も見せず、蓮は人差し指を立てて尋ねる。

 

「……何のつもりだ」

「毒の中に含まれる化合物が、筋神経の受容体や神経接合部にくっつく事で伝達物質を阻害して、筋肉を動かす邪魔を……神経信号を伝達させなくする。その結果、筋肉から力が抜けたり、逆に筋肉が著しく収縮・麻痺を起こす。――こんな風にね」

 

 立てた指を握り込み、話の終わりと同時に指先を広げて腕を振るう。その直前、黒い靄の様な物が蓮の掌に集まり、振るわれた勢いによって大蛇にぶつけられた。

 それが蛇に当たった直後、蛇の体からは力が抜け落ち、床に横たわる。僅かに身動(みじろ)ぎこそすれど、体が麻痺した様に起き上がることが出来ない。

 

「……き、貴様ッ……!?」

「自己紹介が遅れたわね。私は野曽木蓮、ちょっと毒操作能力(トキシキネシス)を持つ掃除屋よ」

「……毒操作能力、だと……!?」

「そ。勿論、アンタ達の信じる神様は無関係の身よ?」

 

 毒操作能力(トキシキネシス)。あらゆる薬毒に対する耐性と、毒の生成能力を兼ねた能力。それが幼少期より彼女が備え、怪異に立ち向かうべく振るっている異能の正体。

 ある程度は自身の意識によって耐性を下げる事も出来るが、平常時の蓮に対して地上で生まれ、使われているあらゆる毒は通用しない。さらに生み出す毒の種類によっては、生物はおろか形持たぬ怪物すら溶かす猛毒を操る事も出来る。

 ――つまる所、毒を操る者に対する天敵中の天敵なのだ。

 

「……そんなバカな人間がいるワケが……ッ!」

「イグから毒を預けられてる蛇人間(アンタたち)が言えた義理じゃないわよ。……さあて、これまでは散々好き放題してたみたいだし……」

 

 蓮が徒手のまま、男を睨み付ける。構えた手からは毒の靄が湧き出て、蓮の周囲を渦巻いて漂い始める。その靄の様子は奇しくも、獲物を睨み付ける蛇を彷彿とさせ――

 

「――痛い目、見てもらうわよ」

 

 魔女めいた佇まいで、蓮は薄く笑った。

 




ずいぶん勉強したな……まるで蛇博士だ
調べたさ……小説執筆の為にな
でもただの蛇博士じゃあないよ!ここの蓮ちゃんは蛇博士じゃあないよ!

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