がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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6.動けず、動かず

(マジで何も出来ないわこれ)

 

 乗船して二日目の夜のカジノフロア、昨日と殆ど同じ状況に作り笑いの角度が徐々に削られる中、蓮は軽く絶望していた。

 結局起きてからも懸念していた通り、個人で動ける状況はほぼ無かった。食事中は給仕として飲み物を注ぐ途中に胸元を近くから覗かれるし、食事を運ぶ最中にテーブルの傍を歩いている最中に臀部を撫でられるし、挙句の果てにわざとフォークやナイフなどを落とし、自身の目の前で拾うように命じられた。

 それ自体が問題なのではなく、命じた客は椅子に座りながら拾っている蓮に体を向け、妙に膨らんだズボンを見せてきた。さすがに不快感も隠しきれなかったので、早々にその場を離れたが。

 どうも例の遊び(チキンレース)はいつでも絶賛開催中らしい。あちらにとってはなんら賭けるものも失うものもなく、単なる余興の一つなのだろう。反吐が出る。

 リーダーが人員管理において有能なのも向かい風だった。ここで働く女性従業員の把握は完璧で、蓮やユーリヤが心労で忘れそうになっていた予定(ローテーション)も、時間になればきちんと告げてくるし、必ず同時刻のローテの従業員を数人つけて行動させてくる。

 『船内(ここ)は無駄に広いので、初めの内は迷う従業員が多いです。移動時は必ず先輩方と行動し、質問はすぐ彼女たちか私に聞いて下さい』、との事だ。迷子のフリも許されない至れり尽くせりっぷりに、涙が止まらない。

 

(……というよりは、警戒されてる、のかしらね)

 

 ここまで無表情で何かと二人に細かく指導してくれているが、言葉は定型化されているように温度が無い。手厚いサポートに、自動的(マクロ)なやり方。どうにも、自由を制限されているとしか思えない。

 蓮やユーリヤが特別警戒されている、という事でもなく、どうも従業員全てに対し問題を起こさせないように動かしている節がある。他の従業員の扱いを見ても、一切の温度差が無い。

 

(目の届くよう駒を配置してる、って感じかしら)

 

 最も近い表現がそれだ。通常の業務内で一切の他の突出を許さず、自分の視野と時間割(タイムテーブル)に全て置く。問題や面倒を考えられうる限り排除出来るよう、決まった動き(ルーティーン)に収めようとしている。

 こういった重役の集う秘密裏の場所においては、何かとトラブルが付き物なのだろう。携帯電話での密告や盗聴など、考えてみればキリは無い。それを警戒してか、昨日制服に着替えた後に荷物や衣類は一時押収されている。

 荷物はスマートフォンなどの通信・記録が出来るものは預かられた。衣類には何か仕掛けられて戻ってきたという事はなく、綺麗に洗濯されていた。恐らく、衣類に盗聴器やレコーダーなどを隠していないかを疑ったのだろう。ボディチェックで髪まで確かめられていたら危なかったが、そこまでは無かった。

 ただ、入浴時に他従業員にじろじろと見られていた。何もスタイルに見惚れられていたということでもなく、何か隠し持っていないか見るようリーダーに言われていたらしい。とはいえチェックが遠目な素人目の為、通信機は問題なく隠し切った。

 

(……多分、昔”そう”いった事があったんでしょうね。で、問題に対処する為に仕事を徹底(テンプレート化)した、と)

 

 現在の仕事のしやすさ(やりづらさ)はそういう事と見て間違いない。考えられる範囲で事前に対処し、目に映る範囲は全て対応できるように動く。

 リーダーを無力化する事自体は問題なく行えるだろう。どれほどの腕前かはわからないが、仮に武道の達人だったとしても見えないように攻撃したり、察知されない様に抵抗力を奪う事は蓮の得意分野だ。向こうが一般人の範疇である限り、どうとでも出来る。

 ただ、無力化した所で行動するアテがない。どこが怪しいのかすらわからず、犯人の所在も一切絞れていないこの現状では、このローテーションを無効にした所で何も出来ない。

 また、リーダーを仮に無力化しても、常に客の近い場所で働いている彼が唐突に倒れたり不調を訴えれば、近くに犯人がいた場合に警戒を促す事となる。

 

(……”ボロは出すな”、って言われちゃってるしねぇ)

 

 こうなると、犯人側が動くか、情報がこちらに勝手に転がってくるのを待つしかなくなる。何らかのイレギュラーが起きない限り、積極的な行動は取れない。

 動きがあるまでは政次郎に任せる事にしよう。……正直な所、さっきからたまに体に感じる無遠慮な感触の事を考えると、どんどん気力が萎えてくる。

 

「いやぁしかし、やはり美人がいると違いますなぁ!心まで華やかになりますのう!」

「もう来なくなった子達を含めて思い出しても、どこもトップクラスというのもいい!」

「出来れば次回のクルーズもよろしくお願いしたいものだねえ、蓮花ちゃん!」

「…………」

 

 何一つ華やかさや清らかさを感じさせない外面と内面を見せつけながら、よく喋るものだと思う。なんかもう怒りと呆れを一周してセカンドラップで追いつくレベルだ。……とはいえ、これは好機だ。

 

「ねぇおじさま方?本人を目の前にして別の子の話をするというのは、少々妬けちゃいますわよ」

「おおっと、それは失礼したねぇ。いやはや、今目の前にあるこの瑞々しい果実を大事にせねばなぁ!」

「……いえ、別にいいですわ。それよりも、少し気になるのですが……これだけおじさま方に大切にされて、楽しくお金ももらえるお仕事ですのに……何故いなくなる子がいるんですの?」

 

 もうこの場の客の放つ言葉のセクハラは、慣れというフィルターによってある程度濾過(とどかなく)されてきている。思ってもない言葉を精一杯盛り付けながら、情報を聞き出し始める。

 

「ふうむ……まぁ大抵の場合は大金を積んだ誰かが、個人的に気に入った子を掛け合って買――いいや、”雇う”んだが……」

「思えば最近は妙ですなぁ。雇った場合なら大抵自慢したり、あるいは”教育”して再びこの場に連れてきたりするものですが……それ以外の、離れたらしい子が多い気がしますな」

「”離れた”というのは?おじさま」

「単純に必要な分を稼ぎ終わったという子や、あるいは嫌気が刺して自分から二度と来なくなった子の事をそう呼んでるんだよ、蓮花ちゃん」

「へぇ……そういった子は多いんですの?」

「いんやあ?稼ぎ終わるには相当な時間のかかる子が大半だし、”こんな所二度と来るか!”なんて啖呵切っちゃった子が、首が回らなくなってまた乗りに来る事もあったねえ」

「あの子は良かったですなぁ!あのギラギラした目を我々が徹底して無視したあの航路で、”お願いします、買って下さい”と屈辱に震え懇願してきた時はいい歳して震えましたぞ!」

 

 あまり知りたくない歴史が脳内にストックされる事に頭の重さを感じつつも、話を続ける。

 

「おじさま方の口ぶりでは、そういう事もなく離れた子が最近になって多い、という事ですか?」

「そうだねえ……僕達も気をつけて接してたつもりだったんだけど、近頃の若いコにはちょっと刺激が強すぎたのかなあ?」

「はっはっは、蓮花ちゃんはその点違いますな!ほれっ……こんな事をしても楽しくお話してくれていますからな!若いコもそれぞれ、という事でしょう!」

「んぅっ……お褒め預かり光栄ですわ、ほほ、ほ」

 

 ”十一番”が背中の素肌部分を這う様に撫で上げる。話の途中で唐突に触れられ、意表を突かれて声が漏れる。油断するとこれだ。

 

「気をつけた方が良いお客様とか、おられますの?おじさま方は優しいですけど、皆が皆そういうわけではないのでしょう?」

「はっはっは、安心してよ蓮花ちゃん!僕達は皆紳士だからね、そこんとこちゃあんと弁えてるよお!」

「昔はこんな場という事で結構な事をやった者もいましたが、今ではすっかり平和なものですなぁ……いやはや、催しとしては良いのですが、やはり他の子達に悪影響ですからなぁ」

「どうしてもああいう事がしたいなら、”雇って”別荘にでも招待して、それから皆ですればいいですからな!」

「「「はっはっはっは!」」」

(わ、笑えないわ……)

 

 どうも相当ろくでもない事が昔あって、()われると同じ目に会いかねない事はわかった。それと、特に目立った危険な男もいないらしい。さすがにそう簡単に見つかるものでもない、か。

 

「ああでも、最近はなんだか目がやらしい者たちもいますなぁ」

「あぁ、ですなあ。やれやれ、寂しくさせてはならないといっても、あんなにも()めつけては兎も逃げ出してしまいますぞ」

「……その人達は紳士と言えるんですの?」

「問題ないよ、”室外”で襲うような欲求不満なヤツもいない。ただ絶対、”室内”は激しくされるだろうねぇ」

「蓮花ちゃんも試してみるかい?僕達と彼ら、どっちがいいか……お金が欲しければ、僕達いつでも歓迎だよ?」

「……ま、前向きに検討させて頂きますわ」

 

 いや、おじさま方(こいつら)の目も十分以上にやらしい。常に弧を描いている目の醜悪さはわざとなのか、それとも本当に気付いていないのだろうか。露骨なお誘いを、定型文で丁重にお断りする。

 

「はっはっは、これは遠回しにフラれてますなぁ、”十一番”どの!」

「いやいや、勝負はまだまだこれから、ですぞ?ところで”二十五番”どの……これでアガリ、ですぞ!」

「ぬう!?……いやはや、話に夢中でついカードが滑りましたな。こっちは私の負けですか……まぁ何、次で取り返させてもらいますがな」

 

 このテーブルは先程からトランプを使うゲームを、数戦ごとに様々なものに変えていた。ポーカー、ブラックジャック、大富豪、神経衰弱、ババ抜き――少しずつルールが簡単で、手軽に楽しめるお遊びのような物に流れていく。

 とはいえ、賭けられるチップはそれほど大差無い。真面目に勝ちを狙えば、このテーブルだけで現金換算で百万に届くチップが動くだろう。だが、この台はどうやら勝負をする集まりではないらしく、以前のゲームで勝った者が意図的に勝利を逃す場面すら見られる。

 あまり勝ちすぎると良くない印象を持たれかねない為、世間話や女遊びに興じるタイプの人種が集まっているのだろう。事実、昨日の台より蓮に対する接触が多く、こちらに話題を振ってくる事も多い。……半分ぐらいは言葉のセクハラにシフトしていくが。

 

「……やらしそうな目の方たちの番号だけでも教えていただけません?仮に”訪れる”事があれば、気にしなければならないもの」

「おおっとぉ!?これはまだまだ僕にも逆転の芽があるかもしれませんなぁ!いいともいいとも、教えてあげよう!」

「お相手する事があるなら、それより多くを積めば奪えるかもしれませんからなあ!」

「うむうむ、跳ね除けられるものと思っていたから思ったより乗り気で嬉しいよ、わしら!」

 

 蓮からすれば大差無くとも、こういった場の者達のコミュニティで知られる違和感という事は、ある程度は信憑性がある。仮にこれまでの話が蓮を買う為のお為ごかしだとしても、別の客へ”こう聞いたのですけれど”といった噂話程度に振れば印象の真偽は図れる。

 傍から見れば自身を案じつつ、最大限上手く金銭を得る為の立ち回る為の世間話の範疇は逸していない。このぐらいの動きならば、特に知られた所で問題は無いだろう。

 仮にこの動きを見て犯人が接触する事があれば、その時は最大のチャンスだ。従業時間では完全に管理下に置かれているが、乗客からの誘いで動く分にはリーダーの目を逃れられる。

 ……単にスケベオヤジからのお誘いであれば、上手い具合に()()()()必要があるが。一緒に寝る事も無くやり過ごすなら、アルコールなどを持ち込んだ上で()()めばいいだろう。そうせずとも、一方的に酔い潰すのは蓮にとっては容易い事だ。

 結局怪しい数人の番号を聞き出したその後、先日と同様にろくに他のテーブルを回ることも出来ず、中年達のご機嫌取りの為に体と心を削り与えて、この日の業務は終わった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

(――”実験”に支障は無い。多少の違和感は感じられているが……こんな船だ、元々女が離れる理由には事欠かない。理由(るげん)でも流してやれば、お互いの不信感に目が行く)

 

 カジノから戻った男は、深く椅子に沈みグラスを煽る。少し離れたベッドには金を求めてのこのこと来た女が、薄いシーツのみに包まり寝息を立てている。

 この所、”実験”の為に少々動きすぎた。少々の失踪はこの船では絶えない事だが、行方も知らず戻ってこない従業員が多ければ、さすがに違和感は形のある謎となる。今はまだ小細工で誤魔化せるが、さすがにもう前までのペースでは動けない。

 とはいえ、やり口を急に変えれば不審がられる。”いつも通り”を見せるために、女を連れ込む事はやめない。発散になるというのも確かであるし、財布に余裕もある。

 

「……今回は、一人までにしておくか」

 

 気分も乗らない為、今の女に実験()は出さない。今回の運行で誰を使うか、頭の内で考える。

 さすがに新入りの二人はまずい。”次の予定が無い”というのは対象としては適しているが、あれだけの上物だ。行方知れずとなった時、腹の探り合いが始まる事は想像に難くない。

 また、売りも無いと言った女が即座に買われて消えるのも妙だろう。疑念や不信感はなるべく排除したいのが本音だ。此処は、絶好の隠れ蓑(フラスコ)なのだから。

 

「……ふん」

 

 従業員達を思い出し、売女(ばいた)の顔を思考の内で比べていく。どうせ使うのなら、それなりに外面が良い者が好ましい。また、人気過ぎるのもダメだ。クルーズの度に複数人を相手するベテランが失踪する事は有り得ない。

 そういった者は金さえ積めば船内の情報屋としても申し分ない。”実験”で対象を失う危険性も大きい現状では、選択肢は自ずと限られていく。

 男はグラスに新たにワインを注ぎ、水面に映る無表情を眺め続けた。

 




すごく今更ですけど、拙い創作でありながら皆様いつも閲覧有難う御座います。
これだけ目を通して頂けるのを見て製作者様はやっぱ大人気なんやな、って……。

原作の面白さには及ばない二番煎じのフェイカーではありますが、閲覧数を見る度に0に等しいTPが補充されています。
ぅぅうううわぁああああん!俺の応援よ作者へ届け!領民の皆へ届け!

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