「これが今度の新入りさんかね」
「ハイ、資料では元良い所の令嬢だったらしいですよ」
「……なるほど、例のルートからか」
「負債は相当な額だそうですよ」
”制服”に着替え終わり、新入りの担当する簡単な仕事と一連の流れをリーダーから聞かされた蓮とユーリヤは、顔通しとしてまず乗客のいるラウンジに案内された。
二人が訪れた時点で、このラウンジにはそれなりの人数がこの場に集まっていた。今回の乗客はおよそ三十名ほど、今ラウンジに来ていない者も数人いるらしいが、それでもいかにも一部の裕福層といった余裕のある風体を持つ、仮面を被った男性達――この場にいる乗客に女性はいない――が集まっていた。
ラウンジに一緒に訪れたリーダーは蓮たちの事を乗客に対して、よく通る声で名前と新入りである事のみを簡潔に紹介した。”これ以上の情報は不要”というように、極めて短くリーダーは切り上げ、蓮たちの後ろに二歩下がる。
今この場に訪れている乗客たちにとって、興味は十割がた新入りの確認と、それに対する”品評”である事は事前にリーダーに説明された。
「夢、破れたり――か。フッ、だがこのクルーズで生まれ変わるさ」
「
「ま、そういうことだ。では始めようか」
ラウンジの中央に立っている蓮たちは、手が届かない程度の距離まで近寄ってきた乗客に眺められ、あちこちから好き勝手に言われていた。乗船前の社長まではいかないものの、客たちはそれぞれ仮面の内側から下卑た視線で二人を眺め、それぞれの反応を見せている。
感嘆の篭った吐息を漏らす者、後ろ側に回り確認をする様に視線を投げてくる者、数人で互いに二人を比較して蓮たちの風貌を語り合う者、椅子に腰掛けて愉快そうに拍手を飛ばしてくる者――反応は多種多様であったが、そのどれもが女性を素直に褒める印象を一切含んでいない。
……彼女たちの今現在の服装を考えれば、男としては当然の反応ではあるのだが。
(予想通りとはいえ、これ結構際どいわね……ああもうっ、そんな眺めないでよっ……!)
二人が制服として渡されたのは、それぞれ黒と臙脂で染められ、胸元から肩・腕にかけて上体を露出し、胸から局部にかけてひと繋ぎとなっている下部のV字ラインが特徴的なボンテージ服。それに足全体を軽く締める細やかな網タイツとの組み合わせ――いわゆる、バニーガールの衣装だった。
奇しくも色合いこそはいつもの服に類似しているが、その実態はまるで違い――蓮がいつも着ている極度に脚を見せつけるミニスカートや、上半身を強く強調するボンテージ服は傍から見ればそう変わるものではないのだが――、女性の羞恥心を煽る様に仕組まれたこの制服の面積と組み合わせは、着替える前から今まで二人の顔を赤く染め続けていた。
「んんん……この子達、”ウリ”はあるのかね?する予定は?」
「申し訳御座いません”十六番”様、現在はどちらも無い、としています。何分初乗船ですので、次回があるかどうかも……」
「んんん……!勿体無い、実に勿体無いぞ、この子達……!これだけの逸材ならば始まった直後に
「不躾かつ此方の都合で申し訳ないのですが、昨今ここの従業員も減っています。あまり強いれば、二の舞かと」
「んんん……ならムリは言えん、なぁ……」
”ⅩⅥ”と刻まれた仮面の小太りな男性が、リーダーに窘められ心底残念そうに前のめりした体を下げていく。どうやらこの船においては乗客を名前で呼ぶ事は無いらしい。
不本意ながらも乗客たちと視線を交差させれば、ラウンジ内の客と思われる全員が、同様に目元を覆い、仮面の何処かに番号が刻んであった。
(大方、免罪符ってところね)
見る人が見れば誰なのか丸わかりな、陳腐なデザインの仮面。これもまた、社長かこの場に集っている何者かが考えたお遊びの一つなのだろう。
この船上では普段の
ただ、どうせなら目つきも隠せるようなデザインの仮面に変えてほしいというのが、視線で体を撫で回されている二人の正直な心の内ではある。これではまるでペットショップの動物だ。……より立場は悪いか。
「ねぇキミキミ、名前は?なんていうのかな?外国の人なの?」
「リ、リーシャと申します……生まれはロシア、です」
「へぇ~ロシアから!いいねぇ、肌が白くって!スタイルも……ほほぉ……?」
「……う、うぅぅ……」
ユーリヤは既に耳まで真っ赤に染め、体の前で両手を恥ずかしそうに重ねて指を擦っている。衣装と姿勢によって突き出るように強調された胸部を、言葉も出ないと言うように”二十五番”の男が眺めている。
下手をすれば欲望に突き動かされ、その肌色に手を伸ばしそうな空気が口から漏れている相手に対して、ユーリヤは”見ないでください”と言うような困り顔を見せるしか出来ない。そういった姿こそが、男にとって逆効果ではあるのだが。
蓮の方にも頭の中でこの集まりについて冷静に評価を下している最中に、こういった輩が何人も近寄り、軽い質問とユーリヤ同様の”鑑賞”を受けていた。だが、この場でこういった人種はユーリヤの方に多く流れていた。
「リーシャちゃんさ、この、これいくつぐらいあるの?90はあるよねぇ……?」
「いやいや、それよりもこの腰つき……これは、いけませんよ……」
「まるで人形の様に完成されている美に、この体つき……これは久々の”最上”とは思わないか、諸君」
「その中でも群を抜いている、と言ってもいいだろうな……おぉ……」
「……~~~っ!」
蓮もユーリヤもどちらも容姿は万人に一人というレベルの美女であり、タイプこそ違えど百人が百人「美人」と答えるだろう女性で、比べてお互いに見劣りする様な事はない。
ただ、この場に集う者たちにとっても、異国出身の美人というのはそう拝めないものだった。蓮もまた日本人離れした容姿とスタイルを持っていたが、”物珍しさ”という点においてこの場では一つ落ちた。
……決してユーリヤの方が人気を集めているので少し悔しいとか、そんな心理は蓮には無い。無いと心で言葉にしている。こんなのが集まる以上むしろマイナスだと思ってる。そう思いを頭で考えている。
「気に入ってもらえたようで何よりですが、皆様質問も程々に。スケジュールはいつも通りに進行、これ以降は新入りもカジノ内で働いて頂きます。個人的なお誘いや深入りについては、その際にお声掛け下さい。……また、カジノ内での”オイタ”は罰則です。必ず、当人と私に許可を取るようにして下さい」
その場で乾いた音を両手で二度鳴らし、リーダーがその場の全員に告げる。リーダーの話を鵜呑みにするならば、危惧していた最悪の事態はどうやら避けられるらしい。……実際の所はどうなのかわからないが。
リーダーの合図を皮切りに、蓮たちを取り囲むように集まっていた乗客たちは渋々といった様子も端々に滲ませながら、散り散りになった。一端離れたというだけで、未だに遠目から蓮たちを見比べて話題としている者たちも多いが、聞こえなければ精神的には問題ない。
「……お二人とも大人気ですね。この調子でいれば、ボーナスも間違いないでしょう。お客様の機嫌を損ねないように頑張ってください。それと、お客様に望まぬ事を強制された時はお呼び下さい。度の過ぎた事であれば、対応します」
「……ハイ、ガンバリマス」
「あ、ありがとうございます……」
蓮の境遇を考えると思わぬ形での臨時収入が手に入るかもしれない事は嬉しいことなのだが、状況が状況なだけにいまいちいい気がしない。ユーリヤも立場的には似たような――彼女もまた、蓮とは別の理由による借金持ちである――ものだが、蓮以上に関心を集めてしまっていた以上、比べて気疲れが目立っている。
とはいえ、こんな場でまで”お相手”をする必要が無いのは助かる。目の前の男が対応する、という事はこの場での乗客の暴走が起きた場合、それを抑え込めるという事だ。恐らくは武道などの心得があるのだろう。政次郎ほどではないが、そういった人種特有の落ち着きを感じる。
「では、カジノへ案内します。これからは長い仕事となります、お手洗いの方も今の内にお済ませ下さい」
「あ、それじゃあ私、行ってきても」
「どうぞ。リーシャさんは……」
「いえ、大丈夫です」
蓮は潜入前に予め決めていた簡単なサインをユーリヤに送り、手洗いに向かう。『政次郎へ報告』のサインだ。潜入直後、余裕が出来たら必ず一次報告をする様に政次郎から言われていた。万一政次郎が潜入に失敗したなら、連絡が取れない状態である事を確認する為のことでもある。
手洗いに入り、まず真っ先に監視カメラや盗聴器を確認する。倫理的にアウトな事でも、こういった場なら起こりうる。
小型なだけに音質や有効距離は通常の無線に一歩劣るが、その分隠密性はピカイチな一品だ。最悪の場合は、蓮の力で”溶かして”証拠を隠滅する事も出来る。いつものスマートフォンも持ち込めない服装な以上、連絡はこれ頼りだ。
「はぁい政次郎くん。潜入は失敗したかしら」
『――随分なジョークだな、僕がお前の様なヘマをすると思うか』
「……通話感度は良好。無事みたいね」
『あぁ。船内は持て余した区画が多い、僕一人ならなんら問題なく隠れきれるだろう』
「さすがは
『お前のように無駄に派手ではないからな』
「お望みなら派手な見た目にしてあげるわよ政次郎くん」
小声で怒気を伝える器用な真似をしつつ、お互いの潜入の成功と無線の有効を確認する。
「こちらは二人とも今のところ順調。乗船直後にユーリヤが”痕”を感知、場所・規模は不明。これからカジノに入るとこ。そっちは?」
『潜伏にあたり人気の無い都合の良い場所を探索しているが、現状それらしい物は未発見。引き続きこちらで調査する』
「オーケー。次の連絡までそっちはよろしく、政次郎くん。オーバー」
『無論だ』
お互いの一次報告を済ませ、手早く切り上げる。基本的に蓮かユーリヤが自由な時以外は、連絡は出来ない。よって、常に情報を共有する際には
連絡の際はなるべく不自然にならないよう、蓮とユーリヤが交互とまではいかずとも、ある程度連絡を取る人間を入れ替えるよう言伝もされている。あまりあってはいけない状況だが、二人の間で情報が共有できない……分断された状態の時、連絡先を介してお互いの状況・情報を伝える為だ。当然その為、ユーリヤも同様の通信手段を所持している。
「……はぁ。情報収集する為とはいえ、今から気ぃ重くなってきたわ……まーた見られなきゃならないのよねぇ……」
通信を終えて自分のやることを再確認すると、再びあの伸びた鼻面や生温い視線を思い出す。どの程度までのセクハラなら拒否していいのだろうかと、蓮は個室内に座りながら項垂れた。
今更だけどこの話は原作者様のバニーコスユーリヤさんの影響を強く受けたものです。没案にするには惜しすぎたので……。
俺は、上げる!でっち上げて、蓮ちゃん達を(羞恥プレイで)染め上げる!