「――気配は完全に去りました。再びこの場で現界する事は無いでしょう」
「……ふいー、なんとかなったか。死ぬかと思ったぜマジ」
ゴル=ゴロスの成れの果ての行く先を眺め、ユーリヤが確信を呟く。その言葉を受け、十三が構えを解いて肩の力を落とし、安堵の息を大きくついた。
しかし蓮・政次郎・真魚の三人は周囲に素早く目を配らせ、急いで付近の地面を捜す。未だ警戒を解かない三人の様子を見て、十三が何事かと三人へ声をかけた。
「何してんだ?……まさか、地面からなんか湧いてくるとかねーよな」
「阿呆。まだ肝心な物が残っているのを忘れたか」
「”アッシュールバニパルの焔”と、十三さんが見た魔術エミュレータがどこかに転がってる筈よ。確保しない限り、安心は出来ないわ」
「あ、こっちにあったよ蓮ちゃん」
ゴル=ゴロスを呼び出した魔石と、その儀式を演算したエミュレータ。当初の目的である魔石は勿論、ゴル=ゴロスが現れてから一切動きを見せていないものの、邪神一柱を呼び出す儀式を遂行したエミュレータもまた確保が必要な代物だ。
三人がそれぞれの目線で地面を見やれば、真魚が最初にそれを見つける。戦闘の余波により土を被っているエミュレータの傍へ近付いた真魚は、両膝を曲げてその場にしゃがみ込む。軽く掌で土を払い、汚れたエミュレータを手に取った。
残る四人も真魚の座り込む場所へ近付き、エミュレータの転がっていた地面を見やる。蓮が転がる小石に何か違和感を覚えてそれに手を伸ばし、指で表面を軽く擦ると、付着した砂の下から赤黒い透けた結晶体が見えた。
「……これね。さっきまでの魔力は消えてるけど、間違いないわ」
「んー、このエミュレータ立ち上がんないや」
「さっきまで暴れ回ってたんだし、余波で壊れたんじゃねーの?」
「……外傷とは違う、かな。んー、出力過剰でエミュレータが
「どちらにせよ、これ以上悪用出来なければそれで構わん」
自分のエミュレータに近いが幾分かモデルの古いタブレット型のエミュレータを、真魚があちこち触り起動を促すも、その画面は沈黙を続けている。
画面には
政次郎の意見に同意した真魚は、壊れたエミュレータを懐へしまう。後に完全に破壊する事になるとしても、今すべき事ではない。このエミュレータの扱いは、帰還してから話し合えばいいだろう。
その間に蓮は一旦魔石を持ったまま場を離れ、森の影に置いてきていた弾薬などをしまうザックから掌大の箱を取り出す。箱と魔石を両手にそれぞれ持って大きさを見比べ、問題が無いことを確認しながら真魚達の場所へと戻ってきた。
「なんだその箱は」
「”
「単なる紙箱にしか見えねーけど、そんなんでいいの?」
「信頼に足る取引先からの物よ、まず問題ないわ」
蓮は箱を開き、歪んだ五芒星が内部に描かれたその中へ魔石をしまう。箱の側面にある組紐を
強く締められた結び目は、自然に解けることはまず無いだろう。召喚に魔力を使い果たし休眠状態となった魔石には、内側に刻まれた印を破る力も残されていない。これでようやく、本当の一件落着だった。
「――よし。これでもう安心ね。皆、お疲れ様」
「ああ。やれやれ、この規模のバケモノが解き放たれていれば被害は相当だっただろうな。余計な手間が増えず、助かった」
「……悍ましい邪神でした。誰かを脅かす前で、本当に良かった……」
「しばらく蛙見たくねーわ俺」
「夢に見そー」
邪神は去り、魔術師の命は断たれ、魔石とエミュレータは確保出来た。事態が本当の決着を迎えた事を全員が理解し、一同の緊張の糸が緩められる。
念の為ユーリヤが最後に全員へ向けて治癒の魔術を一通りかけ直す。見えない怪我や邪神の威圧による後遺症、興奮状態にあった体を落ち着ける為の光が蓮達を暖かく包み、体を平常の状態へ戻していく。
治癒が終わり、全員がそれぞれの無事を改めて目配せで確認した。
「この魔石だけど、素人の手に置いておくには過ぎた物よ。今回はたまたま休眠状態だったみたいだから発掘品として回収されたみたいだけど、専門家の手に置いておかなきゃいけないわ」
「”専門家”と言うなら、その石で出来る事も知っているだろう。下手に誰かの手に渡さず、こんな事態を再び起こさないように破壊すべきじゃないのか」
「この石はズスルタンの手によって、多くの旧支配者へ存在を知らされているわ。云わばアンテナね。そんな物を下手に破壊すれば、今度はそれを契機に何を引き寄せるかわからないわよ」
「またあのカエルが出るってのか?」
「もっとヤバいのが出るかも知れないのよ。これの元の持ち主とか、ね」
「……危険、ですね。私達で対応出来る相手にも、限界があります」
「もうやだー」
旧支配者によって生み出された魔石は、その身にズスルタンの呪詛を受けている。
それにより、下手に手を下す事で予想される最悪の事態を考えれば、蓮達が対応出来る事態を越えた大事になる可能性があった。今回こそ正面勝負が出来る相手だったが、この世界の裏側に居る旧支配者やその他神性には、そもそも勝負にすらならない存在も多い。
ただ、”破壊”ではなく”封印”であれば、少なくとも適切な管理をし続ける限りは安全が確約される。人から見て永久に等しい時を生き続ける旧支配者からしてみれば、人間目線の百年単位の封印も瞬き程の刹那に等しい。
ただ封印が解けるのを待ち続ければいい。人の世に永遠が無い事を、思考ではなく存在そのもので証明し続ける旧支配者達は、切っ掛けさえ与えられなければ眠り続ける。
「当てはあるのか。貴様が管理する、などと自惚れた事は言わんだろうな」
「オカルトショップのマスターに話は通してあるわ。”疑わしいのならば、自由に監視をつけてもいいですよー”なんて言ってたわよ」
「…………わかった。監視はつけん、だが定期的に僕が邪魔しに行くとだけ伝えてくれ」
「わかったわ。儀式に使われたエミュレータはどうする?」
「中身はチェックしておきたい、かな。確認出来たら用済みだから、後でみんなの前でですとろーいする」
「いいのですか?」
「ん。別に複数あっても強くなれる訳でもないし……こんなのは、わたしのだけでいいから」
そう言いながら真魚はいつも通りの無表情で、罅割れた魔術エミュレータの表面に向けてえいえい、と口にしながらパンチを打つ様な素振りを見せる。
その変わらぬ口振りと顔からは、何の感情の波も伺う事は出来ない。悪用されたエミュレータに対して思う所も、それを自ら壊す事に対する思いも、蓮達が悟れる事は無かった。そ、と一言だけ蓮が呟く。
「――それじゃ皆。帰りましょっか、唐館に」
そして蓮は四人へ笑顔を向け、車のある方向へと歩き出した。
◆ ◆ ◆
「どーもどーも蓮さん、ご無事で何よりですー♪」
「今回は助かったわマスター。あれ無かったら正直ヤバかったわ」
後日、”Rouge”を来店した蓮は、真っ先にルージュの笑顔に迎えられた。
軽く笑みと感謝を返し、蓮はルージュの座る場所へと寄ってくる。蓮は自身のバッグから魔石を収めた箱を取り出し、テーブルの上に静かに置いた。
「これが例のものよ。今は寝てるわ」
「ほうほう、なるほどなるほど。いやー、本物の”アッシュールバニパルの焔”、それもこのサイズの物をお目にかかれるとは思いませんでしたねー」
ルージュは箱を手に取ると組紐を解く事もせずに、その重みと中で箱に当たる感触のみで魔石を確かめる。実際に目にしてもいないのに”お目にかかれる”というのは些か妙な表現ではあるが、それは中身に対して疑いを持たないという、蓮に対する信頼の現れだった。
その言葉の中に含まれる一部の単語に、蓮が引っかかりを覚える。
「……待ってマスター。”このサイズ”って何?別にもあるの?」
「私は持っていませんけどねー。
「こんなのがまだあるの……」
「これは”鍵”ですからねー。碑やこの宝玉は、かの
「実際に相手した私からすれば、こんなのがいっぱいある方がよっぽど不安よ……」
蓮はげんなりとした顔で受けた苦労を顔で表現する。それに対してもにこにことルージュは朗らかな笑みを続けるだけで、それに同情を向ける事も言葉をかける事もしなかった。
一切の反応が返らないのを見て、いつまでもそうしていても仕方ないという事で蓮も表情を戻していく。またこんな事があるならあったで、まぁその時は仕方ない。結局先の事は、その時にならないとわからない。それならば、今は今の事を考えるのを大事にする。
「政次郎くんから伝言よ、”定期的に邪魔しに来る”って。事実上の監視ね。……だからそれ、どっかに売らないでよね、マスター」
「勿論♪店主である前に、私は一人の
「まぁ私も信じてるけど、一応ね」
笑顔を一切崩さず真意を悟らせないルージュへ、蓮は念押しをする。
出処不明な数々の魔術品を適切な知識で管理し続ける目の前の”蒐集家”の腕前は確かだ。魔術品の取扱いに関して、少なくとも蓮が知る中でルージュの右に出る者はいないし、素性こそ不明な所が多いものの個人的には信頼に足る人物だと思っている。
しかし今は魔石の管理についてよりも、蓮にとっては最も大事な話が残っていた。
「――で、マスター。約束、覚えてるわよね?」
「ええ♪『魔石が本物であれば相応の価格で買い取る』、そうでしたね?」
「そうよ。政次郎くんの監視はついちゃったけど、私は約束を守ったわよ」
「監視など私にとっては些細なことですので構いませんよー。ではでは、報酬の話をしましょうかー」
”アッシュールバニパルの焔”についての情報収集の際、もしそれが本物であれば蓮が確保し、ルージュの手元へと流す運びとし、買い取りを行う。そういう約束を蓮はしていた。
仲間達には内緒にしているが、これは個人的な交渉の結果であり、この買い取り話が無かったとしても適切な管理を行えて、尚且つ目の届く場所にいるルージュの手元へ魔石を回す事になっていたのは間違いない。
そう、これは同じ結果でありながら最大の利益を得る為の、自分の交渉による対価なのだ。なので一切やましい事などない。目の前のルージュがこの手の話に対して、金銭の誤魔化しをしない事は確かだ。次に提示される自身への報酬に、蓮は内心胸を高鳴らせた。
「では、これをどうぞー」
そうして微かに笑みを溢れさせる蓮へ向けて、ルージュは封筒を一つ渡す。厚みの殆ど無い封筒を受け取り、小切手だろうか、そう蓮は考える。封のされていない折られただけの頭を上げ、中身を確認する。
「魔力を失った魔石の買い取り、四千万円。そこから太古の聖剣、三千八百万円。魔術付与を施し直した魔術師の斡旋手数料、百万円。”旧神の印”の封印箱――」
蓮が中から取り出す紙に印字された文字を、ルージュが
「――三百万円。計、二百万円のお支払いお願い致します♪」
「嘘でしょぉぉぉっ!!?」
”請求書”と太字で書かれた一枚の紙に書かれた、最終金額が蓮に突き付けられる。あまりの予想外の事に、蓮は大口を開けて絶叫する。入り口に取り付けられた鈴が僅かに揺れた。
「ちょっと待ってマスタァー!き、聞いてないわよこんな事ぉ!」
「だって野曽木さん、これらを注文した時『悪いわねマスター、また来るから!』って言って値段については聞かなかったじゃないですか。いざ来て受け取った時も『ごめん急いでるから、帰ってからで!』って言って、風みたいに去って行っちゃいましたし」
「う、ぐっ……!」
確かに、蓮は先日アッシュールバニパルの焔、及びそこから連想されるゴル=ゴロスの存在を聞いた時、少しでも急いで情報を収集する為に駆け足で注文だけを済ませ、すぐにユーリヤや真魚達と合流していた。
自身も口にした覚えのある言葉を引き合いに出され、過去の記憶により言葉が止まる。今思い返してみれば、注文する際にルージュが「いいんですか?」と言っていたような覚えもあるし、最後に何かを口にしようとしていた様な素振りもあった。あの時、値段について口にしようとしていたのだろう。
事態は理解出来ていた。だが、あまりの現実に感情がついてこない。何かを口にしようにも、値段も聞こうとせずにその場を飛び出した自分の非が言葉を途切れさせる。
「これでも野曽木さん相手という事で、ギリギリまで抑えた価格設定なんですよー?短剣とはいえ、現存するムハンマドの聖剣なんて今はもう貴重ですからねー。売る所で売れば、下手すれば億届きかねませんし」
「う、ううっ……!」
邪神すらも苦しめたあの聖剣の効力を考えると、それにも確かに納得は行く。段々と頭の冷静な部分が、目の前の一つ一つの理由について納得していく。感情だけが、それを受け止められない。
嫌な汗が流れ続ける中、封筒から請求書を引き抜いた所ではらりと一枚の別の紙が封筒の中から落ちる。蓮は足元に落ちたそれを見る。
それは、”塔”が描かれたタロットカードだった。
「払って頂けますよね?」
「…………わ、かった、わよ…………」
「毎度、ありがとうございますー♪」
最後の最後で突き付けられたたった一枚の紙に、蓮は絶望した。
これにて魔石編エピソードは終了になります。途中風邪でクッソ苦しめられましたがなんとか書き終える事が出来てホッとしています。
数々の感想、読了、評価、本当に有難う御座いました。めっちゃモチベ上がりました。
ここまでの経験から考えて、最初に予定していたプロットでは十二話ぐらいで終わる筈だったんですが……書きたい所、描写すべき所が多すぎた……
その分最後はこれまで以上に筆が乗ったし、個人的には満足行く出来になったと自負しています。JOJO――俺の最後の連日投稿だぜ――受け取ってくれ――ッ
という事で再び完結です。”完結”を3回も使った小説があるらしいな。でもネタが無い以上、変に待たせる訳にもいかんので”完結”扱いです。
改めて読了有難う御座いました。ここまで来て「いぶすた買おう!」とは言いません。手元のいぶすたでIth-Videoでも見ようぜ!俺は見てくるっ!