がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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11.来由と行末

「……”アッシュールバニパルの(ほのお)”?」

「そ。多分それが、盗まれた宝石――いや、魔石の正体よ」

 

 日が暮れる頃、蓮達が乗った車は政次郎達のいる警備会社のビル前へと到着し、すぐに十三に運転を代わって――蓮が運転席にいた為に十三は最初後部座席に乗ろうとしたが、肩幅の分だけ座席を圧迫して、真ん中に座っていた真魚から「狭いし汗臭い」と文句を言われた――蓮が電話で伝えた丘陵地帯へ移動を始めた。

 真魚のスマートフォンを運転席の横へセットしてカーナビアプリを起動した後、到着するまでの時間を使い蓮はこの二日で得た情報を政次郎と十三へと共有するべく話し始めた。

 

「”アッシュールバニパル王の火の石”、”カラ・シェールの呪われた宝玉”、”邪悪の心臓”――色んな呼び方はあるけど、その実態は旧支配者達自らの手によって生み出された、正真正銘の魔石(アーティファクト)よ」

「何故それがわかった?そして、それと魔術師の居場所の関係性は?」

「オカルトショップのマスターにちょっと手伝ってもらったわ。古代メソポタミアから現代まで残ってる代物なんて、そう無いからね。……魔術師の居場所との関係については、ちょっと説明が必要ね」

「……はぁ」

「本当に必要な事なんだから『また始まったよ』みたいな溜息をこれ見よがしにしないでくれるかしら」

「またやるの?」

「直球で口にしろって言ってんじゃないのよ真魚ちゃん」

 

 車が走るにつれて少しずつ信号に止められる頻度は低くなり、周囲を囲む建物は減っていく。生活圏から離れ、夜を迎えた道路に音は無く、エンジン音と車内での会話以外は聞こえなくなっていく。

 そんな中、政次郎と真魚からの無言・有言の文句を流しながら、蓮は説明を始めた。

 

「まず、この石の来歴をざっと説明するわね。メソポタミア文明が栄えていた頃、邪鬼が住むとされる未開の洞窟で鬼により守護されていたこの石は、力を求めた一人の魔術師によって奪われたわ。魔術師の名前は、ズスルタン」

「……そういやメソポタミア文明ってめっちゃ昔の話だよな。何年前の事だ、それ?」

「紀元前七世紀の話だから、2600年以上前ね」

「めっちゃスケールデケェ」

 

 疑問の答えについて蓮が平然に返すと、十三は想像だにしない年数を示され面を食らった。単純に古すぎる話という事もあるが、それほど昔の物事が今になって事件に繋がるとは十三の常識では考えにくい事だったからだ。

 

「ズスルタンは洞窟から戻ると、魔石の力を使うことによってアッシリア王国の王、アッシュールバニパル王の側近として仕えたわ。石の力により未来を見通し、その予言によって王政を支えた。その功績から、赤き魔石は”アッシュールバニパルの焔”と呼ばれたらしいわ」

「未来予知の魔術か。中々興味深いな」

「……興味深そうにしてる所悪いけど、この石は未来を見通すだけなんて優しい物じゃないわよ」

 

 政次郎はここに来て蓮の話に明確に興味を寄せた。政次郎は魔術師では無いが、自身の仕事に使える物、あるいは有益と思った情報に対しては詳しく知ろうとする傾向がある。

 しかし、この魔石に関して言えばどのような形でも、常人が便利な道具感覚で使える物ではなかった。

 

「ある時、王国に災いが降りかかり、人々はそれを魔石の呪いと呼んだ。その事から魔石ごとズスルタンは国を追放され、行き場を無くしたズスルタンはカラ・シェールという町へ逃げ込んだ。……しかし、その町でも魔石の力は知られており、間もなく町全体で魔石を巡る抗争が起こったわ」 

「いつの時代もつまんねー理由で内乱起きてるもんだな」

「かの石は邪神により生み出された遺産です。恐らく、ただそこにあるだけで人の欲望や悪性……精神に強く干渉する性質を持つのでしょう。一概にその人々が悪かったとも言い切れません」

 

 蓮の話から傭兵として紛争地で戦っていた頃の事を思い出し、十三の顔に険しさが()ぎる。声に僅かな失望が含まれるのを聞き、ユーリヤが過去の人々への擁護を入れた。

 魔術に対して正しい理解を持たない多くの人々は、それを便利な道具の様に扱う事を最初に頭に思い浮かべる。が、それらは十分なリスクや条件が揃って初めて常識の外まで至る力を発揮するのであり、自身の欲求のままに使えば必ず身の破滅を呼び込む事となる。

 それを知らない人々は、目の前に結果として現れた奇跡のみを信じ、それが孕む狂気と危険へ対策を取らない。そういった心の隙と、力への盲目さが魔術に関わる悲劇を起こしてきたのである。

 

「話を続けるわね。抗争の果て、ズスルタンは町を統べる王に捕えられ、魔石とその命を奪われたわ。その死の間際、ズスルタンは魔石が存在した洞窟の邪鬼を封じた魔術を解き、また石へ向けて呪言を叫んだ。『外なる神々よ、旧き支配者達よ。お前達の物はここにある』――その後、一夜にしてカラ・シェールは滅びたわ」

「エクストリーム心中だね」

「……そ、その表現はどうかと……」

「あの真魚ちゃん、真面目な話を一言で軽いノリにしないで欲しいんだけど」

 

 魔石によってカラ・シェールへ訪れた悲劇に対し、端的すぎる表現で真魚が補足するように例え、過去へと気持ちを向けていた蓮とユーリヤの気が削がれた。

 言葉の選び方こそ不謹慎だが、話の要点を明確に掴んだ上での例えであった為に、蓮もあまり強い語調で真魚へ注意を入れる事は出来なかった。

 

「それで、その逸話がどう関係する」

「まだ話は途中よ。持ち手を失った魔石はそのまま廃墟のカラ・シェールに残ったのだけど……魔術師の”ズスルタン”という名前が問題でね」

「名前?」

「ここから先はユーリヤが調べた事だから、ユーリヤに任せるわ」

「はい、わかりました」

 

 ここで蓮は話を一旦区切り、話し手をユーリヤに交代した。それに伴いこほん、とユーリヤは話を切り替える為の咳払いをしてから口を開いた。

 

「蓮さんが調べたここまでの情報を元に、過去に”アッシュールバニパルの焔”、及びそれに(まつ)わる物について関係が確認された事件を極東支部や本部に調べてもらいました。……そうすると、魔石と直接の関わりは無いのですが、気にかかる事件が見つかりまして」

「というと?」

「1560年頃、ハンガリーにある山岳地帯の中に立つ黒い石柱郡の近くにて、とても人の世の物とは考えられない怪物が現れ、当時そこへ侵攻していたトルコ軍がそれと応戦、兵の半数を失いながら撃退した――という事件がありました」

「えらい時間飛んだなオイ。ってかハンガリーって、ヨーロッパじゃん。なんで古代の中東の話が、中世ヨーロッパに繋がんだよ」

「それが、その邪神が現れた地域の一帯は当時、”ズスルタン”と呼ばれていたんです」

「……何だと?」

「古代に旧支配者の魔石と関わった魔術師の名前が、中世ヨーロッパの地域につけられた。……どう?偶然の一致にしては、妙だとは思わないかしら?」

「……フツーに考えりゃ、ありえねーわな」

 

 古代メソポタミアにて惨劇の引き金となった魔石を扱った魔術師と、中世ヨーロッパにて軍が壊滅させられた謎の怪物が現れた山岳地帯の名前。二千年という気の遠くなる時間の開きがあって尚、その二つは合致した。

 地域も年数も離れたこれら二つの事件に繋がりがあるというのは、常識で考えれば有り得ない。……だが、蓮達の仕事において言えば、時には”有り得ない”という言葉の意味が反転する。

 ”有り得ない”事がそこにある時、そこには必ず何らかの意味があり、理由があり、意図があり。そしてその裏には狂気と悪夢が脈動し、陰謀と邪悪が息衝いている。

 

「その怪物が現れた山岳地帯には当時、村がありました。トルコ軍の侵攻により当時の村民は皆死に絶えたそうですが、その後新たに別の住民が住み着き、村は再建されました。……そして、そこに住むようになった村民の間には一つの伝承があるんです」

「この流れだと、ろくな言い伝えって予感しねーな」

「その通りです。”山の上の『黒の(いしぶみ)』には悪鬼が宿り、触れた者に呪いを齎す”――この碑は山にある黒い石柱郡の事を指しますが、それに触れた者は皆悪夢に心を蝕まれるそうです」

「……それだけでは無い、のだろうな」

「”私は見た。かの昔に死に絶えた愚劣な狂信徒どもの群れを見たのだ。あれが夢でなるものか、奴らは亡霊と化して尚、奴らの邪神を地獄から呼び戻していたのだ”……その悪夢を見た人の、手記の内容です」

 

 ユーリヤがここまで話した所で、唐突に真魚が背を伸ばし、小さく手を上げながら話に加わってきた。

 

「あ、ついでにその話の中で出てきた”黒の碑”って、”黒の書”……あー、”無名祭祀書”の方がいい、かな。その中にも、ちょろっと名前出てたりするんだよね」

「無名祭祀書……唐館地下鉄にいた食屍鬼の事件でも回収したアレか」

「そ。ホントに触れる程度だったんだけど、『アレなんかの邪神の象徴なんじゃね?』って」

「軽っ」

「いやそんなフランクな書き口されてる本じゃないからね」

 

 以前蓮達が挑んだ怪異事件の中に、唐館市で大量の行方不明者を出し続ける地下鉄の調査があった。

 その事件の実態は知恵を持つ食屍鬼の魔術師が、同類の集団を率いて大量の生贄を”確保”していたという物だったが、その事件の中で蓮達は”無名祭祀書”の一部が複製されたデータファイルを回収していた。

 その内容は著者が見聞した邪教の実在を様々な論点から証明するという物で、原書は出版後即時に発禁・焚書され、著者は出版後に人の手によるものとは思えない変死を遂げたという、曰く付きという意味では一級品の本である。

 

「ここまでが調べた情報で、ここからは私達の想像なんだけど……この”黒の碑”の見せる悪夢は、かつてトルコ軍に撃退された邪神が、自らが復活する為の儀式を夢を通じて見せているんじゃないかしら」

「ふむ」

「山岳地帯の村にかつて住んでいた村民は中東からハンガリーへ流れ着いた邪教徒の民族で、どういう関係があるかは知らないけど、ズスルタンが過去に関わった悪鬼……邪神を崇め、その召喚を企んでいた。流石に時間が勿体無かったから裏取りは出来なかったけど」

「……続けろ」

 

 ここまで提示した情報を元に、蓮はそこから導き出した推理を話していく。

 様々な観点から語られたこれまでの話が、少しずつ終着点へ向けて収束しようとしているのを感じて、十三は運転をしながらも真剣に耳を傾け、政次郎も静かに話の続きを促した。

 

「その邪神は”碑”の神とされているけれど、実はこの”碑”は世界の各地で見られていてね。調べた限りでもメキシコ、ブリテン諸島にある事が確認されているわ。……つまり、”碑”を通じさえすれば、どこにでも現れかねない」

「……まさか、今向かっている先にその”碑”があるのか?」

「いや、多分無いわ」

「ねーのかよ」

 

 それまでの話の流れからの推測をあっさりと否定され、十三は予想外といった声を上げる。政次郎も口にこそしなかったが、その顔には話が急に絶たれた事による疑念の表情が浮かんだ。

 

「ならば、今向かっている場所はなんだ」

「言ったでしょう?”碑”を通じさえすれば、どこでも現れる。……ズスルタンがかつて手にし、呪言によって邪神を呼び寄せる魔石なら、”碑”の代わりとして召喚の触媒、あるいは目印として使えるんじゃないか。私はそう考えたわ」

「……そんな事が出来るのか?」

「難しいかもしれないけれど可能性はゼロではないし、魔石が本物だとすればそれだけの魔力は備えている筈よ。何より、碑のある山岳地帯と魔術師がその名を共有している以上、同じく碑と魔石にも何らかの因果関係は有り得るわ」

 

 蓮の立てた推測を聞き、政次郎が目を伏せてここまでの話を深く考える。

 古代メソポタミアの魔術師、それによって使われた呪われた魔石、中世ヨーロッパの山岳地帯、かつて現れた邪神、無名祭祀書に記述された”碑”。それぞれが糸のような繋がりを持ち、偶然と断ずるには不可解な共通点もある。

 その上での推理として示された、魔石による邪神の召喚。多少の裏取りが抜けている事や、想像に過ぎない所を踏まえても、確かに無視出来ない可能性であった。

 

「……どこでもいい、と言ったな。ならば、何故この丘陵地帯なんだ?」

「大きな理由が二つ。一つはこの市内において人気が少なく、かつ道路が近くまで通ってる事。誰にもバレず、かつ早く儀式に移りたいなら、遠出する足は必須だからね」

「二つ目は何だ」

「山岳地帯にある碑の場所と近いロケーションだからよ。話によるとその碑は山の上にあって、周囲は森に囲まれながらも、碑の周囲は開けた状態になっているらしいわ」

「召喚するにあたり、少しでも儀式の再現率を上げるという事か」

「そういう事ね」

「……おい、アレ見ろ」

 

 話の区切りがついた所を見計らい、十三が前を指差す。気付けば丘陵地帯の深くまで進んでいた車の周囲は背の低い木々に囲まれ、舗装された道路の終わりが見えていた。

 十三が指した先には、道路から少し外れた場所の木々の陰に、ナンバープレートの外された車が木によって隠れられるように斜めに駐車されていた。

 

「……読みは当たりみたいね。行くわよ皆、散々あちこち行かされたけど、ここでケリをつけるわ」

「ああ」

「急ぎましょう。……何やら、淀んだ気配が漂っています」

「二日もカンヅメにされてた分、ストレス解消と行くかね、っと」

「ん」

 

 車を道路の端に停めて外に出た蓮達は、トランクからそれぞれの銃器を取り出し、弾倉の確認だけを済ませて手早く戦闘の準備をする。

 誰よりも早く銃器の確認を終えた政次郎は、続けて手榴弾などの戦闘用の備品を確認し始め、外套の中に手早く戻して取り出しやすい様にセットし直していく。そうしている最中に、蓮は横から声をかけた。

 

「政次郎くん、これも持っていてくれないかしら」

「……なんだこれは」

「”切り札”よ。……まぁ、使わずに済んだ方がいいんだけど」

「切り札?こんなものがか?」

 

 蓮が差し出した物を政次郎は胡乱げに見たが、すぐに言葉に従い外套の中に入れる。政次郎には蓮から手渡された物が何の役に立つか、一見しただけではわからなかった。

 とはいえ、常に財布を気にする立場である蓮が、態々(わざわざ)持ってきて自分に渡してくる以上は、何かしらの意味や力を持つ物であるという事は間違いないだろう。そう思い、特に追求はしなかった。

 

「何に使うかぐらいは聞いておきたいがな」

「別に特別な使い方は無いわよ、見た通りの物だから」

「……益々胡散臭くなったんだが」

「おーい、何してんだ二人共。こっちの準備終わったぞー」

 

 銃器を肩に担いだ十三が話を続けたままの蓮と政次郎に声をかけ、二人へ出発を促してきた。

 それまで蓮へ疑わしげな目を向けていた政次郎は、溜息を小さくついてそれまでの話を打ち切った。

 

「……まぁいい。使わなければいけない時が来たら、その時に言え」

「それでいいわよ。……ユーリヤ、さっき言ってた気配ってどっちからする?」

「はい。……向こうの方です」

「オッケー、案内お願いね」

 

 ユーリヤがその場で目を閉じて集中し、その場に僅かに残された魔力の残滓と異様な気配を感じ取り、そこから概ねの方向を指し示す。

 案内の為に前に立ったユーリヤの斜め前に十三と政次郎がつき、蓮と真魚が後ろについた状態で五人は道路から外れ、先の見通す事も出来ない暗い林の中へと入っていった。

 




か、風邪が……治らん……

二つの「ズスルタン」については元々ハッキリと関係が示されていないので、可能な限り元ネタに準拠しつつ独自解釈によって補完を入れています。

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