がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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10.茫漠を追い

 楓丁組の拠点を強襲し逃走した男達を拘束した蓮達は、逃走した男達を連れて早朝に唐館市へと戻ってきていた。男達の知る情報を吐かせてまとめるまでは次の行動の指針も取れない為、蓮は一度男達の身柄を弥武組へと預けて仲間達と一時的に別れた。

 何はともあれ、今最も大事なのは休息だった。情報をまとめるにも疲労を残した状態では頭の回転速度は落ち、十分な仕事はこなせない。さらに言えば無茶なカーチェイスによる気疲れも大きく、ゆっくり休みたいというのが文字通り体を振り回された蓮とユーリヤの正直な心中であった。

 大小の差こそあるが夜襲による疲労があるというのは全員共通であり、これから先に備えるという意味合いでも体力は戻しておきたいのは確かだった為、これに異論を唱える者はいなかった。

 そして休息から明けた昼、蓮達は再び弥武組の事務所へと集合していた。

 

「あら蓮、遅かったわね。預かってた連中、大分前に目を覚ましてたわよ」

「あいつらの様子はどう?」

「元気一杯ね。目を覚ました瞬間、部屋の扉を壊そうとしてきたわ。まぁ、そんな簡単に壊される部屋は宛てがっていないけど」

「今は?」

「カズに躾けを任せてからはすっかりお利口さんよ」

「あからさまにヤクザだね」

「ヤクザなのよ」

 

 蜜柑と顔を合わせ、預けた男達の様子を聞く。男達は想像通りの反応をしたらしいが、弥武組は期待通りの働きをしてくれたらしい。こういう時には頼れる人手があるというのは助かる、と素直に蓮は思った。

 

「で、早速聞き出しに行くかしら?」

「ええ。政次郎くん、ユーリヤ、ちょっと手伝って欲しいんだけどいいかしら」

「構わん」

「わかりました」

 

 蓮の能力を使えば尋問をする際に相手の敵対心を奪い、安全を確保しながら確実な自白を誘導する事が出来る為、元々人手はそれほど必要無い。

 だが、考える頭が多い方がより細かく情報を集められるし、先日尋問した際には問題無かったものの魔術による何らかの阻害があればユーリヤの術で解除出来る可能性もある。その為、二人に同行するように頼んだ。

 

「俺らはどーすりゃいい?」

「十三さんと真魚ちゃんは持ってきた私達の銃のメンテナンスと、物品の補給をお願い。特に指定はしないから、二人で判断して必要だと思ったものをリストアップして蜜柑さんに渡して。代金は気にする必要無いわ」

「よっしゃ蓮ちゃんの財布の天井まで買っちゃお」

「”必要だと思ったもの”よ!不必要な分は返すからね!」

 

 真魚からさらりと放たれる冗談に蓮はきっちり釘を差しておく。冗談とわかっていても、真魚の場合は言葉にしておかなければ”止められなかったし”と、愉快犯の如く蓮の貯金残高を削ってきそうで少々不安があった。

 ……流石に不必要に買い込みをしようとすれば傍の十三が止めるとは思うが。

 

「あー、それじゃあリストアップしてる間、ちょっとエミュレータの調整お願いしたいんですけど」

「構わないわよ。そのPCは色々興味深いからね」

「間違えてプログラム起動しちゃったら死んじゃうかもなので気をつけて下さい」

「……気をつけるわ。カズ、蓮達の案内よろしくね」

「ウス。姐さん、こちらです」

 

 真魚が蜜柑に魔術エミュレータを渡し、十三と一緒に所持品の見直しに移った所で、部屋の入口の方で立っていたカズ――弥武組の若頭を務める青年――が蓮達の方へ歩いてくる。

 そのままカズの案内に従って蓮達三人はその場を離れ、男達のいる部屋へと向かっていく。その移動の最中、蓮はカズへ男達の様子について質問を投げかけた。

 

「カズくん、アイツらを見ていて変わったことはあった?」

「変わったこと、というか……アイツらの若頭だけは、最後まで反抗的でしたね。相当痛めつけましたが、最後まで折れずに大物タレてましたよ。大した強情さですわ」

「カズくんにそう言わせるって事は相当ねぇ。まぁ、また良い夢見せてあげれば問題無いけれど」

「姐さん、悪い顔してますよ」

「野曽木の顔は元からこんなものだ」

「よし、どつくわね政次郎くん」

 

 蓮が申し訳程度の断りを入れると同時に、右隣を歩く政次郎のこめかみへ向けて拳を飛ばす。が、政次郎はそれに一切動じることなく、歩きながら首を少し傾けるだけでそれをかわした。

 かわされても諦める事なく蓮は何度か拳を振るったが、その度に政次郎は体を引き、屈め、傾ける事で蓮の拳の一切を手を使うまでもなく捌き続ける。四回目の拳がかわされた時点で、蓮の手が止まった。

 

「……そこは素直に殴られるべき所だと思うんだけど」

「当てられん奴が悪い」

「…………」

「姐さん、この部屋です」

 

 納得いかない気持ちを抱える事になりながらも、蓮達は男達のいる部屋の前へと到着した。蓮は気持ちを切り替え、蓮はその場にしゃがみこんで扉の下へ手を伸ばす。

 そのまま昨日の尋問の際に使用した幻覚毒を部屋の中へ気体状にして流し込んでいく。扉を開けた瞬間に抵抗されてはたまったものではないし、最初にまとめて毒を振り撒いた方が手間が省ける。

 

「……これでよし、と。皆、もう入ってもいいわよ」

「相変わらず姐さんの力は便利ですね」

「ろくでもない事に関してだけは一流だからな」

「政次郎くんはたまにはその余計な一言を抑えてみないかしら。……何はともあれ、これで情報は聞き放題よ。どれだけの物が聞けるかはわからないけど、やるだけはやりましょうか」

「はい」

 

 なんとしてでも手がかりとなり得る情報を手に入れるつもりで、蓮達は部屋の扉を開いた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「得られた情報をまとめるぞ」

 

 一時間に渡る尋問を終えて、蓮達五人は弥武組の応接間のソファーに腰を下ろし、顔を合わせていた。

 語調こそ変わらないが、いつもより数割増し程に不機嫌な顔をした政次郎が尋問の内容について切り出す。ソファーの感触を確かめるように体を軽く跳ねさせている真魚を諫めることもせず、政次郎は話を続けた。

 

「魔術師と思わしき”依頼者”の接触は六回。楓丁組の若頭にのみ接触を絞り、先月から一週間前に至るまで、段階的に精神誘導の魔術をかけたものと思われる。接触した地点は路地、廃ビル、若頭の自宅前などそれぞれバラバラだ。普段どこにいるのか、所在はどこか、それらは知らされていない」

 

 政次郎の説明に合わせて、蓮が鹿鳴町の地域地図を取り出してガラスのテーブルの上に開く。地図には既に六つの丸がつけられているが、印された地点には共通点と言える程の物は無く、散り散りとなっている。

 強いて言うなら生活圏に近いという程度で、これらの地点から見て取れるこれと言った特徴らしい特徴は無い。

 

「魔術師は組の武装化にあたり、黒丘会との仲立ちをした。若頭の目から見て魔術師本人は黒丘会のただの取引先の一人という印象で、所属している風には見えなかったらしい。……この事実が良いか悪いかは微妙だな」

「なんで?」

「良い点は黒丘会程の組織ではない所属、あるいは個人に過ぎないだろうという事。仲介の際にその魔術師しか姿を見せなかったらしい。大きい組織に所属しているなら、黒丘会との立会いで一人という不用心な真似はしまい」

 

 黒丘会は子飼いの暗殺者も多くいる武装組織であり、敵対する者に対しては一切の容赦をしない。邪神教団の中でも特に大規模かつ危険な部類の組織である彼らと交流する事は、それだけで命の危険が隣り合わせである。

 その為、まともに彼らについて知っている組織であれば、安全を確保する為にも単身で立会うというのはまず有り得ない。その為、その魔術師が個人として黒丘会と付き合っていると考える方が自然だった。

 

「悪い点は黒丘会経由で足取りが追えない事だ。黒丘会に所属している魔術師であれば唐館市(ここ)での黒丘会の動きから手がかりも掴める可能性もあったが、それも無くなった。……他の組員にも尋問したが、若頭以外はろくに魔術師に関する情報は持っていなかった。若頭から得られた情報は、今言ったので全てだ」

 

 話の後半からは政次郎の顔には険しさが増していき、それが状況の悪さを物語っていた。長々と尋問に時間を費やしたにも関わらず、思うような情報は得られなかった事が尚更政次郎の機嫌を悪くしていた。

 政次郎が切った言葉を継いで、蓮が口を開いた。

 

「一つ、現在宝石は”依頼者”である魔術師の手にある。二つ、そいつは宝石の事を”火の石”と呼んでいた。三つ、”相応しい時と場所”を探している。四つ、若頭はそいつの場所を知らない。五つ、黒丘会の所属ではない。……昨日聞いた分を含めてまとめると、こんな所ね」

「……それで、どうやって追うんだ?」

「接触地点付近の監視カメラの映像を洗い直すくらいだな」

「それでも場所がわかるわけではないですよね……鹿鳴町の外まで逃げられていたら、どうしようも無いのでは――」

「いや、鹿鳴町にいる事自体は間違いないと思うわ」

 

 ユーリヤが不安そうにするのを打ち消すように、蓮が確信を含んだ声を上げる。

 

「まだ鹿鳴町の検問が解かれてない以上、外へ出ようとすれば必ず事を荒立てる必要があるわ。自分で美術館を襲わずに楓丁組に実行犯を任せるような奴が、ここに来て大きな動きを見せるとは考えにくい。まず間違いなく、町の中に潜伏してる筈よ」

「だろうな。楓丁組をこちらが抑えている以上、検問はしばらく続く。その間が勝負だ」

 

 そこまで話すと、政次郎はソファーから立ち上がり、応接間の扉まで歩いて行く。その背中へ十三が声をかけた。

 

「どこ行くんだ?」

「監視カメラの映像を確認する為に現地へ行く。先月からの映像の確認となると、いくら時間があっても足らん」

「そういう事なら手伝うぜ、どうせ俺がやれる事なんてそんぐらいしか無いだろ」

「いいだろう、今日から眠れんと思え」

「なんで俺手伝う相手から脅されてんの?」

 

 ちょっとは感謝とか無いんかよ、とぶつくさ言いながら十三も政次郎の後ろへ付いて行く。扉に手をかけた所で、政次郎が残った蓮達の方へ振り向いて口を開く。

 

「そういう訳で、僕と伊達は鹿鳴町に戻る。そっちは魔術関係の観点で手がかりを探してくれ、何か手がかりがあればこちらで当たろう」

「了解。ユーリヤ、真魚ちゃん、”血の石”と”火の石”の両方で情報を当たってみるわよ」

「わかりました、私は本部に過去似た事件や魔術品の目撃証言が無いか聞いてみますね」

「ん……じゃわたしは図書館とネットで調べてみる。まぁあんまり期待出来ないかもだけど」

 

 政次郎達が部屋を出て行き、それに続いて蓮達もそれぞれ手分けして情報を探すべく一時解散する事にした。

 ユーリヤが出口方面へと歩いていき、真魚はメンテナンスに出した魔術エミュレータを受け取るべく、蜜柑のいる事務室の道を戻っていく。それを見送り、蓮は応接間の外で見張りとして立っていたカズへ伝言を頼んだ。

 

「カズくん、蜜柑さんに伝えといて。『楓丁組の連中、事件が解決するまでよろしく』って」

「余所者にあんまり長々とタダ飯を食わせるのも癪ですがね」

「すぐに受け取りに来るわよ」

 

 ”そう時間はかけない”とカズへ暗に言い切って、蓮は弥武組を後にした。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……なー政次郎。十分でいいから寝ていい?」

「何度も言った通りだ」

「いや頼むって。もう丸二日じゃん、さすがに瞼メッチャ重ぇんだって、限界だってコレ」

「洗濯バサミでも借りてこい」

 

 二日後の鹿鳴町の警備会社の一室にて、政次郎と十三は監視カメラの映像を夜間の物に絞り、ひたすら早回しで追っていた。

 ここに来る前に買い込んだインスタント食品の山をひたすら崩し、音も無く流れ続けるモニターを眺め続けるだけの作業を寝ずに続けた事で、十三の顔にも嫌気と眠気が色濃く出ていた。

 一方で文句を言う十三に目をくれる事もなく、この部屋に来た直後から表情を一切変えないままに、政次郎はモニター端にある時間表示以外がろくに動く事のない画面を見続けている。

 

「……ってもなぁ、結局あの若頭とかいうヤツと会った時の映像以外、それっぽいのろくにカメラに映ってねえじゃん。ここまで収穫ゼロに近えじゃん。さすがに精神的にキツいぜ」

「ゼロという訳でもあるまい。”接触以降、この付近には出歩いていない”というのは確かになっている」

「なんもわかってねえじゃん、ゼロじゃん」

「ここで潰した分だけ奴の活動範囲を絞れる。最初から他に縋る物も無い、諦めて目を前に向けろ」

「うげぇー……」

 

 ここに来てから何度目かもわからない仮眠の要求が再び却下され、がっくりと十三が頭を落とす。

 若頭の自白にあった接触時の映像を確認する事は出来たが、それからについてはカメラに映る事は無く、魔術師の足取りはまるで掴めていない。

 ただ、少なくとも確認した範囲にそれらしい姿が確認出来ないということは、若頭と接触した時以外は人目のつく場所に降りてきていないという事の証左にもなる。若頭と会った時の映像を確認した後、宝石を受け渡した日から今日までの間の映像を確認していったが、どこにも魔術師らしき人影は無かった。

 淡々と地図を黒く塗り潰していくだけの作業ではあったが、ここ二日で鹿鳴町の相当な範囲は確認済となった。全てが確認出来たという訳でも無いが、こうも見つからないのであれば少なくとも監視カメラと人気のある場所に隠れ家を持っているという事は考えにくい。

 人除けの魔術を使って潜伏しているとしても、一般人による目撃からは身を隠せてもカメラの様な電子機器の目までは誤魔化せない。確認作業で魔術師のいる場所が”人気の無い地点”に絞れるなら、それは十分な成果と言える。

 

「……ん?」

 

 そうして姿が見えない事の確認に目を働かせていると、政次郎のスマートフォンに着信が入る。画面に映った人名を一瞥し、政次郎はすぐに通話を繋げた。

 

「野曽木か。……いや、こちらの確認の限りでは姿は見えてない。……?あぁ、そうなる」

 

 ここ二日の間無かった蓮からの連絡が入り、政次郎は近況を報告する。政次郎の意識が通話に逸れたのを見て、十三は腕を組んで椅子に背を深く預け、目を瞑った。

 既に瞼の重みが意識で制御出来る所を過ぎていた十三にとっては、たとえ政次郎が通話に費やしている数分の間であっても貴重な休息時間であった。五分だけだから、すぐ起きるから。自分が納得する為だけの理由を言い聞かせ、体と意識を深く安らぎに沈ませていった。

 

「――わかった。こちらは待機している、なるべくすぐに来い。……起きろ伊達」

 

 政次郎が蓮との通話を終えてスマートフォンを懐へしまうと、眠っている十三の座る椅子の足を強く蹴飛ばして大きく揺らす。椅子の揺れが体全体に伝わり、急な衝撃に十三の意識が一気に覚醒する。

 

「んげっ!?っと、と!……いや、寝てねーって!ちゃんと起きてたし!」

「下手な言い訳ならしない方がマシだぞ。……野曽木達が魔術師の居場所らしき地点を見つけたらしい。夕方に合流してそこへ調査しに行く、それまでは休んでも構わん」

「お、やっとか!いやぁコレで久々に外に出れ――ってちょい待て。それなら今俺を起こす必要あったか?」

「言う前に眠ったからだ」

「お前一緒に仕事する同僚への気遣いとかそういうの無ぇのかよ……で、その場所ってどこだよ」

 

 政次郎の対応に釈然としない気持ちを抱えながら、十三は政次郎へ聞き返す。当の政次郎は不満げな十三にも澄ました顔を崩さずに、淡々と質問に答えた。

 

「候補は二つあるそうだが、濃厚なのはここだそうだ」

「……なんも無ぇじゃんそこ」

「一本のみだが、ここに道路が通っている。その付近だ」

 

 政次郎が指を置いた地図の付近には、人里から離れた無名の丘陵地帯のみがただ広がっていた。

 




体調不良(っていうか大体頭痛のせい)につき執筆ペースガタ落ちしてます。つらい。

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